判例マンガ
決めさせなかった罪 — エホバの証人輸血拒否事件
民法/最高裁判所第三小法廷 平成12年(2000年)2月29日判決
宗教上の信念で輸血を拒否する患者に、病院の方針を説明せず手術をした医師の責任
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平成4年、ある女性が肝臓の手術を控えていた。彼女には、ひとつだけ譲れない条件があった。
レイ今日の判例は、医療と信仰、そして「決める権利」の話です。
みょうぶ決める権利? 手術するかどうかは、お医者さんが決めるんじゃないの?
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多恵(仮名)は昭和38年からある宗教の信者でした。「輸血は、いかなる場合も拒否する」――それが彼女の固い意思でした。
多恵(仮名)手術は受けます。でも、輸血だけは受けられません。
レイ最初に入院した病院は、輸血なしの手術はできないと言いました。多恵さんは退院し、別の病院を探します。
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7月27日、宗教側の連絡委員会を通じて、日野医師(仮名)に診察が依頼された。
日野医師(仮名)がんが転移していなければ、輸血せずに手術することは可能です。すぐに検査を。
みょうぶ協力的なお医者さんでよかった!
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けれど、この病院にはもうひとつ、多恵さんが知らない方針があった。
レイ「輸血を拒む意思は尊重する。しかし輸血以外に救命手段がない事態になったときは、本人や家族の意思にかかわらず輸血する」――そういう方針でした。
みょうぶそれ、本人に伝えた?
レイいいえ。多恵さんには、伝えられていませんでした。
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手術2日前、多恵さんと夫は免責証書を手渡した。「輸血を受けられないこと、輸血しなかったために生じた損傷について、医師の責任は問わない」
夫(仮名)輸血は、しない約束です。
日野医師(仮名)承知しています。
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9月16日、手術当日。腫瘍を摘出した段階で、出血量は約2245ミリリットルに達した。
日野医師(仮名)このままでは、救えない。――輸血する。
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多恵さんは手術を乗り切った。だが、目覚めたあとに知らされたのは、自分の意思が通らなかったという事実だった。
みょうぶえ、輸血したの? 約束したのに!?
レイはい。医師たちは輸血以外に救う手段がないと判断し、輸血を行いました。
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みょうぶは、納得がいかない様子だった。
みょうぶでも、命が助かったんだから、よかったじゃない。お医者さんが悪いことをしたとは思えないよ。
レイみょうぶさんの言う通り、医師には患者の命を救う責任があります。でもここで問われたのは、それとは別の問題でした――自分の体に何をするかを、自分で決める権利です。
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多恵さんと遺族は国を訴えた。裁判が続くなか、平成9年8月13日、多恵さんは亡くなった。遺族が裁判を引き継いだ。
みょうぶ判決が出る前に……
レイはい。最高裁の判断が出たのは、平成12年2月29日のことです。
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最高裁第三小法廷 平成12年2月29日判決。
裁判長本件上告及び附帯上告を、棄却する。
レイ最高裁はこう述べました。「輸血を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない」
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最高裁の言葉を、レイはもう一度ていねいに言い換えた。
レイ輸血そのものが悪いと言ったのではありません。医師は、いざとなれば輸血するという方針を説明し、ここで手術を受けるかどうかを多恵さん自身に決めさせるべきだった――それを怠ったことが、人格権の侵害だとされたのです。
みょうぶ説明しなかったこと自体が、罪だったんだ。
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国は、日野医師らの使用者として、民法715条の責任を負うとされた。
レイ民法715条1項――使用者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負います。そして憲法13条の個人の尊重から、自分の体のことは自分で決める、という考え方が導かれるとも言われています。
みょうぶ輸血を止める判決じゃない。決めさせなかったことを咎める判決、か。
レイはい。最高裁が初めて、医療における意思決定の権利を人格権として明確に認めたケースなんです。
この判例のポイント
この事件でまず整理すべきなのは、最高裁が何を「違法」としたかです。手術そのものも、輸血という処置そのものも、医師として当然の行為だと最高裁は述べています。違法とされたのは、いざとなれば輸血するという病院の方針を説明せず、手術を受けるかどうかを多恵さん自身に決めさせなかったこと、その一点です。
判断の枠組みは二段構えです。①宗教上の信念にもとづく輸血拒否の意思決定は「人格権の一内容」として法的保護に値する。②医師が輸血以外に救命手段がない可能性を否定できないと判断した時点で、その方針を説明し、手術を受けるか否かを患者自身の意思決定にゆだねる義務が生じる。この義務を怠ったことが、人格権の侵害になります。
答案では、医師個人の民法709条の不法行為の成立をまず検討し、それが認められたうえで使用者である病院・国の715条の責任に進む順序で書きます。「輸血をしたこと」ではなく「説明しなかったこと」を侵害行為として構成する点を外すと、この判決の核心を外した答案になります。
会話は読みやすさのための脚色です。登場人物の名前(多恵・日野医師)はすべて仮名で、判決文では当事者が記号(T・W・V等)で表記されています。事実関係と数値は判決文(最高裁判所第三小法廷 平成12年2月29日判決)の認定にもとづいています。