厳罰化に抑止力はあるのか — 刑を重くした国で、数字はどう動いたか
刑を重くすれば犯罪は減るのか。この問いに、「減る」と言い切れる根拠はありません。かといって「まったく効かない」と言い切れる根拠もありません。分かっているのは、日本が実際に刑を重くしたという事実(2004年の改正で有期刑の上限が15年から20年になりました)と、犯罪を思いとどまらせる力は刑の「重さ」よりも「必ず捕まる」という確実さのほうにある、という古くからの整理です。そして最高裁判所は平成26年7月24日の判決で、世の中の空気を理由に相場より重い刑を言い渡した裁判を、破棄しています。この記事では、その事実と数字を順に見ていきます。

結論 — 「重くすれば減る」は、証明されていない
以下、この4点をひとつずつ、条文・統計・判決文で確かめます。
日本の刑罰は、実際に重くなっている
まず、法律が「刑の重さ」をどこまで許しているかを見ます。条文はこれです。
拘禁刑は、無期及び有期とし、有期拘禁刑は、一月以上二十年以下とする。 (刑法12条1項(新しいタブで開く))
拘禁刑(刑務所に入れる刑。以前は「懲役」「禁錮」と呼ばれていました)には、期限のない無期と、期限のある有期があります。有期の上限は20年です。
さらに、複数の罪を犯した場合などに刑を重くする「加重」という仕組みがあります。
有期拘禁刑を加重する場合においては三十年にまで上げることができ、これを減軽する場合においては一月未満に下げることができる。 (刑法14条2項(新しいタブで開く))
つまり、いまの日本で有期の刑は最長30年まで届きます。
この数字は、昔からこうだったわけではありません。法務省『犯罪白書』は、平成16年12月に成立し17年1月に施行された「刑法等の一部を改正する法律」(平成16年法律第156号)によって、有期の懲役及び禁錮の上限が15年から20年に、加重する場合の長期の上限が20年から30年に引き上げられたと記録しています(令和元年版 犯罪白書 第1編第1章第1節6(新しいタブで開く))。同じ改正で、性犯罪・殺人罪・傷害および同致死罪・危険運転致死傷罪などの法定刑も引き上げられました。
日本は「厳罰化をやってみた国」なのです。では、その後どうなったのか。
数字はどう動いたか — 飲酒運転という、いちばん語られる例
厳罰化の成功例として最もよく持ち出されるのが、飲酒運転です。警察庁が公表している「飲酒運転による死亡事故件数の推移(平成11年〜令和7年)」の数字(一般原付以上運転者・第1当事者)を並べると、こうなります。
(警察庁「飲酒運転による死亡事故件数の推移」(新しいタブで開く))
26年で10分の1です。この間に、危険運転致死傷罪の新設(平成13年の刑法改正)をはじめ、飲酒運転に関する罰則の強化が段階的に行われました。「罰を重くしたから減った」と言いたくなる形をしています。
ただし、ここで立ち止まる必要があります。同じ時期に、取り締まりの強化と、「飲んだら乗るな」という社会の目の強まりも同時に進んでいます。厳しくなったのは刑罰だけではないのです。この統計から取り出せるのは「減った」という事実だけで、そのうち何割が刑の重さの手柄なのかは、この数字だけでは分けられません。
犯罪学の古典的な整理では、人が犯罪を思いとどまる決め手は、刑の重さそのものよりも「必ず捕まる」という確実性のほうだとされてきました(ベッカリーア『犯罪と刑罰』(1764年)以来しばしば指摘されてきた整理です)。飲酒運転の例は、まさにその確実性のほうが大きく動いた時期でもありました。
「重くする」ことを、裁判所が止めた事件がある
ここからが、条文の一般論では見えてこない話です。
1歳8か月の女の子が亡くなりました。両親から継続的に暴行を受け、平成22年1月、父親に頭部を強く打たれて急性硬膜下血腫を負い、約1か月半後に死亡しました。当事者は仮名で示すため、以下では父親をA、母親をBとします。
裁判員裁判で行われた第1審で、検察官は2人にそれぞれ懲役10年を求刑しました。ところが第1審判決は、求刑を大幅に超える懲役15年を言い渡します。その理由として判決が挙げたのは、児童虐待を防止するための近時の法改正からうかがえる児童の生命等尊重の要求の高まりを含む社会情勢に鑑みれば、「今まで以上に厳しい罰を科すこと」が適合する、というものでした。控訴審もこれを維持しました。
