勘違い騎士道事件をわかりやすく — 人助けの回し蹴りと誤想過剰防衛
勘違い騎士道事件は、人助けのつもりの回し蹴りが傷害致死罪になった事件です。最高裁は昭和62年3月26日の決定で、この行為を「誤想過剰防衛」にあたるとし、傷害致死罪の成立を認めたうえで刑法36条2項により刑を減軽した控訴審の判断を正当としました。侵害があると勘違いしていても、やりすぎれば罪は成立する。ただし刑は軽くできる——この2段構えが、この判例の核心です。
事件の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第一小法廷 |
| 判断 | 昭和62年(1987年)3月26日 決定・上告棄却(裁判官全員一致) |
| 事件番号 | 昭和59年(あ)第1699号 |
| 事件名 | 傷害致死 |
| 判例集 | 刑集41巻2号182頁 |
| 判示事項 | 傷害致死につき誤想過剰防衛であるとされた事例 |
以下の事実は、すべて決定文が引用する原判決の認定です。当事者の名前は出しません。
何が起きたのか
夜、帰宅途中の路上。酩酊した女性と、それをなだめていた男性が揉み合ううち、女性が倉庫の鉄製シャッターにぶつかって尻もちをつきました。
そこを通りかかったのが、空手三段の腕前を持つ被告人です。被告人はこの光景を見て、男性が女性に暴行を加えていると誤解しました。実際には、男性は酔った女性を介抱していた側でした。
被告人は二人の間に割って入り、まず女性を助け起こそうとします。次に男性のほうを振り向き、両手を差し出して近づきました。男性はこれを見て、身を守るために手を握って胸の前あたりに上げます。
被告人は、その構えをボクシングのファイティングポーズのようだと受け取り、自分に殴りかかってくると誤信しました。そしてとっさに、空手技である回し蹴りを男性の顔面付近へ。左足が右顔面付近に当たり、男性は路上に転倒。頭蓋骨骨折などの傷害を負い、8日後、脳硬膜外出血および脳挫滅により死亡しました。
4つの段階 — どこで結論が分かれるのか
この事件を理解する鍵は、正当防衛から誤想過剰防衛までの4段階です。
第1段階・正当防衛(刑法36条1項)。「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」要件は3つ。①急迫不正の侵害があること、②自己または他人の権利を防衛するためにした行為であること、③やむを得ずにした行為であること(防衛手段としての相当性、と解されています)。3つそろえば犯罪は成立しません。
第2段階・過剰防衛(同条2項)。①②はあるが③の相当性を欠く場合です。「防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。」罪は成立したうえで、刑罰だけを軽くできる仕組みです。
第3段階・誤想防衛。そもそも侵害が存在せず、あると信じ込んでいた場合。刑法38条1項は「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」と定めています。侵害があると誤信していた人には、罪を犯す意思(故意)がない——事実の錯誤として故意が否定される、というのが判例・通説の理解です。不注意が残れば過失犯にとどまります。
第4段階・誤想過剰防衛。勘違いに加えて、やりすぎもあった場合。本件がこれです。
最高裁は何と言ったか
決定文の核心部分です。
本件回し蹴り行為は、被告人が誤信したBによる急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱していることが明らかであるとし、被告人の所為について傷害致死罪が成立し、いわゆる誤想過剰防衛に当たるとして刑法三六条二項により刑を減軽した原判断は、正当である
つまり、誤信した侵害を前提にしてもなお、素手で構えただけの相手への顔面回し蹴りは「やりすぎ」だったという判断です。最高裁は職権でこの判断を示し、上告そのものは刑訴法405条の上告理由に当たらないとして棄却しました。
なお、この決定は先例として最高裁昭和41年7月7日第二小法廷決定(刑集20巻6号554頁)を引用しています。誤想過剰防衛に36条2項による刑の減軽を認めた先例で、本決定はその流れを維持したものです。
一審は無罪、控訴審が破棄して有罪としたと伝えられています。ただし本件の下級審判決は裁判所の判例検索に収録されておらず、決定文にも審級ごとの結論は明記されていません。確実に言えるのは、決定文から読み取れる「原判断が傷害致死罪の成立を認め、36条2項により刑を減軽した」ことまでです。
なぜ「わざと」の罪になるのか
勘違いしていたのに、なぜ故意犯である傷害致死罪が成立するのか。ここが最もつまずくところです。
