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高知放送事件 — 解雇権の濫用と、普通解雇に必要な「社会通念上の相当性」

高知放送事件は、就業規則の解雇事由にあたる事実があっても、それだけでは解雇が有効にならないことを示した判例です。最高裁判所第二小法廷は昭和52年1月31日、普通解雇事由がある場合でも「使用者は常に解雇しうるものではなく」、具体的な事情のもとで解雇が「著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができない」ときは、解雇の意思表示は解雇権の濫用として無効になると述べました。寝過ごしで2度にわたり定時ラジオニュースを放送できなかったアナウンサーの解雇について、最高裁は「解雇をもつてのぞむことは、いささか苛酷にすぎ」るとして、解雇を無効とした原審の判断を是認しています。論点名は解雇権の濫用で、この考え方がいまの労働契約法16条になっています。

寝坊2回でも解雇は無効 — 高知放送事件・最高裁が数えた事情と労働契約法16条

高知放送事件とは — 最高裁判所第二小法廷 昭和52年1月31日判決

項目内容
裁判所最高裁判所第二小法廷
裁判年月日昭和52年1月31日
裁判種別判決
事件名従業員地位確認等請求
事件番号昭和49年(オ)第165号
判例集集民第120号23頁
原審高松高等裁判所 昭和48年(ネ)第80号・昭和48年12月19日判決
結果上告棄却(解雇を無効とした原審の判断を是認)
論点普通解雇の要件と、解雇権の濫用

通称の「高知放送事件」は、解雇した会社が高知県の放送局だったことに由来します。判決文では、解雇された元アナウンサーが「被上告人」、会社が「上告会社」と呼ばれています。つまり、負けて最高裁まで争ったのは会社の側です。

判決の原文は、裁判所の裁判例情報(最高裁判所第二小法廷 昭和52年1月31日判決(新しいタブで開く))で公開されています。以下の引用はすべてこの判決文からのもので、旧字体・旧かな(「あつた」「もつて」など)は原文のままです。

何が起きたのか(事案)

以下は判決文が確定した事実だけを時系列に並べたものです。人物の名前は仮名です。

早川さんは、会社の編成局報道部に勤務するアナウンサーでした。仕事のひとつが、午前6時から10分間の定時ラジオニュースを読むことです。ニュース原稿は、ファックス担当の放送記者が受け取ります。

第一事故。昭和42年2月22日午後6時から翌23日午前10時まで、早川さんはファックス担当放送記者と宿直勤務に従事しました。しかし23日午前6時20分頃まで仮眠していたため、同日午前6時から10分間放送されるべき定時ラジオニュースを全く放送することができませんでした。

第二事故。同年3月7日から翌8日にかけて、早川さんは前と同様に別のファックス担当者と宿直勤務に従事しました。ここでも寝過ごし、8日午前6時からの定時ラジオニュースを約5分間放送することができませんでした。最初の事故から、2週間しか経っていません。

早川さんは、この第二事故について上司に報告しませんでした。同月14、5日頃にこれを知った部長から事故報告書の提出を求められ、事実と異なる事故報告書を提出しています。

会社は、これらの行為が就業規則所定の懲戒事由に該当するとして懲戒解雇とすべきところ、再就職など将来を考慮して普通解雇に処しました。会社の就業規則15条は普通解雇の事由を定めており、その3号は次のようになっていました。

「その他、前各号に準ずる程度の巳むをえない事由があるとき。」

早川さんは解雇の効力を争い、第一審・原審(高松高等裁判所)とも解雇を無効と判断します。会社が上告し、最高裁が判決を出したのは昭和52年1月31日。第一事故の朝から、ほぼ10年後でした。

争点 — 就業規則の解雇事由にあたれば、それで解雇は有効になるのか

争点は一つに絞られます。普通解雇の事由にあたる事実があるとき、使用者はそれだけで解雇できるのか、という問いです。

会社の側の理屈はこうです。就業規則に普通解雇の事由が書いてあり、本人の行為がそれにあたる。しかも本来は懲戒解雇相当なのを、将来を考えてわざわざ軽い普通解雇にした。だから解雇は有効だ、という組み立てです。

