あてはめは「事実→評価」の対で書く ― 事実を並べただけの答案が沈む理由
刑法の答案で、事実関係を漏れなく拾ったのに点が伸びない、という経験はありませんか。

結論から言うと、原因はたいてい事実を並べただけで終わっていることにあります。あてはめとは、事実を書き写す作業ではなく、「この事実があるから、この要件を満たす」という評価まで書いて初めて完成する作業です。事実には、それとセットの評価が要ります。
結論 ― 事実の直後に、その事実が要件の何を満たすかを書く
あてはめは、規範(条文の要件を具体化したルール)に事実を当てはめて、要件を満たすかどうかを判定する作業です。判定である以上、答案には事実と評価の両方が必要です。事実だけを書いて次の事実に移ると、採点者には「この事実で何が言いたいのか」が伝わりません。事実を一つ挙げたら、必ずその直後に「だから◯◯と言える」という評価を一文添える――これがあてはめの基本の型です。
なぜ事実だけでは足りないのか
規範は、抽象的な要件を並べた文です。たとえば「相手からの侵害が急迫であること」(正当防衛の要件の一つ)という規範があるとき、事案の事実(相手が刃物を構えて数歩の距離にいた、など)をいくら詳しく書いても、それだけでは「だから急迫と言える」のか「言えない」のかが読み手には分かりません。事実と規範の間には、書き手が架けるべき橋があります。その橋が評価です。
評価を書くということは、その事実が規範のどの言葉に対応するのかを名指しすることでもあります。「刃物を構えていた」という事実は、それだけでは急迫性の話なのか、防衛の意思の話なのか、行為の相当性の話なのか分かりません。「刃物を構えて数歩の距離まで迫っており、これは侵害が現に差し迫っていたと言える(急迫性を満たす)」まで書いて、初めてどの要件の話かが確定します。
事実だけの答案で何が起こるか ― シャクティパット事件を例に
この違いがよく分かるのが、最高裁平成17年7月4日決定(シャクティパット事件、刑集59巻6号403頁)です。この決定は、患者を病院から運び出させて医療を受けさせないまま放置した被告人に、不作為による殺人罪を認めました。争点は、被告人に患者を救うべき作為義務(結果を防ぐべき法的な義務)があったかどうかです。
決定文は、次のように書いています。
被告人は、自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせた上、患者が運び込まれたホテルにおいて、被告人を信奉する患者の親族から、重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったものと認められる。その際、被告人は、患者の重篤な状態を認識し、これを自らが救命できるとする根拠はなかったのであるから、直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたものというべきである。
この一文を事実と評価に分けると、構造がはっきりします。
- 事実1: 自己の責めに帰すべき事由により、患者の生命に具体的な危険を生じさせた(病院から運び出させた行為)
- 事実2: 親族から、重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあった
- 評価: だから、直ちに必要な医療措置を受けさせる義務を負っていた(作為義務を満たす)
決定文は、事実1と事実2を挙げただけで終えていません。その2つの事実がなぜ作為義務という要件を満たすのかを、「義務を負っていたものというべきである」という評価の一文で明示しています。もしここで事実1・事実2を書いた後にいきなり「不作為による殺人罪が成立する」と結論に飛んでいたら、読み手には作為義務という要件が本当に満たされているのか、根拠が事実のどこにあるのか伝わりません。評価の一文があるからこそ、事実と結論がつながって読めます。
答案で起こる失敗はこの逆です。事案の事実(先行行為があった、手当てを引き受けていた)を丁寧に拾いながら、評価の一文を書かずに「よって作為義務が認められる」と結論だけを書いてしまう。事実は合っているのに、なぜその事実で要件を満たすと言えるのかが答案のどこにも書かれていないため、採点者はあてはめの過程を評価しようがありません。事実を拾う作業はできているのに、あてはめ自体が採点対象として成立していない状態です。
答案ではどう書くか
- 規範の要件を先に一文で確認する ― 「作為義務が認められるか」のように、これから判定する要件を明示する
- 関係する事実を一つずつ挙げる ― 事案の中から、その要件に関係する事実だけを選ぶ(無関係な事実まで並べない)
- 各事実の直後に評価を一文添える ― 「この事実は、要件の◯◯を満たす方向に働く」と、事実と規範の言葉を結びつける
- 複数の事実がある場合は、評価をまとめる一文で締める ― 「以上の事実から、◯◯と言える」と、要件を満たすという結論を明示する
事実を先に全部書いてから、最後にまとめて評価を一つ書く書き方でも構いません。大事なのは、どの事実が、どの評価につながっているかが読み手に分かることです。事実の直後に評価を置くほうが、その対応関係は伝わりやすくなります。
受験生向けの一言
あてはめで事実を書いたら、その場で「だから要件の◯◯を満たす」まで書き切りましょう。事実を並べる作業と、要件を満たすと判定する作業は別の作業です。前者だけで後者を省略すると、事実は正しく拾えていても、あてはめそのものが答案に存在しないのと同じ評価を受けます。
動画で見る
シャクティパット事件を題材にした「レイの法廷」第6話は、講義版・ショート版とも公開しています。各話の一覧はレイの法廷から見られます。決定文にそった詳しい解説はシャクティパット事件の記事に、答案の書き出しの型は刑法の答案は「誰の・どの行為に・何罪か」から始まる、の記事にまとめています。
よくある質問
Q. 事実を全部書いたのに、あてはめで点が伸びないのはなぜですか?
事実を書き写すことと、その事実が要件を満たすと評価することは別の作業だからです。事実の直後に「だから◯◯と言える」という評価の一文がないと、採点者にはあてはめの過程が伝わらず、評価のしようがありません。
Q. 評価の一文は、どこに書けばよいのですか?
多くの場合、関係する事実を挙げたすぐ後です。事実をいくつか並べてから最後にまとめて評価する書き方でも構いませんが、どの事実がどの評価に対応するかが読み手に分かる位置に置く必要があります。
Q. 無関係な事実まで書いた方が、丁寧な答案になりますか?
なりません。むしろ、要件に関係しない事実を並べると、どの事実が評価につながっているのかが見えにくくなります。挙げる事実は、これから判定する要件に関係するものに絞るべきです。
Q. シャクティパット事件の決定は、結局どんな評価をしたのですか?
自己の責めに帰すべき事由により生命に具体的な危険を生じさせたこと、手当てを全面的にゆだねられた立場にあったことの2つの事実から、直ちに必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたと評価し、その義務に反して放置したことに不作為による殺人罪の成立を認めました。
本記事は、公開されている決定文にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。
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