判例マンガ
350万円の寄附は、会社の仕事か — 八幡製鉄政治献金事件
憲法/最高裁判所大法廷 昭和45年(1970年)6月24日判決(昭和41年(オ)第444号)
株式会社が政党に政治資金を寄附することは、定款所定の目的の範囲内の行為として許されるか
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昭和35年(1960年)。日本は高度経済成長のまっただ中。大企業と政党の関係が、静かな論点になっていた。
レイある製鉄会社が、ひとつの寄附をしたことから、大きな裁判が始まるんです。
みょうぶ寄附? 国に? それとも政党に?
レイ政党です。しかも、350万円。
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昭和35年3月14日。八幡製鉄株式会社の代表取締役2名が、会社を代表して自由民主党に政治資金350万円を寄附した。
弘蔵(仮名)わが社から、自由民主党へ350万円を寄附する。
みょうぶえ、会社のお金を、特定の政党に? それって普通なの?
レイ当時すでに、企業から政党への寄附は社会に広く見られる慣行でした。でも、この寄附が裁判になります。
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株主の清三(仮名)は、この寄附を知って納得がいかなかった。
清三(仮名)八幡製鉄の定款には『鉄鋼の製造及び販売ならびにこれに附帯する事業』としか書いていない。政治献金なんて、会社の目的の範囲外だ。
レイ清三さん(仮名)は昭和35年12月17日、会社に対して書面で『取締役の責任を追及する訴えを起こしてほしい』と請求しました。
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会社は30日以内にその訴えを起こさなかった。清三(仮名)は、自ら取締役本人を訴える株主代表訴訟を起こした。
清三(仮名)会社が動かないなら、私が取締役を訴える。350万円と、寄附の日からの利息を払ってもらう。
みょうぶ株主が、会社の代わりに取締役を訴える……?
レイ株主代表訴訟という仕組みです。会社が自分で自分の取締役を訴えにくいときのための制度です。
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この裁判の核心は、ひとつの古い条文にあった。
レイ民法には、こういう規定があります。『法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う』。
みょうぶ会社は、定款に書いてあることしかできない、ってこと?
レイそのとおり。だから問題はこうなります——『鉄鋼の製造及び販売』としか書いていない会社が、政党に寄附することは、この『目的の範囲内』と言えるのか。
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第一審は、株主側の訴えを認めた。
レイ第一審は、この寄附を定款の目的外の行為だと判断し、取締役に賠償を命じました。
みょうぶじゃあ、会社側が控訴したんだ。
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控訴審で、会社側はこう主張した。
弘蔵(仮名)定款の目的は、鉄鋼の製造販売に直接必要な行為だけを指すのではない。会社は社会の一員として、社会的に期待される行為もできるはずだ。
レイ会社は営利を目的とする存在であると同時に、社会の構成単位としての『社会的実在』でもある——控訴審は、そういう理屈に沿って判断します。
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東京高等裁判所 昭和41年1月31日判決。原判決は取り消された。株主は最高裁に上告した。
裁判長原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。
清三(仮名)納得できない。最高裁まで争う。
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最高裁判所大法廷 昭和45年(1970年)6月24日判決。
裁判長上告を、棄却する。
みょうぶえ、ここでも会社側が勝ったの?
レイはい。最高裁は、高裁の考え方をほぼそのまま認めました。
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最高裁が示した判断の軸は、こうだった。
レイ定款所定の目的の範囲は、そこに書かれた事業そのものだけでなく、その目的を遂行するうえで必要・有益な行為も含む、客観的・抽象的に判断すべきだとしました。
レイそして会社は、営利を目的とする経済人であると同時に、社会の構成単位としての『社会的実在』でもある。災害の義援金や学校への寄付と同じように、政治資金の寄附も、会社の社会的役割を果たす行為として目的の範囲内に含まれる、と。
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株主側は、もうひとつ主張していた。「会社の献金は、株主の参政権を侵害する」。
みょうぶそれ、わかる気がする。会社が勝手に政治にお金を出したら、株主の一票の意味が歪むんじゃ……
レイ最高裁はこれも退けました。参政権は自然人たる国民に認められた権利であり、会社の寄附行為そのものが株主個人の参政権を侵害するわけではない、と。
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この判決は、企業の政治活動の自由をめぐる、最初の本格的な最高裁判断になった。
レイ根拠になったのは民法34条(当時の条文番号は43条)——法人の権利能力は定款の目的の範囲内に限られる、という条文です。
レイ最高裁は、この『目的の範囲』を広く読むことで、会社にも一定の政治的行為の自由を認めました。
みょうぶ会社にも、人間と同じような自由があるんだ……
レイはい。この考え方は、のちの南九州税理士会事件など、法人と政治的・思想的行為をめぐる裁判でも繰り返し参照されています。
この判例のポイント
この事件でおさえるべきなのは「会社に政治献金の自由があるか」という価値判断そのものではなく、「法人の権利能力は定款の目的の範囲内に限られる」という民法の原則(当時の民法43条、現34条)を、どう解釈するかという法技術の問題だったことです。会社の権利能力そのものを否定する議論ではなく、目的の範囲をどこまで広く読むかが争われました。
判断の枠組みは2つに整理できます。①定款所定の目的の範囲は、そこに記載された事業に直接必要な行為だけでなく、客観的・抽象的に観察して目的遂行に必要・有益と認められる行為を含むこと、②会社は営利を目的とする経済人であると同時に、社会の構成単位としての「社会的実在」でもあり、災害義援金や寺社への寄付と同様に、政治資金の寄附も社会的役割を果たす行為として目的の範囲内に含まれること。この2つの論理によって、専用の規定がないまま企業の政治献金が適法と判断されました。
答案では、まず民法34条にもとづく法人の権利能力の限界(目的の範囲内)を定立したうえで、その「目的の範囲」の解釈基準(客観的・抽象的な判断)を示し、会社の社会的実在論へとつなげる順序で書きます。いきなり「会社にも政治的行為の自由がある」と書くと、権利能力の限界という出発点が消えてしまいます。
会話は読みやすさのための脚色です。登場人物名はすべて仮名で、判決文中でも実名は明らかにされていません。事実関係と数値(寄附額350万円・寄附日・請求手続の日付等)は、最高裁が維持した東京高等裁判所判決文の認定にもとづいています。
出典
- 最高裁判所大法廷判決 昭和45年6月24日(昭和41年(オ)第444号、民集24巻6号625頁)
- 東京高等裁判所判決 昭和41年1月31日(高民集19巻1号7頁、最高裁が維持した原判決)(新しいタブで開く)
- 民法34条(新しいタブで開く)