クロロホルム事件をわかりやすく — 実行の着手はいつ始まるか
保険金目当ての殺人計画で、被害者をクロロホルムで眠らせた段階では、まだ「殺す」行為は始まっていなかったはずでした。しかし最高裁は平成16年3月22日の決定で、眠らせた時点ですでに殺人罪の実行の着手があったと判断しました。しかも、被害者はその段階ですでに死亡していた可能性がある——それでも殺人は既遂になる、と。「行為はいつ始まるのか」「計画とずれた現実は、罪にどう影響するのか」という刑法総論の中心にある2つの問いに答えた判例です。

事件の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第一小法廷 |
| 決定日 | 平成16年(2004年)3月22日 |
| 事件番号 | 平成15年(あ)第1625号 |
| 事件名 | 殺人、詐欺被告事件 |
| 判例集 | 刑集58巻3号187頁 |
| 主文 | 上告棄却(裁判官全員一致・殺人既遂の共同正犯が確定) |
| 第一審 | 仙台地方裁判所 平成14年5月29日判決 |
| 控訴審 | 仙台高等裁判所 平成15年7月8日判決 |
以下の事実は、すべて決定文が認定したものです。当事者の名前は仮名にしています。
何が起きたのか
里美(判決文の被告人A)は、夫の大和さん(判決文の被害者V)を事故死に見せかけて殺害し、生命保険金を詐取しようと考えました。実行役として梶(判決文の被告人B)に依頼し、梶は報酬目当てでこれを引き受け、さらに実行役の三人を仲間に加えます。
計画は、こうでした。実行役の車を大和さんの車にわざと衝突させ、示談交渉を装って大和さんを実行役の車に誘い込む。クロロホルムで失神させたうえで港まで運び、大和さんの車ごと海に沈めてでき死させる——。
平成7年8月18日夜、計画どおり、実行役の車が大和さんの車に追突しました。示談交渉を装って大和さんを助手席側ドアが内側から開けられないよう改造された車に誘い入れます。
午後9時30分ころ(決定文でいう「第1行為」)、実行役の一人が多量のクロロホルムを染み込ませたタオルを大和さんの背後から鼻口部に押し当て、もう一人が腕を押さえるなどして吸引を続けさせ、大和さんを昏倒させました。
その後、大和さんは約2km離れた港まで運ばれます。午後11時30分ころ(「第2行為」)、梶が到着し、ぐったりとして動かない大和さんを車の運転席に運び入れ、車ごと岸壁から海中に転落させました。
大和さんの死因は、でき水による窒息か、クロロホルムの摂取による呼吸停止・心停止・窒息・肺機能不全のいずれかで、特定できませんでした。決定文は、大和さんが第2行為より前の第1行為の時点で、すでに死亡していた可能性があると認定しています。
そして、もう一つ重要な認定があります。実行役たちは、クロロホルムを吸わせる行為それ自体で大和さんが死亡する可能性を認識していませんでした。それでも、客観的にはこの行為は人を死に至らしめる危険性の相当高い行為だった、と決定文は述べています。
大前提 — 罪はどこから「始まる」のか
刑法43条は「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる」と定めています。つまり、実行に着手していなければ未遂罪にすらなりません。準備段階(予備)と、実行の着手があった段階の境目が、この論点の出発点です。
本件の計画は、第1行為(クロロホルムで失神させる)と第2行為(海に沈める)という、2段階の行為でした。実行役たちの認識では、「殺す」行為は第2行為のはずです。ところが、大和さんが死亡した可能性があるのは第1行為の段階でした。
ここで2つの問いが生まれます。
- まだ「殺す前」の第1行為の時点で、すでに殺人罪の実行の着手が認められるか
- 認識と異なる段階で死亡していたとして、それでも殺人は既遂になるのか
裁判所は何と言ったか
最高裁は、まず実行の着手について、決定文からそのまま引用します。
第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること、第1行為に成功した場合、それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められることや、第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性などに照らすと、第1行為は第2行為に密接な行為であり、実行犯3名が第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められるから、その時点において殺人罪の実行の着手があったものと解するのが相当である。
つまり、①第1行為が第2行為の実現に欠かせないこと、②第1行為の成功後に計画を妨げる事情がなかったこと、③2つの行為が時間的・場所的に近接していたこと——この3つから、第1行為は第2行為と「密接」な行為であり、第1行為を始めた時点ですでに殺人に至る客観的な危険性があったと判断されました。
続けて、既遂の成否についてもこう述べています。
たとえ、実行犯3名の認識と異なり、第2行為の前の時点でVが第1行為により死亡していたとしても、殺人の故意に欠けるところはなく、実行犯3名については殺人既遂の共同正犯が成立するものと認められる。
実行役たちが「まだ殺していない」と思っていた段階ですでに死んでいたとしても、殺人の故意は失われず、既遂になる——これが決定の到達点です。
審級で対立はなかった
この事件は、審級のあいだで結論が動いた事件ではありません。第一審(仙台地裁)・控訴審(仙台高裁)・最高裁のすべてが、実行役たちに殺人既遂罪の共同正犯の成立を認めています。弁護人は「実行役3名に殺人の故意も実行行為もない」などと主張しましたが、最高裁はこれを職権で退けました。
この事件のドラマは、審級の対立ではなく「理論のズレ」そのものにあります。犯人たちの頭の中の計画(第2行為で殺す)と、現実に起きたこと(第1行為で死んでいたかもしれない)がずれている。この食い違いを、刑法はどう処理するのか——それが本決定の主題です。
この判例が決めたこと(意義)
