抵当権に基づく妨害排除請求をわかりやすく — 占有屋を追い出せるのはどんなときか
抵当権は、目的物の占有を移さない担保です。持ち主に使わせたまま、価値だけを握る権利であるため、誰が住んでいようと抵当権者は口を出せないのが原則でした。それでも最高裁判所は平成17年3月10日、占有する権利の設定に競売手続を妨害する目的が認められる場合には、抵当権そのものに基づいて明渡しを請求できると判断しました。しかも所有者に適切な維持管理を期待できないときは、明渡しの宛先は抵当権者自身でかまいません。ただし、賃料相当の損害金までは請求できないとされています。

抵当権に基づく妨害排除請求とは — 最高裁判所第一小法廷 平成17年3月10日判決
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第一小法廷 |
| 判決日 | 平成17年(2005年)3月10日 |
| 事件番号 | 平成13年(オ)第656号、同年(受)第645号 |
| 判例集 | 民集59巻2号356頁 |
| 論点 | 抵当権に基づく妨害排除請求/直接自己への明渡し |
| 結論 | 明渡請求は認容(結論において是認)、賃料相当損害金の請求は棄却 |
抵当権の内容を定めるのは民法369条(新しいタブで開く)1項です。
抵当権者は、債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。
「占有を移転しないで」という文言が、この判例のすべての出発点になります。
何が起きたのか(事案)
以下は判決文が認定した事実にもとづきます。当事者は仮名です。
建設会社Xは平成元年9月、D社との間で、D社所有の土地上に地下1階付き地上9階建てのホテルを請負代金17億9014万円で建築する契約を結びました。平成3年4月にホテルは完成しましたが、D社は代金の大部分を支払いません。Xは建物の引渡しを留保して交渉に入ります。
平成4年4月ころ、両者は合意に至りました。残代金17億2906万円余を分割で支払うこと、建物と敷地にXを権利者とする抵当権を設定すること、そして建物を他に賃貸する場合はXの承諾を得ること。同年5月に抵当権設定登記を了え、Xは建物をD社に引き渡しました。
ところがD社は分割金を一切支払わないまま、同年12月、Xの承諾なくE商事へ建物を賃貸します(賃料月額500万円・敷金5000万円)。翌年3月には敷金が1億円に増額され、5月には賃料が月額100万円に減額されました。さらにE商事は平成5年4月、これも承諾なくY社へ転貸します(賃料月額100万円・保証金1億円)。
不動産鑑定士の意見によれば、この建物の適正賃料は月額592万円から613万円でした。転貸の賃料は適正額の6分の1にすぎません。加えて、Y社とE商事の代表取締役は同一人物であり、D社の代表取締役も一時期Y社の取締役でした。
D社は平成8年に事実上倒産。Xは平成10年に競売を申し立てましたが、最低売却価額を6億4039万円から4億8029万円に引き下げても買い手は現れませんでした。この状況下で、D社の代表取締役はXに対し、敷地の抵当権を100万円の支払と引換えに放棄するよう要求しています。
争点 — 占有する権利をもつ者に対しても、抵当権で明渡しを求められるか
かつての最高裁は、抵当権者から占有者への明渡請求を認めない立場をとっていたと整理されています。抵当権は交換価値を把握する権利であって、占有関係に干渉する権原を含まないという理解です。
流れが変わったのは平成11年11月24日の大法廷判決(民集53巻8号1899頁)でした。本判決はこれを次の形で引用しています。
所有者以外の第三者が抵当不動産を不法占有することにより、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ、抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、上記状態の排除を求めることができる
問題は、本件のY社には賃貸借・転貸借という占有の権原があることでした。不法占有者ではない相手に、同じ理屈が及ぶのかが争点です。
裁判所は何と言ったか(判旨)
最高裁は、占有権原をもつ者に対しても妨害排除請求ができると判断しました。
抵当権設定登記後に抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者についても、その占有権原の設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ、その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、当該占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、上記状態の排除を求めることができるものというべきである
理由として挙げられたのは、所有者の側の義務です。
抵当不動産の所有者は、抵当不動産を使用又は収益するに当たり、抵当不動産を適切に維持管理することが予定されており、抵当権の実行としての競売手続を妨害するような占有権原を設定することは許されないからである
つまり、契約書という形式があっても、その設定に競売妨害の目的があるなら盾にならない、ということです。
さらに最高裁は、明渡しの宛先についても踏み込みました。
抵当不動産の所有者において抵当権に対する侵害が生じないように抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には、抵当権者は、占有者に対し、直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることができるものというべきである
