判例マンガ
ホテルの一室、約一日 — シャクティパット事件
刑法/最高裁判所第二小法廷 平成17年(2005年)7月4日決定
重篤な患者を病院から連れ出させ、必要な医療措置を受けさせないまま放置して死亡させた行為は、不作為による殺人罪にあたるか
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『手のひらで患部をたたき、エネルギーを通して自己治癒力を高める』——そう称する独自の治療を行う人物がいた。
レイ決定文は、これを『シャクティ治療』と称する独自の治療、と認定しています。
みょうぶ信じている人がたくさんいたの?
レイええ。征二(仮名)は、特別な能力を持つなどとして信奉者を集めていました。
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文江(仮名)は、征二(仮名)の信奉者だった。脳内出血で倒れ、兵庫県内の病院に入院した。
レイ意識障害があり、痰の除去や水分の点滴等を要する状態。生命に危険はないものの、数週間の治療を要し、回復後も後遺症が見込まれる——これが決定文の認定です。
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文江(仮名)の息子の浩(仮名)もまた、信奉者だった。
浩(仮名)後遺症を残さずに治ってほしいんです。母にシャクティ治療をお願いできませんか。
征二(仮名)わかった。私のところへ連れてきなさい。
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征二(仮名)は、脳内出血のような重篤な患者にシャクティ治療を施したことはなかった。それでも依頼を受け、滞在中の千葉県内のホテルで治療を行うとした。
主治医退院させることは、しばらく無理です。
征二(仮名)点滴治療は危険だ。今日、明日が山場だから、明日中に連れてきなさい。
レイ主治医の警告や、家族が医師の許可を得てから運ぼうとしていたことを征二(仮名)は知りながら、なお点滴等が必要な状態の文江(仮名)を病院から運び出させました。
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この時点で、文江(仮名)の生命に具体的な危険が生じた。
レイ決定文は、主治医の警告を知りながら誤った指示で運び出させたこと自体を、征二(仮名)の責めに帰すべき事由だと認定しています。
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ホテルに運び込まれた文江(仮名)を見て、征二(仮名)は気づいた。
征二(仮名)……このままでは、死ぬ。だが、自分の指示が間違っていたと知られるわけにはいかない。
レイ征二(仮名)は、そのままでは死亡する危険があることを認識しながら、自分の治療を施すにとどまり、未必的な殺意をもって、痰の除去や点滴等の医療措置を受けさせないまま、文江(仮名)を約1日の間放置しました。
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文江(仮名)は、痰による気道閉塞に基づく窒息により死亡した。
みょうぶ征二さん(仮名)は、文江さんに手を上げたわけじゃないんだよね……それでも罪になるの?
レイここが今日の核心です。『何もしなかったこと』で、人を殺した罪に問えるのか——これを刑法では『不真正不作為犯』の問題と呼びます。
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道ばたで倒れている人を通りすがりの人が助けなくても、それだけでは殺人罪にならない。
レイすべての人に救助を義務づければ、社会は回りません。『何もしないこと』が殺人罪になるには、特別な事情が必要なんです。
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第一審(千葉地方裁判所)、控訴審(東京高等裁判所 平成15年6月26日)を経て、征二(仮名)は上告した。平成17年7月4日、最高裁判所第二小法廷。
裁判長本件上告を棄却する。
みょうぶ征二さん(仮名)に、不作為による殺人罪が認められたんだ……
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最高裁はまず、征二(仮名)自身の行動に注目した。
レイ『自己の責めに帰すべき事由により、患者の生命に具体的な危険を生じさせた』——主治医の警告を知りながら誤った指示で運び出させたこと自体が、義務の出発点になりました。これを『先行行為』といいます。
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そのうえで、ホテルでの立場も見た。
レイ『被告人を信奉する患者の親族から、重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあった』。文江(仮名)の命は、事実上、征二(仮名)だけが握っている状況でした。
みょうぶ他に誰も助けられない状況だったから……
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先行行為と、手当てを引き受けた立場。この2つから、最高裁は義務を導いた。
レイ『直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていた』。それにもかかわらず、未必的な殺意をもって放置して死亡させた——だから、不作為による殺人罪が成立する、としたんです。
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一方、殺意のなかった息子の浩(仮名)たちは区別された。
レイ『殺意のない患者の親族との間では、保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となる』。同じ場にいても、心の中にある故意の内容で、問われる罪の重さは変わるんです。
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刑法199条。何もしないことが、殺人罪になる条件。
レイこの決定は、『不作為』が殺人罪になるために何が必要かを示しました。①自分の行為で生命の危険を生じさせたこと、②その後、助ける立場を一手に引き受けたこと——この2つがそろって、初めて『直ちに助ける義務』が生まれます。
みょうぶ誰でも『助けなかった』というだけで罪に問われるわけじゃないんだね。
レイそうです。だからこそ、どんな事実があれば義務が生まれるのかを、具体的に見ていく必要があるんです。
この判例のポイント
この事件は、因果関係論ではなく、『不作為が犯罪の実行行為といえるのはどんなときか』という不真正不作為犯の成立要件に関する判例として位置づけられています。刑法199条は『人を殺した者は……』と、動きのある行為を前提に書かれていますが、最高裁は『何もしなかったこと』をこの条文にあてはめるための条件を、抽象論ではなく具体的な事実に即して示しました。
最高裁が作為義務の根拠として挙げたのは2つの事実です。①先行行為——自己の責めに帰すべき事由により、患者の生命に具体的な危険を生じさせたこと。②引受け——信奉する親族から、重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったこと。この2つがそろって、『直ちに必要な医療措置を受けさせる義務』という具体的な内容の義務が導かれています。義務の有無を『はい/いいえ』で決めるのではなく、義務を基礎づける事実を一つずつ積み上げている点が、この決定の読みどころです。
答案で不真正不作為犯を検討するときは、①問題になっている行為が作為か不作為かを特定し、②作為義務(保障人的地位)の根拠となる具体的事実(先行行為・引受け・排他的支配など)を拾い出し、③作為の可能性・容易性を確認し、④故意(未必の故意で足りる)を認定する、という順序で書くと筋が通ります。『かわいそうだから義務がある』といった価値判断だけで終わらせず、どの事実が義務を基礎づけるのかを具体的に示すことが大切です。なお、殺意のない関与者については保護責任者遺棄致死罪の限度での共同正犯となる点も、罪名を分ける際に落とさないようにしましょう。
会話は読みやすさのための脚色です。登場人物の名前はすべて仮名(征二(仮名)・文江(仮名)・浩(仮名))とし、決定文に現れる実在の名称は用いていません。事実関係と数値(痰の除去・点滴の要否、約1日の放置、死因等)は決定文の認定にもとづいています。