規制目的二分論への批判 — 判例は本当に「目的の型」で審査を分けているのか
規制目的二分論とは、職業の自由への規制を「消極目的(国民の生命・健康を守る)」と「積極目的(社会経済政策)」に分け、前者には厳しい審査を、後者には緩やかな審査をあてるという整理のことです。批判の中身を先に言うと、この二分は判決文に書かれていません。最高裁は薬事法違憲判決(最大判昭和50年4月30日・民集29巻4号572頁)で小売市場事件(最大判昭和47年11月22日・刑集26巻9号586頁)を名指しし、「趣きを異にし」と区別しました。しかし「二分論」という語も、「目的を二つに分けて審査を変える」という宣言も、判決のどこにも出てきません。この記事は、判決文そのものを並べて、批判が成り立つ場所と成り立たない場所を分けます。

規制目的二分論とは — 定義
規制目的二分論とは、規制の目的が消極的(警察的)か積極的(社会経済政策的)かによって、裁判所が合憲性を審査する厳しさを変えるという説明の枠組みです。学説と答案実務が判例を整理するために使う呼び名であり、判決文の言葉ではありません。
出発点の条文は、憲法22条1項です。
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
条文にあるのは「公共の福祉」という一語だけで、目的の型によって審査を変えよ、とはどこにも書かれていません。二分論は、条文からではなく、判決文の読み方から生まれた整理です。
なぜ争いになるのか — 判決が「二分」と言っていない
争いの正体はひとつです。薬事法違憲判決が述べたのは「目的の分類」ではなく「許可制という規制の型に対する条件」だった、という点です。判決の中心部分を原文どおり引きます。
一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要するもの、というべきである
つまり、条件の土台は「許可制であること」です。許可制は入口そのものを閉ざすから強い、だから重要な公共の利益のために必要かつ合理的でなければならない。そのうえで、目的が消極的・警察的なら、より緩やかな手段では足りないことまで求められる、という二段構えになっています。目的は、審査を重くする追加の条件として出てくるだけで、世界を二つに割る分類として使われてはいません。
判決はさらに、この条件が制度全体だけでなく個々の条件にも及ぶと述べています。
そして、この要件は、許可制そのものについてのみならず、その内容についても要求されるのであつて、許可制の採用自体が是認される場合であつても、個々の許可条件については、更に個別的に右の要件に照らしてその適否を判断しなければならないのである
薬局に許可制を敷くこと自体は合憲でよい、しかし「距離が近いから不許可」という個別の条件は別に検査する——判決はそう組み立てました。目的というラベルを貼れば結論が出る、という構造ではないのです。
判例が積み上げたルール
二分論の当否は、判決文が実際に何と書いたかを並べると見通しがよくなります。以下はすべて、最高裁のウェブサイトで公開されている判決文から引いています。
| 裁判年月日 | 事件・出典 | 判決文が実際に述べたこと |
|---|---|---|
| 昭和30年1月26日 | 最高裁大法廷判決(公衆浴場法違反・刑集9巻1号89頁) | 銭湯が濫立すると「浴場経営に無用の競争を生じその経営を経済的に不合理ならしめ、ひいて浴場の衛生設備の低下等好ましからざる影響を来たすおそれ」があり、「国民保健及び環境衛生の上から、出来る限り防止することが望ましい」→距離制限は合憲 |
| 昭和47年11月22日 | 最高裁大法廷判決(小売市場・刑集26巻9号586頁) | 「立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限つて、これを違憲として、その効力を否定することができる」。中小企業保護政策の一方策であり目的に「一応の合理性」→合憲 |
| 昭和50年4月30日 | 最高裁大法廷判決(薬事法・民集29巻4号572頁) | 許可制は「職業の自由に対する強力な制限」。消極的・警察的措置なら、より緩やかな規制では目的を達成できないことを要する。小売市場の規制とは「趣きを異にし」→違憲・無効 |
| 平成元年1月20日 | 最高裁第二小法廷判決(公衆浴場法違反・刑集43巻1号1頁) | 同じ銭湯の距離制限を「積極的、社会経済政策的な規制目的に出た立法」と位置づけ、小売市場判決を引いて「著しく不合理であることの明白な場合に限り」違憲とすべきとした→合憲 |
| 平成4年12月15日 | 最高裁第三小法廷判決(酒類販売業免許・民集46巻9号2829頁) | 薬事法判決を引用して許可制の要件を確認しつつ、「租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のための職業の許可制による規制については…著しく不合理なものでない限り」憲法22条1項に違反しないとした→合憲 |
薬事法判決が小売市場判決を区別した部分は、括弧書きの中に置かれています。
