子どもに万引きさせる親は何罪か — 14歳未満が罰されない理由と、命じた大人の罪
子どもに万引きをさせた親は、「そそのかしただけの人」ではなく「自分で盗んだ人」として裁かれることがあります。盗んだ子どもが14歳未満なら、その子自身に刑罰は科されません(刑法41条)。それでも、命じた大人の責任が消えるわけではありません。最高裁判所第一小法廷は昭和58年9月21日の決定で、12歳の養女に盗みを命じていた養父について、窃盗罪の間接正犯(かんせつせいはん・他人を道具のように使って自分の犯罪を実現すること)が成立すると判断しました。この記事では、なぜ子どもが罰されないのか、そして命じた大人にどの罪がつくのかを、条文と決定文から順にたどります。

結論 — 命じた大人は「自ら盗んだ人」になりうる
万引きは、法律の名前でいえば窃盗罪です。刑法235条はこう定めています。
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
「窃取(せっしゅ)」とは、持ち主の意思に反して、その物を自分や他人の支配下に移すことをいいます。店の商品でも、寺に置かれた金品でも、持ち主の意思に反して持ち去れば、この条文の話になります。
なぜ14歳未満の子どもは罰されないのか
刑法41条は、たった一文です。
十四歳に満たない者の行為は、罰しない。
ここで大事なのは、「14歳未満の子は善悪が分からないから」と書かれていないことです。条文は年齢だけを基準にしており、善悪が分かる子も分からない子も、まとめて一律に処罰の外に置いています。
12歳や13歳の子が、万引きがいけないことだと知っている例はいくらでもあります。それでも刑罰は科されません。これは、刑罰という手段よりも、保護と教育で立て直すほうがよいという、法律が選び取った線引きだからです。言いかえると、41条は「罪にならない」という事実の宣言ではなく、「刑罰は使わない」という政策の宣言に近いものです。
この違いは、次の問いにそのまま効いてきます。子どもが罰されないことは、その子を使った大人が罰されない理由になるのか。
子どもが罰されないなら、命じた大人はどうなるのか
大人のほうには、大きく3つの可能性があります。どれになるかで、「主役か脇役か」という評価が変わります。
| 大人につきうる罪 | 中身 | 子どもの位置づけ |
|---|---|---|
| 教唆犯(刑法61条1項) | そそのかして、犯罪を実行させた | 子ども自身の犯罪。大人は横から作り出した側 |
| 共謀共同正犯(刑法60条の解釈) | 実行は分担していないが、共謀にもとづき正犯として扱われる | 子ども自身の犯罪。大人も主役の一人 |
| 間接正犯 | 他人を道具として利用し、自分の犯罪を実現した | 子どもの体を使った、大人自身の犯罪 |
刑法61条1項は「人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。」と定めており、刑の重さの枠そのものは正犯と変わりません。それでも、どれにあたるかは重要です。教唆なら「あなたは脇役だった」、正犯なら「あなたが主役だった」という、非難の中身そのものが変わるからです。
なお、実行した子どもが14歳未満で罰されない場合でも、そそのかした大人を教唆犯として扱うことはできる、というのが現在の一般的な整理です。共犯が成立するには、実行した人の行為が犯罪の型にあてはまり、違法であれば足り、その人が幼くて責任を問えないことは妨げにならないと考えられています。つまり、「子どもが罰されないから、大人も罰せない」という理屈は成り立ちません。
残るのは、こちらの問いです。大人を教唆にとどめるのか、それとも「自ら盗んだ人」=正犯とみるのか。
実際にこう判断された裁判がある
昭和57年の春、四国の巡礼道を、白い装束の親子が歩いていました。男は3度目の結婚相手の連れ子を養子に迎えており、その養女は当時12歳。妻は男の暴力に耐えかねて、子を残して家を出ていました。
旅には終わりがありませんでした。男は養女を学校にも通わせず、巡礼を続けます。12歳の子にとって、頼れる人はその男しかいませんでした。
やがて宿代などに困った男は、養女に盗みを命じるようになります。決定文は、逆らう素振りを見せたときに何が起きたかを、こう認定しています。
日頃被告人の言動に逆らう素振りを見せる都度顔面にタバコの火を押しつけたりドライバーで顔をこすつたりするなどの暴行を加えて自己の意のままに従わせていた
つまり、逆らえば顔に火を押しつけられる状態に置かれていた、ということです(原文は「こすつたり」など歴史的仮名遣いのまま)。
