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砂川事件をわかりやすく — 日米安全保障条約の合憲性を、最高裁はなぜ判断しなかったのか

砂川事件は、日本に駐留するアメリカ合衆国軍隊が憲法9条2項の禁じる「戦力」にあたるかどうかが争われた刑事事件です。最高裁判所大法廷は昭和34年12月16日、この「戦力」とはわが国自体の戦力を指すのであって外国の軍隊は含まれない、と述べました。そのうえで日米安全保障条約そのものの合憲性については、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外」だと判示しています。被告人らの行為は犯罪を構成しないとした第一審判決は破棄され、事件は東京地方裁判所へ差し戻されました。論点は、憲法9条2項にいう「戦力」の意味と、条約に対する違憲審査権の限界です。

条約は、裁けるか砂川事件 — 最高裁大法廷 昭和34年12月16日

砂川事件とは — 最高裁大法廷 昭和34年12月16日の判決

項目内容
裁判所最高裁判所大法廷
裁判年月日昭和34年(1959年)12月16日
裁判種別判決
事件番号昭和34年(あ)第710号
事件名日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反
判例集最高裁判所刑事判例集13巻13号3225頁
原審東京地方裁判所 昭和34年3月30日
結果破棄差戻

判例集に載っている正式な事件名は上記のとおり長いため、実務でも教科書でも「砂川事件」の通称で呼ばれます。判決文は裁判所ウェブサイトの判例検索(新しいタブで開く)で全文を読むことができます。

なお、当事者については仮名の必要がないよう、本記事では「被告人ら」「検察官」とだけ記します。

何が起きたのか(事案)

被告人らは、刑事特別法によって立入りを禁止されている施設内に、正当の理由なく立ち入ったとして起訴されました。この「刑事特別法」とは、日米安全保障条約3条に基づく行政協定に伴って作られた法律で、その2条が駐留米軍の施設・区域への不法な立入りを処罰する規定です。

第一審の東京地方裁判所は昭和34年3月30日、被告人らを有罪にしませんでした。判決の論理は、最高裁判決に付された裁判官の補足意見が原判決を引用する形で残っています。

被告人らが起訴状記載通りの行為をした事実は証拠により認められるが、これに対しては違憲無効な刑事特別法二条は適用すべき限りでない。彼等の行為は起訴状に明示された訴因としては犯罪を構成しない。

つまり、立ち入った事実そのものは認めたけれども、適用すべき条文が無効だから犯罪にならない、という結論です。ではなぜ無効なのか。第一審は、駐留米軍が憲法9条2項前段の禁じる「戦力」にあたって憲法上その存在を許されない以上、その施設内の平穏を軽犯罪法よりも重い刑で特別に保護する理由はなく、刑事特別法2条は適正手続を定めた憲法31条に違反する、と考えました。

これに対して検察官が上告します。上告の主張は3点で、(1)刑事特別法2条には駐留米軍の施設内の平穏を一般より厚く保護すべき合理的理由があり憲法31条に違反しない、(2)米軍の駐留を認める日米安全保障条約も憲法9条2項前段に違反しない、(3)そもそも条約や、その締結・承認という政府と国会の行為が憲法に適合するかを判断することは司法裁判所の違憲審査権の限界外である、というものでした。

本記事は第一審判決の全文そのものには当たっていません。第一審の内容は、最高裁判決およびそこに付された裁判官の補足意見が引用した範囲によります。

争点 — 条約の合憲性を、裁判所は判断できるか

最高裁が向き合った問いは、二段構えでした。

第一に、日本に駐留する外国の軍隊は、憲法9条2項が「保持しない」と定めた戦力にあたるのか。第二に、その駐留の根拠である日米安全保障条約が憲法に適合するかどうかを、そもそも裁判所が審査してよいのか。

第二の問いが重いのは、刑事特別法2条が有効かという目の前の問題を解くために、条約の合憲性がその前提として持ち出されていたからです。裁判所が憲法81条で与えられた違憲審査権は、国と国とが結んだ条約にまで無条件に及ぶのか——ここが判決の中心になりました。

裁判所は何と言ったか(判旨)

