ロッキード事件をわかりやすく — 内閣総理大臣の職務権限と賄賂罪
ロッキード事件の最高裁判決は、内閣総理大臣が運輸大臣に「この航空機を勧めるように」と働き掛ける行為も、賄賂罪でいう「職務」にあたると判断しました。最高裁判所大法廷 平成7年(1995年)2月22日判決(刑集第49巻2号1頁)です。判断されたのは二つで、一つは賄賂罪における職務権限、もう一つは刑事免責(けいじめんせき。罪に問わないと約束して証言させること)を与えて得た供述を証拠にできるかでした。最高裁は後者について「証拠にできない」と原判決を否定しながら、それでも上告そのものは棄却しています。

ロッキード事件とは — 最高裁判所大法廷 平成7年2月22日判決
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所大法廷 |
| 裁判年月日 | 平成7年(1995年)2月22日 |
| 裁判種別 | 判決 |
| 事件番号 | 昭和62年(あ)第1351号 |
| 事件名 | 外国為替及び外国貿易管理法違反、贈賄、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律違反被告事件 |
| 判例集 | 刑集第49巻2号1頁 |
| 原審 | 東京高等裁判所(昭和62年7月29日) |
| 結果 | 棄却 |
| 論点 | 賄賂罪における職務行為・一般的職務権限/内閣総理大臣の職務権限/刑事免責を付与して得た供述の証拠能力 |
| 一次資料 | 裁判例結果詳細(courts.go.jp)(新しいタブで開く) |
「ロッキード事件」は複数の系列に分かれて起訴されており、この判決の系列は「丸紅ルート」と呼ばれています。ただし「丸紅ルート」は判決文に出てくる言葉ではなく、事件の系列を区別するための呼び名です。
この記事で書いているのは、裁判所が公表している判決文(全文PDF(新しいタブで開く))と、e-Gov 法令検索で確認した条文の範囲だけです。判決文に出てこない人物名・金額・経緯は書いていません。当事者は判決文が用いている記号(A・B・C・D・E・F・G)のまま表記します。
何が起きたのか(事案)
この判決は上告審のものなので、事実関係を最初から語り直してはいません。判決文から読み取れるのは、次の骨格です。
請託(せいたく。頼みごと)の対象とされた行為は、E が内閣総理大臣として運輸大臣に対し、F 株式会社に G の大型航空旅客機 L一〇一一型機の選定購入を勧奨するよう働き掛ける行為でした。つまり、総理大臣が自分で航空会社に売り込むのではなく、担当大臣を経由して動かす、という形です。
この判決の被告人は A と B の二名で、罪名は贈賄(賄賂を渡した側)です。収賄側とされた E は、この判決の被告人ではありません。判決文はその理由を述べていないので、ここでも書きません。
もう一つの争点は、証拠の集め方から生まれました。東京地方検察庁の検察官が、東京地方裁判所の裁判官に対し、当時アメリカ合衆国に在住していた C・D らの証人尋問を、国際司法共助として同国の管轄司法機関に嘱託するよう請求します。C らは「日本で刑事訴追を受けるおそれがある」として証言を拒みました。そこで検事総長らが「起訴しない」旨の宣明を出し、最終的に検事総長が将来にわたって公訴を提起しないことを確約して、尋問が行われました。こうしてできた嘱託証人尋問調書を、第一審は証拠として採用していました。
争点 — 総理大臣が担当大臣に働き掛ける行為は、賄賂罪の「職務」にあたるか
賄賂罪の条文は「その職務に関し」と書かれています。
公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の拘禁刑に処する。この場合において、請託を受けたときは、七年以下の拘禁刑に処する。(刑法197条1項・e-Gov 法令検索(新しいタブで開く))
渡した側は198条です。
第百九十七条から第百九十七条の四までに規定する賄賂を供与し、又はその申込み若しくは約束をした者は、三年以下の拘禁刑又は二百五十万円以下の罰金に処する。(刑法198条)
※ 引用した条文はいまの文言です。判決当時、刑罰は「懲役」と書かれていました。
ここで問題になるのが、「内閣総理大臣が他の大臣に指示する」ことは、どこかの法律に書いてあるのかという点です。航空会社にどの機種を買わせるかを総理大臣が決める、などという条文はありません。
