間接正犯をわかりやすく — 12歳の少女に盗ませた養父は「自ら盗んだ」のか
12歳の少女が、13回にわたって盗みを働きました。それでも、少女は罰せられません。刑法41条が「十四歳に満たない者の行為は、罰しない」と定めているからです。では、盗めと命じ、金を手にした養父はどうなるのか——そそのかしただけの「教唆」か、自ら盗んだ「正犯」か。最高裁は昭和58年9月21日の決定で、窃盗の間接正犯が成立するとしました。他人を道具として利用した者が正犯となる条件を、正面から示した判例です。

事件の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第一小法廷 |
| 判断 | 昭和58年(1983年)9月21日 決定・上告棄却(裁判官全員一致) |
| 事件番号 | 昭和58年(あ)第537号 |
| 事件名 | 窃盗被告事件 |
| 判例集 | 刑集37巻7号1070頁 |
| 参照法条 | 刑法41条・60条・61条・235条 |
何が起きたのか
被告人は3度目の妻と婚姻し、その連れ子であるAを養子として入籍していました。しかし被告人が妻にしばしば暴力を振るったため、妻はAを残して家を出てしまいます。被告人の実子が交通事故で死亡したこともあって、被告人はAを連れて巡礼の旅に出ました。
Aは当時12歳。いまだ幼く頼るべき人もないことから、被告人を嫌いながらも付き従っていました。被告人はAを学校にも行かせず、長期の旅に連れ出したのです。
そして旅の途中、宿泊費などに窮した被告人は、Aを利用して巡礼先の寺などから金員を窃取しようと企てます。昭和57年2月上旬ころから4月19日ころまでの間、13回にわたり、Aに命じて現金合計約78万7750円と菓子缶等の物品6点(時価合計約3210円相当)を窃取させました。金額は当時のもので、消費者物価ベースでは現在のおよそ1.4倍、110万円前後にあたります。
決定文は、Aが逆らう素振りを見せたときに何が起きたかを、こう認定しています。
日頃被告人の言動に逆らう素振りを見せる都度顔面にタバコの火を押しつけたりドライバーで顔をこすつたりするなどの暴行を加えて自己の意のままに従わせていた
第1審は、被告人が刑事未成年者であるAを使用して金品を窃取したとして窃盗罪の正犯を認め、懲役3年を言い渡しました。原審(高松高裁)でも量刑のみが争われ、控訴は棄却されます。
弁護人の主張には、理屈が通っていた
上告審で弁護人はこう主張しました。Aは盗みが許されないことをよくわかっていた。被告人の命令は絶対的強制というには至らず、Aはなお主体的に盗みを行った。だからAの行為こそが窃盗の実行であり、被告人はそれをそそのかした教唆になるのは格別、窃盗の正犯にはならない、と。
これは筋の通った主張です。共犯が成立するには、実行者の行為が犯罪の型に当てはまり違法であれば足りる、という考え方(学説でいう制限従属性説)が現在では一般的です。実行者が幼くて責任を負えないことは、そそのかした者を教唆として罰する妨げにはなりません。つまり「教唆で罰すれば足りる、正犯は行き過ぎだ」という主張は、理論として成立していたのです。
最高裁の答え — 鍵は「意思の抑圧」
最高裁は、上告を棄却したうえで職権により次のように判示しました。
被告人が、自己の日頃の言動に畏怖し意思を抑圧されている同女を利用して右各窃盗を行つたと認められるのであるから、たとえ所論のように同女が是非善悪の判断能力を有する者であつたとしても、被告人については本件各窃盗の間接正犯が成立すると認めるべきである
決め手は、善悪を判断する能力(是非弁別能力)があったかどうかではありませんでした。「畏怖し意思を抑圧されている」こと——逆らうという選択肢が、事実の上で押し潰されていたことです。
Aは抗拒不能の絶対的強制下にあったわけではなく、意思決定の自由も残されていたと評価されています。それでも間接正犯が認められた理由として、Aがいまだ幼く、旅の途上にあって被告人以外に頼るべき人もない状況にあったことが指摘されています(判例解説による整理)。暴力の強さだけを見るのではなく、幼さ・孤立・生活面での依存を重ね合わせて判断する——ここが実務の着眼点です。
間接正犯とは何か