これに対して早川さんの側は、同じ朝に同じように寝過ごした相手役の処分がいちばん軽いけん責だったことなどを挙げ、自分だけを解雇するのは重すぎると主張しました。「事由があるか」と「重すぎないか」は別の問題なのかが、この事件で決まることになります。

裁判所は何と言ったか(判旨)

最高裁はまず、懲戒解雇にせず普通解雇を選ぶこと自体は許されると述べました。

「就業規則所定の懲戒事由にあたる事実がある場合において、本人の再就職など将来を考慮して、懲戒解雇に処することなく、普通解雇に処することは、それがたとえ懲戒の目的を有するとしても、必ずしも許されないわけではない。そして、右のような場合に、普通解雇として解雇するには、普通解雇の要件を備えていれば足り、懲戒解雇の要件まで要求されるものではないと解すべきである。」

つまり、懲戒事由にあたる行為を理由に普通解雇をするときは、普通解雇の要件さえ満たしていればよく、懲戒解雇の厳しい要件まで要らない、ということです。ここまでは会社に有利な判断で、実際に最高裁は本件の行為が就業規則15条3号の普通解雇事由に「も該当する」としています。

ところが、判決はここで止まりません。続く一文がこの判例の核心です。

「しかしながら、普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるものというべきである。」

つまり、解雇の事由があることは入口にすぎません。その事由でこの人を辞めさせるのが行きすぎていないか、という2段目の審査が別に待っている、という読み方です。

そのうえで最高裁は、本件の具体的な事情を両方向から数え上げ、次のように結論づけました。

「右のような事情のもとにおいて、被上告人に対し解雇をもつてのぞむことは、いささか苛酷にすぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできないと考えられる余地がある。したがつて、本件解雇の意思表示を解雇権の濫用として無効とした原審の判断は、結局、正当と認められる。」

言い換えると、解雇という処分はこの事案では重すぎる、ということです。注意したいのは言葉の慎重さで、最高裁は「相当でない」と断言するのではなく「是認することはできないと考えられる余地がある」と書き、そこから原審の判断を「結局、正当」と是認しています。判決は裁判官全員一致の意見で、民訴法401条などに従い上告を棄却しました。

最高裁が数えた事情

この判例が答案でも実務でも使われるのは、相当性をどう判断するのかを事情の一覧で見せたからです。判決文が挙げた事情を、向きごとに並べます。どちらの欄も判決文に書かれているものだけです。

解雇に傾く事情(判決が挙げたもの)解雇に傾かない事情(同)
定時放送を使命とする会社の対外的信用を著しく失墜させたいずれも寝過ごしという過失行為で、悪意ないし故意によるものではない
寝過ごしという同一態様で、特に2週間内に二度も同様の事故を起こした通常はファックス担当者が先に起きてアナウンサーを起こすことになっていたが、二度ともファックス担当者も寝過ごし、定時に起こしてニュース原稿を手交しなかった
アナウンサーとしての責任感に欠ける会社において、早朝のニュース放送の万全を期すべき何らの措置も講じていなかった
第二事故の直後に、卒直に自己の非を認めなかった第一事故では直ちに謝罪し、第二事故では起床後一刻も早くスタジオ入りすべく努力した。第二事故についても結局は自己の非を認めて謝罪の意を表明している
―寝過ごしによる放送の空白時間は、さほど長時間とはいえない
―これまで放送事故歴がなく、平素の勤務成績も別段悪くない
―第二事故のファックス担当者は、けん責処分に処せられたにすぎない
―会社において、従前放送事故を理由に解雇された事例はなかった

事実と異なる事故報告書についても、最高裁は「一階通路ドアの開閉状況に被上告人の誤解があり」、短期間内に二度の放送事故を起こして気後れしていたことを考えると、この点を強く責めることはできないとしています。

