判例マンガ
死因は、先に生まれていた — 大阪南港事件
刑法/最高裁判所第三小法廷 平成2年(1990年)11月20日決定
先行する暴行で死因となる傷害がすでにできていた場合、素性不明の第三者の暴行が介在しても、先行行為と死亡との因果関係は認められるか
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昭和56年(1981年)1月。三重県阿山郡の山あいに、工事現場で働く男たちの宿舎があった。
レイここは「飯場(はんば)」。作業員が寝泊まりする宿舎です。
みょうぶ今日は刑法の話なんだ、レイ。
レイはい。「因果関係」という、刑法の中でもとびきり難しい論点を扱った事件です。
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この飯場を営んでいたのが、辰夫(仮名)。働いていたのが、浩二(仮名)だった。
みょうぶ二人の間に、何があったの?
レイ実は、決定文に経緯は書かれていないんです。最高裁が書いたのは『何をしたか』だけ。わかっているのは、ここからです。
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昭和56年1月15日、午後8時ごろから午後9時ごろまでの間。辰夫(仮名)は、洗面器の底や皮バンドで、浩二(仮名)の頭部などを多数回殴打した。
辰夫(仮名)……まだ、足りんのか。
レイこの暴行を、決定文は『第1暴行』と呼んでいます。
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恐怖による心理的圧迫などで血圧が上昇し、内因性高血圧性橋脳出血が発生。浩二(仮名)は意識を失った。
レイ脳の奥、橋(きょう)という部分からの出血です。これが、のちの死因になります。
みょうぶもう、この時点で致命傷だったってこと?
レイはい。覚えておいてください。死因は、もうここで作られています。
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辰夫(仮名)は、意識のない浩二(仮名)を車に積み、大阪市内の建材会社の資材置場まで運んだ。同日午後10時40分ごろ、そこに放置して立ち去った。
辰夫(仮名)……ここに置いていけば、わからんだろう。
みょうぶひどい……見捨てたの?
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資材置場で、うつ伏せに倒れていた浩二(仮名)。その生存中、何者かが角材で、その頭頂部を数回殴打した。
レイ誰がやったのかは、最後までわかっていません。決定文にも『何者かによって』としか書かれていないんです。
みょうぶえ、犯人、もうひとりいたの!?
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翌16日未明。浩二(仮名)は、内因性高血圧性橋脳出血により死亡した。
レイ角材の暴行は、すでにあった出血を拡大させ、死期を幾分か早める影響を与えた——決定文は、そう認定しています。
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辰夫(仮名)の暴行と、浩二(仮名)の死亡。その間には、見ず知らずの誰かの暴行が割り込んでいた。
みょうぶじゃあ、辰夫の罪はどうなるの? 先に殴ったのは辰夫だけど、とどめは別の人だよ?
レイそこなんです。刑法は『よって人を死亡させた』と書く以上、行為と結果のあいだに因果関係がなければ、死亡の責任は問えません。見ず知らずの第三者が割り込んでも、そのつながりは切れないのか——これが本件の争点です。
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似た形の先例がある。米兵ひき逃げ事件では、同乗者が被害者を車の屋根から引きずり降ろし、死因となった傷害がどちらの行為で生じたか確定できず、因果関係は否定された。
レイ『予想できない割り込みがあったかどうか』——これまでは、そこが基準になることが多かったんです。
みょうぶ今回も、誰かが角材で殴るなんて、普通は予想できないよね。じゃあ今回も因果関係なし?
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最高裁判所第三小法廷。平成2年(1990年)11月20日、決定。
裁判長本件上告を、棄却する。
辰夫(仮名)まさか……あいつが殴ったことは、関係ないのか!?
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最高裁が見たのは、『予想できたか』ではなかった。
レイ『犯人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には、仮にその後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても、犯人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することができ……』
レイ死因を作ったのは、辰夫(仮名)の第1暴行。角材の一撃は、死期を早めただけ。だから、つながりは切れていません。
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この判断は、学説の見方を変えた。
レイ刑法205条、傷害致死罪。条文に『因果関係』という言葉はなく、『よって』の一語がそれを担っています。
レイ『予想できたか』ではなく、『作り出した危険が結果にそのまま現れたか』で見る——のちに『危険の現実化』と呼ばれる考え方の、出発点のひとつになった決定です。
みょうぶ殴った瞬間に、もう結果は決まっていたんだね……
この判例のポイント
この決定の核心は「死因となる傷害を、誰の行為が作ったか」の一点にあります。第1暴行で橋脳出血という致命的な傷害がすでにできていた以上、その後に見ず知らずの第三者が角材で殴り、死期をいくらか早めたとしても、第1暴行と死亡とのつながりは切れない——最高裁はそう判断しました。
見落としやすいのは、最高裁が『こんな割り込みは予想できない』という理屈を一度も使っていないことです。以前の判例(米兵ひき逃げ事件)では、死因となった傷害がどちらの行為で生じたか確定できなかったために因果関係が否定されました。本件との違いは、死因を作った行為を特定できたかどうかにあります。学説・実務はこの違いを『行為の危険性が結果に現実化したか』という基準(危険の現実化)として整理し直しましたが、この言葉自体は決定文のどこにも出てきません。答案で、判例の言葉と学説の整理を混同しないよう注意してください。
答案では、①検討対象を宣言し(『被告人の第1暴行について、傷害致死罪(刑法205条)の成否を検討する』)、②第三者の暴行が介在しているため因果関係が問題となる旨を一言で示し、③条件関係を出発点としつつ行為の危険性が結果に現実化したといえる場合に因果関係を認めるという規範を立て、④第1暴行が死因となる傷害を形成した事実と、介在行為は死期を早めたにとどまる事実を、それぞれ評価とセットで当てはめ、⑤結論を書く——という順序が安全です。
辰夫・浩二の名はいずれも仮名です。決定文は被告人と被害者の間に何があったか(動機や経緯)を書いておらず、本作でもそこは描いていません。日時・場所・暴行の方法・死因・決定の文言は、最高裁決定の原文にもとづいています。