本文へスキップ
判例読了 約11分

サッカーボール事件をわかりやすく — 民法714条1項ただし書と親の監督責任

小学生が校庭で蹴ったサッカーボールが門を越えて道路に出て、避けようとした85歳の男性がバイクで転倒し、その後亡くなりました。それでも最高裁判所第一小法廷は、平成27年4月9日の判決で、少年の両親は損害賠償責任を負わないと判断しました。責任能力のない子の行為でも、それが「通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為」で、親が日頃から通常のしつけをしていたなら、民法714条1項ただし書によって親は免責される——これが、この判決の示した線です。

親は、償うのかボールが門を越えた日 — 最高裁平成27年4月9日・民法714条1項ただし書

サッカーボール事件とは — 最高裁判所第一小法廷 平成27年4月9日判決

項目内容
裁判所最高裁判所第一小法廷
裁判年月日平成27年(2015年)4月9日
裁判種別判決(破棄自判・裁判官全員一致)
事件番号平成24年(受)第1948号 損害賠償請求事件
判例集民集第69巻3号455頁
原審大阪高等裁判所 平成24年6月7日(平成23年(ネ)第2294号)
論点責任無能力者の監督義務者の責任(民法714条1項)とただし書の免責
結論親権者は監督義務者としての義務を怠らなかった。遺族の請求は棄却

「サッカーボール事件」というのは、事件を呼び分けるための通称です。判決文のなかにこの呼び名は出てきません。裁判所が公表している判示事項は「責任を弁識する能力のない未成年者が,サッカーボールを蹴って他人に損害を加えた場合において,その親権者が民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったとされた事例」です(判決全文は courts.go.jp の判決PDF(新しいタブで開く) で読めます)。

何が起きたのか(事案)

以下は、最高裁判決が「原審の適法に確定した事実関係」として示した事実だけを時系列に並べたものです。当事者はすべて仮名(判決文では記号)です。

平成16年2月当時、少年Cは愛媛県の小学校に通う児童でした。平成4年3月生まれで、事故当時は満11歳11か月です。学校は放課後、児童に校庭を開放していました。

校庭の南の端近くには、ゴールネットの張られたサッカーゴールがありました。ゴールの後方およそ10メートルのところに門扉の高さ約1.3メートルの南門があり、その左右には高さ約1.2メートルのネットフェンス。さらにその外側には幅約1.8メートルの側溝を隔てて道路があり、南門と道路の間には橋が架かっていました。判決文は「本件小学校の周辺には田畑も存在し,本件道路の交通量は少なかった。」とも認定しています。

平成16年2月25日の放課後、Cは友人らとこの校庭でフリーキックの練習をしていました。同日午後5時16分頃、Cがゴールに向かって蹴ったボールは、門扉の上を越えて橋の上を転がり、道路に出ます。そこを自動二輪車で走ってきた男性B(大正7年3月生まれ、当時85歳)が、そのボールを避けようとして転倒しました。

Bは左の脛骨・腓骨の骨折などの傷害を負って入院し、約1年4か月半後の平成17年7月10日、入院中に誤嚥性肺炎で亡くなりました。Bの権利義務を承継した遺族が、Cの父母に対して民法709条または714条1項に基づく損害賠償を求めた——これがこの裁判です。

判決文は、もう一つ重要な事実を認定しています。「Cは,本件事故当時,満11歳11箇月の男子児童であり,責任を弁識する能力がなかった。上告人らは,Cの親権者であり,危険な行為に及ばないよう日頃からCに通常のしつけを施してきた。」

親はなぜ訴えられたのか — 709条・712条・714条の「責任の階段」

子どもの事故で親が被告になる仕組みは、民法の三つの条文が段になってできています。ここを押さえると、争いがどこで起きているのかが一目で分かります。

段条文書いてあること本件での帰結
1段目709条故意または過失で他人の権利などを侵害した者が賠償する(原則=やった本人が償う)ボールを蹴ったのはC
2段目712条未成年者が「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能」を備えていなかったときは、賠償責任を負わないCは責任能力なし。本人は責任を負わない
3段目714条1項本文責任無能力者を監督する法定の義務を負う者が、代わりに賠償責任を負う親権者である両親が被告になる
4段目714条1項ただし書「監督義務者がその義務を怠らなかったとき」などは、この限りでない(免責)本件の争点はここ一点

