「上告理由に当たらない」のに、最高裁が判断を書くのはなぜか ― 職権判断のしくみ
最高裁判所の判決・決定を読んでいて、「所論は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない」と書いてあるのに、そのすぐ後に「しかしながら、記録によれば……」と続き、結局しっかり中身の判断がされているのを見たことはありませんか。理由にならないと言った直後に、なぜわざわざ判断するのだろう、と疑問に思うところです。

結論 ― 「入口の条件」と「別ルートの点検権限」は別の話
結論から言うと、上告理由に当たるかどうかの審査と、最高裁が独自に行う職権判断は、そもそも別の制度です。上告理由(民事訴訟法312条・刑事訴訟法405条)は「当事者がこの主張を持ち出せば上告できる」という入口の条件を限定的に定めたものにすぎません。これとは別に、民事訴訟法325条2項と刑事訴訟法411条は、上告理由に当たる事由が無い場合でも、最高裁判所自身の判断で原判決を見直せる権限を定めています。「上告理由に当たらない」は「入口の条件を満たさない」という意味であって、「中身を一切見ない」という意味ではありません。
なぜ上告理由はこんなに狭いのか
まず、上告理由がなぜ狭く限定されているかを押さえておきます。刑事訴訟法405条はこう定めています。
高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。 一 憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。 二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。 三 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
つまり刑事の上告理由は、憲法違反と判例違反の2種類だけです。単なる事実誤認や量刑不当は、それ単独では上告理由になりません。民事も同様に狭く、民事訴訟法312条1項は憲法違反、2項は裁判所の構成や理由の食い違いなど手続上の重大な欠陥(絶対的上告理由)に限っています。上告審は事実認定をやり直す場ではなく、法律問題に絞って審査する場だからです。これが「上告理由に当たらない」という一文の正体で、当事者が持ち出した不服の中身が、この限定されたリストのどれにも該当しない、という形式判断を述べているだけです。
それでも最高裁が判断を書ける理由
上告理由の外側に、最高裁判所だけに認められた別の権限があります。刑事訴訟法411条は、こう定めています。
上告裁判所は、第405条各号に規定する事由がない場合であっても、左の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。 一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。 二 刑の量定が甚しく不当であること。 三 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。 四 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。 五 判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと。
つまり、憲法違反でも判例違反でもない(=405条の上告理由に当たらない)と分かった後も、最高裁は記録を調べ、量定が甚だしく不当でないか、重大な事実誤認がないかを見て、原判決を放置すれば「著しく正義に反する」と判断すれば破棄できます。「所論は上告理由に当たらない。しかしながら……」という決定文の型は、まさにこの405条の判断から411条の判断へ切り替わる境目の一文です。
民事にも対応する規定があります。民事訴訟法325条2項です。
上告裁判所である最高裁判所は、第312条第1項又は第2項に規定する事由がない場合であっても、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは、原判決を破棄し、次条の場合を除き、事件を原裁判所に差し戻し、又はこれと同等の他の裁判所に移送することができる。
条文の言葉づかいに注目してください。「することができる」、つまり義務ではなく裁量です。しかもこの権限は最高裁判所である上告裁判所に限られており、上告裁判所が高等裁判所である場合(民事訴訟法325条1項後段)とは扱いが異なります。上告理由の有無にかかわらず、判決の結論を左右するほど明らかな法令違反を最高裁が見つけたときに限って、自らの判断で正すための特別な安全弁です。
民事と刑事、条文の対応
| 入口となる上告理由 | 上告理由に当たらなくても判断できる根拠 | 発動の要件 | |
|---|---|---|---|