裁判所は何と言ったか(判旨)
まず、賄賂罪の「職務」は広く捉える
賄賂罪は、公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるから、賄賂と対価関係に立つ行為は、法令上公務員の一般的職務権限に属する行為であれば足り、公務員が具体的事情の下においてその行為を適法に行うことができたかどうかは、問うところではない。けだし、公務員が右のような行為の対価として金品を収受することは、それ自体、職務の公正に対する社会一般の信頼を害するからである。
つまり、「その役職なら一般にできること」であればよく、「その場面で実際に適法にできたか」までは問わないということです。賄賂罪が守っているのは職務の公正さと、それに対する世間の信頼だから、と理由を述べています。
間接的な働き掛けは、二段で確かめる
……右行為が、Eが運輸大臣を介して全日空に働き掛けるという間接的なものであることからすると、(1)運輸大臣が全日空にL一〇一一型機の選定購入を勧奨する行為が運輸大臣の職務権限に属し、かつ、(2)内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨をするよう働き掛けることが内閣総理大臣の職務権限に属することが必要であると解される。
ここがこの判決の骨格です。総理大臣が直接ではなく大臣を通して動かす形だったので、受け手(運輸大臣)の職務権限と、指示する側(総理大臣)の職務権限を、それぞれ別に確かめるという順番を立てました。
段①:運輸大臣の側 — 明文が無くても行政指導なら職務
民間航空会社が運航する航空路線に就航させるべき航空機の機種の選定は、本来民間航空会社がその責任と判断において行うべき事柄であり、運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨することができるとする明文の根拠規定は存在しない。しかし、一般に、行政機関は、その任務ないし所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることができ、このような行政指導は公務員の職務権限に基づく職務行為であるというべきである。
最高裁は「勧奨する権限」を定めた条文が無いことを先に認めたうえで、行政指導は職務権限に基づく職務行為だと述べました。そのうえで、当時の運輸省設置法と航空法を具体的に挙げ、定期航空運送事業者が新機種を就航させるには事業計画の変更について運輸大臣の認可が要ることを確認しています。認可権限がある以上、その手前で行う勧奨も職務の範囲だ、という筋道です。
したがって、特定機種の選定購入の勧奨は、一般的には、運輸大臣の航空運輸行政に関する行政指導として、その職務権限に属するものというべきである。
段②:内閣総理大臣の側 — 閣議決定が無くても指示できる
総理大臣の地位について、最高裁は憲法と内閣法を並べました。
内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。(憲法72条・e-Gov 法令検索(新しいタブで開く))
内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する。(内閣法6条・e-Gov 法令検索(新しいタブで開く))
内閣法6条を素直に読むと、閣議決定が無ければ指揮監督できないようにも見えます。この判決でよく引かれるのは、次の一節です。
……内閣総理大臣が行政各部に対し指揮監督権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することを要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照らすと、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するものと解するのが相当である。
言い換えると、内閣法6条の「指揮監督」には閣議決定が要るが、それとは別に、閣議決定が無くても「指導・助言等の指示」を与える権限はある、という整理です。条件は「内閣の明示の意思に反しない限り」。理由として挙げられているのは、行政の需要が流動的で多様であり、遅れずに対応する必要がある、ということでした。
