助けようとして相手を怪我させたら罪になるのか — 誤想防衛と誤想過剰防衛
助けようとして相手にけがをさせた場合でも、罪が成立することはあります。「助けるつもりだった」という動機そのものは、犯罪が成立するかどうかを直接決める事情ではないからです。分かれ目になるのは、その場に本当に危害が迫っていたか、そしてとった手段がその場面で相当な範囲だったか、という2点です。実際に、人助けのつもりの一撃で傷害致死罪が成立した最高裁の決定があります。

結論 — 善意でも罪は成立しうる
なぜそうなるのか
刑法36条1項は、こう定めています。
急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
「罰しない」とは、犯罪そのものが成立しないという意味です。条件は3つに分けて読まれます。①急迫不正の侵害があること、②自己または他人の権利を防衛するためにした行為であること、③やむを得ずにした行為であること(手段としての相当性、と解されています)。
注目したいのは②に「他人の」と書かれている点です。人助けは、はじめから正当防衛の枠に入っているのです。問題は①のほうにあります。この条文は「急迫不正の侵害に対して」と書いており、侵害が現実に存在することを前提にしています。勘違いだった場合、この入口で外れてしまいます。
そこで次に出てくるのが、刑法38条1項です。
罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
攻撃されていると信じ込んでいた人に「罪を犯す意思」があったといえるのか。これが、誤想防衛(実際には無い攻撃を、あると誤信して反撃すること)と呼ばれる問題です。
実際にこう判断された裁判がある
夜、帰宅途中の路上でのことです。酔った女性と、それをなだめていた男性が揉み合ううち、女性が倉庫の鉄製シャッターにぶつかって尻もちをつきました。
そこを通りかかったのが、空手三段の腕前を持つ男性でした。彼はこの光景を見て、男が女性に暴行を加えていると誤解します。実際には、男性のほうが酔った女性を介抱していた側でした。
彼は二人の間に割って入り、まず女性を助け起こそうとします。次に男性のほうを振り向き、両手を差し出して近づきました。男性はそれを見て、身を守るために手を握って胸の前あたりに上げます。
彼はその構えを、ボクシングのファイティングポーズのようだと受け取り、自分に殴りかかってくると誤信しました。そしてとっさに、空手技の回し蹴りを相手の顔面付近へ。左足が右顔面付近に当たり、男性は路上に転倒。頭蓋骨骨折などの傷害を負い、8日後に脳硬膜外出血および脳挫滅により死亡しました。
これは実際の事件です。最高裁判所第一小法廷 昭和62年3月26日決定(事件名「傷害致死」・事件番号 昭和59年(あ)第1699号・刑集41巻2号182頁)。判示事項は「傷害致死につき誤想過剰防衛であるとされた事例」で、法律家のあいだでは勘違い騎士道事件という通称で呼ばれています。決定文の核心はここです。
本件回し蹴り行為は、被告人が誤信したBによる急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱していることが明らかであるとし、被告人の所為について傷害致死罪が成立し、いわゆる誤想過剰防衛に当たるとして刑法三六条二項により刑を減軽した原判断は、正当である
つまり、本人が信じ込んでいたとおりの状況を前提にしてもなお、素手で構えただけの相手への顔面回し蹴りは行き過ぎだったという判断です。そのうえで、傷害致死罪の成立を認め、刑法36条2項によって刑を減軽した控訴審の判断を正当としました。
一審は無罪、控訴審が有罪としたと伝えられていますが、本件の下級審判決は裁判所の判例検索に収録されておらず、決定文にも審級ごとの結論は書かれていません。確実に言えるのは、決定文が「原判断」として傷害致死罪の成立と36条2項による刑の減軽を挙げていることまでです。
この事件は「レイの法廷」の第2話で扱っています。事件の夜から最高裁の判断までを物語で追う講義版(新しいタブで開く)と、要点をまとめたショート版(新しいタブで開く)があります。各話の一覧はレイの法廷から。判例そのものの読み方は勘違い騎士道事件の解説記事に分けて書いています。
勘違いだけの場合と、勘違いにやりすぎが重なった場合
同じ「勘違いして反撃した」でも、手段が相当な範囲だったかどうかで進む先が変わります。