並べてみると、右側の事情は大きく3種類に分かれます。本人の側の事情(過失であること・事後の対応・それまでの勤務歴)、会社の側の事情(早朝放送に備えを置いていなかったこと)、そして処分の釣り合い(同じ朝に寝過ごした相手役はけん責どまり、同種事案で解雇された前例もない)です。相当性の判断が本人の落ち度だけを見るものではない、という点がはっきり出ています。

日本食塩製造事件との関係 — 規範の出どころ

解雇権の濫用という考え方を最初に一般的な形で述べたのは、この判決ではありません。その2年前の日本食塩製造事件(最高裁判所第二小法廷 昭和50年4月25日判決・民集第29巻4号456頁)(新しいタブで開く)です。

「思うに、使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当である。」

日本食塩製造事件は、労働組合から除名された労働者をユニオン・ショップ協定に基づいて解雇した事案でした。最高裁は、除名が無効なら会社は解雇義務を負わないので、他に解雇の合理性を裏づける特段の事由がないかぎり解雇は無効になるとして、原判決を破棄して東京高等裁判所に差し戻しています。

2つの判決の役割は、きれいに分かれています。

日本食塩製造事件が示したのは「客観的に合理的な理由」と「社会通念上相当」という2つの物差しそのものです。ただし争われたのが協定と除名の効力だったため、個々の事情をどう数えるかという話にはなりませんでした。

高知放送事件は、この物差しをふつうの勤務上のミスにあてて見せた判決です。しかもここで物差しは「解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができない」という言い方になっています。解雇の事由はある、と認めたうえで処分の重さを量る場面なので、言葉が「著しく不合理」の側に寄っているわけです。

つまり日本食塩製造事件が枠を作り、高知放送事件がその枠の使い方を示した、という関係になります。

この判例が決めたこと(意義) — 労働契約法16条の原型

2つの判決で固まった考え方は、その後条文になりました。労働契約法(平成19年法律第128号)16条です。

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」(e-Gov 法令検索(新しいタブで開く))

日本食塩製造事件の一文とほとんど同じ言葉遣いであることが分かります。判例が積み上げたルールが、そのまま条文の文言になった例です。

このため、高知放送事件はいまも読む価値があります。16条には「社会通念上相当」と書いてあるだけで、何を見て相当性を判断するのかは書かれていません。その中身を最高裁が実際に数えた記録が、この判決だからです。

16条が前提にしているのは、期間の定めのない労働契約です。契約期間が決まっている場合は17条1項が働き、「やむを得ない事由がある場合でなければ」期間満了までの間に解雇することができない、とされています。期間途中の解雇は、むしろハードルが上がる仕組みです。

なお、解雇ではなく採用の段階にも、似た線引きがあります。試用期間を付けて採用した後の本採用拒否は「解雇」にあたるとされており、入り口の採用の自由とは扱いが変わります。この点は三菱樹脂事件の解説で扱っています。

学説はどう整理しているか

条文の形は「権利の濫用」です。会社に解雇する権利があることを前提にして、その使い方が度を越していれば効果を認めない、という書き方になっています。権利の濫用そのものの考え方は、権利濫用の論証 — 民法1条3項の読み方で民法の側から整理しました。

もっとも、実際の働きを見ると、正当な理由がなければ解雇できないというルールに近い、と整理する見方が示されています。形式は「権利の行使が濫用かどうか」でも、使用者が相当性を基礎づける事情を出せなければ解雇は通らないので、結果として理由の正当性が問われているに等しい、という読み方です。

ただしこれは学説の整理であり、最高裁がその立場を採ったことを意味しません。判決文は学説の名前を挙げていませんし、述べているのは「解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには……無効になる」という規範だけです。答案でも、判例が明言したことと学説の整理は分けて書く必要があります。