間接正犯とは、他人を道具として利用して自分の犯罪を実現することをいいます。条文に直接の根拠はありませんが、自ら犯罪を実現する直接正犯と同様に正犯として処罰されることが、解釈上ひろく認められています。
たとえ話をすると分かりやすくなります。事情を何も知らない看護師に毒入りの注射を打たせた医師がいたとして、針を刺したのは看護師でも、この殺人の主役は医師でしょう。人間を道具に使っただけで、自分で手を下したのと同じだ——そう評価するのが間接正犯です。
道具にされる型としては、①故意のない者の利用 ②心神喪失者の利用 ③刑事未成年の利用 ④意思を抑圧された者の利用 ⑤他人の適法行為の利用 などが挙げられます(学説の整理)。本件は③にあたり、同時に④の顔も持っていました。
なお、刑事未成年を使えば必ず間接正犯になる、というわけではありません。刑事未成年は政策的な考慮から年齢を基準に一律で責任無能力としたもので、そこには善悪を判断する能力を一定程度そなえた者も含まれるからです。だからこそ、個別具体的に被利用者の状況を見る必要が出てきます。
同じ12歳でも、答えが逆になった判例がある
約18年後の平成13年10月25日、最高裁は別の事件で間接正犯を否定しました。母親が12歳10か月の長男に強盗を指示して実行させた事案です。長男には是非弁別の能力があり、母親の指示は長男の意思を抑圧するに足る程度のものではなく、長男は自らの意思により強盗の実行を決意したうえ、臨機応変に対処して完遂した——そう評価されたためです。母親には、刑事未成年である長男との共謀共同正犯が認められました。
二つを並べると、線がくっきり見えます。
| 昭和58年決定(本件) | 平成13年決定 | |
|---|---|---|
| 被利用者 | 12歳の養女 | 12歳10か月の長男 |
| 是非弁別能力 | あり | あり |
| 意思の抑圧 | あり(日頃の暴行への畏怖) | なし |
| 結論 | 間接正犯が成立 | 間接正犯を否定・共謀共同正犯 |
分かれ目は年齢ではなく、意思の抑圧の有無です。ただしこの「まとめ方」自体は判決文に書かれているわけではなく、二つの決定を並べた学説・実務の整理である点には注意してください。
道具にされるのは、第三者だけではない
もう一つ、視野を広げる判例があります。平成16年1月20日の最高裁決定です。
ホストクラブのホストであった被告人が、遊興費を払えなくなった客の女性に多額の生命保険を掛け、事故死を装って自殺させて保険金を取得しようと企てました。暴行と脅迫で追い詰め、真冬の漁港で、車ごと海に飛び込むよう命じたのです。女性に自殺する気持ちはなく、車から脱出して生き延びる可能性に賭けて飛び込み、間一髪で助かりました。
最高裁は、被告人が女性を「被告人の命令に応じて車ごと海中に飛び込む以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせていた」と認定し、こう判示しました。
被害者に命令して車ごと海に転落させた被告人の行為は、殺人罪の実行行為に当たるというべきである
被害者自身の体を、被害者自身を殺す道具にした型です。選べない状態にまで追い込めば、最後のひと押しを本人がしたとしても、それは操った者の実行行為になる——12歳の養女の事件と、背骨は同じです。
答案ではどう書くか
設問の特定 — 養父が少女に窃盗を命じて行わせた行為に、何罪が成立するか。候補は窃盗罪の正犯(間接正犯)か、窃盗罪の教唆犯か。
条文で枠を立てる — 刑法235条は「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する」と定めます。「窃取」とは、占有者の意思に反して財物を自己または第三者の占有に移すことをいいます。
原則 — 寺の金品を現実に持ち出したのは少女であり、養父自身は窃取行為を直接には行っていません。だから原則として、養父は実行行為者=正犯には当たらないはずで、命じた行為は教唆の枠に収まるように見えます。
転換 — もっとも本件の少女は12歳の刑事未成年であるうえ、養父の日頃の暴行に畏怖し、意思を抑圧された状態で命じられるままに盗みを行っています。
問題提起 — 他人を利用して犯罪を実現した者を「正犯」と評価できるのは、どのような場合か。