勘違いだけ
- 誤信した状況を前提にすれば、手段は相当な範囲
- 「罪を犯す意思」が否定される方向に進む(誤想防衛)
- 誤信したこと自体に不注意があれば、過失傷害罪(刑法209条・30万円以下の罰金又は科料)などが問題になりうる
勘違い+やりすぎ
- 誤信した状況を前提にしても、手段が過剰
- 罪は成立する(本件では傷害致死罪)
- 刑法36条2項により、刑を減軽しうる
どこで結論が分かれるのか
条文の3つの条件と、この決定が実際に重く見た事情を並べると、次のようになります。
| 見られる事情 | 「罰しない」に近づく方向 | 遠ざかる方向 |
|---|---|---|
| 危害の現実性 | 攻撃が現に始まっている、または目前に迫っている | 実際には攻撃がなく、こちらの誤解だった |
| 相手の様子 | 凶器を向けるなど、攻撃の動きがある | 素手で身構えただけだった |
| とった手段 | 引き離す、押さえるなど、目的に見合った範囲 | 顔面など急所を狙う、格闘技の技を使う |
| 誤解の中身 | 何をどう見誤ったかを具体的に説明できる | 「危なそうに見えた」以上の中身がない |
これは条文の要件と本件の判断から読み取れる一般的な整理であって、個別の事案の結論を決めるものではありません。相当性は具体的な状況ごとに判断されます。
けがをさせた相手への賠償はどうなるのか
ここまでは刑事(罪になるか)の話で、民事(お金を払うか)は別に決まります。助けようとした行為については、民法698条に次の定めがあります。
管理者は、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。
「事務管理」とは、頼まれていないのに他人のために行う行為のことです。急迫の危害から助けようとした人は、悪意(わざと)か重大な過失がなければ、それによって生じた損害の賠償責任を負わないと読めます。
ただし条文が対象にしているのは、助けようとした相手(本人)に生じた損害です。勘違い騎士道事件のように、助けようとした相手ではない第三者にけがをさせた場合は、この条文の文言がそのまま当てはまる場面ではありません。
よくある質問
Q. 善意で助けようとしたのに、なぜ罪になるのですか?
刑法36条1項が「罰しない」としているのは、急迫不正の侵害に対する、相当な範囲の行為です。動機が善意であることは、この条件を満たしたことにはなりません。勘違い騎士道事件では、侵害が現実には存在せず、かつ手段も相当性を逸脱していたと判断されました。
Q. 相手が本当に襲われていたなら、罪にならないのですか?
刑法36条1項は「自己又は他人の権利を防衛するため」と定めており、他人を助ける行為も対象に含まれます。現に急迫不正の侵害があり、手段が相当な範囲にとどまっていれば、条文上は「罰しない」場合にあたります。ただし相当かどうかは具体的な状況で判断されるため、結論を一般論で保証することはできません。
Q. 「やりすぎ」だと刑が軽くなるのなら、無罪になるということですか?
いいえ。刑法36条2項は「防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる」と定めるもので、罪が成立していることが前提です。本件でも、最高裁が正当としたのは傷害致死罪の成立を認めたうえで刑を減軽した判断でした。
Q. 助けようとした相手が亡くなると、罪はどうなりますか?
けがを負わせた場合は傷害罪(刑法204条)、そのけがによって死亡させた場合は傷害致死罪(刑法205条・3年以上の有期拘禁刑)が問題になります。本件は、8日後の死亡までが回し蹴りによる傷害の結果とされ、傷害致死罪の成立が認められました。
Q. 逆に、助けなかった場合は罪になりますか?
助けなかったこと自体を罰する「見殺し罪」という条文は、日本の刑法にはありません。ただし一定の場合には、何もしなかったことが罪に問われることがあります。この問題は見殺しは罪になるのかの記事で扱っています。
本記事は、公開されている決定文と条文にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。事件の当事者は、決定文と同じく仮名(記事中では氏名を出さない形)で扱っています。
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