判例マンガ
「身体は丈夫か」で済ませた問診 — 東大輸血梅毒事件
民法・国家賠償法/最高裁判所第一小法廷 昭和36年(1961年)2月16日判決
輸血用血液の梅毒感染リスクについて、医師の問診義務違反と過失責任
1 / 13
昭和23年2月。東京大学医学部附属病院。
レイ今日の事件は、輸血という医療行為そのものが争われた判例です。
みょうぶ輸血で、何がまずかったの?
2 / 13
子宮筋腫と診断された文子(仮名)さんは、2月5日に入院。体力を補うため、2月7日・8日・9日・27日の計4回、輸血を受けた。
レイ最後、2月27日分の輸血の血液提供者が、この事件の鍵になります。
3 / 13
提供したのは徳治(仮名)さん。対価を受け取って血液を提供する、職業的な給血者だった。
レイ徳治さんは2月14日ごろ、上野駅近くで梅毒に感染していました。
みょうぶえ、提供者本人が感染してたの……!?
4 / 13
徳治さんは血液斡旋所の会員証と、2月12日付の検査証明書を持っていた。証明書の血清反応は陰性。
レイでも感染は2月14日ごろ。証明書の検査日は、その2日前なんです。
みょうぶタイミングがズレてる……!
5 / 13
担当医・周平(仮名)は、血清反応の検査をやり直さず、口頭で尋ねただけだった。
周平(仮名)身体は丈夫かね?
徳治(仮名)……ええ、丈夫です。
レイこれだけで採血し、輸血が行われました。
6 / 13
文子さんも梅毒に感染した。視力減退や歩行障害などの後遺症が残り、夫婦関係は破綻した。
文子(仮名)どうして……手術を受けただけなのに。
みょうぶ輸血を受けただけで、人生が変わっちゃうなんて……。
7 / 13
文子さんは、国(東大病院)を相手に損害賠償を求めて提訴した。
レイ被告は医師個人ではなく『国』。東大病院は当時、国立だったからです。
8 / 13
一審・二審とも、文子さん側が勝訴。国側は上告した。
国側代理人会員証も検査証明書もあった。『身体は丈夫か』と問診もした。当時の医療慣行どおりだ。
9 / 13
国側は、大学教授の鑑定意見書も提出した。
国側代理人『女と遊んだことはないか』などと露骨に尋ねても、羞恥心から正直に答える給血者はいない。問診を厳しくしても意味がない、という意見です。
みょうぶたしかに……それも一理あるような。
10 / 13
最高裁判所第一小法廷、昭和36年2月16日判決。
裁判長上告を、棄却する。
11 / 13
判決は、医師という職業の性質そのものから出発した。
レイ『人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求される』。
12 / 13
証明書も会員証も、梅毒感染の危険を直ちに否定する根拠にはならない、と判決は述べた。
レイ給血者自身が、感染の危険をいちばんよく知っている。だからこそ、具体的で詳細な問診を尽くす義務がある――それが最高裁の判断です。
みょうぶ『聞いても無駄』で片づけちゃダメ、ってことか。
13 / 13
この事件は、医療過誤における医師の注意義務の水準を示した、初期の重要判例となった。
レイ請求の根拠は国家賠償法1条1項。公務員である医師の過失を、国の責任として問う構成です。
みょうぶ『身体は丈夫か』の一言が、輸血体制そのものを変えるきっかけになったんだね。
この判例のポイント
この判決の核心は、『証明書や会員証があったから注意義務を尽くした』という形式的な理解を退けたところにあります。最高裁は、人の生命・健康を管理する業務(医業)に従事する者には、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務が課されるという規範を示したうえで、梅毒感染の危険の有無について最もよく知る給血者本人に、具体的で詳細な問診を尽くすべきだったと判断しました。
事実関係を整理すると、給血者は証明書発行(2月12日)の2日後(2月14日ごろ)に感染しており、証明書は感染後の状態を反映できていませんでした。医師が行った問診は『身体は丈夫か』という一言のみ。国側は、露骨な問診をしても正直な回答は期待できないとする大学教授の鑑定意見まで提出しましたが、最高裁は、具体的に詳細な問診を重ねれば心理的な働きかけによって真実を引き出せる余地はあったはずだとして、この主張を退けました。
答案では、国家賠償法1条1項の要件(①公務員の行為であること、②職務を行うについてなされたこと、③故意または過失、④違法性、⑤損害の発生と因果関係)に沿って当てはめます。本件で争われたのは③の過失、具体的には注意義務の内容とその違反の有無です。『医師であれば一般的にどの程度の注意義務を負うか』という規範を先に立て、そのうえで『本件の具体的な問診内容がその水準を満たしていたか』を事実に即して検討する――規範定立とあてはめを分けて書く基本に忠実な事例です。
会話は読みやすさのための脚色です。人物名はすべて仮名で、事実関係と数値は判決文の認定および判例解説にもとづいています。
出典
- 最高裁判所第一小法廷 昭和36年2月16日判決(民集15巻2号244頁・事件番号 昭和31年(オ)第1065号)
- 国家賠償法1条1項(新しいタブで開く)