本文へスキップ

判例マンガ

とっさの回し蹴り — 勘違い騎士道事件

刑法/最高裁判所第一小法廷 昭和62年(1987年)3月26日決定

誤想過剰防衛の成否と、刑法36条2項の準用

  1. 1 / 12

    夜、帰宅途中の路上。酔いの残る空気の中、揉み合う声が響いていた。

    レイ今日の事件は、刑法の中でも『勘違い』が罪の重さを左右する一件です。

    みょうぶ勘違いで、人が死ぬの……? 物騒ね。

  2. 2 / 12

    酩酊した女性と、それをなだめていた男性が揉み合い、女性は倉庫の鉄製シャッターにぶつかって尻もちをついた。

    レイなだめていたのは、誠也(仮名)さん。実際には、酔った女性を介抱していた側でした。

  3. 3 / 12

    そこを通りかかったのが、空手三段の腕前を持つ剛(仮名)さん。

    剛(仮名)おい、女性に何をしている!

    レイ決定文は、剛さんがこの光景を『男性が女性に暴行している』と誤解した、と認定しています。

  4. 4 / 12

    剛さんは二人の間に割って入り、まず女性を助け起こしてから、誠也さんのほうを振り向いた。

    レイ両手を差し出して近づいた剛さんに、誠也さんは身を守ろうと手を胸の前に上げました。

    みょうぶそれだけで、殴りかかってくると思っちゃったの……?

  5. 5 / 12

    剛さんはその構えを『殴りかかってくる』と誤信し、とっさに回し蹴りを放った。

    レイ左足が誠也さんの右顔面付近に当たり、路上に転倒。頭蓋骨骨折などの傷害を負い、8日後、脳の損傷により亡くなりました。

    みょうぶ人助けのつもりが……。

  6. 6 / 12

    ここで確認しておきたいのが、刑法が『防衛』をどう扱っているかです。

    レイ刑法36条1項・正当防衛。急迫不正の侵害に対し、やむを得ずにした行為は罰しません。侵害があり、防衛の目的があり、手段が相当――3つがそろえば犯罪は成立しないんです。

  7. 7 / 12

    侵害はあっても手段が行き過ぎれば『過剰防衛』、そもそも侵害がなかったのに誤信していれば『誤想防衛』。

    レイ過剰防衛(36条2項)は、罪は成立したうえで刑だけ軽くできる仕組み。誤想防衛は、事実の錯誤として故意そのものが否定される方向に進みます。

    みょうぶで、この事件はどっちなの?

  8. 8 / 12

    勘違いに加えて、やりすぎもあった――それが本件、誤想過剰防衛です。

    レイ侵害はそもそも存在しませんでした。そのうえ、誤信した状況を前提にしても、素手で構えただけの相手への顔面回し蹴りは『やりすぎ』だったんです。

  9. 9 / 12

    最高裁判所第一小法廷、昭和62年3月26日決定。

    裁判長上告を、棄却する。

    剛(仮名)人助けのつもりだったのに……!

  10. 10 / 12

    決定は、誤信を前提にしてもなお、回し蹴りは防衛の手段として相当性を逸脱している、と述べた。

    レイ『誤想過剰防衛に当たるとして刑法三六条二項により刑を減軽した原判断は、正当である』――これが決定文の核心です。

  11. 11 / 12

    勘違いしていたのに、なぜ『わざと』の罪になるのか。

    レイ剛さんは、回し蹴りがどれほど危険かを分かったうえで蹴っています。過剰さを基礎づける事実の認識があった以上、故意への非難は消えません。

    みょうぶ勘違いは言い訳になっても、全部は消えないんだ……。

  12. 12 / 12

    罪が成立するかと、刑をどうするかは、別の段階で決まる。

    レイ刑法36条2項は、本来『現実に侵害があった場合』の規定です。でも最高裁は、誤想の場合にもこれを及ぼす道を認めました。

    みょうぶ勘違いでも、怖かった気持ちは本物だったから……か。

この判例のポイント

この事件の核心は、正当防衛から誤想過剰防衛までの4段階です。①正当防衛(36条1項・侵害あり、手段も相当)、②過剰防衛(36条2項・侵害はあるが手段が行き過ぎ)、③誤想防衛(侵害がないのに誤信・事実の錯誤として故意が否定される方向)、④誤想過剰防衛(誤信のうえ手段も行き過ぎ)。本件は④にあたり、傷害致死罪の成立を認めたうえで、36条2項により刑を減軽するという決定がくだされました。

勘違いしていたのに、なぜ『わざと』の罪になるのか。構成要件段階で必要な故意は『人に蹴りを当てる』という事実の認識で足ります。被告人の勘違いは『守るべき状況がある』という違法性に関わる事情の勘違いなので、処理は責任の段階で行います。そして被告人は、素手で構えただけの相手に空手技の回し蹴りを当てる危険性を分かったうえで蹴っていた――過剰さを基礎づける事実の認識があった以上、故意への非難は消えない、というのが判例・通説の理解です。

答案では次の順で書きます。①構成要件該当性(蹴りと死亡結果の因果関係、蹴りの危険性の認識)→②違法性(正当防衛の主張。しかし現実の侵害がないため不成立)→③責任(誤想防衛の主張。しかし過剰さを基礎づける事実は認識していたため、責任故意への非難は消えない)→④刑の処理(現実の侵害がない以上36条2項を直接は適用できないが、恐怖や驚きによる責任の軽さは過剰防衛と変わらないとして、同項を及ぼして刑を減軽しうる)→⑤結論。いきなり『勘違いだから無罪』と書くと、どの段階のどの要素が欠けるのかが見えなくなります。

会話は読みやすさのための脚色です。人物名はすべて仮名で、事実関係と数値は決定文の認定にもとづいています。

出典