判例マンガ
十八年目の有罪 — 森永ヒ素ミルク中毒事件
刑法/徳島地方裁判所(差戻し後第一審) 昭和48年(1973年)11月28日判決
業務上過失致死傷罪における過失の予見可能性——危惧感説(新々過失論)の当否
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昭和30年(1955年)8月。近畿・中国地方の乳児たちに、原因不明の症状が広がっていた。
レイ高熱、治らない下痢、肌の異常……。病院に担ぎ込まれる乳児が、次々と出ていました。
みょうぶ赤ちゃんに、何が起きてるの……?
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共通点は、ひとつの粉ミルクだった。森永乳業徳島工場製造、『MF印』ドライミルク。
レイ原因は、ミルクの品質を保つために加えていた安定剤『第二燐酸ソーダ』です。
みょうぶ安定剤が、何か悪さしたの?
レイその薬剤そのものに、工業用のヒ素化合物が混じっていました。濃度は4.2から6.3パーセントです。
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ヒ素は、別の工場の副産物からやってきた。流通の途中で、誰も気づかなかった。
レイ日本軽金属がボーキサイトを処理する過程で出た副産物が、薬品会社を経て、安定剤の原料として納入されていたんです。
みょうぶ誰も検査しなかったの……?
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被害は、西日本全域に広がった。昭和31年(1956年)、厚生省が発表した数字。
レイ被害者1万2344人。死者130人。乳児だけが選んで苦しめられた事件でした。
みょうぶ1万2000人……信じられない……
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刑事責任が問われた。徳島工場の製造課長・沢田(仮名)、工場長・本多(仮名)ら4名。
検察官業務上過失致死傷——刑法211条にもとづき、起訴する。
沢田(仮名)まさか、安定剤にヒ素が入っているなど、わかるはずがない……
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法廷の対立は、ひとつの問いに集約された。『予見できたか』どうか。
検察官大量の乳幼児に被害が及んだ以上、責任は免れない。
弁護人工業用薬剤にまさか有害物質が混ざっているとまで、具体的に予見できるものではない。
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過失犯が成立するには、何が必要なのか。
レイ過失で人を死傷させた罪が成立するには、『結果を予見できたこと』が前提になります。
みょうぶ見えないものは、防げないもんね……
レイただ、どこまで具体的に予見できないといけないのか——ここが、この事件最大の争点でした。
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昭和38年(1963年)10月25日。徳島地方裁判所。
裁判長被告人4名、全員を無罪とする。
みょうぶえ、無罪になっちゃうの!? 1万2000人が被害を受けたのに!?
レイ因果関係の証明が十分ではない、という理由でした。検察官は、ただちに控訴します。
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被害者の家族は『守る会』を結成し、闘いを続けた。審理は上級審を経て、徳島地裁に戻ってくる。
みょうぶ何年かかったの、これ……?
レイ事件発生から、すでに15年が過ぎていました。
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昭和48年(1973年)11月28日。徳島地方裁判所(差戻し後第一審)。
裁判長沢田(仮名)、禁錮3年。本多(仮名)は、無罪とする。
みょうぶ工場長は無罪のまま……製造課長だけ?
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判決が示したのは、ふだんの過失論より一歩進んだ基準だった。
レイ『絶対安全とまでは確認されていない薬剤を使う以上、何らかの危険があるという、ぼんやりとした危惧感があれば十分』——そう判断したんです。
みょうぶはっきり予見できなくても、『なんか危ない』で足りるってこと?
レイはい。これは『危惧感説』と呼ばれる考え方です。ふつうの過失論より、企業側に厳しい基準でした。
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判決の翌月、被害者側・国・森永乳業の三者会談確認書が結ばれた。
レイ翌年、『ひかり協会』が設立されました。被害者の健康管理と生活を、森永乳業の費用で支え続ける仕組みです。
みょうぶ事件から、もう70年近く経つのに……
レイ今も、認定された被害者の支援は続いています。
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刑法211条——業務上必要な注意を怠り、人を死傷させた罪。
レイこの事件は、製造物の安全性を軽く見た企業に、法がどこまで責任を負わせられるかを問いました。
みょうぶ後に『製造物責任法』ができたのも、こういう事件があったからなんだね。
レイ直接の前身ではありませんが、『作る側の責任』を重く見る流れを作った事件のひとつです。
この判例のポイント
この事件でおさえるべきは、『結果が重大だから罰する』という単純な話ではない、という点です。刑事責任を問うには、個々の被告人に結果を予見できたという過失の構造が必要で、徳島地裁は最初、その証明が十分でないとして被告人全員を無罪としました。所有権や契約と同じく、刑事責任も要件を一つずつ積み上げて初めて成立するという原則が、ここでも貫かれています。
10年後の差戻し判決が注目されるのは、『危惧感説(新々過失論)』という、通常よりゆるやかな予見可能性の基準を採用した点です。安全性が確認されていない薬剤を使う以上、何らかの危険があるという漠然とした不安感があれば過失責任を認めてよい、という考え方で、食品や薬品を扱う企業の責任を重く見る立場です。ただし学説上は異論も強く、通常の過失論(具体的予見可能性説)とは一線を画す特殊な事例として位置づけられています。
答案で過失犯を論じるときは、まず『注意義務の内容』→『予見可能性』→『結果回避可能性』の順で要件を立てます。本件のような特殊事例(危惧感説)は、通常の基準で判断できない場合の例外的な考え方として扱うのが安全です。いきなり危惧感説を基準に書くと、原則(具体的予見可能性説)と例外の関係が崩れてしまいます。
会話は読みやすさのための脚色です。登場人物の名前はすべて仮名で、企業名・事件名は事件の同定に必要な範囲でのみ使っています。事件が古く、判決原文そのものには直接アクセスできなかったため、厚生労働省の公式資料・学術論文等の複数の独立した資料を突き合わせて事実関係と数値を確認しました。
出典
- 厚生労働省 森永ヒ素ミルク中毒事件関連資料(被害者数・ひかり協会関連)
- 徳島地方裁判所(差戻し後第一審) 昭和48年11月28日判決。判決原文には直接アクセスできず、政策研究大学院大学の研究論文・社会技術研究論文集(J-STAGE)等の独立した複数資料を突き合わせて裏取りした
- 刑法211条(業務上過失致死傷)(新しいタブで開く)