判例マンガ
小説になった人生 — 宴のあと事件
憲法/東京地方裁判所 昭和39年(1964年)9月28日判決
小説のモデルにされた人物が、私生活を公開されない権利=プライバシー権の侵害を主張した事件
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昭和35年(1960年)、一冊の小説が話題になった。作家・三島由紀夫の『宴のあと』。
レイ料亭の女将と、元外務大臣の政治家。ふたりの結婚と、東京都知事選への出馬、そして離婚までを描いた小説なんです。
みょうぶ小説でしょ? フィクションなら別にいいんじゃない?
レイそこが今日の争点なんです。この小説には、実在のモデルがいました。
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小説の主人公・野口雄賢は、元外務大臣で東京都知事選に立候補した経歴を持つ。読めば誰のことか分かる書き方だった。
みょうぶ……それ、まんまその人じゃない。
レイモデルとされたのは、実在の元外務大臣・八郎(仮名)です。落選した都知事選の顛末や、結婚生活、離婚に至る経緯まで、かなり具体的に描かれていました。
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八郎(仮名)は、小説を読んで抗議した。
八郎(仮名)私の私生活を、こんなふうに切り売りされる筋合いはない。謝罪広告と、損害賠償を求める。
レイこうして八郎(仮名)は、作家と出版社を相手に訴えを起こしました。
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被告側は、表現の自由を盾に反論した。
作家(仮名)これは小説だ。私が創作した人物の物語であって、実在の人物の伝記ではない。
みょうぶたしかに、モデルにされた人は世の中にいっぱいいそう。それだけで訴えられたら、小説なんて書けなくなっちゃう。
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ここで裁判所が向き合わなければならなかった問題があった。
レイ実は当時、日本の法律には『プライバシー権』という言葉そのものが、明文では存在していなかったんです。
みょうぶえ、それじゃあ何を根拠に訴えるの?
レイそこなんです。民法709条は『他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した』ことを不法行為の要件にしています。でも、私生活を書かれたことが、その『権利・利益』にあたるのか——これ自体が答えの出ていない問いでした。
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表現の自由(小説を書く側の利益)と、私生活を知られたくない気持ち(モデルにされた側の利益)。どちらも、まっとうな主張だった。
レイしかも、私生活を知られたくないという感覚は、人によって程度がまちまちです。これを法律で守るとなると、どこからどこまでを『権利』と呼ぶのか、線を引かなければなりません。
みょうぶ『嫌だった』ってだけじゃ、権利とまでは言えなさそうだもんね……。
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東京地方裁判所 昭和39年(1964年)9月28日判決。
裁判長被告らは、原告に対し、金80万円を支払え。
作家(仮名)……小説を書いただけなのに。
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判決は、まず『プライバシー権』という権利そのものを、日本の裁判所として初めて正面から認めた。
レイ判決は、憲法が『個人の尊厳』という思想を基礎に置いていることから、『私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利』を認めるのが至当だとしました。
みょうぶ条文に書いてなくても、認めたんだ……!
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そして、どこからが侵害にあたるのかを判断するための、3つの物差しを示した。
レイ①私生活上の事実、またはそう受け取られるおそれのある事柄であること。②一般人の感受性を基準に、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること。③一般の人々にまだ知られていない事柄であること。
みょうぶこの3つが全部そろって、はじめて侵害になるってこと?
レイはい。どれか一つでも欠ければ、プライバシー侵害にはあたりません。表現の自由を封じすぎないための歯止めでもあるんです。
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小説『宴のあと』は、この3つの物差しすべてに当てはまると判断された。
レイ結婚生活や離婚の経緯は私生活そのもの、公開されれば当人が不快・不安を覚えるであろう内容で、当時まだ世間には知られていなかった——だから侵害にあたる、と。
レイ一方で、謝罪広告までは必要ないとして、その請求は退けています。認めたのは金銭による損害賠償、80万円でした。
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被告側は、判決を不服として控訴した。裁判はまだ終わらなかった。
レイ控訴審の途中、原告の八郎(仮名)本人が亡くなりました。最終的には、遺族と被告のあいだで和解が成立し、裁判は終わっています。
みょうぶ最高裁までは、いかなかったんだ。
レイええ。でも最高裁の判断を待たずとも、この地裁判決が示した考え方は、その後の日本のプライバシー法制の出発点になりました。
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この判決が生まれるまで、条文に「プライバシー権」という言葉はなかった。
レイ根拠になったのは、憲法13条の『個人の尊厳・幸福追求権』という理念と、民法709条の不法行為の一般条項です。条文の言葉を、裁判所が具体的な権利として初めて肉付けしたんです。
みょうぶ書いてない権利を、判決が作った……。
レイ今、私たちが当たり前のように使う『プライバシー』という言葉の法的な出発点は、この一冊の小説をめぐる裁判にあるんです。
この判例のポイント
この事件でおさえるべきなのは、プライバシー権が最初から条文にあったわけではない、という点です。判決が出た昭和39年当時、民法にも憲法にも『プライバシー』という言葉はありませんでした。裁判所は憲法13条が置く『個人の尊厳』という理念を手がかりに、民法709条の『法律上保護される利益』の中身として、この権利を初めて認めました。
判決が示した基準は3つに整理できます。①私事性(私生活上の事実、またはそう受け取られるおそれのある事柄であること)、②秘匿性への合理的期待(一般人の感受性を基準に公開を欲しないと認められ、公開によって当人が実際に不快・不安を覚えたこと)、③非公知性(一般の人々にまだ知られていないこと)。この3つがすべてそろって初めて、プライバシー侵害として不法行為が成立します。だからこそ、すでに公知の事実を書いても、この基準では侵害にはなりません。
答案では、いきなり『プライバシー権が侵害された』と書かず、①民法709条の不法行為の一般的要件(権利・法律上保護される利益の侵害)を確認したうえで、②憲法13条を根拠にプライバシー権をその『保護される利益』として基礎づけ、③この事件が示した3要件にあてはめる、という順序で書くと筋が通ります。表現の自由(憲法21条)との衝突を意識し、なぜこの3要件で線引きされているのかにも触れられると評価が上がります。
会話は読みやすさのための脚色で、登場人物名はすべて仮名です。判決の一次原文には今回直接あたることができなかったため、Wikipedia日本語版の記事と、複数の独立した法学系解説記事(判例紹介サイト・辞典類)を突き合わせて、裁判所名・判決日・慰謝料額・3要件の文言・控訴後の経緯など主要な事実に齟齬がないことを確認したうえで作成しています。
出典
- 東京地方裁判所判決 昭和39年9月28日(判例時報385号12頁) — 一次原文には未到達。複数の独立した法学系情報を突き合わせて事実を確認
- Wikipedia日本語版「宴のあと」(新しいタブで開く)
- 憲法13条(新しいタブで開く)
- 民法709条(新しいタブで開く)