一方で、賃料相当の損害金の請求は認められませんでした。
抵当権者は、抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではないというべきである
抵当権者は、抵当不動産を自ら使用することはできず、民事執行法上の手続等によらずにその使用による利益を取得することもできない
自分で使えない権利である以上、使えなかった損害も観念できない。冒頭で確認した「占有を移転しないで」という抵当権の性質が、勝った側にもそのまま跳ね返る構造です。
この判例が決めたこと(意義)
抵当権者が占有者を追い出せるのは、その占有が競売を妨害する目的で設定され、かつ抵当不動産の交換価値の実現を妨げている場合です。占有そのものが違法かどうかではなく、優先弁済を受ける権利の行使が困難になっているかどうかで判断されます。要件は2つに整理できます。
| 要件 | 内容 | 本件のあてはめ |
|---|---|---|
| ① 主観的要件 | 占有権原の設定に、競売手続を妨害する目的があること | 承諾義務違反の賃貸・転貸、適正額の6分の1の賃料、高額の敷金、当事者の人的な重なり、抵当権の放棄要求 |
| ② 客観的要件 | 交換価値の実現が妨げられ、優先弁済請求権の行使が困難な状態があること | 最低売却価額を引き下げても買い手が現れず、売却の見込みが立たない |
平成11年判決が不法占有者について所有者の請求権を代位行使する構成をとっていたのに対し、本判決は抵当権そのものに基づく妨害排除請求権の行使を正面から認めた点に意義があります。
明渡しを受けた抵当権者が得る占有は、所有者に代わって不動産を維持管理することを目的とするものであり、使用して収益を上げることはできません。学説はこれを管理占有と呼んで整理しています(判決文自体の用語ではありません)。
なお、担保価値への侵害には別の型もあります。工場抵当法による抵当権の効力が及ぶ動産が無断で搬出された事案では、最高裁は第三者が即時取得をしない限り、元の備付場所である工場に戻すことまで請求できるとしました(最高裁第二小法廷 昭和57年3月12日判決・民集36巻3号349頁)。占有によって価値の実現を妨げる型と、持ち出しによって担保価値を散逸させる型とで、対処の仕方が異なります。
答案ではどう書くか
- 民法369条から抵当権の内容を確認する(優先弁済権であり、占有は含まれない)
- 原則を述べる(占有関係への干渉は抵当権の内容の外にある)
- 本件の特殊性を挙げる(登記後の承諾義務違反、低廉な賃料、競売の頓挫)
- 問題提起する(占有権原をもつ者に対して妨害排除請求ができるか)
- 趣旨から規範を立てる(物権である以上、内容の実現が妨げられれば妨害排除が働く。他方で所有者の使用収益の自由と正常な賃借人の保護も要請される)
- 要件ごとにあてはめる(①妨害目的 ②行使困難な状態)
- 自己への明渡しの可否を検討する(所有者に適切な維持管理を期待できるか)
- 結論を述べ、賃料相当損害金が認められないことに一言触れる
出題実績としては、司法試験の短答式で平成18年・平成20年・平成28年・平成30年に問われています(公表問題より)。
動画で見る
この事件は「レイの法廷」で映像化しています。17億円のホテルをめぐる物語をたどり、民法369条の条文から答案の型までを扱う構成です。公開状況はレイの法廷でご確認ください。
権利の形を整えて悪い目的を通そうとする者に法がどう応じるかという点では、宇奈月温泉事件(権利の濫用)や取得時効と登記の記事も関連します。
よくある質問
Q. 普通に部屋を借りている人も追い出されるのですか?
いいえ。妨害排除が認められるには、占有する権利の設定に競売手続を妨害する目的があったことが必要です。正常な賃貸借であればこの要件を満たしません。抵当権に対抗できない賃借権については、民法395条が明渡しの猶予を定めています。
Q. なぜ賃料相当の損害金が取れないのですか?
抵当権者は抵当不動産を自ら使用することができず、民事執行法上の手続によらずに使用の利益を取得することもできないためです。使える権利をもっていない以上、使えなかったことによる損害も生じない、という理屈です。
Q. 明渡しを受けた抵当権者は、その建物を貸して家賃を取れますか?
取れません。妨害排除請求によって得る占有は、所有者に代わって不動産を維持管理することを目的とするものです。使用および使用による利益の取得は目的に含まれないと明示されています。
Q. 「占有屋」とは何ですか?
競売にかけられた不動産に居座り、買受人との交渉で利益を得ようとする者を指す実務上の呼び方です。占有者がいる物件は明渡しの手間を嫌われて買い手がつきにくく、価格が下がります。この構造を利用して抵当権者に安値での権利放棄を迫る手口が、本件でも問題になりました。
Q. 抵当権を実行する前でも妨害排除を請求できますか?
判決はこの点を正面から論じていません。学説には競売手続開始決定を前提とすべきとする見解と、被担保債権の不履行後であれば実行の準備として請求できるとする見解があります。
本記事は判決文および公表資料にもとづく一般的な解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。記事および動画に登場する人物名・会社名はすべて仮名です。
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