正当防衛は、どこまでやったら「やりすぎ」になるのか — 過剰防衛と誤想過剰防衛
殴られたから殴り返した。それだけでは「正当防衛」になるとは限りません——反撃は、どこまでなら罰せられず、どこからが「やりすぎ」になるのでしょうか。

結論 — 反撃が侵害を「上回った瞬間」に呼び名が変わる
なぜそうなるのか — 条文は「やむを得ずにした」としか書いていない
境界線が条文に数字で書かれていないからです。刑法36条は反撃の限度を「やむを得ずにした」という一言で表しており、どこまでが許されるかは事案ごとの判断に委ねられています。
急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。(刑法36条1項)
「やむを得ずにした」という一言に、防衛の手段が侵害に見合っているか(相当性)という判断が詰め込まれています。ここを超えると、条文はこう続きます。
防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。(刑法36条2項)
無罪と有罪(刑だけ軽い)の境目は、この一本の線——反撃の強さが侵害の強さを上回ったかどうか——で決まります。条文そのものはe-Gov法令検索の刑法36条(新しいタブで開く)で確認できます。
三本の柱に分けて読む — 「相当性」は最後の関門にすぎない
条文の一文は、実際には三つの関門に分かれています。手前の関門で落ちれば、相当性の議論にはたどり着きません。
- 急迫不正の侵害があるか — 侵害が現に迫っているか、すでに始まっていること。過去に終わった侵害や、まだ先の話には正当防衛は使えません
- 防衛するための行為か — 自分または他人の権利を守る目的でなされたこと
- やむを得ずにした行為か(相当性) — 手段と強さが侵害に見合っていること。ここを超えると過剰防衛になります
見落とされやすいのが1番目です。侵害が予期できたというだけでは急迫性は失われませんが、その機会を利用して積極的に相手を害する意思(積極的加害意思)で待ち構えていた場合には、急迫性が否定されうると判断されています(最高裁判所第一小法廷 昭和52年7月21日決定・刑集31巻4号747頁)。「襲われるのを待って反撃した」という筋書きは、相当性の前の段階でつまずくことがあるわけです。
先に手を出していた場合はどうなるか(自招侵害)
自分が先に手を出し、その報復として殴り返されたときの反撃は、正当防衛になるのでしょうか。
夜のごみ集積所で口論になった男が、相手を一発殴って立ち去りました。自転車で追いかけてきた相手に後ろから殴り倒され、護身用の特殊警棒で殴り返します。ケガをしたのは追いかけた側でしたが、起訴されたのは殴り返した側でした。
最高裁判所第二小法廷は平成20年5月20日の決定(刑集62巻6号1786頁)で、相手の攻撃が自分の先行暴行の程度を大きく超えるものではないなどの事情のもとでは、反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないとして、正当防衛の成立を認めませんでした。
注意しておきたいのは、この決定が「先に手を出したら常に正当防衛が否定される」という一般論ではないことです。相手の攻撃が先行暴行の程度を大きく超えていた場合には、また別の判断になりえます。この事件は「レイの法廷」の第9話先に手を出した夜(新しいタブで開く)で詳しく扱っています。
実際にこう判断された裁判がある
夜、帰宅途中の路上。酩酊した女性と、それをなだめていた男性が揉み合ううち、女性が倉庫の鉄製シャッターにぶつかって尻もちをつきました。通りかかった空手三段の男性は、この光景を「男性が女性に暴行している」と誤解します。
割って入り、まず女性を助け起こそうとしたあと、男性のほうを振り向いて両手を差し出しました。男性はこれを見て、身を守るため手を握って胸の前に上げます。その構えを「殴りかかってくる」と誤信した空手三段の男性は、とっさに回し蹴りを相手の顔面付近へ放ちました。相手は転倒して頭蓋骨を骨折し、8日後に死亡しました。
最高裁判所第一小法廷は昭和62年3月26日の決定で、この行為を「誤信にかかる急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱」しているとし、傷害致死罪の成立を認めたうえで、刑法36条2項により刑を減軽した控訴審の判断を支持しました。侵害があると信じ込んでいたとしても、素手で構えただけの相手に空手技の回し蹴りを当てれば、それは「やりすぎ」だと判断されたのです。詳しい経緯は勘違い騎士道事件の記事にまとめています。
