判例マンガ
「一生もの」が、40回壊れた — 三菱リコール隠し事件
刑法/最高裁判所第三小法廷 平成24年(2012年)2月8日決定
自動車部品の欠陥情報を把握しながらリコールをせず放置し続けた品質保証担当者に、業務上過失致死傷罪の過失が認められるか
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フロントホイールハブ。トラックやバスの前輪とタイヤをつなぐ、重さを支える部品。
レイ自動車会社や運輸業の関係者のあいだでは、『一生もの』と呼び習わされていました。
みょうぶ一生もの……つまり、壊れること自体が想定されてないってこと?
レイはい。だから車検の点検対象にすら入っていませんでした。壊れたらどうなるか——想像してみてください。
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平成4年(1992年)6月21日。高知県の運送会社が使っていた三菱自工製トラックで、最初の異変が起きた。
レイ走行中、左前輪のハブが輪切り状に破損し、タイヤがホイールごと脱落しました。これが記録に残る1件目の『輪切り破損事故』です。
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社内では、品質保証部門のグループ長が処理を担当した。
克也(仮名)重要度は最高ランクのS1――安全特別情報として扱う。ただし、この情報は秘匿扱いだ。
みょうぶ秘匿……運輸省に隠すってこと?
レイ会社は品質情報を『オープン情報』と『秘匿情報』に分けて二重管理していました。目的は、リコールという正式な改善措置を避けることだったと、のちの最高裁決定は認定しています。
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1年調査しても、破損の原因は結論が出なかった。それでも、使用者への説明は必要だった。
レイそこで採用されたのが、設計開発部門が唱えたひとつの仮説でした。『原因はハブの摩耗にあり、摩耗の原因は使用者側の整備不良等にある』。
みょうぶ仮説……証拠があったの?
レイいいえ。この『摩耗原因説』に従って社内処理がされ、リコール等の改善措置は実施されませんでした。
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その後も、事故は止まらなかった。
レイ次の中国JRバス事故に至るまでの間に、同種の輪切り破損事故がさらに14件発生しています。うち7件は、平成5年ごろから使われ始めた新型のDハブでした。
レイ平成6年6月21日の事故では、報告されたハブの摩耗量はわずか0.05〜0.10ミリ。それでも関係会議は開かれず、従来どおり摩耗原因説で処理されました。
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平成11年(1999年)6月27日。広島県内の高速道路を走っていたバスで、重大な事故が起きた。
レイ中国ジェイアールバスの三菱自工製バス、右前輪のDハブが輪切り破損。タイヤがホイールごと脱落し、車体が大きく右に傾きました。運転手が何とか制御して停止させましたが、16件目の輪切り破損事故でした。
みょうぶ16件目……! それでもリコールしなかったの?
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運輸省の担当官から、事故原因の調査・報告を求められた。品質保証部門の部長と、グループ長が対応にあたる。
信之(仮名)過去にも同種の事故が続いていたそうだな。
克也(仮名)はい。しかし今回も、突き詰めた調査はせず摩耗原因説で処理します。運輸省への報告書には、『他に同種不具合の発生はなく、多発性はないので処置は不要』と書きます。
信之(仮名)……了承する。
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ここが、この事件を裁くうえでいちばん難しいところだった。
レイ刑事責任を問うには、3つを証明しなければなりません。①危険を予見できたか、②改善すれば結果を防げたか(結果回避可能性)、③実際にその部品の欠陥が事故の原因だったか(因果関係)。
レイ特に③が壁でした。ハブの強度不足を断定する客観的なデータは、当時なかったからです。『疑わしいが、断定はできない』部品を放置したことを、どう裁くのか。
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平成14年(2002年)1月10日午後3時45分ごろ。横浜市瀬谷区の片側2車線の道路。
レイ時速約50キロで走行中の大型トラクタの左前輪――Dハブが輪切り破損しました。脱落したタイヤがホイールごと、歩道にいた29歳の女性に背後から激突しました。
