判例マンガ
教育の中身は、誰が決めるのか — 旭川学力テスト事件
憲法/最高裁判所大法廷 昭和51年(1976年)5月21日判決(昭和43年(あ)第1614号)
全国中学校一斉学力調査の実施に反対する教員らの実力行使が公務執行妨害罪等にあたるかが争われ、その前提として子どもの教育内容を決める権限がどこにあるかが問われた事件
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昭和35年(1960年)秋ごろ。文部省は、全国の中学2・3年生を対象にした「一せい学力調査」を計画していた。
レイのちに『学力テスト』『学テ』と呼ばれることになる調査です。国語・社会・数学・理科・英語の5教科を、全国同じ日、同じ時間割で行う計画でした。
みょうぶ全国いっせいに? 大がかりだね。
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文部省が挙げた目的は、生徒の学力の実態をつかみ、教育課程や教育条件を整える資料にすること、などだった。
レイ文部省は地方教育行政法54条2項にもとづいて、各都道府県教育委員会に調査の実施と報告を求めました。北海道教委を経て、旭川市教委も、市内の各中学校長にテストの実施を命じたんです。
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これに、教職員組合の一部が強く反対した。
みょうぶテストに反対? テストなんて学校では普通のことじゃないの?
レイ反対した人たちの言い分はこうです。『テストの結果で学校や地域が比較され、教育が競争の道具にされる。教育の中身を国が一方的に決めるのはおかしい』と。
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昭和36年(1961年)10月26日早朝。旭川市内のある中学校に、テストの実施を阻止しようとする人たちが集まった。
浩一(仮名)テストは中止させる。校舎に入るぞ。
レイ判決文によれば、この日、約70名の『説得隊員』が校長の制止を振り切って校舎内に立ち入り、退去要求にも応じなかったと認定されています。
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校長が2階の教室でテストを始めると、浩一(仮名)たちは校長を取り囲んだ。
浩一(仮名)テストを中止したらどうか。下へ行って話をしよう。
レイ約14、5名が校長の腕をかかえて引っぱり、周りを取り囲んだまま、意思に反して別の場所まで移動させた——判決はこれを『暴行』と認定しています。
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別の教室前の廊下では、校長が教室の間を見回っていた。
健二(仮名)最高責任者である校長が、窓渡りをするとはあまりに非常識じゃないか!
レイ校長が教室の出入りを妨げられ、やむなく教室の窓から窓へ足をかけて渡ったところを、健二(仮名)は激しく抗議しながら、校長の胸を手拳で突いたとされています。
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検察は、浩一(仮名)・健二(仮名)らを建造物侵入罪・公務執行妨害罪で起訴した。
検察官テストの実施は適法な公務だ。これを実力で妨げた以上、公務執行妨害罪が成立する。
弁護人そもそもこのテスト自体が、教育基本法10条の禁じる『不当な支配』にあたる違法な調査だ。違法な公務の執行は、公務執行妨害罪の対象にならない。
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第一審・控訴審は、弁護人の主張に近い判断をした。
レイ第一審は、校長の学力調査は違法だとして、校長への暴行について公務執行妨害罪の成立を否定しました。認めたのは、より軽い共同暴行罪だけです。控訴審もこれを維持しました。
みょうぶじゃあ、テストを止めようとした方が勝ったってこと?