憲法9条は自衛権を否定していない

まず最高裁は、憲法9条が戦争と戦力の保持を禁じていることを確認したうえで、こう述べます。

しかしもちろんこれによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである。

つまり、戦争を放棄し戦力を持たないと決めたことと、国が自分を守る権利(自衛権)を持っていることは、別だという整理です。判決はさらに、わが国が自国の平和と安全を維持し存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは「国家固有の権能の行使として当然のこと」であり、その手段を他国に安全保障を求めることに広げても憲法9条は禁じていない、としました。

9条2項の「戦力」とは、わが国自身の戦力を指す

次に、9条2項が保持を禁じた「戦力」の意味です。

同条項がその保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しないと解すべきである。

言い換えると、「戦力」かどうかの決め手は、日本がその軍隊に対して指揮権・管理権を持っているかどうかだ、という基準です。駐留米軍の指揮権・管理権はすべてアメリカ合衆国にあるため、この基準では9条2項の戦力にあたりません。判決はここで、9条2項が自衛のための戦力の保持まで禁じているのかどうかという別の大問題には、あえて答えていません。

条約の違憲審査 — 「一見極めて明白に違憲無効」でない限り審査しない

判決の核心はここです。最高裁は、日米安全保障条約が主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものだとしたうえで、こう述べました。

右違憲なりや否やの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、従つて、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものであつて、それは第一次的には、右条約の締結権を有する内閣およびこれに対して承認権を有する国会の判断に従うべく、終局的には、主権を有する国民の政治的批判に委ねらるべきものであると解するを相当とする。

平たく言えば、条約が憲法違反かどうかという判断は、もともと裁判所の仕事になじまない。だから「誰が見ても明らかに憲法違反だ」と言えるときを除いて、裁判所は判断しない。その判断は、まず条約を結んだ内閣とそれを承認した国会にゆだねられ、最後は主権者である国民の政治的な批判にゆだねられる——という考え方です。

そして判決は、この理屈は条約の有効無効が直接の訴訟物になっている場合だけでなく、本件のように「前提問題」として出てきた場合でも同じだ、と明言しました。

あてはめと結論

果してしからば、かようなアメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。

明白に違憲とは言えない以上、裁判所は踏み込まない。したがって第一審が駐留を違憲と判断したことは「裁判所の司法審査権の範囲を逸脱」しており、それを前提に刑事特別法2条を違憲無効としたことも誤りである、として原判決は破棄され、事件は東京地方裁判所へ差し戻されました。この判決は、裁判官全員一致の意見によるものです(複数の補足意見と意見が付いています)。

根拠となる条文

判旨を追うには、次の3つの条文をあわせて読む必要があります(条文はe-Gov 法令検索(新しいタブで開く)の日本国憲法によります)。

  • 憲法9条 1項が「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定め、2項が「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と定める
  • 憲法98条2項 「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」。条約の遵守義務を定める
  • 憲法81条 「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」。違憲審査権の根拠条文

81条は「条約」を列挙していません。条約が違憲審査の対象になるかという問題は、この条文の文言をどう読むかという争いでもあります。砂川事件の判決は、条約が審査の対象になるかどうかを正面から論じる代わりに、「一見極めて明白に違憲無効」という高いハードルを置くという形で答えました。

審級で何が変わったか

審級判断理由の骨格
第一審(東京地方裁判所 昭和34年3月30日)起訴状記載の訴因としては犯罪を構成しない駐留米軍は憲法9条2項前段の戦力にあたり違憲。それを特に厚く保護する刑事特別法2条は憲法31条に違反し無効
上告審(最高裁判所大法廷 昭和34年12月16日)破棄差戻外国の軍隊は9条2項の戦力にあたらない。条約の違憲性は一見極めて明白でない限り司法審査権の範囲外であり、第一審はその範囲を逸脱した

動いたのは事実認定ではありません。立ち入った行為があったこと自体は、どちらの審級でも争点になっていません。動いたのは「裁判所がどこまで判断してよいか」という、司法権の範囲そのものです。

この判例が決めたこと(意義)

第一に、憲法9条2項の「戦力」に外国の軍隊が含まれないという解釈が、最高裁の判断として示されました。指揮権・管理権を持つ主体が誰かで区切るこの基準は、駐留米軍の存在を9条の議論から切り離す役割を果たしています。

第二に、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外」という定式が残りました。これは条約の合憲性審査についての枠組みとして、その後も参照され続けています。

