判例マンガ
「真面目な性格」で、賠償は減らせるか — 電通事件
民法/最高裁判所第二小法廷 平成12年(2000年)3月24日判決
長時間労働の末に労働者が自殺した場合の使用者責任と、本人の性格・同居家族の対応を理由に賠償額を減らせるか
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平成2年4月1日。大手広告代理店に、178名の新入社員が入社した。
レイそのうちのひとり、淳也さん(仮名)のお話です。
みょうぶ広告代理店かぁ。華やかそうだけど……
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6月、ラジオ番組の企画や催事の立案を担当する部署に配属された。
レイ判決が認定した1日は、こうです。午前9時ごろまでに出勤。日中は打合せや連絡に追われる。
レイ本来の企画書づくりに取りかかれるのは、午後7時の夕食のあと——所定労働時間が終わってからでした。
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帰宅の時刻は、少しずつ遅くなっていった。
レイ入社した年の8月ごろから、帰宅は午前1時、2時。平成3年7月以降は、出勤したまま帰宅しない日が多くなります。
みょうぶ帰らない……? 会社に泊まってるってこと?
レイはい。残業は自己申告制でしたが、判決は『申告は実際より相当少なかった』と認定しています。それでも申告だけで、平成3年2月は85時間。有給休暇は、取れる10日のうち実際に取ったのは0.5日でした。
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上司が何も気づかなかったわけではない。
レイ平成3年3月、部長の達郎(仮名)さんが社内での徹夜を指摘。班長の浩二(仮名)さんは淳也さんに『帰って寝て、終わらなければ翌朝早く来るように』と指導しました。
みょうぶちゃんと注意してるじゃない。
レイただ、その同じ7月、淳也さんは班から独立して仕事をするようになり、担当はむしろ増えたんです。
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8月、淳也さんは浩二さんにこう話していた。
淳也(仮名)自分に自信がない……自分で何を話しているのか、分からなくなる。眠れないんです。
レイ遅くとも平成3年8月上旬にはうつ病にかかっていた、と判決は認定しています。そして同年8月27日、取引先の行事を終えた直後に、亡くなりました。入社から1年5か月後のことです。
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両親は、会社に賠償を求めて提訴した。構成は民法715条・使用者責任。
父(仮名)会社が、あの子の働き方を知りながら放っておいた結果です。
会社側代理人指導はしていました。それに、本人の性格も影響しています。真面目すぎた、几帳面すぎた、と。
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一審は会社の責任を認め、約1億2600万円の支払いを命じた。原審・東京高裁の判断は、少し違った。
レイ高裁は責任そのものは認めつつ、『真面目で責任感が強く、几帳面かつ完璧主義で、自ら仕事を抱え込む性格』が結果に影響したとして、賠償額を3割減額したんです。
みょうぶ真面目だったせいで、もらえるお金が減らされるの……?
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ここが、この事件がいちばん難しいところだった。
レイ民法722条2項は、被害者側の事情を考慮して賠償額を減らす『過失相殺』の規定です。被害者の性格のような心因的要因にも、類推して使えるというのが当時すでにあった判例でした。
レイだから高裁の理屈は、まったくの的外れではなかった。問題は——どこまでの性格なら、理由にしていいのか。高裁自身、こう付け加えてもいます。『このような性格は、一般社会では通常は美徳ともされる』と。
みょうぶ美徳だって言いながら、減額の理由にしたの……?
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最高裁判所第二小法廷 平成12年3月24日。
裁判長会社の上告は、棄却する。両親が敗訴した部分——減額した部分は破棄し、東京高裁に差し戻す。
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まず、会社が負う義務について。
レイ判決はこう述べています。『使用者は、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う』。
レイそして、『帰って寝ろ、終わらなければ朝早く来い』という指導だけでは足りない、とも言っています。求められていたのは、仕事の量そのものを調整する措置でした。
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次に、性格を理由にした減額について。
レイ最高裁の言葉はこうです。『ある業務に従事する特定の労働者の性格が、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り』——
レイ——『裁判所は、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできない』。
みょうぶつまり……?
レイふつうにいる程度の性格なら、それを理由に賠償額は減らせない、ということです。そういう性格の人が無理をすることは、会社として予想できるはず。そして誰にどの仕事をさせるか決めているのは、会社の側だからです。
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両親の落ち度についても、最高裁は退けた。
レイ『独立の社会人として自らの意思と判断に基づき業務に従事していた。同居していたとはいえ、勤務状況を改善する措置を採り得る立場にあったとは、容易にいうことはできない』。
レイ大学を出て就職し、自分の判断で働いている社会人の生活に、同居の親がどこまで口を出せたか——そう簡単には言えない、ということです。
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この判決は、その後の法律にも形を変えて残った。
レイ判決の当時、労働者の健康に配慮する義務を定めた条文はありませんでした。それが8年後、労働契約法5条として条文になります。『使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする』。
レイ残業時間の上限が労働基準法36条に法律として定められたのも、この判決よりあとのことです。
みょうぶ淳也さんの話が、今の『働き方』のルールにつながってるんだ……
レイはい。差戻審では、会社が和解金を支払うことで終わっています。会社の責任そのものは、一審から最高裁まで、一度も否定されませんでした。
この判例のポイント
この事件で最高裁が決着をつけたのは、『会社に責任があるか』ではなく、『本人の性格や家族の対応を理由に、賠償額を減らせるか』という一段先の問いでした。会社の使用者責任(民法715条)は一審・原審・最高裁のすべてで認められており、争われたのは常に減額の可否です。
最高裁が示した基準は明快です。労働者の性格が『同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲』を外れない限り、賠償額を減らす理由にはできません。理由は2つ。そうした性格の人が無理をしてしまうことは会社として予想できるはずであること、そして、どの人にどの仕事をさせるかを決めているのは会社の側だということです。同居していた家族についても、独立した社会人が自分の判断で働いている状況を、家族が変えられる立場にあったとは簡単には言えないとされました。
答案では、まず使用者の注意義務の内容(業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積しないよう注意する義務)を規範として立て、過失(指導にとどまらず業務量を調整したか)と因果関係をあてはめたうえで、最後に民法722条2項類推適用による減額の可否を検討する順序で書きます。『性格は一切考慮できない』と言い切るのは誤りで、否定されたのは『通常想定される範囲』の性格による減額であることに注意してください。最高裁の判決文に『安全配慮義務』という言葉は出てきません。最高裁が使ったのは『注意する義務』で、構成は民法715条の使用者責任です。
会話は読みやすさのための脚色です。人物名はすべて仮名で、事実関係と数値は判決文の認定にもとづいています。働きすぎや心の不調でつらいときは、厚生労働省の「こころの耳」(https://kokoro.mhlw.go.jp/)などの相談窓口をご利用ください。