判例マンガ
入口は自由、出口はブレーキ — 三菱樹脂事件
憲法/最高裁判所大法廷 昭和48年(1973年)12月12日判決(昭和43年(オ)第932号)
思想・信条を理由とする本採用拒否は違法か——憲法の人権規定は私人間に直接適用されるか
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就職試験で、学生時代のことを聞かれたら——どこまで答える義務があるのでしょう。
レイ今日の判例は、会社に雇われることと、心の中の自由の話です。
みょうぶ心の中の自由? 就職と関係あるの?
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昭和37年、E大学在学中の誠(仮名)は、三菱樹脂の大学卒業者向け採用試験を受け、合格した。
レイ翌昭和38年、大学卒業と同時に、三か月の試用期間つきで採用されています。
みょうぶ三か月、お試し期間ってこと?
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採用試験の身上書と面接で、誠(仮名)はある事実を書かなかった。あるいは、偽って答えていた。
レイ在学中、学内で最も先鋭的とされた学生自治会の中央委員をつとめ、昭和35年5月から37年9月まで、安保条約改定反対の無届デモや無届集会に参加していました。面接では『学生運動をしたことはなく、興味もなかった』と答えています。
みょうぶうわ、思いっきり食い違ってる……
レイほかにも、大学生活部の手当を受けていないのに『月四千円もらっていた』と偽って書き、学外の生活協同組合で昭和34年7月から38年6月まで理事、しかも組織部長という要職にあったことは書きませんでした。
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三か月の試用期間が満了する直前、会社は誠(仮名)に本採用拒否を告げた。
岡田(仮名)身上書の秘匿と虚偽の記載がある。これでは、管理職要員としての適格性は認められない。
誠(仮名)そんな……! 労働契約はまだ続いているはずです。訴えます。
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一審・原審(東京高裁)は、誠(仮名)の訴えを認めた。
レイ政治的思想・信条にかかわる事項について申告を求めること自体が、憲法14条・19条、労働基準法3条に違反し、公序良俗に反して許されない——秘匿があっても不利益を課すことはできない、という判断でした。
みょうぶつまり、会社が負けたんだ。
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最高裁は、ここで立ち止まって問い直す。憲法の人権規定は、会社と個人のあいだにも直接及ぶのか。
みょうぶそんなの当然でしょ。憲法は国民の権利を守るためのものじゃない。
レイそれが、今日いちばんの急所なんです。憲法一四条・一九条は、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するもので、私人相互の関係を直接規律することを予定していない——最高裁はそう述べました。
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私人どうしの対立は、まず私的自治にゆだねられる。行き過ぎたときにだけ、法が調整に入る。
レイ調整の道具は、民法一条・九〇条や不法行為の規定です。人権規定をそのまま私人間に適用・類推適用するのは、当をえた解釈ではないとされました。
みょうぶじゃあ、思想を理由に採用を断っても、違法じゃないの?
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憲法は一四条・一九条と同時に、二二条・二九条で財産権や経済活動の自由も保障している。
レイ企業には契約締結の自由があり、誰をどんな条件で雇うかは原則自由。特定の思想信条を理由に雇い入れを拒んでも、それだけで違法とはいえません。
レイ労働基準法三条は信条による差別を禁じますが、それは雇入れ後の労働条件についての制限であって、雇入れそのものを縛る規定ではない——だから、採用試験で思想・信条に関係する事項の申告を求めることも、法律上禁じられた行為ではないとされたんです。
みょうぶえっ、原審と真逆……
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ただし最高裁は、ここで話を終わらせなかった。「雇い入れ」と「雇い入れた後」は別だ、と。
レイいったん労働者を雇い入れ、雇傭関係上の地位を与えた後は、それを一方的に奪う自由は、雇入れの場合ほど広くありません。
レイ本件の三か月の試用契約は、会社が『管理職要員として不適格』と認めたときに解約できる、解約権留保付きの雇傭契約と認定されています。本採用拒否は、この解約権の行使=雇入れ後の解雇にあたる、とされました。
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解約権の行使が許されるのは、無条件ではない。
レイ留保解約権の行使は、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される——通常の解雇より広いとはいえ、無制限ではないという枠組みです。
みょうぶ本採用を信じて、他の会社への就職をあきらめてる、ってことも関係あるの?
レイまさにそこです。試用期間中の人は、その会社との雇用継続を期待して、他企業への就職の機会と可能性を放棄しているから、というのが理由です。
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最高裁の結論。
裁判長原判決を破棄する。本件を東京高等裁判所に差し戻す。
みょうぶ差し戻し? 結局、どっちが勝ったの?
レイどちらでもありません。秘匿された事実の内容・態様・程度、そして秘匿の動機や理由まで審理を尽くし、それが本当に管理職要員としての適格性を否定する客観的合理的理由になるかを、もう一度やり直せ——という判断です。
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この判決は、日本国憲法の人権規定が私人間にどう働くかを示した、最も重要な先例のひとつになった。
レイ憲法一四条・一九条・二二条・二九条、民法一条・九〇条、労働基準法三条——これらの関係を整理し、人権規定を私人間に『間接適用』するという枠組みを確立した判決です。
みょうぶ入り口は自由、出口にはブレーキがかかる、か……
レイはい。会社の全面勝訴ではなく、雇う自由と、雇われた後に守られる利益の、両方に線を引いた判決なんです。
この判例のポイント
この判決の急所は、私人間効力の議論そのものではなく、その先にある『入口(雇入れ)』と『出口(雇入れ後の解雇)』の非対称性にあります。憲法の人権規定は国家対個人の関係を直接規律するもので、私人相互の関係は原則として私的自治にゆだねられ、行き過ぎた場合に民法1条・90条や不法行為法で調整される——これが間接適用の枠組みです。
その枠組みの上で、最高裁は雇入れの段階と、いったん雇い入れた後の段階を区別しました。雇入れそのものについて、企業は契約締結の自由(憲法22条・29条)を広く持ち、思想信条を理由に採用を拒んでも直ちに違法ではありません。しかし、三か月の試用期間を経て与えられた雇傭関係上の地位を奪う本採用拒否は『解雇』にあたり、労働基準法3条の適用対象になります。解約権の行使には客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が要求され、無制限に認められるわけではありません。
答案では、①憲法の人権規定が私人間に直接適用されるかを論じたうえで、②民法1条・90条等を通じた間接適用の枠組みを示し、③本件では雇入れの自由と雇入れ後の解雇制限を区別して論じる、という三段階の構成を意識すると筋が通ります。いきなり『私人間には適用されない』で終わらせると、事案の核心である入口と出口の違いに触れずじまいになってしまいます。
会話は読みやすさのための脚色です。人物名はすべて仮名で、事実関係と数値は最高裁判所が公開する判決文(courts.go.jp)の記載にもとづいています。