「上告理由に当たらない」のに最高裁が判断を書くのはなぜか ― 職権破棄という例外
「上告理由に当たらない」と言われた事件のはずなのに、最高裁判所がその中でしっかりとした法律判断を書いていることがあります。これは矛盾ではありません。結論から言うと、上告理由が無くても、最高裁が自分の判断(職権)で原判決を破棄できる規定が、民事訴訟法と刑事訴訟法の両方に置かれているからです。上告理由の限定列挙と、この職権破棄という例外は、セットで理解する必要があります。

結論 ― 上告理由が無くても、最高裁が自分の判断で破棄できる規定がある
なぜ上告理由は限られているのか ― 最高裁は「法律審」
日本の裁判は、地方裁判所(第一審)→高等裁判所(控訴審)→最高裁判所(上告審)と進みます。この三審制の骨格を定めている現行の刑事訴訟法(昭和23年7月10日法律第131号)と民事訴訟法(平成8年6月26日法律第109号)は、いずれも上告審を「事実審」ではなく「法律審」として設計しました。控訴審までは事実認定(何があったかの認定)をやり直せますが、上告審は違います。最高裁の役割は、個々の事件の事実を洗い直すことではなく、法令の解釈を統一することに絞られています。そのため、上告できる理由は条文で限定列挙されています。
刑事事件では、刑事訴訟法405条がこう定めています。
高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。 一 憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。 二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。 三 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
民事事件でも同様に、民事訴訟法312条1項・2項が、憲法違反と、判決裁判所の構成違反・専属管轄違反・理由不備など条文に列挙された「絶対的上告理由」に限って上告を認めています。「量刑が重すぎる」「事実認定が納得できない」というだけでは、原則として上告理由になりません。
例外を作った条文 ― 職権破棄(刑訴411条・民訴325条2項)
ここまでが原則です。しかし、限定列挙された理由に当てはまらない事件のすべてを、最高裁が機械的に門前払いしてよいわけではありません。そこで置かれているのが、最高裁が自分の判断(職権)で原判決を破棄できる規定です。
刑事訴訟法411条は、こう定めています。
上告裁判所は、第405条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。 一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。 二 刑の量定が甚しく不当であること。 三 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。 四 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。 五 判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと。
つまり、405条の3つの理由(憲法違反・判例違反)に当てはまらなくても、量刑が甚だしく不当だったり、重大な事実誤認があったりして、破棄しなければ著しく正義に反すると最高裁自身が判断すれば、判決を書いて原判決を破棄できます。「上告理由に当たらない」のに判断が書かれているように見える事件の多くは、このルートを通っています。
民事訴訟法にも、同じ発想の規定があります。325条2項です。
上告裁判所である最高裁判所は、第312条第1項又は第2項に規定する事由がない場合であっても、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは、原判決を破棄し、次条の場合を除き、事件を原裁判所に差し戻し、又はこれと同等の他の裁判所に移送することができる。
刑事と民事で条文の細部は違いますが、「限定列挙された理由が無くても、最高裁が自分の判断で破棄できる」という骨格は共通しています。両者を並べると、違いがはっきりします。
| 民事訴訟法325条2項 | 刑事訴訟法411条 | |
|---|---|---|
| 適用の前提 | 312条1項・2項の事由が無い場合 | 405条各号の事由が無い場合 |
| 破棄できる理由 | 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反(1つ) | 法令違反・量刑不当・重大な事実誤認・再審事由・大赦(5号列挙) |
| ハードルの表現 | 「明らか」 | 「著しく正義に反する」 |
| 破棄後の扱い | 原則、原裁判所へ差し戻し・移送 | 判決で原判決を破棄 |
刑事訴訟法411条のほうが、量刑不当や事実誤認まで対象に含めている分、条文上は幅が広いことが分かります。これは、有罪・無罪や刑の重さが人の身体拘束に直結する刑事事件では、形式的な理由の有無だけで打ち切ることへの歯止めを、より手厚く用意しているためです。
もう一つの入り口 ― 上告受理(民事訴訟法318条)
民事訴訟には、325条2項とは別に、もう一つ「理由の限定を越える」仕組みがあります。上告受理の申立て(318条)です。
上告をすべき裁判所が最高裁判所である場合には、最高裁判所は、原判決に最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件について、申立てにより、決定で、上告審として事件を受理することができる。
325条2項が「いったん上告として受け付けた事件の中身」の話であるのに対し、318条は「そもそも上告審として受け付けるかどうか」という入り口の話です。判例と矛盾する判断や、法令解釈として重要な論点を含む事件について、最高裁が裁量で事件を選んで受理します。受理された事件は上告があったものとみなされ、以後は通常の上告と同じ手続で進みます。
さらに、民事訴訟法322条は「前二条の規定は、裁判所が職権で調査すべき事項には、適用しない」と定めています。ここでいう「前二条」は320条(上告裁判所は上告の理由に基づき、不服の申立てがあった限度においてのみ調査をする、という原則)と321条(調査の資料についての条文)です。訴訟要件や専属管轄のように、当事者が主張しなくても裁判所が自分で確かめなければならない事項(職権調査事項)については、上告理由の範囲に縛られずに調査してよい、という別枠が用意されています。325条2項・318条・322条は、いずれも「上告理由の限定列挙だけでは足りない場面」に対応した、別々の入り口だと整理すると分かりやすくなります。
答案ではどう書くか
上告に関する論点を答案で扱うときは、まず405条(刑事)・312条(民事)の限定列挙を確認し、それに当てはまらないことを示したうえで、411条・325条2項という職権破棄の枠組みに移る、という順序で書くと筋が通ります。「上告理由が無い=最高裁は何もできない」ではなく、「上告理由が無い場合の例外規定に当てはまるか」まで検討して初めて、上告審の判断過程を説明したことになります。
このコラムと同じ「レイの法廷」のコラムでは、判例が条文の趣旨からどう判断基準(規範)を作るかを扱った回もあります。「規範を立てる」とは何をすることかもあわせてどうぞ。各話の一覧はレイの法廷から見られます。
よくある質問
Q. 上告と控訴は何が違いますか?
控訴は第一審の判決に対する不服申立てで、高等裁判所が事実認定も含めてやり直せます。上告は控訴審の判決に対する不服申立てで、最高裁判所(または高等裁判所)が対象になり、原則として法令の解釈に問題があるかどうかだけを審理します。
Q. 職権破棄は、当事者が「使ってほしい」と申し立てられる制度ですか?
職権破棄はあくまで最高裁が自分の判断で行うものです。当事者は上告理由書の中で「著しく正義に反する事情がある」と主張することはできますが、それを採用して破棄するかどうかは最高裁の判断に委ねられています。上告理由として法律上主張できる権利ではありません。
Q. 民事訴訟法325条2項と刑事訴訟法411条は、同じ制度ですか?
発想は同じですが、対象となる理由の範囲が違います。325条2項は「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」だけを対象にしていますが、411条は法令違反に加えて量刑不当・重大な事実誤認・再審事由・大赦まで対象にしており、条文上より幅が広くなっています。
Q. 上告受理(318条)と職権破棄(325条2項)はどう違うのですか?
318条は「そもそも上告審として事件を受理するかどうか」という入り口の制度です。325条2項は、受理・審理した上告事件の中で「上告理由に挙げられた事由が無くても破棄できるか」という中身の制度です。役割の場面が違います。
本記事は、公開されている条文にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。
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