ここで注意したい点が1つあります。この判決の法廷意見(裁判所の判断そのもの)には、「統治行為」という語は出てきません。統治行為の語が出てくるのは、本判決に付された補足意見のほうで、そこでは「司法権の本質に由来する司法権の限界としていわゆる統治行為の観念を是認すべきものと考える」と述べられています。判例が統治行為論という学説を採用した、と書くことはできません。法廷意見が示したのは「一見極めて明白に違憲無効でない限り審査権の範囲外」という定式であり、学説の名前ではないからです。

この点は、衆議院の解散について「高度に政治性のある国家行為は裁判所の審査権の外にある」とした苫米地事件(最高裁大法廷 昭和35年6月8日)と比べると分かりやすくなります。苫米地事件が審査を全面的に外したのに対し、砂川事件は「一見極めて明白に違憲無効」なら審査が及びうる余地を文面上は残しています。この違いをどう評価するかについては、両者を同じ統治行為の問題として並べる整理と、砂川事件は司法の自制を示したものにとどまるとする整理が学説上あります。いずれも学説の整理であり、判例がどちらかの立場を採ったことを意味しません。

答案ではどう書くか

条約の合憲性が前提問題になったときの書き方
  1. 問題提起 — 適用される法律の効力が、条約の合憲性を前提にしている。裁判所はその条約の合憲性を審査できるか
  2. 原則 — 憲法81条により、裁判所は法律・命令・規則・処分の憲法適合性を審査する権限を持つ
  3. 規範 — 主権国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有する条約については、違憲かどうかの法的判断は純司法的機能を使命とする裁判所の審査に原則としてなじまず、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り司法審査権の範囲外である
  4. 規範の理由 — 第一次的には条約締結権を持つ内閣と承認権を持つ国会の判断に、終局的には主権者である国民の政治的批判にゆだねられるべきだから
  5. あてはめ — 当該条約が高度の政治性を有するかを具体的事実で示し、そのうえで「一見極めて明白に違憲無効」といえるかを検討する
  6. 結論 — 明白でなければ審査せず、条約は合憲有効であることを前提として本案の判断に進む

答案では、3のあとに4の理由づけを飛ばさないことが大切です。理由を書かずに「高度に政治性があるから審査しない」とだけ書くと、裁判所が判断を避けた根拠が読み手に伝わりません。また、この定式は「審査しない」ではなく「明白なら審査する」という留保つきの規範なので、あてはめでは明白性の有無まで必ず触れてください。

よくある質問

Q. 砂川事件で、最高裁は日米安全保障条約を合憲だと判断したのですか?

正面から合憲だと判断したわけではありません。判決が述べたのは、駐留が憲法9条・98条2項・前文に「反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない」ということです。明白な違憲とはいえないので審査に立ち入らない、という組み立てになっています。

Q. 自衛隊が憲法9条に違反するかどうかも、この判決で決まったのですか?

決まっていません。判決は、9条2項が「自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否かは別として」と述べたうえで、禁止される戦力とはわが国自身が指揮権・管理権を行使しうる戦力を指すとしました。自衛のための実力をどこまで持てるかという問題には、この判決は答えを出していません。

Q. なぜ第一審の次が最高裁なのですか。高等裁判所を飛ばしているように見えます。

この事件は、東京地方裁判所の判決に対して検察官が最高裁判所へ上告したもので、高等裁判所の判断を経ていません(事件番号は昭和34年(あ)第710号、原審は東京地方裁判所 昭和34年3月30日)。最高裁は原判決を破棄し、事件を東京地方裁判所へ差し戻しました。判決が破棄の根拠として掲げているのは、刑事訴訟法410条1項本文・405条1号・413条本文です。

Q. 「一見極めて明白に違憲無効」という基準は、どんな場面で使われるのですか?

この定式は、条約のように高度の政治性をもつ国家の行為について、裁判所が審査に踏み込むかどうかを決める場面で参照されます。通常の法律の合憲性審査や行政の個別処分にまで、この高いハードルが及ぶわけではありません。

Q. 「レイの法廷」でこの事件は扱われていますか?

本記事の執筆時点では、砂川事件を扱った回は制作していません。公開済みの回と今後の予定はレイの法廷でご確認いただけます。


本記事は、公開されている判決文と条文にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。当事者は仮名(本記事では「被告人ら」)で記載しています。

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