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検察官が上告し、最高裁はテスト自体の適法性を正面から審理することになった。
レイここで本当に争われていたのは、もっと大きな問題でした。『子どもの教育の中身を決める権限は、誰にあるのか』という問いです。
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当時の法学には、両極端に対立する2つの考え方があった。
レイ一つは『国家教育権説』。国会が法律で教育の内容・方法まで包括的に定めることができ、行政機関もその委任の範囲で広く決定権を持つ、という考え方です。
レイもう一つは『国民教育権説』。子どもの教育は親を中心とする国民全体が担うべきもので、国の役割は条件整備に限られ、内容は教育の専門家である教師が決めるべきだ、という考え方です。
みょうぶ国が決めるか、現場の先生が決めるか……どっちもそれらしく聞こえる。
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最高裁大法廷 昭和51年5月21日。
裁判長右の二つの見解は、いずれも極端かつ一方的であり、そのいずれをも全面的に採用することはできない。
レイ最高裁は、憲法26条が保障する『子ども自身の学習をする権利』を出発点に据え、どちらの立場も退けました。
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最高裁が示したのは、中間的な線引きだった。
レイ親には家庭教育や学校選択の自由が、教師には一定の範囲で教授の自由がある——でもそれ以外の領域では、国は、子ども自身の利益の擁護のため、あるいは教育の機会均等という社会公共の利益のため、『必要かつ相当と認められる範囲』において、教育内容を決定する権能を有する、としたんです。
みょうぶ『必要かつ相当』……無制限じゃないってことだね。
レイそのとおりです。誤った知識や一方的な観念を子どもに押しつけるような教育を強制することは、憲法26条・13条からも許されない、と最高裁ははっきり釘を刺しています。
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この基準にあてはめ、最高裁は学力テスト自体を適法と判断した。
レイ学力の実態を把握する必要性があり、試験という方法も不合理ではなく、学習指導要領も教師の裁量を奪うほど細かくはない——だから本件学力調査には、手続上も実質上も違法はない、と結論づけました。
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テストが適法なら、それを実施する校長の職務も適法な公務になる。
レイ校長の学力調査の実施は適法な公務の執行であり、これに暴行を加えた行為は公務執行妨害罪を構成する——最高裁はそう判示し、原判決を破棄しました。
みょうぶ結局、止めようとした側が罪に問われたんだ……
レイ浩一(仮名)に懲役3月、健二(仮名)に懲役2月、もう一人の被告人に懲役1月——いずれも1年間の執行猶予がついています。建造物侵入罪で有罪になっていた被告人の上告は、棄却されました。
この判例のポイント
この事件でおさえるべきなのは、刑事事件の形をとりながら、実質的な争点は『教育内容を決める権限は誰にあるのか』という憲法上の大問題だったことです。最高裁は、国が全てを決められるとする『国家教育権説』も、教師・国民が全てを決めるべきとする『国民教育権説』も、『いずれも極端かつ一方的』として退け、第三の道——国は必要かつ相当と認められる範囲で教育内容の決定権を持つ、という中間的な立場をとりました。
この判断の軸は、憲法26条1項が保障する『子どもが学習をする権利』です。国の決定権も、親の教育の自由(家庭教育・学校選択)も、教師の教授の自由(憲法23条の学問の自由に由来し、普通教育では一定の範囲に限られる)も、すべてこの子どもの学習権に奉仕するものとして位置づけられています。そのうえで最高裁は、国の権限にも歯止めをかけました。誤った知識や一方的な観念を子どもに押しつける教育を強制することは、憲法26条・13条から許されない、としています。
答案では、いきなり『学力テストは適法』と書かず、①憲法26条が子どもの学習権を保障していること、②教育内容の決定権の所在について対立する2つの考え方(国家教育権説/国民教育権説)があること、③最高裁がそのいずれも採用せず、国の権限を『必要かつ相当と認められる範囲』に限定する中間説をとったこと、④その基準を本件学力調査にあてはめて適法と判断したこと、という4段階で書くと、論証の骨格がそのまま点数につながります。教育基本法10条の『不当な支配』の解釈(法令に基づく行政機関の行為も、場合によっては『不当な支配』になりうるとした点)にも触れられると厚みが出ます。
会話は読みやすさのための脚色で、教員側の人物名はすべて仮名です。判決文は被告人を記号(D・I・B・Cなど)で表記しており、実名は明らかにされていません。学校名も判決文ではE中学校と匿名化されているため、本稿でも「旭川市内の中学校」とだけ記しています。事実関係・人数・量刑は判決文の認定にもとづいています。
出典
- 最高裁判所大法廷判決 昭和51年5月21日(昭和43年(あ)第1614号、刑集30巻5号615頁)全文PDF(新しいタブで開く)
- 日本国憲法26条1項・2項、23条、13条(新しいタブで開く)
- 教育基本法(昭和22年法律第25号、当時のもの)10条1項・2項 ※現行教育基本法(平成18年法律第120号)とは別の条文構成