必要と考えていた段階的な行為をすべて終える前に結果が生じてしまうことを、「早すぎた結果発生(早すぎた構成要件の実現)」と呼びます。本決定は、第1行為の時点で実行の着手を認めたことで、第1行為を一連の実行行為の一部と位置づけました。そのうえで、第1行為自体から死という結果が生じたのであれば、それは実行行為から結果が生じたことに変わりなく、故意既遂が成立するという通説の考え方を採用しています。
第1行為による死は、実行役たちが思い描いていた「第2行為による死」とは食い違います。しかし、因果関係の錯誤(客観的に生じた結果が、主観で認識していた結果と構成要件該当性の範囲内で符合していれば、故意は阻却されないという考え方)により、この食い違いは殺人の故意を否定する理由にはならない、と扱われました。
学説はどう整理しているか
ここからは学説の整理です。最高裁がどの学説を採用したとまでは述べていません。
「殺人に至る客観的な危険性」をどう読むかについて、有力な理解はこうです。第1行為それ自体による死亡の危険というより、第2行為による殺害に至る危険が、第1行為(失神させること)によって著しく高まるという意味だ、というものです。この読み方に立てば、死亡の危険がない睡眠薬などで失神させた場合でも、着手が肯定されうることになります。
危険性を実行の着手の判断の中心に据える見方が多数説ですが、これに対しては、実行の着手は「犯行計画の進捗度」を問うべきだとする有力な立場もあります。この立場からは、本決定の読み方をめぐって多数説側との議論が続いています。
また、既遂の成否についても、少数説からは異なる主張があります。第1行為自体で殺すという認識がなければ、既遂の故意は認められないという立場に立てば、本件は殺人未遂罪と傷害致死罪が成立するにとどまる、という考え方もあります。これに対し通説側は、着手という決定的な段階を乗り越えた以上、その後の事象を完全にコントロールできなくても結果を帰責するには十分だと応じています。
つまり、「第1行為の時点で着手があり、既遂が成立する」という結論は判例が示したことです。一方で、「危険性か、計画の進捗度か」「本当に既遂まで認めてよいのか」は、学説のあいだで今も議論が続いているところです。
答案ではどう書くか
- 論点1を立てる — まだ「殺す」段階に至っていない第1行為の時点で、殺人罪の実行の着手は認められるか
- 規範1 — 犯行計画を踏まえ、①行為の必要不可欠性、②計画遂行上の障害の不存在、③時間的場所的近接性から、先行行為が後続行為に密接であり、かつ結果発生の客観的危険性が認められれば、実行の着手を認める
- あてはめ1 — クロロホルムによる失神は海への転落を確実かつ容易にするために不可欠/成功後に計画を妨げる事情はない/2km・2時間程度という近接性。この3つを拾う
- 論点2を立てる — 認識と異なる段階(第1行為)で結果が発生していたとして、既遂は成立するか(早すぎた構成要件の実現)
- 規範2 — 着手が認められた行為から結果が生じた以上、実行行為の一部から結果が生じたといえ、故意既遂が成立する。認識との食い違いは因果関係の錯誤として処理し、構成要件該当性の範囲内で符合していれば故意は阻却されない
- 結論 — 第1行為の時点で実行の着手があり、死亡時点が第1行為・第2行為のいずれであっても殺人既遂の共同正犯が成立する
「まだ殺していないから未遂」と早合点すると沈みます。実行の着手は「殺す本番の行為」そのものではなく、それに密接で客観的危険性のある先行行為の時点でも認められる、というのが本決定の一番の急所です。
動画で見る
「レイの法廷」の第7話が、この事件です。犯人たちの計画と、現実に起きたことのずれを、再現ドラマと答案の型の両方で解説しています。
- 講義版: クロロホルム事件 — 実行の着手のすべて(新しいタブで開く)
- ショート版: 「殺す前」に、死んでいた夜(新しいタブで開く)
- 各話の一覧: レイの法廷
同じ「行為と結果のつながり」を扱った大阪南港事件の記事、「何もしないこと」が罪になる境界線を扱ったシャクティパット事件の記事もあわせてどうぞ。民法で「法律がどこまで信頼を保護するか」を扱った94条2項・110条の類推適用の記事も、線引きの作り方という意味で近いテーマです。
よくある質問
Q. 実行役たちは、クロロホルムで被害者が死ぬかもしれないと分かっていたのですか?
決定文によれば、実行役たちは第1行為(クロロホルムの吸引)それ自体で被害者が死亡する可能性を認識していませんでした。ただし、客観的にはこの行為は人を死に至らしめる危険性の相当高い行為だったと認定されています。
Q. 被害者がいつ死亡したか分からないのに、なぜ殺人既遂になるのですか?
死因は特定できず、被害者は第2行為より前の第1行為の時点で死亡していた可能性があります。しかし最高裁は、第1行為の時点ですでに実行の着手が認められる以上、どちらの行為で死亡していても殺人の故意に欠けるところはなく、殺人既遂が成立するとしました。
Q. 計画どおりに進まなかったのに、なぜ「実行の着手」が認められるのですか?
実行の着手は、犯行計画を踏まえたうえで、先行行為が後続行為に必要不可欠か、計画を妨げる事情がなかったか、時間的・場所的に近接していたかを考慮して判断されます。本件は、これらの事情から第1行為の時点ですでに殺人に至る客観的な危険性が認められると判断されました。
Q. 「早すぎた構成要件の実現」とはどういう意味ですか?
犯人が予定していた一連の行為をすべて終える前に、結果(本件では死亡)が発生してしまうことを指します。本決定は、着手が認められた行為から結果が生じた以上、故意既遂が成立するという考え方を採っています。
本記事は、公開されている決定文にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。動画では当事者を仮名にし、決定文の事実を基に物語として再構成しています。
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判例アニメ「レイの法廷」第7話「クロロホルム事件」。 事件の経過を物語で追い、答案の形まで通して話しています。
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