判例マンガ
払わなかった五千円 — 南九州税理士会事件
憲法/最高裁判所第三小法廷 平成8年(1996年)3月19日判決(平成4年(オ)第1796号)
脱退の自由がない強制加入団体である税理士会が、会員から特別会費を徴収して政治団体に寄付する総会決議は、税理士会の目的の範囲内の行為といえるか
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税理士になるには、資格を取るだけでは足りない。
レイ税理士として仕事をするには、税理士名簿に登録したうえで、どこかの税理士会に入会しなければなりません。
みょうぶえ、入りたくなくても?
レイはい。当時の税理士法52条が、税理士会に入っていない者は税理士業務を行ってはならないと定めていました。事実上、脱退の自由もありません。
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こうした『入らなければ仕事ができない』団体を、強制加入団体と呼ぶ。
みょうぶ脱退できない団体かぁ……会社とか、普通のクラブとはだいぶ違うね。
レイはい。南九州税理士会は、熊本・大分・宮崎・鹿児島の税理士、およそ千人が構成員でした。この『脱退できない』という性質が、のちの裁判の核心になります。
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昭和51年(1976年)6月23日。南九州税理士会の第20回定期総会。
幸造(仮名)税理士法改正の運動資金として、会員から特別会費五千円を集めたい。全額、各県の税理士政治連盟へ配りたい。
レイこの決議にもとづいて集めた四百七十万円のうち、四百四十六万円が四県の税理士政治連盟へ、五万円が別の政治団体へ渡りました。
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昭和53年(1978年)6月16日。第22回定期総会。再び、同じ内容の決議が持ち上がった。
幸造(仮名)もう一度、会員一人につき五千円。納期限は七月三十一日。全額を税理士政治連盟へ。
レイ会員およそ九百六十九人分、四百八十四万五千円を見込んだ予算でした。この二度目の決議が、裁判で争われることになります。
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会員の税理士、誠一(仮名)は、この特別会費を納めなかった。
誠一(仮名)私は、この政治連盟の活動を支持していない。どの政党を応援するかは、私個人が決めることだ。税理士会に決めさせることじゃない。
みょうぶ五千円くらい、って言う人もいそうだけど……
レイ金額の大小ではなく、『何に使われるか』が誠一さん(仮名)にとっては譲れない一線だったんです。
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税理士会の役員選任規則には、会費を滞納している者は選挙権・被選挙権を持たない、という定めがあった。
レイ誠一さん(仮名)は昭和37年11月から会員でしたが、特別会費の滞納を理由に、昭和54・56・58・60・62年度、平成元年度・3年度——計7回の役員選挙で、選挙人名簿から外されました。
みょうぶ七回も……それはもう、ただの会費の話じゃないよね。
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誠一(仮名)は、税理士会を訴えた。
誠一(仮名)この決議は、税理士会の目的の範囲外の行為だ。私に特別会費を払う義務はない。選挙権を奪われた分の慰謝料も求める。
レイ特別会費を払う義務がないことの確認と、損害賠償500万円の支払いを求めて提訴しました。
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一審・熊本地方裁判所は、誠一(仮名)の訴えを認めた。しかし控訴審・福岡高等裁判所は、これを覆した。
レイ福岡高裁は、税理士法改正に向けた働きかけは税理士会の目的の範囲内であり、そのための資金援助も同じく範囲内だ、と判断しました。
みょうぶえ、負けちゃったの……?
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ここで思い出したいのが、別の有名な判例だ。
レイ八幡製鉄政治献金事件。会社が自民党に350万円を寄附したことが争われた裁判で、最高裁は『会社の政治献金も、目的の範囲内の行為になりうる』と認めました。
みょうぶ会社がやっていいなら、税理士会がやってもいいんじゃないの?