反撃をやめるべきタイミング — 侵害が終われば防衛ではなくなる
正当防衛が守るのは「今まさに迫っている侵害」からの防御です。相手が倒れた、逃げ出した、武器を手放したというように侵害そのものが終わってしまえば、そこから先の攻撃は防衛ではありません。手前が正当防衛だったからといって、続きまで正当化されるわけではないのです。
ここで問題になるのが、一連の暴行をどこで区切るかです。全体を一つの行為として見れば過剰防衛(刑を減軽・免除しうる)になり、侵害の終了時点で二つに分ければ、後半は独立した暴行・傷害として正面から処罰される可能性が出てきます。どちらで見るかによって結論が大きく変わるため、事実関係の細部——攻撃の間隔、相手の状態、行為者の認識——が丁寧に拾われます。
「もう反撃をやめてよい状態か」を、その場で判断することは難しいという現実はあります。だからこそ条文は、行き過ぎを一律に無罪にはしないかわりに、情状による減軽・免除という逃げ道を用意しています。
自分の場合はどうなるのか(境界線)
以下は、相当性が議論になるときに出てくる一般的な考慮事情の整理です。個別の事案の結論を決めるものではありません。
| やりすぎと判断されやすい事情 | 相当な範囲にとどまりやすい事情 |
|---|---|
| 素手の相手に凶器や打撃技で反撃する | 反撃の手段が相手の攻撃と同程度 |
| 相手が怯んだ・倒れたあとも反撃を続ける | 相手の侵害が終わった時点で反撃をやめている |
| 逃げる余地があるのに、あえて強い反撃を選ぶ | 逃げ場がなく、その場での対応しか選べなかった |
| 反撃の対象が急迫不正の侵害者以外にも及ぶ | 反撃が侵害者本人に対してのみ向けられている |
左側にあたるかどうかは、事実を一つずつ確かめて決まります。実際に反撃してよいかを迷う状況にあるなら、一般論ではなく弁護士等の専門家に相談してください。
答案を書く場合は、①急迫不正の侵害があるか → ②防衛の意思にもとづく行為か → ③やむを得ずにした行為(相当性)か、の順で規範を立て、相当性のあてはめでは反撃の手段・強さ・回数を具体的な事実で拾うのが基本の型です。
動画で見る
「レイの法廷」の第2話が、この事件を扱っています。
- 講義版: 人助けのつもりが、罪になった夜(新しいタブで開く)
- ショート版: 人助けで、懲役刑になった夜(新しいタブで開く)
- 各話の一覧: レイの法廷
自招侵害を正面から扱った第9話「先に手を出した夜」もあわせてどうぞ。正当防衛の三本の柱を、条文の趣旨までさかのぼって解説しています。
よくある質問
Q. 殴られて殴り返したら、必ず正当防衛になりますか?
いいえ。急迫不正の侵害があり、防衛の意思にもとづき、反撃が相当な範囲にとどまっていることが必要です。反撃が侵害を上回れば、正当防衛ではなく過剰防衛になります。
Q. 過剰防衛だと無罪になるのですか?
なりません。過剰防衛は罪の成立を前提にした制度です。刑法36条2項は「情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる」と定めており、罪は成立したうえで刑が軽くなる(場合によっては免除される)にとどまります。
Q. 相手が実際には攻撃してこなかった、勘違いだった場合はどうなりますか?
侵害があると誤信していただけで反撃が相当な範囲なら誤想防衛として故意が否定される方向に進みます。そこにさらに「やりすぎ」が重なると、誤想過剰防衛になります。最高裁昭和62年3月26日決定が扱ったのはこの誤想過剰防衛の事例です。
Q. 反撃に使う道具(素手か凶器か)は結論を左右しますか?
決め手の一つになります。上記の決定でも、素手で構えただけの相手に空手技の回し蹴りを当てたという事実関係が、相当性を逸脱すると判断された理由の一部になっています。
本記事は、公開されている決定文と条文にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。
この判例を動画で見る
判例アニメ「レイの法廷」第9話「自招侵害」。 事件の経過を物語で追い、答案の形まで通して話しています。
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#レイの法廷#判例#刑法#過剰防衛