まさに「世の中がそう求めているのだから、重くする」という判断です。厳罰化を支持する立場から見れば、理想的な判決に見えるかもしれません。
しかし最高裁判所第一小法廷は、平成26年7月24日、この判決を破棄しました(平成25年(あ)第689号・傷害致死被告事件・刑集68巻6号925頁)。言い渡された刑は、Aが懲役10年、Bが懲役8年です。判決文はこう述べています。
しかし,裁判員裁判といえども,他の裁判の結果との公平性が保持された適正なものでなければならないことはいうまでもなく,評議に当たっては,これまでのおおまかな量刑の傾向を裁判体の共通認識とした上で,これを出発点として当該事案にふさわしい評議を深めていくことが求められているというべきである。 (最高裁平成26年7月24日第一小法廷判決。読点は原文のまま「,」)
つまり、同じような事件には同じような物差しを使う。それが裁判の条件であって、市民が加わった裁判でも変わらない、ということです。
判決は、量刑の傾向を変えること自体を禁じたわけではありません。同じ判決は、裁判員制度が導入された以上「先例の集積結果に相応の変容を与えることがあり得ることは当然に想定されていた」とも述べています。禁じられたのは、理由を示さずに踏み出すことでした。判決は、これまでの傾向を前提とすべきではない事情について「裁判体の判断が具体的,説得的に判示されるべきである」とし、本件ではその根拠が示されているとはいい難いと結論づけています。
厳罰化を求める声が強いときに、この判決が何を守っているのかは、はっきりしています。刑の重さが、その時々の空気で伸び縮みしないことです。空気で重くできる仕組みは、空気で軽くもできてしまいます。
刑の重さが「行為の責任」に見合っていなければならない、という考え方は、他の場面にも顔を出します。反撃がやりすぎだったかどうかを測る過剰防衛の判断も、誰にどれだけの責任を負わせるかを決める間接正犯の判断も、根は同じところにあります。
重くすることには、副作用の指摘もある
もうひとつ、直感と逆を向く数字があります。刑務所を出た人が、その後10年以内にまた刑務所に戻る割合(10年以内再入率)です。
法務省『犯罪白書』によれば、平成24年に出所した受刑者の10年以内再入率は、満期釈放者では55.2%、仮釈放者では35.6%でした(令和4年版 犯罪白書 第5編第2章第3節2・5-2-3-6図(新しいタブで開く))。
満期釈放とは、刑期を最後まで務めて出ることです。仮釈放は、刑期の途中で、保護観察という監督と支援を受けながら社会に戻ることをいいます。長く入っていたほうが反省して立ち直る、という直感とは、数字が逆を向いています。
もちろん、この差をそのまま「長い刑が再犯を増やす」と読むことはできません。そもそも仮釈放が認められるのは、更生の見込みなどが考慮された人だからです。それでも、刑務所の中にいる期間の長さが、そのまま出た後の安全につながるわけではないことは、この数字が示しています。
学説のレベルでは、もうひとつ古い指摘があります。軽い罪と重い罪の刑の差(段差)が小さくなりすぎると、途中で踏みとどまる理由が消えてしまう、という指摘です。盗みに入った人が「捕まればどちらも同じ重さなら」と考えたときに、より重い犯罪へ進む理由を与えてしまう。これは古典学派以来しばしば語られてきた整理であって、判例が採用したルールではありません。
なお、よく引用される「再犯者率」という数字には注意が要ります。令和5年の再犯者率は47.0%ですが、これは「刑法犯検挙人員に占める再犯者の人員の比率」であって(令和6年版 犯罪白書 第5編第1章1・5-1-1図(新しいタブで開く))、「出所した人の47%が再犯する」という意味ではありません。議論の場でいちばん混同されやすい数字です。
考えるための三つの軸
ここまでの材料を、賛否の形に並べ直します。どちらが正しいかを決めるためではなく、自分がどの軸を重く見ているかを確かめるためのものです。
