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判例読了 約11

背信的悪意者とは — 取得時効と二重譲渡で民法177条の「第三者」から外れる人

背信的悪意者とは、他人がすでに不動産の権利を得ている事実を知りながら、「あなたは登記をしていない」と主張することが信義に反すると言える事情がある人のことです。最高裁は昭和43年8月2日の判決で、そのような人は民法177条の「第三者」に当たらず、登記のない相手に負けると判断しました。取得時効の場面でも同じ考え方が使われ、最高裁は平成18年1月17日の判決で、時効完成後に土地を買って登記した人であっても、長年の占有を現実に認識していたうえで信義に反する事情があれば「第三者」から外れるとしています。この記事は、司法試験の答案で使う順序——177条のどこでこの論点が顔を出すのか——に沿って整理します。

背信的悪意者とは何か — 民法177条の第三者から外れる基準

背信的悪意者とは — 民法177条の「第三者」から外れる人

背信的悪意者とは、不動産の権利がすでに他人に移っている事実を知っていて、なお「登記がない」と主張することが信義に反すると認められる事情がある人のことです。この人は、条文の「第三者」から外れます。

出発点になる条文はこれです。

不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。(民法177条)

つまり、不動産の権利が動いたことを他人に主張したければ、登記をしておきなさい、という条文です(条文はe-Gov法令検索(新しいタブで開く)で確認できます)。

もっとも、判例はこの「第三者」を、世の中のすべての人ではなく、登記がないことを主張する「正当な利益」を持つ人に限って読んでいます。背信的悪意者が外れるのは、この「正当な利益」を欠くからです。

なお、「正当な利益」という限定そのものを最初に示したのは明治期の大審院判決で、裁判所の判例検索(courts.go.jp)には収録されていません。この記事では、収録が確認できた最高裁判例の言葉だけを引用します。

なぜ争いになるのか — 「知っていた」だけでは負けない

不動産の売買では、所有権は契約の意思表示だけで動きます。

物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。(民法176条)

そのため、Aが土地をBに売った後さらにCに売っても、Cへの売買が当然に無効になるわけではありません。決着は登記でつける——これが177条の役割で、いわゆる二重譲渡の場面です。

ここで問題になるのが、177条の文言が善意(知らない)と悪意(知っている)を区別していないことです。先にBに売られていたと知っていたCでも「第三者」に含まれ、先に登記すれば勝てます。判例が「正当な利益を有しない」と言って排除するのは、悪意に何かが上乗せされた場合だけです。

その「上乗せ」の中身を示したのが、次の判決です。

判例が積み上げたルール

判例示されたこと
最高裁判所第二小法廷 昭和43年8月2日 判決(昭和42年(オ)第564号・所有権確認請求・民集22巻8号1571頁・上告棄却)実体上の物権変動を知る者が登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情があるときは、その者は正当な利益を有せず、177条の「第三者」に当たらない
最高裁判所第三小法廷 平成8年10月29日 判決(平成5年(オ)第956号・公道確認等・民集50巻9号2506頁・原審 高松高裁 平成5年3月25日)背信的悪意者から買った転得者は、その者自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、所有権の取得を第一譲受人に対抗できる
最高裁判所第三小法廷 平成18年1月17日 判決(平成17年(受)第144号・民集60巻1号27頁)取得時効の完成後に譲り受けて登記した者も、多年にわたる占有の事実を認識し、登記の欠缺の主張が信義に反する事情があるときは背信的悪意者に当たる

昭和43年8月2日 — 排除されるのはどんな人か

山林を買って二十三年あまり占有していた人がいました。その事実を知りながら、相手に登記がないのに乗じ、高値で売りつけて利益を得る目的でその山林を売主から買い、登記を済ませた人が現れます。最高裁は、次のように述べました。

実体上物権変動があつた事実を知る者において右物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には、かかる背信的悪意者は、登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであつて、民法一七七条にいう第三者に当らないものと解すべきところ

