判例マンガ
16万6000円の玉串料 — 愛媛玉串料訴訟
憲法/最高裁判所大法廷 平成9年(1997年)4月2日判決(平成4年(行ツ)第156号)
県知事が靖国神社・護国神社の祭祀に公金から玉串料等を支出したことが、政教分離原則(憲法20条3項・89条)に反するかが争われた事件
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愛媛県。春と秋、靖国神社の例大祭・みたま祭、護国神社の慰霊大祭が、毎年の恒例行事として営まれていた。
レイ戦争で亡くなった人たちを慰霊する行事は、全国の自治体でも続けられてきました。
みょうぶそれ自体は、悪いことじゃなさそうだけど。
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昭和56年(1981年)から同61年(1986年)にかけて、知事の職にあった者が、県の公金からこれらの祭祀に金員を奉納していた。
康之(仮名)戦没者と、残されたご遺族のために。これは、県としてやるべきことだ。
レイ靖国神社の例大祭には玉串料を9回・各5000円、みたま祭には献灯料を4回・各7000円か8000円。護国神社の慰霊大祭には供物料を9回・各1万円、いずれも県の公金から支出しています。
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合計すると——
レイ16万6000円です。
みょうぶ16万6000円……高いのか安いのか、よくわかんない額だね。
レイ金額の大小は、今日の本題じゃないんです。
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これを知った県民が、声を上げた。
光一(仮名)これは神道——特定の宗教の儀式じゃないか。そこに県民の税金を使うなんて、おかしいだろう。
康之(仮名)遺族援護行政の一環だ。社会的な儀礼の範囲内だと思っている。
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光一(仮名)たちは、地方自治法にもとづく住民訴訟を起こした。
光一(仮名)知事は、違法に支出した16万6000円を県に返せ。
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ここで問われたのが、憲法の政教分離の原則だった。だが、国や自治体が宗教と一切関わってはいけない、というのも非現実的だ。
レイたとえば、文化財である神社仏閣を保護することも、宗教との関わり合いです。だから裁判所は、関わり合いが『相当とされる限度』を超えているかどうかを見る、『目的効果基準』というものさしを使います。
みょうぶ完全に関わらない、なんてできないもんね。
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憲法は、国と宗教の関わりに、はっきり線を引いている。
レイ憲法20条3項——『国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない』。89条——『公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、これを支出し、又はその利用に供してはならない』。
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一審の松山地裁は違憲、二審の高松高裁は合憲と、判断が割れた。
レイ高松高裁は『社会的儀礼の範囲内』として、知事側を勝たせました。
みょうぶまた判断が割れたんだ。
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最高裁判所大法廷。平成9年4月2日。
裁判長原判決中、知事に関する部分を破棄する。知事の控訴を棄却する。
康之(仮名)……私への請求が、認められたということか。
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判決は、まず玉串料等の性格を見た。
レイ玉串料や供物料は、例大祭や慰霊大祭という神道の重要な宗教上の儀式で、神前に供えられるものです。奉納する側も、宗教的な意義を持つという意識を、大なり小なり持たざるを得ない——判決はそう述べています。
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以前、別の事件(津地鎮祭事件)で最高裁が合憲とした『地鎮祭』とは、何が違うのか。
レイ起工式のような地鎮祭は、時代とともに宗教的な意味合いが薄れて、慣習化した社会的儀礼になったと認められました。でも、神社が自分の境内で行う例大祭への玉串料奉納は、そこまで意味が薄れているとは言えない、としたんです。
みょうぶ同じ『お参り』みたいな行為でも、場面によって意味が変わるんだ。
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目的が正しくても、それだけでは足りない。
レイ戦没者の慰霊、遺族の慰謝——目的そのものは正当です。でも、それは特定の宗教と結びつかなくても実現できる。目的が正しくても、手段が憲法の定める限度を超えていれば、違憲という評価は変わらないんです。
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最後に、誰が責任を負うのかも問われた。
レイ支出を決めた知事には、県に対する賠償の義務が認められました。でも、委任を受けて実務を担当しただけの職員たちは、重大な過失があったとまでは言えないとして、責任を問われませんでした。
みょうぶ決めた人と、やらされた人とで、責任が違うんだ。
レイ憲法20条3項と89条。この事件は、津地鎮祭事件が示した目的効果基準を、どこまで厳しく使うかを示した一件なんです。
この判例のポイント
この事件を理解する鍵は、政教分離の原則が『国家と宗教の関わり合いを一切認めない』という意味ではない、という点にあります。文化財保護や、慣習化した儀礼など、ある程度の関わり合いは避けられない——そのうえで、関わり合いの目的が宗教的意義を持ち、効果が特定の宗教への援助・助長・促進になるかどうかを見る『目的効果基準』で判断する、という組み立てです。
同じ目的効果基準を使いながら、津地鎮祭事件(昭和52年)は合憲、本件は違憲という逆の結論になった点が本件のおもしろいところです。地鎮祭は時代の推移で宗教的意義が薄れ慣習化した社会的儀礼と評価されたのに対し、神社の境内で行われる例大祭への玉串料奉納は、神社自身が宗教上の儀式として重視しているものであり、しかも県が特定の宗教団体とだけ継続的に特別な関わりを持っていた——この『慣習化の程度』と『特定性』の違いが、結論を分けました。
答案では、①政教分離規定(20条1項後段・3項、89条)の趣旨を確認し、②目的効果基準という判断枠組みを定立し(津地鎮祭事件を引用できるとなお良い)、③本件の事実——目的の宗教的意義、効果の程度、慣習化の有無、特定の宗教団体との継続性——にあてはめ、④結論を書く、という順序を崩さないことが大切です。いきなり『違憲』と書くと、判断枠組みを使いこなせていない印象を与えてしまいます。
会話は読みやすさのための脚色です。登場人物名はすべて仮名で、金額・回数・判決文の判断枠組みは判決の認定にもとづいています。
出典
- 最高裁判所大法廷判決 平成9年4月2日(愛媛玉串料訴訟、平成4年(行ツ)第156号)(新しいタブで開く)
- 最高裁判所大法廷判決 昭和52年7月13日(津地鎮祭事件、目的効果基準の先例)
- 日本国憲法20条・89条(新しいタブで開く)