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最高裁は、ここで会社と税理士会を区別した。
レイ税理士会は、会社とは法的な性格が違う、と最高裁は言います。税理士法にもとづいて設立が義務づけられ、大蔵大臣の監督を受け、そして何より——脱退の自由がない。
みょうぶ株主は、株を売れば抜けられるもんね。税理士会員は、抜けたら仕事ができなくなる……
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最高裁判所第三小法廷 平成8年(1996年)3月19日判決。
裁判長原判決を破棄する。
レイ判決はこう述べています。『会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。したがって……(会の活動にも、会員に要請される協力義務にも)おのずから限界がある』。
レイそして、『政党など政治団体への金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が……自主的に決定すべき事柄である』、とも。
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結論。本件決議は、税理士会の目的の範囲外の行為として無効。
レイ誠一さん(仮名)が特別会費を払う義務はない、と確定しました。選挙権を奪われたことへの損害賠償請求は、福岡高裁に審理をやり直させることになりました。
みょうぶやっと報われたんだ、誠一さん(仮名)……
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この判決が整理した軸は、ひとつ。『目的の範囲』の広さは、団体の性質によって変わる。
レイ根拠は民法34条(当時の条文番号は43条)——法人は目的の範囲内で権利義務を持つ、という原則です。会社ならその範囲は広く、脱退の自由のない強制加入団体ならその範囲は狭い。
レイ『強制加入団体だから、思想・信条に関わる活動には限界がある』というこの論理は、のちの判例でも繰り返し参照されていきます。
みょうぶ同じ『目的の範囲』でも、団体によって答えが変わるんだね。
この判例のポイント
この事件でおさえるべきなのは、『法人の目的の範囲内でしか権利義務を持てない』という民法の原則(当時の民法43条、現34条)そのものではなく、その『範囲の広さ』が団体の性質によって変わるという視点です。八幡製鉄事件で最高裁は、会社の政治献金を『社会的実在としての会社』の行為として広く認めました。しかし南九州税理士会事件では、同じ条文を使いながら正反対の結論に至っています。
違いを生んだのは、税理士会が会社と法的な性格を異にする法人だという点です。①税理士法にもとづき設立が義務づけられ、大蔵大臣(当時)の監督に服する公的な性格を持つこと、②何より、会員に実質的な脱退の自由が保障されていないこと。最高裁は、脱退できない団体である以上、会員には様々な思想・信条の持ち主が存在することが当然に予定されており、だからこそ団体の多数決にも、会員に要請できる協力義務にも『おのずから限界がある』と述べました。とりわけ政党など政治団体への寄付は『選挙における投票の自由と表裏を成す』事柄だとして、会員個人の自主的な判断に委ねるべき領域だと位置づけています。
答案では、①民法34条にもとづく法人の目的の範囲という原則を定立し、②会社型(八幡製鉄事件)における広い解釈基準を確認したうえで、③税理士会が会社と異なる性質(強制加入・脱退の自由の不存在・公的監督)を持つことを理由に、④政治団体への寄付という会員の思想・信条に深く関わる事柄については目的の範囲がより限定されると論じる、という順序で書くと筋が通ります。いきなり『強制加入だから献金はダメ』と書くと、会社との対比という最大の論点が答案から消えてしまいます。
会話は読みやすさのための脚色です。登場人物名はすべて仮名で、判決文中でも実名は明らかにされていません。特別会費の金額・会員数・選挙から排除された回数などの数値は、最高裁判決文が認定した事実にもとづいています。
出典
- 最高裁判所第三小法廷判決 平成8年3月19日(平成4年(オ)第1796号、選挙権被選挙権停止処分無効確認等、民集50巻3号615頁)(新しいタブで開く)
- 原審 福岡高等裁判所判決 昭和61年(ネ)第106号 平成4年4月24日(最高裁が破棄した原判決)
- 参照判例: 最高裁判所大法廷判決 昭和45年6月24日(八幡製鉄政治献金事件、昭和41年(オ)第444号、民集24巻6号625頁)
- 民法34条(判決当時は43条)(新しいタブで開く)
- 税理士法(e-Gov法令検索。判決は昭和55年法律第26号による改正前の条文を前提とする)(新しいタブで開く)