「登記の欠缺」とは、登記がないことです。つまり、権利が動いた事実を知っていて、なお「登記がないではないか」と言うのが信義に反すると評価できる事情があるなら、その人は177条の「第三者」ではない、ということになります。

読み取れる要素は2つです。第一に、物権変動があった事実を知っていたこと。第二に、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情があること。 判決は前者だけで足りるとは言っておらず、後者を並べて要求しています。

平成8年10月29日 — 背信的悪意者から買った人はどうなるか

次に問題になるのは、背信的悪意者から土地を買った人(転得者)です。「あくどい人から買ったのだから、その人も負ける」と考えたくなりますが、最高裁の答えは違いました。

所有者甲から乙が不動産を買い受け、その登記が未了の間に、丙が当該不動産を甲から二重に買い受け、更に丙から転得者丁が買い受けて登記を完了した場合に、たとい丙が背信的悪意者に当たるとしても、丁は、乙に対する関係で丁自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、当該不動産の所有権取得をもって乙に対抗することができるものと解するのが相当である。

つまり、転得者(丁)については、丁自身をあらためて評価し直す、ということです。判決は理由も述べています。ひとつは、丙が背信的悪意者だとしても甲丙間の売買そのものが無効になるわけではないので、丁は無権利者から買ったことにはならない、という点です。もうひとつは次の一文です。

その者と第一譲受人との間で相対的に判断されるべき事柄であるからである

背信的悪意者として排除されるかどうかは、その人と第一譲受人との間の話であって、前の人が排除されたことが自動的に引き継がれるわけではない、という理解です。

平成18年1月17日 — 取得時効の場面での「悪意」の中身

取得時効が完成した後にその土地を買って登記した人にも、同じ法理が及びます。裁判所の判例検索が掲げる裁判要旨は、次のとおりです。

甲が時効取得した不動産について,その取得時効完成後に乙が当該不動産の譲渡を受けて所有権移転登記を了した場合において,乙が,当該不動産の譲渡を受けた時に,甲が多年にわたり当該不動産を占有している事実を認識しており,甲の登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情が存在するときは,乙は背信的悪意者に当たる

注目したいのは、知っている必要がある対象です。時効の要件を全部わかっている必要はなく、多年にわたって占有が続いてきた事実を現実に認識していることが求められています。「調べれば分かったはずだ」という可能性の水準では足りません。事件の詳しい経緯は取得時効と登記の記事にまとめています。

学説の見取り図

転得者をどう扱うかについて、学説は2つの考え方を対置してきました。呼び名はいずれも講学上のもので、判決文には出てきません。

立場根拠帰結弱点として指摘される点
絶対的構成背信的悪意者が「第三者」から外れる以上、その者を経由した権利も第一譲受人には及ばない転得者も一律に対抗できない転得者は自分の事情と関係なく負ける。最高裁は平成8年判決でこの帰結を採らなかった
相対的構成排除の理由は「その人の取得の経緯」が信義に反することなので、人ごとに評価する転得者自身が背信的悪意者と評価されない限り対抗できる背信的悪意者が他人を経由させれば、その他人が背信的と評価されない限り登記が通る

また、どのような場合に「信義に反する事情」があると言えるのかについて、学説は背信的悪意者の典型を4つの型に整理しています。売主と実質的に同じといえる者、先の譲渡に自分が関わっておきながらそれを妨げる者、相手を害する目的や登記がないのを奇貨として暴利を得る目的の者、相手の登記手続を妨害した者、の4つです。昭和43年の事案は3つ目に当たります。この4類型は判決文の項目立てではなく、学説による整理です。

以上は学説の整理であり、判例がどれかの説を採ったことを意味しません。

結論が分かれる具体例

1. 先に売られていたと知っていただけで買った

Aが土地をBに売り、登記がまだのうちに、その事実を知っていたCがAから同じ土地を買って登記した。この場合、Cは「第三者」に含まれ、Bは登記がない以上Cに対抗できません。知っているだけでは、177条の枠から外れないからです。

