判例マンガ
六本の煙突 — 四日市ぜんそく訴訟
民法/津地方裁判所四日市支部 昭和47年(1972年)7月24日判決
複数の工場が同時に汚染物質を排出した場合、それぞれの会社にどこまで損害賠償の責任を負わせられるか(共同不法行為と因果関係)
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三重県四日市市、磯津(いそづ)地区。伊勢湾を望む海沿いの町。
レイ昭和三十年代、この町の海岸には、巨大な石油コンビナートが建ちました。
みょうぶコンビナートって、工場の集まりだっけ?
レイ石油を精製する会社、そこからエチレンや合成樹脂をつくる会社、発電する会社。6つの会社が、同じ地区に並んでいました。
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6社の煙突が、昼も夜も煙を上げていた。
レイ石原産業(酸化チタン・農薬)、中部電力(火力発電)、昭和四日市石油(石油精製)、三菱油化(石油化学)、三菱化成工業(カーボンブラック)、三菱モンサント化成(合成樹脂)。
みょうぶ6社も……それぞれ別の会社が、同じ場所で煙を出してるんだ。
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磯津地区に暮らす、ひとりの漁師。
宗一(仮名)このごろ、息が苦しくてな。夜中に咳が止まらん。
レイ昭和三十年代の終わりごろから、磯津地区では慢性の気管支炎や喘息にかかる住民が急増しました。
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宗一(仮名)の近所では、やがて亡くなる人も出た。
文子(仮名)お父さん、息が……息が止まりそう……
レイ昭和42年9月、9名の住民が6社を相手に損害賠償を求めて提訴します。審理の途中で2名が亡くなり、遺族が訴訟を引き継ぎました。判決時の原告は、現存する患者7名と、死亡した2名の遺族5名、合計12名です。
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6社の会社側は、法廷でこう反論した。
清一(仮名)待ってくれ。うちの工場が出すガスなど、ごくわずかだ。病気の原因がうちだと、どうして言えるんだ。
みょうぶ確かに……6社がいっしょに煙を出してたら、どの会社のせいで喘息になったか、分けられないよね?
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ここが、この事件でいちばん難しいところ。
レイ不法行為で損害賠償を求めるには、ふつう『この会社の行為が、この被害の原因だ』という個別の因果関係を立証しなければなりません。
レイでも6社のガスは大気の中で混ざり合い、どの会社の排出物がどれだけ原告の肺に入ったかは、分けて測ることができません。
みょうぶ証明できなければ、6社とも知らんぷりできてしまう……?
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裁判所は、個別の因果関係の立証を求めなかった。
レイ裁判所は、まず疫学的な手法——地区の汚染の程度と、気管支炎・喘息の発生率の関係を統計的に調べる方法——によって、大気汚染と病気の間の因果関係を認めました。
レイ個々の患者について『どの分子が原因か』までは問わず、汚染と被害の結びつきを集団的に見て判断したのです。
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次に問われたのは、6社の関係——共同不法行為(民法719条1項)。
レイ裁判所は、会社どうしの結びつきの強さを二段階で見ました。社会通念上、ひとつの汚染源とみなせる程度の結びつきがあれば『弱い関連共同性』。
レイそれぞれの工場の排出がなければ被害が生じなかった、より緊密な結びつきがあれば『強い関連共同性』です。
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6社は、磯津地区に向けて煙突の高さや排出方向まで含め、長年にわたり工場を運転し続けていた。
レイ裁判所は6社の関係を『強い関連共同性』と認めました。単独では無視できる量の排出をしていた会社であっても、免責は認められません。
清一(仮名)うちの排出量だけなら、たいした量じゃない……それでも、責任を負うのか。
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津地方裁判所四日市支部。昭和47年7月24日。
裁判長被告ら6名は、原告らに対し、連帯して損害を賠償せよ。
清一(仮名)……連帯して、全額を。
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判決は、原告の全面勝訴。損害賠償額は合計8,821万1,823円——請求額のおよそ44%にとどまったが、6社は控訴しなかった。
宗一(仮名)……認められた。ようやく。
みょうぶ6社とも、逃げられなかったんだ。
レイ根拠は、民法709条(不法行為による損害賠償)と719条1項(共同不法行為者の連帯責任)です。
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この判決の『関連共同性』という考え方は、その後の公害訴訟に広く使われるようになった。
レイ個別企業の排出量を厳密に証明できなくても、複数の企業が一体として汚染をもたらした以上、全員に責任を負わせる——この考え方が、四大公害訴訟のひとつであるこの事件で確立しました。
みょうぶ『うちは少しだけだから』が、通らなくなったんだね。
レイこの判決は、大気汚染防止法の総量規制や、公害健康被害補償法の制定にもつながっていきます。
この判例のポイント
この事件の核心は、『誰が原因か』を個別に特定できない公害型の被害に対して、裁判所がどうやって責任を分配したか、という点にあります。因果関係の場面では疫学的な手法で汚染と被害の結びつきを認め、責任の場面では複数企業の『関連共同性』を弱・強の二段階で評価しました。
とくに注目すべきは、裁判所が『強い関連共同性』が認められる場合、排出量が少ない会社であっても免責を認めなかった点です。ひとつの工場群として機能していた以上、個々の排出量の大小は、責任の有無を左右しないという判断です。
答案で共同不法行為(民法719条1項)を論じる際は、まず各行為者の行為と被害との間の個別の因果関係が原則として必要であることを確認したうえで、本件のような場合にその立証の困難さをどう乗り越えるか(疫学的因果関係・関連共同性)という順序で書くと、原則と例外・修正の関係が明確になります。『複数が絡んでいるから当然に連帯責任』と飛躍して書かないことが大切です。
会話は読みやすさのための脚色です。登場する原告・被告企業の担当者の人物名はすべて仮名で、会社名(石原産業・中部電力・昭和四日市石油・三菱油化・三菱化成工業・三菱モンサント化成)は事件の同定に必要な範囲で実名を用いています。数値(原告12名・賠償額8,821万1,823円)は判決・公的資料の認定にもとづきます。
出典
- 津地方裁判所四日市支部 昭和47年7月24日判決(四日市ぜんそく訴訟・判例時報672号30頁)
- 民法709条・719条1項(新しいタブで開く)
- 四日市市「四日市公害」解説資料(新しいタブで開く)