答案ではどう書くか

解雇の有効性を検討する順番
  1. 問題提起 — 本件解雇が有効か。普通解雇事由の有無と、解雇権の濫用にならないかを順に検討する旨を示す。
  2. 規範①(事由) — 就業規則所定の普通解雇事由にあたるか。懲戒事由にあたる事実を理由に普通解雇をするときは、普通解雇の要件を備えていれば足り、懲戒解雇の要件までは要しない(最二小判昭52.1.31)。
  3. 規範②(相当性) — 事由があっても、当該具体的な事情のもとで解雇が著しく不合理であり社会通念上相当なものとして是認できないときは、解雇権の濫用として無効。現行法では労働契約法16条の問題として処理する。
  4. あてはめ — 行為の態様(故意か過失か)・結果の重さ・使用者側の体制・本人の事後対応・それまでの勤務歴・他の関与者との処分の釣り合い・同種事案の前例を、解雇に傾く向きと傾かない向きの両方で拾う。
  5. 結論 — 拾った事情を総合し、解雇という最も重い処分を選ぶことが相当かを判断する。

答案で落としやすいのは4番の後半です。本人の落ち度だけを並べて「悪質だから有効」と書いてしまうと、高知放送事件が実際に重視した使用者側の体制と処分の釣り合いが抜けます。この2つは会社側の事情なので、当事者の一方の主張としては出てきにくく、意識して拾う必要があります。

動画で見る

この事件は「レイの法廷」の特別回として、当事者のやりとりを中心にした形で動画にしています。人物名は仮名で、せりふは判決文が認めた事実をもとに再現したものです。

各話の一覧と、他の判例の回はレイの法廷にまとめています。

よくある質問

Q. 高知放送事件で、解雇はなぜ無効になったのですか?

解雇の理由がなかったからではありません。最高裁は、本件の行為が就業規則15条3号の普通解雇事由にあたることを認めています。それでも、過失であったこと、二度ともファックス担当者も寝過ごしていたこと、会社が早朝放送に何の備えも置いていなかったこと、相手役の処分がけん責どまりだったことなどを数えたうえで、解雇という処分は「いささか苛酷にすぎ」ると判断しました。無効になったのは2段目の相当性の審査です。

Q. 寝坊で放送事故を起こせば、必ず解雇は無効になるのですか?

いいえ。この判決は「当該具体的な事情のもとにおいて」と述べており、本件の事情を総合した結果の判断です。同じ寝過ごしでも、使用者側が備えを講じていた場合や、本人に過去の事故歴がある場合、他の関与者との処分の釣り合いが取れている場合には、事情の重みが変わります。結論を他の事案にそのまま持ち込むことはできません。

Q. 懲戒解雇ではなく普通解雇にすれば、会社は有利になるのですか?

要件の面では軽くなります。最高裁は、懲戒事由にあたる事実を理由に普通解雇をするときは「普通解雇の要件を備えていれば足り、懲戒解雇の要件まで要求されるものではない」と述べました。しかし、それで解雇が通るとは限りません。普通解雇でも相当性の審査は残り、この事件ではまさにそこで無効になっています。

Q. 高知放送事件と日本食塩製造事件は、どう違うのですか?

日本食塩製造事件(最高裁第二小法廷 昭和50年4月25日判決)は、「客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる」という物差しそのものを示した判決で、事案はユニオン・ショップ協定に基づく解雇でした。高知放送事件は、その物差しをふつうの勤務上のミスにあてはめ、どの事情をどちら向きに数えるのかを具体的に見せた判決です。労働契約法16条の文言は、前者の言い方をほぼそのまま引き継いでいます。

Q. アルバイトやパートでも同じ判断になりますか?

労働契約法16条は、期間の定めのない労働契約を前提にしています。契約期間が決まっている場合は同法17条1項が働き、「やむを得ない事由がある場合でなければ」期間が満了するまでの間に解雇することができません。つまり期間途中の解雇は、期間の定めのない契約よりも厳しく判断されることになります。


本記事は判決文・条文などの一次資料に基づく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案の結論は事情によって変わるため、具体的な問題については弁護士などの専門家にご相談ください。登場する人物の名前はすべて仮名です。

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#レイの法廷#判例#労働法#解雇権の濫用