2. 未登記に乗じて高く売りつける目的で買った

同じ「知っていた」でも、相手に登記がないのに乗じ、後で高値で買い取らせて利益を得る目的で買った場合は違います。昭和43年判決の事案がこれで、悪意に加えて信義に反する事情があると評価され、買主は「第三者」から外れました。占有していた側が、登記なしで勝っています。

3. 20年占有された土地を、時効完成後に買った

時効が完成した後に土地を買って登記した人は、原則として時効取得を主張されても負けません。ただし、その土地を長年占有し続けてきた事実を現実に知っていて、なお登記の欠缺を主張するのが信義に反する事情があれば、背信的悪意者として排除されます。ここで「調べれば知り得た」という程度では足りない、というのが平成18年判決の一線です。

答案の型

民法177条を軸にした検討順序
  1. 請求と反論を特定する — 誰が誰に対して何を求め、相手がどの条文で反論しているかを最初に固定する
  2. 条文の枠を立てる — 177条の「不動産に関する物権の得喪及び変更」「その登記をしなければ」「第三者に対抗することができない」を引き、検討事項を「物権変動があるか」「相手は第三者か」の2つに分ける
  3. 物権変動を確認する — 売買による所有権移転は意思表示のみで生じる(176条)ことを示し、あてはめる
  4. 「第三者」該当性を検討する — 二重譲渡の買主は形式的には正当な利益を有する者に当たる、といったんは認める
  5. 問題提起・規範・あてはめ・結論 — 背信的な事情がある場合も保護されるかを問い、判例の2要素(悪意+信義に反する事情)を規範として立て、事実を拾ってあてはめる

あてはめで拾うべきなのは、取得の経緯にあらわれた事実です。いつ、いくらで、何を目的として買ったのか。買った後にどう振る舞ったのか。相手の占有が外から見て明らかだったか。これらを並べて、登記の欠缺を主張することが信義に反すると言えるかを評価します。

取得時効の場面では、認識の対象がずれる点に注意します。時効の成否そのものを知っている必要はなく、多年にわたる占有継続の事実を認識していたかが問われます。余力があれば、転得者が出てきたときに人ごとに判断する視点(平成8年判決)まで触れると、検討が一段深くなります。

関連する判例と動画

事件そのものを追いたい場合は、取得時効と登記 — 「知り得た」では足りない、背信的悪意者の基準をどうぞ。登記と第三者の保護という同じ土俵の別論点として、94条2項・110条の類推適用の記事もあわせて読めます。

動画では、「レイの法廷」第4話が取得時効と登記の事件を扱っています。時効完成の前と後で結論が反転する時間軸を図解しながら進みます。

よくある質問

Q. 「悪意者」と「背信的悪意者」は何が違うのですか?

悪意者は、権利がすでに動いている事実を知っているだけの人です。判例が177条の「第三者」から外すのは、それに加えて、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情がある場合です。知っていることと、あくどいことは別に判断されます。

Q. 取得時効の場面では、何を知っていれば背信的悪意者になりますか?

最高裁平成18年1月17日判決の裁判要旨によれば、時効の要件をすべて具体的に知っている必要はなく、相手が多年にわたって占有している事実を認識していることが必要とされています。「調査すれば分かったはずだ」という水準では足りません。

Q. 背信的悪意者から土地を買った人も、同じように負けますか?

そうとは限りません。最高裁平成8年10月29日判決は、転得者は自分自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、所有権の取得を第一譲受人に対抗できるとしています。前の人の評価がそのまま引き継がれるわけではありません。

Q. 背信的悪意者と認められると、その人が結んだ売買は無効になるのですか?

いいえ。平成8年判決は、背信的悪意者に当たる場合でも売主との売買そのものが無効になるわけではない、と述べています。効果は「登記がないことを主張できない」という点にとどまります。


本記事は、公開されている判決文と条文にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。判決文が記号や仮名で示している当事者は、記事でも仮名・記号のまま扱っています。制作: JurisCode.AI

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