結論はこうです。
……Eが内閣総理大臣として運輸大臣に前記働き掛けをすることが、賄賂罪における職務行為に当たるとした原判決は、結論において正当として是認することができるというべきである。
判断を示さなかった部分がある
見落とされやすいのですが、最高裁はもう一つの行為については判断していません。
……本件請託の対象とされた行為のうち、Eが直接自らFにL一〇一一型機の選定購入を働き掛ける行為が、Eの内閣総理大臣としての職務権限に属するかどうかの点についての判断は示さないこととする。
被告人 B の贈賄罪が認められる以上、もう一方の行為まで判断する必要が無い、という理由です。総理大臣が民間企業に直接働き掛ける行為が職務にあたるかは、この判決では決まっていません。判例の射程を語るときに、ここを足してしまわないよう注意が要ります。判決が実際に述べた線までしか動かない、という読み方は判例の射程の考え方と共通です。
もう一つの判断 — 刑事免責で得た供述は証拠にできない
最高裁は、嘱託証人尋問調書の証拠能力を認めた原判決を「是認することができない」と述べました。出発点は刑事訴訟法317条です。
事実の認定は、証拠による。(刑事訴訟法317条・e-Gov 法令検索(新しいタブで開く))
そのうえで、こう言います。
……その証拠は、刑訴法の証拠能力に関する諸規定のほか、「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」(同法一条)刑訴法全体の精神に照らし、事実認定の証拠とすることが許容されるものでなければならない。
そして刑事免責そのものについて、憲法違反だとは言いませんでした。言ったのは「明文が無い」ということです。
我が国の憲法が、その刑事手続等に関する諸規定に照らし、このような制度の導入を否定しているものとまでは解されないが、刑訴法は、この制度に関する規定を置いていない。……これを採用するのであれば、その対象範囲、手続要件、効果等を明文をもって規定すべきものと解される。しかし、我が国の刑訴法は、この制度に関する規定を置いていないのであるから、結局、この制度を採用していないものというべきであり、刑事免責を付与して得られた供述を事実認定の証拠とすることは、許容されないものといわざるを得ない。
国際司法共助で外国から得た証拠でも同じだ、とも述べています。外国で適法に集められたかどうかではなく、日本の刑訴法で証拠にできるかが基準だ、という切り分けです。刑罰にかかわる制度は明文で書かれていなければ動かせない、という発想は罪刑法定主義とも地続きです。
その後、刑事訴訟法には条件付きの証人尋問の規定が置かれました。
判決当時の刑事訴訟法
- 刑事免責について「この制度に関する規定を置いていない」(判決文)
- 明文が無いので「この制度を採用していない」
- 刑事免責を付与して得た供述は事実認定の証拠にできない
いまの刑事訴訟法
- 157条の2が置かれている
- 検察官が請求し、裁判所が決定する手続が条文にある
- 供述は、原則として証人自身の刑事事件で不利益な証拠にできない(1項1号)
現行の条文は、検察官が「証人が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある事項についての尋問を予定している場合」に、条件を付けた証人尋問を裁判所に請求できる、という形になっています(刑事訴訟法157条の2、e-Gov 法令検索で確認)。判決が「明文をもって規定すべき」と述べた点が、条文の形になったわけです。
それなのに、なぜ上告は棄却されたのか
証拠能力を否定したのに主文は「本件各上告を棄却する」でした。理由は判決の冒頭に書かれています。
……本件嘱託証人尋問調書を除いても、原判決の是認する第一審判決の挙示するその余の関係証拠によって、同判決の判示する本件各犯罪事実を優に認定することができるから、所論は、原判決の結論に影響を及ぼさない主張というべきである。
その調書を外しても、残りの証拠で有罪の事実は認定できる——だから結論は変わらない、ということです。最高裁は続けて「所論の重要性にかんがみ」判断を示す、と述べています。結論を動かさないと分かっていながら、制度についての判断だけは残した形です。
なお判決文の末尾には、判示第一・第二について複数の補足意見と意見が付されたうえで、「裁判官全員一致の意見による」と記されています。
