判例マンガ
阿賀野川に流れたもの — 新潟水俣病事件
民法/新潟地方裁判所 昭和46年(1971年)9月29日判決
工場排水による健康被害について、被害者は加害行為と発症の因果関係をどこまで証明すればよいか
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新潟県、阿賀野川。鮭やニゴイが獲れる、流域の暮らしを支える川だった。
レイこの川の上流、約64キロ先には、昭和電工という会社の工場がありました。
みょうぶ工場と、川の魚と、何の関係があるの?
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昭和39年(1964年)ごろから、川沿いの住民に原因不明の病が広がり始めた。
源蔵(仮名)手足がしびれる……目も、見えづらくなってきた……
レイ手足や口のまわりの感覚障害、歩行障害、視野が狭くなる——新潟大学病院に、そんな症状の患者が次々と運ばれてきたんです。
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昭和40年(1965年)、新潟大学の医師たちが原因を突き止める。
レイ患者の毛髪から、異常な濃度の水銀が検出されました。原因は、川魚に蓄積したメチル水銀です。
みょうぶその水銀、どこから来たの……?
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疑われたのは、阿賀野川上流の昭和電工鹿瀬工場だった。
レイ工場はアセトアルデヒドという製品をつくる過程で、メチル水銀を排水に含んで流していました。
昭和電工側いや、うちではない。原因は流域の農薬倉庫から流れ出た農薬のはずだ。
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原因をめぐる対立は、3年以上にわたって宙づりになった。
レイ厚生省の研究班が工場排水を疑う報告を出しても、通産省が反対し、結論は保留され続けたんです。
みょうぶその間も、住民はずっと苦しんでいたのに……
レイ政府が『鹿瀬工場の排水が原因』と統一見解を発表したのは昭和43年(1968年)9月。発生確認から、3年以上が過ぎていました。
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昭和42年(1967年)6月、最初の患者たちが動いた。
文子(仮名)父は、ただ川の魚を食べていただけです。それだけで、こんなことに……
レイ新潟市などの患者3世帯13人が、昭和電工を相手に損害賠償を求めて提訴しました。原告はその後、認定患者77人にまで増えていきます。
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この裁判がぶつかった最大の壁は、『証明』だった。
レイ損害賠償を求めるには、原則として、加害行為と被害のあいだの因果関係を、被害者の側が証明しなければなりません。
みょうぶ工場の水銀と、源蔵さんの病気を、ちゃんと結びつけなきゃいけないってこと?
レイええ。でも、排水中のメチル水銀が、どの魚に、どれだけ蓄積し、それを食べた一人ひとりの体にどう作用したか——化学的・医学的に一つ一つ立証するのは、ほとんど不可能に近いことでした。
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原告側が持ち出したのは、『疫学』という手法だった。
レイ個々の患者の体内での作用を一つ一つ追うのではなく、水銀の排出時期・魚の汚染・発症の広がりが、統計的に矛盾なく一致しているかを見る——そういう考え方です。
昭和電工側それだけでは足りない。もっと直接的な証拠を出すべきだ。
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新潟地方裁判所、昭和46年(1971年)9月29日。判決が言い渡された。
裁判長原告の請求を、認める。
文子(仮名)……認められた。父の苦しみが、やっと認められた。
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判決が示したのは、2つの判断だった。
レイひとつは、昭和電工に過失があったという認定。もうひとつは、疫学的な相関関係が統計的に示されていれば、工場排水と発症のあいだの因果関係は法的に証明されたと認めてよい、という判断です。
みょうぶ体の中の一つ一つまでは、追いかけなくていいんだ……
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判決はさらに、こう言い切った。
レイ『住民の生命、健康を犠牲にしてまで、企業の利益を保護しなければならない理由はない』。
レイ損害賠償は、重い症状の患者で一人あたり100万円から1000万円、軽い症状の人にも30万円から50万円が認められました。昭和電工は控訴せず、判決はそのまま確定しています。
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この判決は、日本で初めて本格的に争われた公害裁判の、最初の勝訴判決になった。
レイ根拠は民法709条——故意または過失によって他人の権利や利益を侵害した者は、その損害を賠償する責任を負う、という条文です。
レイここで採られた疫学的な因果関係の考え方は、のちの四日市公害訴訟など、ほかの公害裁判にも引き継がれていきました。
みょうぶ一本の川の異変が、公害裁判のかたちを変えたんだ。
この判例のポイント
この事件の核心は『因果関係の証明は、どこまで厳密でなければならないか』という問いです。民法の不法行為責任(709条)は、加害行為と損害のあいだの因果関係を被害者側が証明するのが原則ですが、工場排水のような公害では、体内でどう作用したかを化学的に一つ一つ立証するのは事実上不可能に近いものでした。この判決は、統計的・疫学的な相関関係で足りるとした点で画期的でした。
判断の骨格は、原因物質の排出時期・魚介類の汚染状況・患者発症の地域的な広がりが、互いに矛盾なく符合していることを統計的に示せば、個々の患者について化学的機序を一つ一つ立証しなくても、法的因果関係の証明として足りる、という考え方です。あわせて、企業側に排水を止める、あるいは安全性を確認する注意義務があったという過失の認定も行われています。
答案で書くときは、まず原則(民法709条の因果関係は被害者側が立証する)を確認したうえで、本件のような公害事案で個別立証を要求することの不合理さ(加害企業と被害者のあいだの証拠や専門知識の偏り)を指摘し、例外的に疫学的手法による証明で足りるとする、という順序で書くと筋が通ります。『因果関係が認められた』で終わらせず、なぜ立証の程度が緩和されたのかという理由づけまで書くことが、得点につながります。
会話は読みやすさのための脚色です。人物名はすべて仮名で、本件は半世紀以上前の判決であり、裁判所の判決原文そのものには直接到達できなかったため、Wikipedia・水俣病センター相思社・新潟日報など独立した複数の情報源を突き合わせたうえで、共通して確認できた事実(原告数・被告・賠償額・判決年月日・確定の有無)にもとづいて書いています。
出典
- 新潟地方裁判所 昭和46年9月29日判決(新潟水俣病第一次訴訟)
- 新潟水俣病 - Wikipedia(新しいタブで開く)
- 水俣病事件主な争訟 - 一般財団法人水俣病センター相思社(新しいタブで開く)
- 新潟日報「新潟水俣病・公害と裁判の歴史」(新しいタブで開く)
- 民法709条(新しいタブで開く)