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判例マンガ

一冊の完訳本 — チャタレー事件

刑法・憲法/最高裁判所大法廷 昭和32年(1957年)3月13日判決(昭和28年(あ)第1713号)

文学作品の完訳出版が刑法175条の『わいせつ文書』にあたるか、処罰することが憲法21条の表現の自由に反しないかが争われた事件

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    昭和26年(1951年)、東京。焼け跡から立ち上がった出版の世界に、海外文学の翻訳ブームが押し寄せていた。

    レイ戦争が終わって、それまで読めなかった海外文学が、どっと日本に入ってきた時代です。

    みょうぶ検閲がなくなったってこと?

    レイええ。でも、どこまで自由に訳していいのか——その境界線は、まだ誰も引いていませんでした。

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    その年、ある出版社が一冊の本を世に出した。D・H・ロレンス作『チャタレイ夫人の恋人』の完訳本。

    丈平(仮名)原文を、そのまま訳す。性描写の場面も、削らない。それが完訳というものだ。

    洋一(仮名)この作品の価値は、省略すれば消えてしまいます。やりましょう。

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    本は版を重ねて評判を呼んだ。だが、その評判は検察の目にも留まった。

    レイ昭和26年9月13日、検察は出版社社長と翻訳者の2人を、刑法175条——わいせつ文書販売罪で起訴しました。

    みょうぶ文学作品の翻訳が、犯罪に問われちゃったの?

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    法廷で、双方の主張は真っ向から対立した。

    洋一(仮名)これは芸術作品の翻訳です。表現の自由は憲法が保障しているはずだ。

    検事芸術であろうとなかろうと、性的な場面を赤裸々に公衆へ頒布すれば、わいせつ文書にあたる。

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    一審・二審とも有罪。2人は最高裁に上告した。

    レイここで裁判所が向き合わなければならなかったのが、『表現の自由』と『性道徳の維持』という、2つの憲法上の価値がぶつかる場面でした。

    みょうぶどっちも大事そうだし……線引き、難しそう。

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    憲法21条は、表現の自由を保障する。だが、無制限ではない。

    レイ憲法21条——『集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する』。ただし、ほかの人権と同じく、公共の福祉による制約を免れません。

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    最高裁判所大法廷。昭和32年3月13日。

    裁判長本件上告を棄却する。

    洋一(仮名)……それでは、有罪が確定するということですか。

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    判決は、まず『わいせつ』の中身を定義した。

    レイ『徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの』——これが最高裁の示した、わいせつの三要素です。

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    弁護側の『芸術だから許される』という主張には、はっきりと答えを出した。

    レイ『芸術性と猥褻性とは別異の次元に属する概念であり、両立し得ないものではない』。芸術として優れていても、わいせつ性が消えるわけではない、としたんです。

    みょうぶ芸術かどうかと、わいせつかどうかは、別の話ってこと?

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    そして、表現の自由とのぶつかり合いには、こう答えた。

    レイ性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持することは、公共の福祉の内容をなす。だから、わいせつ文書頒布罪で罰しても、憲法21条には反しない——そう判断したんです。

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    ただし、全員一致ではなかった。

    レイ真野毅裁判官は反対意見で、『わいせつ』は時代と民族と社会を超越した固定不動のものではなく、もっと相対的なものだと指摘しています。

    みょうぶ時代が変われば、わいせつの基準も変わるってこと?

    レイそう。多数意見が前提にした『普遍の規範』そのものに、疑問を投げかけたんです。

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    この判決は、その後の『わいせつ』をめぐる裁判すべての出発点になった。

    レイ刑法175条と憲法21条——この2つがぶつかるとき、どちらをどう優先するのかを最初に示した判決です。今でも、表現の自由とわいせつ規制のせめぎ合いは続いています。

    みょうぶ70年近く前の一冊の翻訳小説が、今にもつながってるんだ。

この判例のポイント

この事件の問いは「芸術性があればわいせつ性は否定されるか」という一段階の話ではありません。①刑法175条の『わいせつ』にあたるか(わいせつの三要素)、②あたるとして、それを処罰することが憲法21条の表現の自由に反しないか——この2段階で検討されています。最高裁は①で芸術性とわいせつ性を切り離し、②で性道徳の維持を公共の福祉の内容と位置づけることで、どちらの問いにも『処罰は許される』という結論を出しました。

三要素の定義(性欲を興奮・刺激させる/正常な羞恥心を害する/善良な性的道義観念に反する)は、一見するとはっきりした基準に見えますが、『正常な羞恥心』『善良な道義観念』の中身は時代や社会によって動きます。真野毅裁判官の反対意見は、まさにこの点を突いたものです。多数意見が前提にした『固定した規範』という発想自体に疑問符をつけた反対意見があったことは、この判決を一面的な『有罪で決着』という話で終わらせないために、おさえておきたいところです。

答案で書くときは、いきなり結論を書かず、①刑法175条の構成要件(わいせつの定義)への該当性→②憲法21条による保障の範囲→③公共の福祉による制約の可否、という順序で段階を踏みます。本件のように『表現の自由』と『他の法益(性道徳・性秩序)』が衝突する場面では、両者の調整原理として公共の福祉をどう位置づけるかを明示できると評価が安定します。反対意見があることに触れ、多数意見が唯一の正解ではないことを示せると、より厚みのある答案になります。

会話は読みやすさのための脚色です。登場人物名はすべて仮名で、事実関係・判決文の表現は判決の認定にもとづいています。