規範(理由から立てる) — 正犯とは自己の犯罪を実現する者です。他人の手を借りても、その他人が「やってはいけない」と踏みとどまる判断の壁として機能せず、利用者の意のままに動く道具となっているなら、利用者は他人の体を使って自分の犯罪を実現したと評価できます(学説はこれを道具理論と呼びます)。そこで、①被利用者の意思が抑圧されており、②利用者がそれを自己の犯罪の実現のために利用したときは、利用者に正犯性が認められる、という規範を立てます。
あてはめ(要素ごとに) — ①意思の抑圧:12歳の幼さ、学校に通わせない長期の旅、頼るべき人がいない孤立、逆らえばタバコの火やドライバーによる暴行を受ける状況。善悪の判断能力はあっても、「逆らう」という選択は事実の上で押し潰されていた。②利用:13回にわたり命じて行わせ、得た金品を自分のものにした。
残りの柱と結論 — 違法性・責任を打ち消す事情はなく、窃盗罪の間接正犯が成立します。なお、意思の抑圧が認められなければ、平成13年決定のように共謀共同正犯や教唆犯の成立を検討することになります。
決定文そのものは「意思を抑圧されている同女を利用して」と事案に即して端的に述べるだけで、道具理論のような一般論は書いていません。判例の言葉と、答案で使う規範の言葉は層が違うという点は、意識しておいてください。
よくある質問
Q. なぜ12歳の少女は罰せられないのですか
刑法41条が「十四歳に満たない者の行為は、罰しない」と定めているためです。これは「子どもは悪くない」という趣旨というより、刑罰ではなく保護と教育で立て直すという法の選択によるもので、年齢を基準に一律の線が引かれています。
Q. 教唆と間接正犯で、刑の重さは変わるのですか
刑法61条1項は教唆犯に「正犯の刑を科する」と定めており、刑の枠自体は同じです。違うのは犯罪の骨組みで、教唆は他人の犯罪を横から作り出す罪、正犯はその犯罪の主役そのものです。裁判所がどちらかを確定することは、非難の中身を確定することでもあります。
Q. 刑事未成年を使えば、いつでも間接正犯になりますか
なりません。刑事未成年には善悪を判断できる者も含まれるため、年齢だけでは決まらないからです。平成13年決定では、12歳10か月の長男を利用した事案で意思の抑圧が否定され、間接正犯ではなく共謀共同正犯とされました。
Q. 「意思の抑圧」はどの程度必要ですか
抗拒不能の絶対的強制までは求められていません。本件でも少女には意思決定の自由が残されていたと評価されていますが、暴行に加えて、幼さ・旅の中の孤立・生活面での依存といった事情を重ね合わせて、抑圧が認められました。
Q. 未遂はいつから成立しますか
間接正犯の実行の着手時期は、命じた時か、道具が動いた時か、危険が相手に届いた時かで議論があります。毒入りの砂糖を郵送した事件(大判大正7年11月16日)では、相手方が受け取って食べられる状態に置かれた時点で殺人の着手が認められたと理解されています。
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この事件は「レイの法廷」第15話として、事件のドラマから決定文の読み解き、答案の書き方までを通しで解説しています。
- 講義版(長編): https://youtu.be/-VdxFVA0kNQ
- ショート版: https://youtube.com/shorts/0ur980FU6kM
- シリーズ一覧: レイの法廷
「何もしなかった」ことが犯罪になる場面については、シャクティパット事件の記事もあわせてどうぞ。
出典: 最高裁判所第一小法廷決定 昭和58年9月21日(刑集37巻7号1070頁)/ 最高裁判所第三小法廷決定 平成16年1月20日(刑集58巻1号1頁)/ 刑法235条・41条・61条(e-Gov法令検索)
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判例アニメ「レイの法廷」第15話「12歳養女を利用した窃盗」。 事件の経過を物語で追い、答案の形まで通して話しています。
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#レイの法廷#判例#刑法#間接正犯