昭和57年2月上旬ごろから4月19日ごろまでの間に、盗みは13回。巡礼先の寺などから、現金あわせて約78万7750円と、菓子缶など6点が持ち去られました。金額はすべて当時のもので、消費者物価を目安にすると、いまのおよそ110万円にあたります。
事件は発覚し、起訴されたのは養父だけでした。弁護人の主張は、筋が通ったものでした。養女は盗みが悪事だとよく分かっていた。男の命令は意思を完全に奪うほどのものではなく、養女はなお自分の意思で盗んだ。それなら男は、そそのかした教唆にとどまるはずだ——。
最高裁判所第一小法廷は、昭和58年9月21日、この主張を退けました。
被告人が、自己の日頃の言動に畏怖し意思を抑圧されている同女を利用して右各窃盗を行つたと認められるのであるから、たとえ所論のように同女が是非善悪の判断能力を有する者であつたとしても、被告人については本件各窃盗の間接正犯が成立すると認めるべきである
やさしく言いかえると、「その子は善悪が分かっていた。それでも、怖くて逆らえない状態にされていた。だから盗みは、その子の犯罪ではなく、使った男自身の犯罪だ」ということです。上告は棄却され(主文「本件上告を棄却する。」)、第一審の懲役3年の実刑が確定しました。
これが、最高裁判所第一小法廷 昭和58年9月21日決定(刑集37巻7号1070頁)です。裁判の種類は判決ではなく決定で、結論は上告棄却。論点は間接正犯の成立要件と「意思の抑圧」でした。
この事件そのものの事実関係・判旨・答案の書き方までは、判例解説の記事間接正犯をわかりやすく — 12歳の少女に盗ませた養父は「自ら盗んだ」のかにまとめています。
同じ12歳でも、結論が逆になった裁判がある
ここが一番の勘どころです。「14歳未満の子を使えば自動的に間接正犯」ではありません。
およそ18年後の平成13年、最高裁は、母親が12歳10か月の長男に強盗を指示して実行させた事件で、間接正犯を否定しました。長男には善悪を判断する能力があり、母親の指示は長男の意思を抑圧する程度のものではなく、長男は自分の意思で実行を決意したうえ、その場の状況に臨機応変に対処して犯行を遂げた——そう評価されたためです。この事件で母親に認められたのは、共謀共同正犯でした。
昭和58年決定(間接正犯あり)
- 12歳の養女に窃盗を命じた
- 日頃から暴行を受け、畏怖していた
- 逆らうという選択肢が事実上なかった
- 子どもの体を使った、大人自身の犯罪
平成13年決定(間接正犯なし)
- 12歳10か月の長男に強盗を指示した
- 指示は意思を抑圧する程度ではなかった
- 自分の意思で実行を決意した
- 子ども自身の犯罪があり、大人は共謀共同正犯
分かれ目は、年齢でも善悪の判断力でもなく、意思の抑圧があったかどうかです。ただし、この「2つを並べるとこう整理できる」という見方自体は、2つの判断を並べた解説上の整理であって、決定文がそう書いているわけではありません。決定文が述べているのは、あくまで目の前の事案について「畏怖し意思を抑圧されている」と認めた、ということです。
もうひとつ補足があります。昭和58年の事件でも、養女は抵抗がまったくできない状態だったわけではなく、わずかな意思決定の自由は残っていたと評価されています。それでも意思の抑圧が認められたのは、暴力の強さだけでなく、幼さ・旅の中での孤立・生活まるごとの依存という事情が重ねて見られたからだと説明されています。暴力の有無だけで決まるわけではない、ということです。
自分の場合はどうなるのか — 線引きの見方
個別の事案にどの罪がつくかは、警察・検察・裁判所が具体的な事実を見て判断するもので、記事の一般論で結論を出せるものではありません。そのうえで、判断の材料としてどこが見られてきたかは、2つの決定から読み取れます。
間接正犯の方向に傾きやすい事情として、これまでの判断で重く見られてきたのは次のようなものです。
- 日頃から暴力や強い叱責があり、逆らえば不利益を受けると子どもが思い込んでいた
- その大人以外に頼れる人がいない(学校や他の家族から切り離されている)
- 年齢が低く、生活のすべてをその大人に依存している
- 子ども自身の判断でやり方を工夫した跡がなく、言われたとおりに動いている
逆に、共謀や教唆の方向で問題になりやすいのは、子どもが自分の意思で「やる」と決めた跡がある場合です。平成13年の事件で重く見られたのは、長男がその場の状況に臨機応変に対処していたという点でした。自分で考えて動いていれば、それはその子自身の犯罪があったということになります。