重くすべきだという理由
- 奪われた被害者の尊厳を、社会が代わって回復する意味がある
- 「割に合わない」という空気をつくる。効くかもしれない以上、やらない理由にはならない
- 市民の感覚を量刑に反映させることは、裁判員制度の趣旨にも沿う
- 被害者や遺族の納得は、刑の重さ抜きには語れない
慎重であるべきだという理由
- 罪の重さを超える刑は、それ自体が不正義になる
- 効果が確かめられていないのに、人の自由を長く奪う根拠にはできない
- 感情で物差しが伸び縮みすれば、公平性が失われる(最高裁平成26年7月24日判決)
- 収容の長期化は社会との接点を切り、出口での危険を増やしうる
三つ目の軸は、刑罰の外にあります。損害の回復、心のケア、裁判への関与といった被害者のための仕組みは、刑の重さとは別に設計できます。「正義のすべてを刑の重さだけに背負わせるかどうか」も、この問いの一部です。
この問いに、答えは出ていない
厳罰化に抑止力があるかどうかは、統計でも判例でも決着していません。決着していないことを、決着したかのように語らないことが、この論点でいちばん大事な作法だと私たちは考えています。
言えるのは、ここまで確かめた4つだけです。刑は実際に重くなった。数字は動いたが、原因は分けられない。長い刑は出口の安全を保証しない。そして裁判所は、理由なしに相場から踏み出すことを認めなかった。
この論点は、判例アニメ「レイの法廷」でも番外編の討論回として扱っています。厳罰化を訴える立場、データから予防を設計する立場、罪と刑の均衡を守る立場の三者が、抑止力・被害者の無念・重罰の副作用・国家の間違いという4つのラウンドで議論します。この回も、結論は出しません。シリーズの一覧と各話はレイの法廷にまとめてあります。
よくある質問
Q. 刑を重くすれば、犯罪は減るのですか?
減ると言い切れる根拠も、減らないと言い切れる根拠も、公開されている統計からは取り出せません。飲酒運転による死亡事故は罰則強化の時期に大きく減りましたが、同じ時期に取り締まりと社会の目も強まっており、刑の重さだけの効果を切り分けることはできません。
Q. 日本で有期の刑は、最長で何年ですか?
刑法12条1項により、有期拘禁刑は1か月以上20年以下です。加重する場合は、刑法14条2項により30年まで上げることができます。この上限は平成16年法律第156号による改正で、それぞれ15年・20年から引き上げられました。
Q. 裁判員裁判になって、刑は重くなったのですか?
一部の犯罪類型で導入前より重くなる傾向がある、という分析は紹介されていますが、この記事では断定しません。確実に言えるのは、最高裁が平成26年7月24日の判決で、検察官の求刑を大幅に超えた裁判員裁判の量刑を「甚だしく不当」として破棄した事例があることです。
Q. 満期で出所した人のほうが、再び刑務所に戻る割合が高いのはなぜですか?
理由を断定できる資料はありません。仮釈放は更生の見込みなどが考慮されたうえで認められるため、もともと条件が違うという説明もありますし、監督と支援を受けながら社会に戻れることの意味を指摘する説明もあります。分かっているのは、平成24年出所者の10年以内再入率が満期釈放者55.2%・仮釈放者35.6%だったという数字そのものです。
Q. 結局、厳罰化には賛成すべきなのですか?
それは法律の問いではなく、価値観の問いです。この記事は、賛否のどちらかへ誘導することを目的としていません。条文・統計・判決文という共通の材料の上で、自分がどの軸を重く見るかを確かめてもらうために書いています。
この記事は一般的な解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際の事件の見通しは事実関係によって大きく変わるため、具体的な問題は弁護士にご相談ください。判決文中の当事者は仮名で示しています。統計の数値は本文中に示した出典の公表値によります。
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#レイの法廷#刑法#厳罰化#量刑