小企業の多い薬局等の経営の保護というような社会政策的ないしは経済政策的目的は右の適正配置規制の意図するところではなく(この点において、最高裁昭和四五年(あ)第二三号同四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五八六頁で取り扱われた小売商業調整特別措置法における規制とは趣きを異にし、したがつて、右判決において示された法理は、必ずしも本件の場合に適切ではない。)
読める範囲はここまでです。「小売市場で示した法理は、本件には必ずしも適切でない」とは言っている。しかし「規制目的が二つに分かれ、それぞれ別の基準が対応する」とは言っていません。二分論は、この一文の余白を学説が埋めた整理です。
二分論に乗らない三つの事実
批判が具体的な力を持つのは、次の三つが判決文から確認できるからです。
1. 同じ規制が、目的の書き方で反対側へ移る
銭湯の距離制限は、昭和30年の大法廷判決では「国民保健及び環境衛生」の観点から支えられました。ところが平成元年1月20日の第二小法廷判決は、同じ規制を次のように読み替えています。
もともと、このような積極的、社会経済政策的な規制目的に出た立法については、立法府のとつた手段がその裁量権を逸脱し、著しく不合理であることの明白な場合に限り、これを違憲とすべきである
規制そのものは変わっていません。変わったのは、目的の描き方です。目的の分類が結論を決めるのなら、その分類を動かせる側が結論を握ることになります。ここが批判の核心です。
2. いったん通った因果の説明が、別の事件では通らない
昭和30年判決が受け入れたのは、「濫立→無用の競争→経営が不合理になる→衛生設備の低下」という筋道でした。薬事法判決で県側が持ち出したのも、形はほとんど同じ「競争の激化→経営の不安定→法規違反→不良医薬品」という鎖です。しかし最高裁はこう断じました。
競争の激化―経営の不安定―法規違反という因果関係に立つ不良医薬品の供給の危険が、薬局等の段階において、相当程度の規模で発生する可能性があるとすることは、単なる観念上の想定にすぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたい
同じ形の説明が、一方では通り、他方では「観念上の想定」と切られました。結論を分けたのは目的のラベルよりも、その説明を支える事実(立法事実)が確かめられたかどうかだった、と読むこともできるわけです。
3. 二つのどちらでもない目的がある
平成4年12月15日の第三小法廷判決が扱ったのは、酒類販売業の免許制です。目的は国民の生命・健康の保護でも、弱い業者の保護でもなく、酒税を確実に取ることでした。判決は薬事法判決を引用して「原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する」と確認しながら、財政目的の許可制については立法府の政策的・技術的な裁量を尊重し、「著しく不合理なものでない限り」憲法22条1項に反しないとしています。消極でも積極でもない第三の目的が現れ、審査の密度は緩い側に置かれました。二分の枠に、そもそも入らない事案です。
議論の見取り図
以上をふまえると、判例の読み方は大きく三つに分かれます。
| 読み方 | 根拠にする判決文 | 帰結 | 弱いところ |
|---|---|---|---|
| 二分論を判例の枠組みとして読む | 薬事法判決が小売市場判決を名指しで「趣きを異にし」と区別し、消極的・警察的措置の場合に条件を加重した部分 | 目的を先に認定すれば、審査の厳しさが決まる。答案の見通しがよい | 判決は「二つに分ける」とは述べていない。加重は許可制という規制態様に対して付けられている |
| 二分論に懐疑的に読む | 平成元年判決が同じ銭湯規制を積極目的と読み替えた点、平成4年判決が財政目的で緩やかに審査した点 | 目的の分類そのものが結論を左右する操作になりうるので、分類に寄りかからない | それでも目的の性質が審査密度に影響していること自体は、判決文から否定しにくい |
| 比較考量の一要素として読む | 薬事法判決の「規制の目的、必要性、内容、これによつて制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならない」という枠 | 目的は考量の一要素にすぎず、許可制か態様規制かという規制の強さや、立法事実の確かさが効く | 基準が事前に定まらず、予測可能性が下がる。答案では規範を立てにくい |
以上は学説の整理であり、判例がどれかの説を採ったことを意味しません。
結論が分かれる具体例
銭湯の距離制限
二分論で読むなら、平成元年判決が積極目的と位置づけた以上、審査は緩やかで合憲。懐疑的に読むなら、昭和30年判決が衛生の話をしていたのに平成で目的が入れ替わったこと自体を問題にします。比較考量で読むなら、目的の名前ではなく「廃業・転業の防止が現実にどれだけ必要か」という事実の側に議論が移ります。
酒類販売業の免許制
二分論では説明しきれません。財政目的は消極にも積極にも収まらないからです。比較考量で読むと、判決が薬事法判決の許可制の要件を引用しつつ、租税制度の専門技術性を理由に裁量を広く取った流れが素直に追えます。
薬局の距離制限