2段目の「責任を弁識するに足りる知能」(責任能力)について、判決文は「責任を弁識する能力がなかった」と認定するだけで、年齢の基準を示していません。実務ではおおむね12歳前後が一つの目安とされると説明されますが、それは判決文が述べたことではなく、解説による整理です。

争点 — 日頃の「通常のしつけ」は、監督義務を尽くしたことになるか

第1審(大阪地方裁判所)も控訴審(大阪高等裁判所)も、両親の714条1項の責任を認め、遺族の請求を一部認容していました。

控訴審の理屈を、最高裁判決はこう要約しています。ゴールに向けてボールを蹴ることは、その後方にある道路に向けて蹴ることになり、蹴り方次第ではボールが道路に飛び出す危険がある。だから両親には「そもそも本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴らないよう指導する監督義務」があり、それを怠った、と。

なお、第1審・控訴審の判決文そのものは裁判所の公式データベースに収録されていません。本記事で紹介した下級審の判断は、最高裁判決が引用・要約している範囲にとどめています。

両親の側から見れば、これは「ゴールに向かって蹴るな」と教えよという要求です。対立しているのは、被害者をどう救うかという要請と、親がどこまで子の行動を先回りして禁じなければならないかという線引きでした。

裁判所は何と言ったか(判旨)

最高裁は、控訴審の判断を是認できないとしました。核心部分を原文のまま引用します。

責任能力のない未成年者の親権者は,その直接的な監視下にない子の行動について,人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務があると解されるが,本件ゴールに向けたフリーキックの練習は,上記各事実に照らすと,通常は人身に危険が及ぶような行為であるとはいえない。

つまり、親には「危ないことはしないように」と日頃から教える義務がある。ただし本件のフリーキック練習は、そもそも普通は人にけがをさせるとは考えられない行為だった、ということです。

また,親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は,ある程度一般的なものとならざるを得ないから,通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は,当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り,子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。

つまり、親は子が目の届かないところで何をするかを全部は見ていられず、日頃の指導はどうしても一般的なものになる。だから、普通は危険とはいえない行為でたまたま損害が生じたときは、その行為を具体的に予見できたなどの特別の事情がない限り、監督義務を果たしていなかったとは扱わない、ということです。

そのうえで最高裁は「本件の事実関係に照らせば,上告人らは,民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったというべきである。」と述べ、原判決のうち両親の敗訴部分を破棄し、遺族の請求を棄却しました。裁判官全員一致の意見です。事故から、11年が経っていました。

最高裁が挙げた三つの事実

「普通は危険とはいえない行為だった」と言うために、判決は次の三つを並べています。裁判所が公表した裁判要旨の表現を使います。

  1. Cは放課後に児童らのために開放されていた校庭で、使用可能な状態で設置されていたゴールに向けてフリーキックの練習をしていたのであり、「殊更に道路に向けてボールを蹴ったなどの事情もうかがわれない」。判決文は、この行為自体を「本件校庭の日常的な使用方法として通常の行為である」としています。
  2. ゴールにはネットが張られ、後方にはフェンスのある南門があり、道路との間には幅約1.8メートルの側溝があった。だから「ボールが道路上に出ることが常態であったものとはみられない」。
  3. 父母は危険な行為に及ばないよう日頃から通常のしつけをしており、「上記未成年者の本件における行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれない」。

場所の作り(1と2)と、親の日頃のふるまい(3)。この二方向から、ただし書の免責が認められています。

この判決が決めたこと(意義)

714条1項ただし書は条文としては昔からありましたが、この判決は、最高裁がこのただし書によって監督義務者の責任を否定した初めてのものだと説明されています。従来の裁判例では免責がほとんど認められず、714条は事実上の無過失責任に近いと言われてきた、という整理です。これらはいずれも判決文自身の言葉ではなく、後からの解説による位置づけであり、判決は特定の学説を採用したとは述べていません。

