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判例読了 約6

「規範を立てる」とは何をすることか ― 条文の趣旨から理由を作る手順

判例の解説や答案の指導で「ここで規範を立てる」と言われても、具体的に何をすればいいのか分からないと感じたことはありませんか。

規範を立てる判例2件から — 条文の趣旨から判断基準を作る手順

結論から言うと、規範を立てるとは、条文の文言だけでは結論が出ない場面で、その条文が置かれている理由(趣旨)から、事実に当てはめられる具体的な判断基準を作る作業です。条文 → 趣旨 → 規範 → あてはめ → 結論という答案の流れのうち、「趣旨から規範へ」の変換にあたる部分です。

結論 ― 規範とは、趣旨を事実に当てはめられる形に翻訳したもの

条文の文言は、抽象的な言葉でできています。「権利の濫用は、これを許さない」(民法1条3項)、「人を殺した者は」(刑法199条)——これらの文言だけを事実に当てても、結論は出ません。濫用とはどういう状態を指すのか、殺したとはどこまでの行為を含むのかを、あらかじめ具体的な言葉に置き換えておく必要があります。この置き換え作業が規範定立で、置き換える際の手がかりが、条文が何のために置かれているか、という趣旨です。趣旨をそのまま事実に当てはめることはできません。趣旨は抽象的な目的だからです。規範は、その目的を実現するために事実のどこを見ればよいかを示す、具体的な物差しになります。

なぜ趣旨から作らなければならないのか

規範を丸暗記するだけでは対応できない理由は、規範が条文の文言そのものではないからです。規範は解釈によって作られたものなので、暗記した規範の文言と少し違う事実が出てくると、どう応用すればよいか分からなくなります。趣旨から規範を導く手順を理解していれば、事案が変わっても、同じ趣旨から改めて規範を組み立て直すことができます。

この手順が実際に使われた例を、民法と刑法から一つずつ見てみます。

例1 ― 権利の濫用(宇奈月温泉事件)

民法1条3項は「権利の濫用は、これを許さない」と定めていますが、どのような場合が濫用にあたるかは書いていません。この規範を実際に作ったのが、大審院昭和10年10月5日判決(宇奈月温泉事件)です。当時は権利濫用を禁じる条文自体が存在せず、大審院は条文の助けなしに、所有権という制度が何のために認められているのかという趣旨から答えを作る必要がありました。

判決は、まず所有権への侵害があれば保護を求められるのが原則だと確認したうえで、こう述べています。

該除去ノ請求ハ単ニ所有権ノ行使タル外形ヲ構フルニ止マリ真ニ権利ヲ救済セムトスルニアラス

現代語にすると「その撤去請求は、所有権を行使しているという形をととのえているだけで、本当に権利を救おうとしているのではない」という意味です。続けて、

社会観念上所有権ノ目的ニ違背シ其ノ権能トシテ許サルヘキ範囲ヲ超脱スルモノニシテ権利ノ濫用ニ外ナラス

——社会の常識に照らして所有権の目的に反し、所有権の働きとして許される範囲を超えている、と判断しました。ここでいう「所有権の目的」が趣旨にあたります。大審院はこの趣旨から、侵害によって得られる利益と、除去によって相手が被る損失の客観的な比較、そして不当な利益を得ようとする主観的な目的という二つの要素を、事実に当てはめられる規範として組み立てました。この規範は、のちに昭和22年の民法改正で1条3項という条文そのものになっています。

例2 ― 作為義務(シャクティパット事件)

刑法199条は「人を殺した者は」と定めており、文言どおりに読めば、殺す「行為」を想定した規定です。では、何もしなかった人にも殺人罪を認めることができるのでしょうか。これが問題になったのが、最高裁平成17年7月4日決定(シャクティパット事件)です。

最高裁は、被告人が「自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせた上」、患者を信奉する親族から「重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあった」として、「直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていた」と判断しました。199条が守ろうとしているのは「人の生命」という結果であり、行為が作為か不作為かという型ではない、という理解が背景にあります。この趣旨から、自分の行為で危険を作り出したこと(先行行為)と、その危険への対処を全面的に引き受けた立場にあったことという二つの事実要素が、不作為を作為と同視するための規範として摘示されました。判例はこの規範がどの学説に立つとも述べておらず、先行行為と引受けという事実だけを示しています。

二つの例に共通するのは、趣旨(何を守ろうとしているか)から、事実のどこを見れば趣旨を実現できるかを具体化したという点です。規範の中身は分野によって違っても、作り方の手順は同じです。

規範を立てる手順

規範定立の手順
  1. 条文の文言を確認する ― その文言だけを事実に当てて結論が出るかを見る
  2. 出なければ趣旨を問う ― この条文は何を守るために、何のために置かれているのかを考える
  3. 趣旨から判断基準を組み立てる ― 趣旨を実現するには事実のどの要素を見ればよいかを言葉にする
  4. 組み立てた規範を事実に当てはめる ― 規範の各要素に対応する事実を一つずつ拾う

受験生向けの一言

規範は暗記するものではなく、趣旨から導けるようにしておくものです。趣旨と切り離して規範の文言だけを覚えると、事案が少し変わっただけで対応できなくなります。逆に、その規範がどの趣旨から出てきたかを説明できれば、見慣れない事実が出てきても、同じ趣旨から規範を組み立て直して対応できます。答案で「規範」の項目を書くときは、趣旨の一文を先に置いてから規範を書くと、採点者にも組み立てが伝わります。

動画で見る

宇奈月温泉事件を扱った「レイの法廷」第1話では、この判決が権利濫用の規範をどう組み立てたかを、事案の流れに沿って解説しています。

宇奈月温泉事件そのものの解説はこちらの記事、シャクティパット事件の作為義務の解説はこちらの記事にまとめています。答案の書き出しの型を扱った回として、刑法の答案は「誰の・どの行為に・何罪か」から始まる、の記事もあわせてどうぞ。

よくある質問

Q. 規範と趣旨は、何が違うのですか?

趣旨は「その条文が何のために置かれているか」という目的そのものです。規範は、その目的を実現するために事実のどこを見ればよいかを示す、具体的な判断基準です。趣旨は事実に直接当てはめられませんが、規範は当てはめられる形に作られています。

Q. 規範は必ず判例が作るものですか?自分で作ってはいけませんか?

判例がすでに規範を示している論点では、答案では判例の規範をそのまま使うのが基本です。判例がない、または規範が固まっていない論点では、条文の趣旨から自分で規範を組み立てることが求められます。そのときも、趣旨を明示してから規範を書く順序は同じです。

Q. 規範を立てずに、いきなり事実を当てはめてはいけませんか?

規範を示さずに事実だけを並べると、採点者にはその事実がどの基準に照らして重要なのかが伝わりません。規範を先に示すことで、あとに続く事実の指摘が「なぜその事実を拾ったのか」まで説明できるようになります。

Q. 趣旨が思いつかないときは、どうすればいいですか?

その条文が無かったら何が困るか、を考えると趣旨が見えることが多いです。たとえば権利濫用を禁じる規定が無ければ、形式的には権利者でも、実質的に不当な要求を通せてしまいます。この「無かったら困ること」の裏返しが、条文の趣旨にあたります。


本記事は、公開されている判決文・決定文にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。

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#レイの法廷#コラム#法律の基礎#規範定立