三つの読み方のどれをとっても違憲という結論は動きません。理由づけの重心が変わるだけです。二分論なら「消極目的だから厳しい審査」、比較考量なら「許可制という最も強い規制なのに、危険の因果に確実な根拠がなく、より緩やかな手段があった」。結論が同じで理由だけが違うとき、どちらが判例の読み方として正確かは、別の事件で初めて試される——これが、二分論の当否がいまも決着しない理由です。
答案の型
答案で二分論を使うときは、「判例がそう言っている」と書かないことが安全です。判決文が実際に述べたことと、整理のラベルを分けて書きます。
- 権利を事案に即して特定する(「営業の自由」ではなく「◯◯を開設する自由」)。憲法22条1項の保障が及ぶことを、職業が人格的価値と結びつくという趣旨から示す
- 規制の態様を先に評価する。許可制か、営業のやり方への規制か。許可制なら「職業の自由に対する強力な制限」であることを指摘する
- 規制の目的を、法律の条文と立法の経緯から認定する。「消極目的だから厳しく」と先に結論を置かず、目的の内容そのものを書く
- 審査の厳しさを、権利の重要性・規制態様・目的の性質を積み上げて理由付きで選ぶ。ここで二分論に触れるなら「学説上、こう整理されている」と書き分ける
- 目的の審査と手段の審査を分ける。手段は適合性(目的に本当に役立つか)と必要性(より緩やかな手段はないか)に割り、立法事実を拾って書く
あてはめで拾うべき事実の種類は決まっています。規制がなければ本当に危険が起きるという根拠、その危険の規模、より緩やかな手段が現に用意されているかの三つです。薬事法違憲判決が崩したのはこの三つ目でした。品質規制も罰則も立入検査もすでに法律にある、という事実が、距離制限の必要性を消したのです。
この判決は、司法試験・予備試験の短答式でも繰り返し問われています(制作時に確認できた範囲で、平成18年・24年・25年・29年、令和元年・4年・5年の7回)。
関連する判例
- 薬事法違憲判決そのものの事案・審級の動き・答案の五段構成は、薬事法違憲判決をわかりやすくで判決文にそって解説しています
- 憲法上の権利と、それを制約する側の主張をどう検査するかという点では、三菱樹脂事件の記事や堀越事件の記事も同じ骨格を扱っています
- シリーズの一覧はレイの法廷にあります。薬事法違憲判決は第14話として公開予定です
よくある質問
Q. 規制目的二分論は、判例が採用したルールなのですか
判決文にその言葉はなく、「目的を二つに分けて審査を変える」という一般論を最高裁が述べた箇所もありません。薬事法違憲判決が小売市場事件の法理を「必ずしも本件の場合に適切ではない」と区別したことは事実ですが、そこから先の一般化は学説による整理です。判例法理といえるかどうかについては、学説上争いがあります。
Q. 消極目的か積極目的かは、どうやって決まるのですか
法律の条文と立法の経緯から認定するほかありません。薬事法違憲判決は、改正法案の提案理由まで見て「主として国民の生命及び健康に対する危険の防止という消極的、警察的目的のための規制措置」と認定しました。もっとも、銭湯の距離制限のように、同じ規制の目的が判決によって違う言葉で描かれた例もあります。目的の認定は、機械的な作業ではありません。
Q. 二分論を答案に書くと減点されますか
減点されるかどうかは採点の問題なので断定できません。安全なのは、判決文が実際に述べたこと(許可制は強力な制限であること、消極的・警察的措置の場合に加重される条件)を規範として立て、二分論という呼び名は「学説の整理」として区別して使うことです。「判例は二分論を採用している」と書き切る形は、判決文で裏づけられません。
Q. 距離による規制は、いまも合憲になることがあるのですか
あります。銭湯の距離制限は昭和30年の大法廷判決で合憲とされ、平成元年1月20日の第二小法廷判決でも合憲とされました。薬局の距離制限が違憲になったのは、規制の型が距離制限だったからではなく、その距離制限を支える事実が確かめられなかったからです。
Q. 薬事法違憲判決と酒類販売業免許の判決は、矛盾していないのですか
判決文の上では矛盾していません。平成4年12月15日の判決は、薬事法違憲判決を引用して「重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する」という許可制の要件を確認したうえで、租税の賦課徴収という財政目的については立法府の政策的・技術的な裁量を尊重する、という順で書いています。二分論の枠に収まらないだけで、判例どうしの整合は保たれている、という読み方が可能です。
この記事は判決文と条文にもとづく一般的な解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。動画に登場する人物名はすべて仮名です。
出典: 最高裁判所大法廷判決 昭和30年1月26日(刑集9巻1号89頁)/ 同 昭和47年11月22日(刑集26巻9号586頁)/ 同 昭和50年4月30日(民集29巻4号572頁)/ 最高裁判所第二小法廷判決 平成元年1月20日(刑集43巻1号1頁)/ 最高裁判所第三小法廷判決 平成4年12月15日(民集46巻9号2829頁)/ 憲法22条1項(e-Gov法令検索)
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