答案ではどう書くか
賄賂罪の職務権限を問う問題では、間接的な働き掛けかどうかで書き方が変わります。
- 問題提起 — 本件行為は、賄賂罪(刑法197条1項)にいう「その職務に関し」といえるか
- 規範① — 賄賂と対価関係に立つ行為は、法令上公務員の一般的職務権限に属する行為であれば足り、具体的事情の下でその行為を適法に行えたかは問わない
- 規範② — 働き掛けが他の公務員を介する間接的なものであるときは、(1)介される側の職務権限と (2)働き掛ける側の職務権限を、それぞれ検討する
- あてはめ① — 明文の根拠規定が無くても、任務・所掌事務の範囲内の行政指導は職務権限に基づく職務行為である(認可権限などの根拠法令を具体的に挙げる)
- あてはめ② — 内閣総理大臣は憲法72条・内閣法6条の地位にあり、閣議決定が無い場合でも、内閣の明示の意思に反しない限り、指導・助言等の指示を与える権限を有する
- 結論 — 二段とも満たすので、賄賂罪における職務行為にあたる
書くときに外さないほうがよい点が二つあります。一つは、「適法に行えたか」を論じ始めないこと。判決は明確に「問うところではない」と言っています。もう一つは、内閣法6条の「指揮監督」と、この判決が認めた「指導、助言等の指示」を混ぜないこと。前者には閣議決定が要る、という判示はそのまま残っています。
憲法の側から読むと、この判決は行政権の内部構造の話でもあります。憲法の規定が場面ごとにどう働くかという観点では、三菱樹脂事件や、公務員の地位と憲法の関係を扱った堀越事件と並べて読むと、整理しやすくなります。
動画で見る
「レイの法廷」では、判例を物語として追いながら、争点と答案の型まで通しで扱っています。この回の動画はまだありません。公開済みの回はレイの法廷にまとめてあります。
よくある質問
Q. ロッキード事件の最高裁判決は、元総理大臣を有罪にした判決ですか?
この判決の被告人は A・B の二名で、罪名は贈賄(渡した側)です。判決文で E と表記されている当時の内閣総理大臣は、この判決の被告人ではありません。最高裁が職務権限を検討したのは、贈賄罪が成立するかどうかを判断するために、相手方の職務を確かめる必要があったからです。
Q. 「一般的職務権限に属する行為であれば足りる」とは、どういう意味ですか?
その役職なら一般にできることであれば足りる、という意味です。判決は「公務員が具体的事情の下においてその行為を適法に行うことができたかどうかは、問うところではない」と述べています。理由は、そうした行為の対価として金品を受け取ること自体が、職務の公正に対する社会の信頼を害するからだ、とされています。
Q. 閣議決定がなくても、総理大臣は各省大臣に何でも指示できるのですか?
判決が述べたのは「少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り」という条件付きの「指導、助言等の指示」を与える権限です。内閣法6条が定める「指揮監督」については、閣議にかけて決定した方針が存在することを要する、という点はそのまま維持されています。この二つは別のものとして扱われています。
Q. 刑事免責で得た供述が証拠にならないなら、なぜ上告は棄却されたのですか?
その調書を除いても、第一審判決が挙げた他の証拠で犯罪事実を認定できる、と最高裁が判断したからです。判決文は「原判決の結論に影響を及ぼさない主張」と述べたうえで、「所論の重要性にかんがみ」、証拠能力についての判断だけを別に示しています。
Q. いまも刑事免責は使えないのですか?
現在の刑事訴訟法には157条の2が置かれており、検察官が条件を付けた証人尋問を裁判所に請求できる手続が条文になっています(e-Gov 法令検索で確認)。判決当時は「この制度に関する規定を置いていない」状態だった、というのがこの判決の前提でした。個別の事件で使えるかどうかは条文の要件しだいなので、ここでは断定しません。
この記事は判決文と条文にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案の結論は事実関係によって変わります。当事者の表記は、判決文が用いている記号(A・B・C・D・E・F・G)をそのまま使っています。
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