判例マンガ
その自由、在留資格の中だけ? — マクリーン事件
憲法/最高裁判所大法廷 昭和53年(1978年)10月4日判決(昭和50年(行ツ)第120号)
外国人にも政治活動の自由などの人権保障は及ぶか、そして在留期間の更新を拒否した法務大臣の判断はどこまで裁判所が審査できるかが問われた事件
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昭和44年(1969年)5月10日。ひとりのアメリカ人が、東京に降り立った。
レイアラン(仮名)さん。アメリカ国籍で、日本の語学学校で英語を教えるために入国しました。
みょうぶふつうの外国人教師だよね? それが最高裁までいくの?
レイはい。在留資格は『4-1-16-3』、在留期間は1年。この『期間』が、後で大きな意味を持ちます。
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アランは勤め先の学校を、届け出をせずに変えた。そして、休みの日には別の顔を持っていた。
レイ昭和44年6月から翌年7月にかけて、ベトナム戦争に反対する集会やデモに、繰り返し参加しています。外国人による反戦団体『外国人ベ平連』にも加わりました。
みょうぶ日本に住む外国人が、日本で政治的な意見を言う……それだけなら普通の自由な社会だよね?
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昭和45年(1970年)5月1日、アランは在留期間の更新を申請した。
アラン(仮名)あと1年、日本で働きたい。更新をお願いします。
レイところが法務大臣は、理由を示さないまま、わずか120日間だけの更新を許可しました。5月10日から9月7日までです。
みょうぶ1年頼んで120日……? 何かのサインだよね、これ。
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9月8日からさらに1年間の更新を申請したが、9月5日付で、不許可の通知が届いた。
法務大臣無届で転職したこと、そして政治活動への参加を考慮し、更新は認められない。
アラン(仮名)デモに出たことが、理由なのか……?
レイアランさんは、この不許可処分の取消しを求めて裁判を起こしました。
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この裁判が難しいのは、憲法の文言そのものにある。
レイ憲法21条は表現の自由を保障しています。でも憲法第3章の見出しは『国民の権利及び義務』。外国人には、そもそも及ばないのでは、という疑問が出てきます。
みょうぶ『国民』って書いてあるんだから、外国人には関係ないってこと……?
レイそう単純にも言い切れません。ここが一つ目の争点です。
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もう一つの壁は、法務大臣の『裁量』だった。
レイ当時の出入国管理令21条3項は、更新を『適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り』許可できると定めています。この判断は行政の裁量に委ねられているとされていました。
みょうぶ裁量って、要は『大臣の判断にお任せ』ってことだよね。それを裁判所がひっくり返せるの?
レイたとえ人権の保障が及ぶとしても、そのうえで裁量統制の壁を越えられるか——この事件は、二段構えの難しさを持っていたんです。
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東京地方裁判所 昭和48年(1973年)3月7日判決。
裁判長不許可処分を、取り消す。
みょうぶ一審はアランさんの勝ち!
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しかし東京高等裁判所 昭和50年(1975年)9月25日判決で、判断は覆った。
裁判長原判決を取り消す。アランの請求を棄却する。
アラン(仮名)……上告する。
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最高裁判所大法廷 昭和53年(1978年)10月4日判決。
裁判長上告を、棄却する。
みょうぶ負けちゃった……でも、なんで?
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最高裁は、まず外国人の人権について、原則を示した。
レイ『基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみを対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶ』——政治活動の自由も、原則として保障されると認めたんです。
みょうぶえ、じゃあアランさんの言い分が通るんじゃ……
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だが、そのすぐ後に、判決は大きな限定をつけ加えていた。
レイ『憲法上、外国人に対する基本的人権の保障は、外国人在留制度の枠内で与えられているに過ぎない』。
みょうぶ枠内……? どういうこと?
レイ在留期間中に政治活動をする自由はある。でも、その事実を『更新を拒否する理由』として法務大臣が考慮することまでは、憲法は禁じていない——そう判断したんです。
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そして裁量統制についても、最高裁は独自の基準を示した。
レイ更新を認めるべき『相当の理由』の有無の判断は、法務大臣の広範な裁量に任されている。裁判所が違法と言えるのは、判断が全く事実の基礎を欠くか、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合に限られる、としました。
みょうぶつまり、よっぽどひどい判断じゃないと、裁判所は口を出さないってことだ。
レイはい。この事件では、政治活動を消極的な事情として考慮したこと自体は、その限られた基準を超えないと判断されました。
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この判決は、今も外国人の人権を語るときの出発点になっている。
レイ外国人にも人権は及ぶという原則(性質説)と、それでも在留制度という枠がかかるという限定。この二段構えが『マクリーン法理』と呼ばれています。
みょうぶ自由はある。でも無条件じゃない、ってことなんだね。
レイ憲法21条・第3章の人権規定、そして出入国管理及び難民認定法21条3項——この事件を通じて、外国人の権利と、国家の出入国管理の権限との境界線が引かれたんです。
この判例のポイント
この事件でおさえるべきポイントは二段構えです。①外国人にも憲法上の人権保障が及ぶか(性質説=権利の性質上日本国民のみを対象とすると解されるものを除き及ぶ)、②及ぶとしても、それは無制限ではなく『外国人在留制度の枠内』でのものにとどまるという限定。この二つを分けて理解しないと、『人権は及ぶ→だから更新拒否は違法』という短絡に陥ります。
もう一つの柱が、行政裁量の司法審査です。出入国管理令(現・出入国管理及び難民認定法)21条3項の『相当の理由』の有無の判断は法務大臣の広範な裁量に委ねられ、裁判所は『判断が全く事実の基礎を欠くか、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合』に限って違法と判断できます。人権論で救済されなくても、裁量統制の論点は独立して検討する必要があります。
答案では、①外国人の人権享有主体性(性質説の定立)→②政治活動の自由が本件でも及ぶことの確認→③『外国人在留制度の枠内』という限定の指摘→④出入国管理令21条3項の裁量とその審査基準、という4段階の順序で書くと、論点の構造がそのまま得点につながります。人権が及ぶことだけを論じて終わると、この事件の核心である裁量論が抜け落ちてしまいます。
会話は読みやすさのための脚色で、登場人物名はすべて仮名です。事実関係(在留資格・日付・更新期間・処分理由)は判決文の認定および複数の独立した法学系資料の記述を突き合わせたものです。裁判所の判決原文PDFへの直接アクセスは今回試みましたが到達できず、Wikipedia・法学系判例解説サイト複数(law-lib.jp・yamadatakuji.org等)の記述が一致することを確認したうえで採用しています。
出典
- 最高裁判所大法廷判決 昭和53年10月4日(昭和50年(行ツ)第120号、民集32巻7号1223頁) ※原文PDFへの直接アクセスは不可、複数の独立した法学系資料で事実関係・判示内容を突き合わせて確認
- 出入国管理及び難民認定法21条3項(新しいタブで開く)
- 日本国憲法21条1項・第3章(新しいタブで開く)