この判決が実際にやっていることは、親の監督義務の中身を「子が何をしたか」から逆算して決める、という組み立てです。通常は危険が及ぶとみられる行為なら、親はあらかじめ一般的に禁じておく必要がある。通常はそうみられない行為なら、具体的な予見可能性か、日頃の指導監督の怠りが要る。同じ714条でも、入口の行為の性質で要求水準が変わります。

もっとも、この事案に固有の事情(開放された校庭、設置されたゴール、フェンスと側溝、交通量の少ない道路)を丁寧に並べたうえでの判断である点には注意が要ります。どこまでが同じ結論になる範囲なのかという問題については、判例の「射程」とは何かで扱っています。

そしてこの判決には、救われなかった人がいます。本人は責任能力がなく、親は義務を怠っていない。全員一致で、誰も賠償しないという結論でした。被害者の救済と親の行動の自由のどちらに線を引くかという問いは、この判決で消えたわけではありません。

答案ではどう書くか

民事の答案は「誰が・誰に・何に基づいて・何を請求するか」から始めます。規範をどう組み立てるかの一般的な手順は「規範を立てる」とは何をすることかにまとめています。

714条1項ただし書の書き方
  1. 原則 — 加害者は責任能力を欠き(712条)本人は責任を負わない。親権者は法定の監督義務者にあたるから、714条1項本文により原則として賠償責任を負う
  2. 本件の特殊性 — 開放された校庭、設置されたゴールに向けた練習、後方の門・フェンス・側溝、日頃の通常のしつけ、という事実を拾う
  3. 問題提起 — ただし書の「その義務を怠らなかったとき」にあたるか。親の指導監督はどこまで具体的でなければならないか
  4. 規範 — 714条の趣旨(被害者の救済)と、親が子の行動をすべて見張れないこと(行動の自由)を衡量し、「通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為」で「たまたま」損害が生じた場合は、具体的予見可能性など特別の事情がない限り監督義務違反としない、と立てる
  5. あてはめ — ①行為の通常性 ②ボールが道路に出ることが常態でないこと ③特別の事情の不存在と通常のしつけ、の順に事実を当てる
  6. 結論 — ただし書により親は責任を負わない。なお子に責任能力があれば、714条ではなく親自身の709条責任(監督上の過失)という別の道になる

書くときの注意が一つあります。判決文は「学説のどれを採る」とは言っていません。答案でも、判旨が実際に述べた規範と、学説による整理は分けて書きます。

動画で見る

この事件は「レイの法廷」第26話で、物語と答案パートを含めて扱っています。

関連する判例の読み方として、責任能力の有無が結論を分ける刑法側の例に間接正犯をわかりやすくがあります。

よくある質問

Q. 子どもが起こした事故なら、親はいつも責任を負わないのですか?

いいえ。この判決が免責を認めたのは、ゴールに向けたフリーキックの練習が「通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為」だと評価されたからです。通常危険が及ぶとみられる行為であれば、親にはそれを一般的に禁じておく指導監督が求められます。結論は行為の性質と事案ごとの事実で変わります。

Q. 子どもに責任能力があると、結論はどう変わりますか?

714条1項は「前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合」の条文なので、子に責任能力があれば714条の出番はありません。その場合は子自身の709条責任と、親自身の監督上の過失を問う709条責任という別の道筋になります。

Q. 学校や市には責任を問えなかったのですか?

この裁判で判断されたのは、両親が民法714条1項の監督義務者としての義務を怠ったかどうかだけです。学校の設置者の責任は本件の判断対象ではなく、最高裁は何も述べていません。

Q. 「通常のしつけ」とは、具体的にどんなしつけを指すのですか?

判決文が認定しているのは「危険な行為に及ばないよう日頃からCに通常のしつけを施してきた」という事実までで、しつけの中身は書かれていません。どの程度であれば足りるのかは、この判決からは読み取れない部分です。

本記事は、公表された判決文と条文に基づく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案の見通しについては弁護士にご相談ください。当事者はすべて仮名で、実在の氏名・住所などの特定情報は記載していません。制作: JurisCode.AI

コメント

コメントは即時公開されます。不適切な内容は予告なく削除します。

#レイの法廷#判例#民法#監督義務者の責任

最近更新した記事

公開後に中身を書き直したものです。日付は更新日。