構成要件の段階で必要な故意は、「人に蹴りを当てる」という事実の認識で足ります。傷害致死罪(刑法205条)は結果的加重犯——暴行や傷害の故意があれば、死という重い結果は故意がなくても責任を問える構造です。被告人の勘違いは「守るべき状況がある」という違法性に関わる事情の勘違いなので、その処理は責任の段階で行います。
そして責任の段階でも故意への非難は消えません。被告人は、回し蹴りがどれほど危険かを分かったうえで蹴っている——つまり過剰さを基礎づける事実の認識があった。だから故意は否定されない、というのが多数の理解です。逆に、その危険性の認識すらなければ、誤想防衛と同じく故意が否定される方向に進みます。ここが答案の分かれ道です。
刑を軽くできる根拠については、学説が分かれます。刑の減軽の根拠を「違法性の減少」に求める立場からは、現実の侵害がない誤想の場合に36条2項を及ぼしにくい。一方、恐怖や驚きで冷静さを失った点=「責任の減少」に求める立場からは、誤想でも同じだから及ぼせる。近時は違法減少を重視する立場からも準用を認める説明が有力です。ただしこれは学説の整理であり、決定がどれかの説を採ったことを意味しません。
答案ではどう書くか
- 第1関門・構成要件該当性 — 回し蹴りから死亡結果が生じ、因果関係もある。蹴りの危険性の認識(故意)もある。刑法205条の構成要件に該当する
- 第2関門・違法性 — 正当防衛(36条1項)が成立すれば違法性が消える。しかし現実には急迫不正の侵害がなかった。よって成立せず、違法性は阻却されない
- 第3関門・責任 — 誤想防衛の主張。しかし過剰さを基礎づける事実(素手の相手への顔面回し蹴り)は認識していた。よって責任故意への非難は消えない
- 刑の処理 — 本件は現実の侵害がないため36条2項を直接は適用できない。恐怖や驚きによる責任の軽さは本物の過剰防衛と変わらないとして、同項の準用により刑を減軽しうる
- 結論 — 傷害致死罪が成立し、36条2項の準用により刑を減軽しうる
錯誤の処理は「何を誤信したか」を事実で特定してから規範に乗せるのが作法です。「勘違いだから無罪」とだけ書くと、どの段階のどの要素が欠けるのかが示せません。
出題実績で確認できたものは次のとおりです。短答式では平成20年と令和5年の司法試験。論文式では平成27年の司法試験(刑事系第1問)と令和2年の予備試験(刑法)で、誤想過剰防衛が正面から問われました。平成27年の出題趣旨は「甲の行為が過剰性を有する場合、誤想過剰防衛ないし誤想過剰自救行為となることから、甲の行為が、相当性、必要性を有する行為といえるかを、問題文にある具体的な事実を挙げて検討することが求められる」としており、採点実感も具体的事実を挙げた検討ができたかを問題にしています。
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「レイの法廷」の第2話が、この事件です。刑法の司書・烏丸が初登場する回で、事件の夜から最高裁の判断まで、物語と図解で追います。
- 講義版: 人助けのつもりが、罪になった夜
- ショート版: 人助けのつもりが、懲役刑になった男の話
- 各話の一覧: レイの法廷
「善意だったのに罪になる」という点では、シャクティパット事件の記事が対になります。権利や善意の限界という同じテーマでは、宇奈月温泉事件の記事もどうぞ。
よくある質問
Q. 助けようとして相手を怪我させたら、必ず罪になるのですか?
いいえ。現実に急迫不正の侵害があり、防衛手段が相当な範囲にとどまっていれば正当防衛が成立し、罰せられません。この事件で結論が分かれたのは、侵害が存在せず、かつ手段が相当性を超えていたためです。
Q. 誤想防衛と誤想過剰防衛は何が違うのですか?
誤想防衛は、侵害を誤信していただけで手段は相当な範囲にとどまる場合です。事実の錯誤として故意が否定される方向に進みます。誤想過剰防衛は、そこに「やりすぎ」が重なった場合で、過剰さを基礎づける事実の認識があれば故意は否定されません。
Q. 空手経験者は、素人より不利になるのですか?
決定文にそう書かれているわけではありません。ただし相当性は具体的な状況で判断されるため、素手で構えただけの相手に空手技の回し蹴りを当てたという事実関係が、相当性を逸脱すると判断された理由の一部になっています。
Q. 刑は結局どうなったのですか?
最高裁は、傷害致死罪の成立を認めたうえで刑法36条2項により刑を減軽した控訴審の判断を正当としました。条文上は「免除」まであり得ますが、本件は減軽にとどまっています。
本記事は、公開されている判決文・決定文にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。動画では当事者を仮名にし、決定文の事実を基に物語として再構成しています。
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