みょうぶ……歩道に、いただけなのに。
レイ女性は頭蓋底骨折等により亡くなりました。一緒にいた児童2名も転倒し、それぞれ全治約7日間の傷害を負っています。最初の事故から数えて40件目、Dハブに限れば19件目の輪切り破損事故でした。
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信之さんと克也さんは、業務上過失致死傷罪に問われた。一審・控訴審は、ともに有罪とした。
弁護人強度不足を断定するデータなどありません。原因は使用者側の整備不良かもしれない。因果関係は証明されていない。
検察官16件も事故が続き、しかも秘匿情報として隠し続けていた。リコールしていれば、この事故は起きなかったはずです。
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最高裁判所第三小法廷 平成24年2月8日決定。
裁判長本件各上告を棄却する。
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まず、予見できたかどうか。
レイ決定はこう述べています。ハブは『破損することが基本的に想定されていない重要保安部品』であり、それが7年余りの間に16件も発生していたこと。会社がその情報を一手に把握し、運輸省に知られないよう秘匿し続けていたこと。
レイこれらの事情から、『同社製ハブの強度不足のおそれが客観的に認められる状況にあったことは明らかである』とされました。品質保証部門の責任者だった2人には、この危険を予測することは十分可能だった、と。
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次に、放置しなければ事故は防げたか。
レイ決定は、強度を増したFハブに交換した後、同種の破損事故がほぼ起きていないことなどから、リコール等の改善措置をしていれば『輪切り破損事故それ自体を防ぐことができた』と判断しました。
レイそして瀬谷事故の原因についても、三菱ふそうトラック・バス社が平成16年に『ハブの強度が不足しているため、亀裂が発生するものがある』と自ら国に届け出ていた事実などから、『Dハブには、設計又は製作の過程で強度不足の欠陥があった』と認定。本件事故は、その義務違反に基づく危険が現実化したものだとして、因果関係も認めました。
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業務上過失致死傷罪が成立する。裁判官全員一致ではなく、1名の反対意見が付された。
レイ反対意見を書いた裁判官は、『科学技術的な検証は極めて不十分』として、強度不足の有無をもっと審理すべきだったと述べています。欠陥の有無を科学的にどこまで突き詰めるべきか――この点には、最高裁の中でも意見が分かれました。
みょうぶそれでも、結論は有罪のまま確定したんだね。
レイはい。多数意見は、10年近く続いた事故の続発と秘匿管理という『会社の振る舞い』そのものから、強度不足と過失を推認できると判断しました。
この判例のポイント
この事件の刑事責任を問う上で核心になったのは、『欠陥があったかどうか』を科学的に一点だけで証明することではなく、①破損が本来想定されていない重要保安部品が、7年余りで16件(のちに40件)も壊れていたこと、②その情報を会社が一手に把握し、運輸省に秘匿し続けていたこと、③改善措置をとれば防げたと言える程度の関連性があることの3つを積み上げて、過失と因果関係を認定した点です。最高裁が重視したのは、個々の技術的な断定より、会社がどう振る舞っていたかという事実の積み重ねでした。
品質保証部門の『部長』と『グループ長』という、現場の意思決定の中間に立つ立場の担当者2人が、個人として刑事責任(業務上過失致死傷罪)を問われた点も重要です。リコールの最終判断権者でなくても、関係会議を開き改善措置に進める手続を進言・推進すべき立場にあった以上、注意義務を負うとされました。会社という組織の不作為が、特定の個人の過失として裁かれた事件です。
答案では、まず予見可能性(危険を予測できたか)、結果回避可能性(改善措置をとっていれば結果を防げたか)、注意義務違反と結果との因果関係の3段階に分けて検討する流れが基本です。この事件では、強度不足を断定するデータが乏しい中でも、事故の多発性・重大性・情報の秘匿という間接事実の積み重ねで過失が認定された点が特色であり、『科学的な断定がなければ過失は認められない』という考え方ではないことに注意してください。なお、この決定には裁判官1名の反対意見が付されており、全員一致の判断ではありません。
会話は読みやすさのための脚色です。登場する個人名はすべて仮名で、事実関係と数値(事故件数・事故の日時・被害状況など)は最高裁決定の認定にもとづいています。企業名は事件の同定に必要な範囲でのみ用いています。