判例マンガ
二坪の男 — 宇奈月温泉事件
民法/大審院 昭和10年(1935年)10月5日判決
所有権にもとづく撤去請求が「権利の濫用」として退けられた事件
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富山県、黒部峡谷。山あいの小さな温泉街。
レイこの街には、温泉が湧いていないんです。
みょうぶえ。温泉街なのに?
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湯は、離れた黒薙温泉から引いていた。
レイ引湯管の全長は、およそ四千百七十間。今でいう約7.5キロです。
みょうぶ七キロ半っ! ぜんぶこの管で運んでるの!?
レイ大正6年ごろ、ある会社が多額の費用をかけて敷きました。街の命綱です。
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その管が、ある荒れ地の隅をかすめていた。所有者の許可はない。
レイ通っている部分の面積は、およそ2坪。畳4枚分です。
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昭和3年1月。ひとりの男が、この荒れ地を買った。
銀次(仮名)……ここか。他人の土地を、勝手に通っておるな。
レイ判決文は、この人が『引湯管が通っていることを知ったうえで、土地を利用する目的もなく買った』と認定しています。
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土地は全部で112坪。畑3畝22歩の荒蕪地だった。
レイ急な斜面で、植林にも農作にも使えない。土地全部の価格は、わずか30円あまりでした。
みょうぶ30円の土地……?
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男は、温泉会社に撤去を迫った。
銀次(仮名)管を撤去してもらおう。儂の土地じゃ。
正吉(仮名)撤去……!? そんなことをしたら、街の湯が止まります。
銀次(仮名)嫌なら買い取ればよい。この土地と、ほかの儂の土地をまとめて——総額2万円あまりでな。
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30円の土地に対して、2万円あまり。
みょうぶひどい! そんなの通るわけ……
レイそれがね、みょうぶ。ここが今日いちばん怖いところなんです。
レイ土地はこの人のもの。所有権は、法が認めたいちばん強い権利。『自分の土地から出ていけ』は、本来まっとうな主張なんです。
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交渉は決裂し、男は訴えた。大審院 昭和10年10月5日。
裁判長上告を、棄却する。
銀次(仮名)なぜだ! 儂の土地だぞ!
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裁判所が見たのは、権利があるかどうかではなかった。
レイ侵された利益はごくわずか——2坪、土地全部でも30円あまり。
レイ撤去にかかる損害は莫大で、街の湯そのものが止まる。
レイそして、その差を承知のうえで、不相当な代償を求めた。
レイ所有権を道具にして不当な利益をつかもうとしているだけだ——そう判断されたんです。
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木管は、残った。街の湯は止まらなかった。
みょうぶ所有権って、最強じゃなかったの?
レイ最強の権利でも、人を困らせてお金を搾り取る道具に使った瞬間、法は守ってくれない。
レイこれが『権利の濫用』です。
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この判断は、戦後の民法改正で条文になった。
レイ民法1条3項——『権利の濫用は、これを許さない』。
レイこの事件は、日本の判例が権利の濫用を正面から認めた最初の一件です。
みょうぶ二坪から、条文が生まれたんだ……
この判例のポイント
この事件でおさえるべきなのは「権利があるか」ではなく「その権利の使い方が許されるか」という問いの立て方です。土地の所有権そのものは、最後まで否定されていません。否定されたのは、その行使の仕方でした。
判断の材料は3つに整理できます。①侵害されている利益がごくわずかであること(2坪・土地全体でも30円あまり)、②請求を認めたときに相手が受ける損害が著しく大きいこと(引湯管の撤去=街の湯が止まる)、③その不均衡を知ったうえで、不相当な代償を求めていること。この3つがそろったとき、権利の行使は濫用と評価されます。
答案では、まず所有権にもとづく妨害排除請求の要件を満たすことを認めたうえで、権利濫用の主張を検討する順序で書きます。いきなり「濫用だから請求できない」と書くと、原則と例外の関係が消えてしまいます。
会話は読みやすさのための脚色です。人物名はすべて仮名で、事実関係と数値は判決文の認定にもとづいています。
出典
- 大審院 昭和10年10月5日判決(宇奈月温泉事件)
- 民法1条3項(新しいタブで開く)