いずれにせよ、どちらに転んでも命じた大人の刑事責任は残ります。間接正犯なら正犯、そうでなければ共謀共同正犯か教唆犯です。「自分は手を出していない」は、責任を免れる理由になりません。実際に、現に心当たりがある場合や、身近な子どもがそうした状況に置かれていると感じた場合は、弁護士や児童相談所など、事情を直接聞ける窓口に相談してください。
罰されない子どもは、その後どうなるのか
刑罰が科されないことと、何も起こらないことは別です。
裁判所の説明によれば、刑罰法令に触れる行為をしたが、その行為の時14歳未満であったため法律上罪を犯したことにならない少年は、触法少年(しょくほうしょうねん)と呼ばれ、家庭裁判所が扱う少年事件の対象になります。14歳以上20歳未満で罪を犯した少年は犯罪少年、18歳未満で不良行為があり将来罪を犯すおそれのある少年はぐ犯少年と区別されています(出典: 裁判所「少年事件とは」(新しいタブで開く))。
家庭裁判所の処分には、保護観察、児童自立支援施設等送致、少年院送致といった保護処分のほか、知事または児童相談所長への送致、不処分・審判不開始などがあります。このうち児童自立支援施設等送致は、比較的低年齢の少年について、開放的な施設での生活指導が相当と判断された場合の処分とされています(出典: 裁判所「処分の種類」(新しいタブで開く))。
つまり、14歳未満の子に用意されているのは刑罰ではなく、保護と教育の道筋です。刑法41条が年齢で一律に線を引いているのは、この別の道筋に送るための入り口でもあります。なお、少年事件の手続そのものは刑法の話とは別の制度であり、この記事では立ち入りません。
動画で見る
この事件は、YouTube チャンネル「レイの法廷」の第15話で、物語として扱っています。
- 長編(解説つき): 【第15話】盗みを命じられた子|間接正犯と意思の抑圧(新しいタブで開く)
- ショート版: 【第15話】盗みを命じられた子(新しいタブで開く)
各話の一覧は レイの法廷 にあります。人を道具として使う罪というテーマでは、何もしないことが罪になるのかを扱った見殺しは罪になるのか、物を盗む罪の線引きを扱った死者の占有をわかりやすくもあわせてどうぞ。
よくある質問
Q. 子どもに万引きさせた親は、必ず窃盗罪の正犯になるのですか?
いいえ、自動的に決まるわけではありません。最高裁が間接正犯を認めたのは、子どもが日頃の暴行に畏怖し、意思を抑圧されていたと認定された事案です。意思の抑圧が認められなければ、共謀共同正犯や教唆犯の成立が問題になります。いずれにしても、命じた大人の刑事責任がなくなるわけではありません。
Q. 子どもが「万引きは悪いことだ」と分かっていた場合はどうなりますか?
善悪が分かっていたことは、間接正犯を否定する決め手にはなりませんでした。昭和58年の決定は、子どもが「是非善悪の判断能力を有する者であつたとしても」間接正犯が成立する、と述べています。見られているのは判断力の有無ではなく、逆らうという選択肢が実際に残っていたかどうかです。
Q. 14歳未満の子ども自身は、本当に何のおとがめもないのですか?
刑罰は科されません(刑法41条)。ただし、刑罰法令に触れる行為をした14歳未満の少年は触法少年として家庭裁判所が扱い、保護観察や児童自立支援施設等送致といった保護処分の対象になりえます。刑罰とは別の制度で、保護と教育を目的としたものです。
Q. 命じたのが親ではなく、年上の友人や知人だった場合も同じですか?
判断の枠組みは、親子関係に限られていません。見られているのは、使われた側の意思が抑圧されていたかどうかです。もっとも、昭和58年の決定で意思の抑圧が認められた背景には、生活のすべてを相手に依存し、他に頼れる人がいなかったという事情がありました。関係の近さや逃げ場の有無は、事実として判断に影響します。
Q. 盗られたお店は、誰に弁償を求めることになりますか?
この記事で扱ったのは刑事責任(罰するかどうか)の話で、損害賠償は民事の別の制度として判断されます。誰がどこまで責任を負うかは事案ごとに異なるため、具体的な請求については弁護士など専門家にご相談ください。
本記事は判決文・決定文と公的機関の公表資料にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案の結論は事実関係によって変わります。登場する当事者はすべて仮名で、判決文にも実名は記載されていません。
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#レイの法廷#判例#刑法#間接正犯
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