判例マンガ
「総理の仕事」の境界線 — ロッキード事件
憲法/最高裁判所大法廷 平成7年(1995年)2月22日判決(昭和62年(あ)第1351号)
内閣総理大臣が行政各部に指示を与える権限の範囲が問われ、受託収賄罪の「職務」該当性が争われた事件
1 / 12
1970年代はじめ、日本の空。旅客機の大型化が進んでいた。
レイある日本の航空会社が、大型ジェット機を選ぶことになったんです。
みょうぶ飛行機を選ぶだけなら、ふつうの商売だよね?
レイここに、外国の航空機メーカーと、当時の内閣総理大臣が絡んできます。
2 / 12
アメリカの航空機メーカー・ロッキード社は、自社の大型機を日本の航空会社に売り込みたかった。窓口になったのが、日本の商社・丸紅。
レイ商社が海外メーカーの代理店になること自体は、よくある話です。
みょうぶここまでは普通だ。
3 / 12
昭和47年(1972年)8月23日。丸紅の代表・廣蔵(仮名)が、時の内閣総理大臣・角造(仮名)の私邸を訪れた。
廣蔵(仮名)総理。ロッキード社のL-1011トライスター機を、全日空に買わせていただきたい。運輸大臣を指揮していただくか、総理ご自身で働きかけていただけませんか。
角造(仮名)わかった。
レイこのとき、成功報酬として現金5億円を供与する約束がされた、と判決は認定しています。
4 / 12
同年10月30日、全日空はトライスター機の購入を正式に決定した。
みょうぶ本当に、その飛行機を買っちゃったんだ……
レイその後、昭和48年8月9日から翌年3月1日にかけて、4回に分けて現金合計5億円が、総理側に渡ったと認定されています。
5 / 12
1976年2月、アメリカ議会の公聴会で、ロッキード社が各国の政府関係者に不正な資金をばらまいていたことが暴露された。
みょうぶえ、発覚したのはアメリカでなの!?
レイはい。日本でも捜査が始まり、同年7月27日、角造(仮名)は受託収賄などの容疑で逮捕されました。
6 / 12
検察は「総理の職務に関して賄賂を受け取った」として起訴した。弁護側は、これを正面から争った。
弁護人特定の会社の飛行機を買えと働きかけることは、総理大臣の“職務”ではない。政治家個人の口利きにすぎない。
検察官総理には、行政各部を指導する権限がある。これはその権限の行使だ。
7 / 12
受託収賄罪(刑法197条1項後段)が成立するには、公務員が「その職務に関し」賄賂を受け取ったことが必要になる。
レイもし運輸大臣への働きかけが総理の“職務”でないなら、受託収賄罪は成立しないかもしれません。
みょうぶ総理大臣なんだから、何でも職務になりそうだけど……
レイそう単純でもないんです。内閣法6条は、総理が行政各部を指揮監督できるのは『閣議にかけて決定した方針に基いて』のときだ、と定めています。
みょうぶえ、閣議で決まってないことは、総理の職務じゃないの……?
8 / 12
裁判は10年以上続いた。平成5年(1993年)12月16日、角造(仮名)は裁判の係属中に死亡し、彼自身についての手続はここで打ち切られた(公訴棄却)。
レイつまり、角造(仮名)本人の有罪・無罪を、最高裁が最終的に確定させたわけではないんです。
みょうぶえ、じゃあ最高裁は何を判断したの?
レイ私邸を訪ねた廣蔵(仮名)や、現金を運んだ秘書の敏彦(仮名)ら、共に起訴されていた被告人たちの裁判が、まだ続いていました。
9 / 12
最高裁判所大法廷 平成7年(1995年)2月22日判決。
裁判長上告を、棄却する。
レイそしてこの判決のなかで、最高裁は運輸大臣への働きかけが総理の“職務”にあたるかどうかを、正面から判断しました。
10 / 12
最高裁が示した基準はこうだった。
レイ内閣総理大臣は、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導・助言等の指示を与える権限を有する——最高裁はそう判示しました。
みょうぶ閣議で決まってなくても、いいってこと?
レイはい。内閣法6条の文言よりも広く、総理の権限を認めたんです。運輸大臣への働きかけは、この権限の行使であり、総理の“職務”にあたる、と。
11 / 12
この裁判にはもう一つ、大きな争点があった。アメリカに住む証人から得た供述調書の扱いだ。
レイ検察は、アメリカの証人に『起訴しない』と約束して得た証言の調書を証拠に出そうとしました。でも最高裁は、日本の刑事訴訟法はそうした刑事免責の制度を採用していないとして、この調書の証拠能力を否定しています。
みょうぶ証拠、使えなかったんだ。それでも有罪になったの?
レイはい。それ以外の証拠——現金の授受に関わった人たちの供述など——から、有罪という結論自体は維持されました。
12 / 12
この判決が示した基準は、今も生きている。
レイ刑法197条1項後段の受託収賄罪、そして内閣法6条——政治家の“口利き”がどこまで賄賂罪の対象になるかを考えるときの、基本の判例です。
みょうぶ『職務』って、思っていたより広いんだね。
レイ総理大臣という地位にある以上、閣議で決まっていないことでも、行政各部への指導・助言は“職務”に含まれる——それがこの事件の到達点です。
この判例のポイント
この事件でおさえるべきなのは「賄賂をもらったかどうか」ではなく「総理大臣の“職務”とは何か」という定義の問題だったことです。受託収賄罪(刑法197条1項後段)は「その職務に関し」賄賂を収受したことを要件としており、運輸大臣への働きかけが総理の職務にあたらなければ、この罪はそもそも成立しません。
内閣法6条は、総理が行政各部を指揮監督できるのは「閣議にかけて決定した方針に基いて」の場合だと定めています。最高裁大法廷は、個別の閣議決定がなくても「内閣の明示の意思に反しない限り」総理は行政各部に指導・助言等の指示を与える権限を有するとし、条文の文言よりも広く総理の職務権限を認めました。
答案では、まず受託収賄罪の構成要件(公務員が、職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受したこと)を定立したうえで、「職務」該当性を内閣法6条の解釈として論じる順序で書きます。いきなり「総理の職務にあたる」と結論だけ書くのではなく、条文の限定文言→最高裁がそれをどう広げたか、という論証過程を示すことが得点につながります。
会話は読みやすさのための脚色で、登場人物名はすべて仮名です。なお、中心人物である当時の総理大臣は裁判の係属中(平成5年12月)に死亡しており、本人についての最高裁の有罪確定はありません。この大法廷判決が判断したのは、共に起訴されていた他の被告人たちの事件を通じてのことです。事実関係と数値は判決文・法令の認定にもとづいています。
出典
- 最高裁判所大法廷判決 平成7年2月22日(昭和62年(あ)第1351号、刑集49巻2号1頁)
- 刑法197条1項(新しいタブで開く)
- 内閣法6条(新しいタブで開く)