判例マンガ
小説の中の顔 — 「石に泳ぐ魚」事件
憲法/最高裁判所第三小法廷 平成14年(2002年)9月24日判決(平成13年(オ)第852号・同年(受)第837号)
実在の人物をモデルにした小説が、名誉・プライバシー・名誉感情を侵害するとして、出版前の差止めが認められるかが問われた事件
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東京。ひとりの女性作家が、学生時代からの友人を見つめていた。
レイ今日の主役は、実在の人物をモデルにした一本の小説なんです。
みょうぶモデル小説? よくある話じゃない。
レイただ、今回は少し踏み込みすぎました。
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平成6年(1994年)、作家(仮名)が書いた小説が、文芸誌に掲載された。主人公の友人として「朴里花」という女性が登場する。
レイこの『朴里花』のモデルが、恵美(仮名)という実在の女性でした。
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恵美(仮名)は在日韓国人三世。幼いころ静脈性血管腫という病気で顔に腫瘍があり、12歳までに13回の手術を受けていた。
レイ父親は大学の教員で、かつて韓国でスパイ容疑により逮捕された経験がありました。朝日新聞でも報じられ、韓国内ではすでに知られた事実でした。
みょうぶそれ、かなりプライベートな話だよね……
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小説の中の「朴里花」には、恵美(仮名)と一致する経歴が、そのまま与えられていた。
レイ日本に住んでいた年数、梨花女子大学の卒業、東京芸術大学大学院に在籍していたこと……判決は『面識のある者には同定が容易』と認定しています。
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顔の腫瘍は、小説の中でこう描写されていた。
レイ『勃起する陽根を思わせる腫瘍は脈打ちながらみるみる怒張していく』『太った蛆虫みたい』『水死体そっくり』——判決文に認定された、小説の表現そのものです。
みょうぶうわ……これ、友達に対して書く言葉じゃないよ。
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恵美(仮名)は出版前にこの描写を知り、作家に抗議した。
恵美(仮名)やめて。これを本にしないで。私の顔のことも、父のことも……
作家(仮名)これは小説です。モデルはいても、書いたのは私の創作です。
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交渉は決裂し、恵美(仮名)は出版の差止めと損害賠償を求めて訴えた。
レイ名誉毀損、プライバシー侵害、そして名誉感情の侵害——三つの人格的利益が、同時に主張されました。
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ここで裁判所は、重い問いに向き合うことになる。
レイ本を出す前に止めてしまう——これは『事前抑制』と呼ばれます。表現の自由にとって、一番重い制約なんです。
みょうぶ本が出てから訴えるのと、出る前に止めるのとじゃ、全然違うんだ。
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だから、差止めを認めるにはハードルがある。
レイ訴えれば何でも止められるわけじゃない。侵害が重大で、後から回復するのが不可能か著しく困難なときに限って、差止めが認められるべきだ——これが裁判所の立てた基準です。
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最高裁第三小法廷。平成14年9月24日。
裁判長上告を棄却する。
作家(仮名)出版の差止めが……確定するのか。
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最高裁は、まず一般論を示した。
レイ人格的価値を侵害された者は、人格権にもとづいて、侵害行為の差止めを求めることができる。侵害が明らかに予想され、重大な損失を受けるおそれがあり、事後の回復が不可能か著しく困難なときは、差止めを認めるべきだ——そう判示しました。
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そのうえで、本件にあてはめた。
レイ恵美(仮名)は公的な立場にある人ではありません。出版されれば、精神的苦痛は倍加し、平穏な日常生活を送ることが困難になるおそれがある——だから出版の差止めは認められる、としたんです。
みょうぶ『小説だから』では、守られなかったんだ。
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この判決は、出版の差止めを認めた最高裁の判断として、いまも引用され続けている。
レイ名誉毀損・プライバシー侵害・名誉感情侵害、それぞれ独立に成立しうる人格的利益だと整理したうえで、表現の自由より重い利益があるときに限って差止めを認める——そのバランスの取り方を示した事件なんです。
この判例のポイント
この事件の核心は、「表現の自由」と「人格権」という、どちらも重要な利益が正面からぶつかったときに、どちらを優先するかという比較衡量にあります。とりわけ出版差止めは、本が世に出る前に止めてしまう事前抑制であり、表現の自由に対する制約としてもっとも重いものです。だからこそ最高裁は、安易に認めてはいけないという前提から出発しています。
最高裁が示した基準は、①侵害行為が明らかに予想され、②それによって重大な損失を受けるおそれがあり、③その回復を事後に図ることが不可能ないし著しく困難と認められる場合、という3つの要件です。本件では、被害者が公的な立場にない私人であること、顔の腫瘍という本人の意に反して公開されたくない身体的特徴が具体的かつ侮蔑的に描写されていたこと、公表されれば平穏な日常生活が破壊されるおそれが大きいことが、差止めを認める方向に働きました。
答案では、①表現の自由の重要性(事前抑制禁止・検閲禁止の要請)を確認し、②これと衝突する人格権(名誉権・プライバシー権・名誉感情)の内容を示し、③比較衡量のための要件を定立し、④事実にあてはめる、という順序で書くと筋が通ります。名誉毀損・プライバシー侵害・名誉感情侵害を一括りにせず、それぞれ独立した利益として書き分けられると、理解の深さが伝わります。
会話は読みやすさのための脚色です。登場人物名はすべて仮名で、小説中の具体的な表現や経歴の認定は判決文にもとづいています。
出典
- 最高裁判所第三小法廷判決 平成14年9月24日(「石に泳ぐ魚」事件、平成13年(オ)第852号・同年(受)第837号、判例時報1802号60頁)
- 東京高等裁判所判決 平成13年2月15日(控訴審。小説の具体的描写・事実認定を確認)(新しいタブで開く)
- 最高裁判所判決の要旨(上告審)(新しいタブで開く)