| 民事 | 民訴法312条(憲法違反・絶対的上告理由) | 民訴法325条2項 | 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反(最高裁のみ・裁量) |
| 刑事 | 刑訴法405条(憲法違反・判例違反) | 刑訴法411条 | 法令違反・量定不当・重大な事実誤認等があり、破棄しなければ著しく正義に反する(裁量) |
もう一つ、混同しやすい概念として「職権調査事項」があります。民事訴訟法320条は、上告裁判所は不服の申立てがあった限度でのみ調査すると審理範囲を限定していますが、同法322条は「前二条の規定は、裁判所が職権で調査すべき事項には、適用しない」と定めています。専属管轄や当事者能力の有無など、訴訟が有効に成り立っているかを支える手続的な前提事項は、当事者が争っていなくても裁判所が常に自分で確かめなければならない、という別枠の話です。325条2項の職権破棄が「裁量で踏み込める安全弁」であるのに対し、322条の職権調査事項は「当事者の主張の有無にかかわらず必ず確認する義務」という違いがあります。同じ「職権」という言葉が使われていても、指している制度は別物です。
なお民事訴訟法は平成8年6月26日法律第109号として全面改正され、平成10年1月1日に施行されました。現行の上告受理制度(民事訴訟法318条)もこの改正で導入されたもので、上告理由に当たらない事件でも「法令の解釈に関する重要な事項を含む」と最高裁が認めれば、申立てにより事件を受理できる仕組みが別に用意されています。刑事訴訟法は昭和23年7月10日法律第131号として制定された現行法で、411条の職権破棄はその制定当初から置かれている規定です。
自分の場合はどう見分けるのか
判決・決定文を読むときの目安を整理します。個別の事件でどちらの規定が適用されたかを断定するものではありません。
| こういう書き方は | 意味していること |
|---|---|
| 「上告理由に当たらない」で結論(棄却)がすぐ続く | 405条・312条の入口で終わり、それ以上は判断していない |
| 「上告理由に当たらない。しかしながら、記録によれば……」と続く | 411条・325条2項に基づく職権判断に切り替わっている |
| 「上告を受理する」という決定がある(民事) | 318条の上告受理。上告理由とは別の、法令解釈の重要性を理由とする受理 |
答案では、上告理由が無ければ上告棄却で終わる、という原則をまず押さえたうえで、事案が量刑の甚だしい不当や重大な事実誤認を含む場合には411条(民事なら325条2項)による職権破棄の可能性に触れられると、上訴制度全体の理解が伝わります。
動画で見る
この職権判断の仕組み自体を扱った回はまだありませんが、最高裁判所の内部の審理体制を扱った回として、最高裁の「小法廷」と「大法廷」は何が違うのかの記事もあわせてどうぞ。公開済みの回はレイの法廷から見られます。
よくある質問
Q. 「上告理由に当たらない」と書かれた判決は、必ず上告棄却になるのですか?
いいえ。上告理由に当たらないと判断された後も、刑事訴訟法411条や民事訴訟法325条2項に基づき、最高裁判所が職権で記録を調べ、重大な誤りがあれば原判決を破棄することがあります。上告理由の有無の審査と、職権による点検は別の段階です。
Q. 職権破棄は、当事者が求めていなくても行われるのですか?
その通りです。刑事訴訟法411条・民事訴訟法325条2項はいずれも、当事者が主張した上告理由とは無関係に、最高裁判所自身の裁量で発動できる規定です。ただし「することができる」という裁量規定であり、必ず行われるわけではありません。
Q. 「職権調査事項」と「職権破棄」は同じ意味ですか?
異なります。職権調査事項(民事訴訟法322条)は、専属管轄や当事者能力など、当事者の主張の有無にかかわらず裁判所が常に確認しなければならない手続的な前提事項を指します。職権破棄(民事訴訟法325条2項・刑事訴訟法411条)は、それとは別に、最高裁判所が裁量で原判決の中身に踏み込んで破棄できる権限です。
Q. 民事の上告受理(318条)と、325条2項の職権破棄はどう違うのですか?
上告受理は、上告理由に当たらない事件でも、法令の解釈に関する重要な事項を含むと最高裁が認めた場合に、申立てを受けて事件を受理する制度です。325条2項は、いったん適法に上告(または受理)された事件について、上告理由に当たる事由が無くても、明らかな法令違反があれば最高裁が破棄できるという、審理の中身に関する規定です。入口の制度か、審理段階の規定かという違いがあります。
本記事は、民事訴訟法・刑事訴訟法の条文にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。
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