「お試し」のつもりが定期購入だった ― 解約と取り消しの入り口
「初回300円」という広告を見て申し込んだら、実は4回分・合計1万円以上を買う約束になっていた――この「お試し定期購入」のトラブルは、法律上どう扱われるのでしょうか。結論から言うと、通信販売には訪問販売のような「クーリング・オフ」の制度自体が存在しませんが、事業者が申込みの画面で分量や契約条件を正しく表示していなかった場合には、特定商取引法15条の4が定める別の手段――誤認による取消し――を使える可能性があります。この記事では、特定商取引法の条文だけを手がかりに、この「入り口」がどこにあるのかを整理します。

結論 ― 表示に問題があれば「取消し」、問題が無ければ「返品特約」の確認
なぜそうなるのか ― 最終確認画面に表示義務がある
通信販売(ネット通販)の申込みを受ける場合、事業者には画面表示に関する義務が定められています。特定商取引法12条の6第1項は、次のように定めています。
販売業者又は役務提供事業者は、当該販売業者若しくは当該役務提供事業者若しくはそれらの委託を受けた者が定める様式の書面により顧客が行う通信販売に係る売買契約若しくは役務提供契約の申込み又は当該販売業者若しくは当該役務提供事業者若しくはそれらの委託を受けた者が電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法により顧客の使用に係る電子計算機の映像面に表示する手続に従つて顧客が行う通信販売に係る売買契約若しくは役務提供契約の申込み(以下「特定申込み」と総称する。)を受ける場合には、当該特定申込みに係る書面又は手続が表示される映像面に、次に掲げる事項を表示しなければならない。 一 当該売買契約に基づいて販売する商品若しくは特定権利又は当該役務提供契約に基づいて提供する役務の分量 二 当該売買契約又は当該役務提供契約に係る第十一条第一号から第五号までに掲げる事項
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ここで言う「分量」は、注文1回分の量ではありません。定期購入であれば、今後何回届き、合計でいくらになるのかという総量を含みます。さらに第十一条第一号から第五号が指すのは、代金・支払方法、商品の引渡時期、申込みの期間、そして撤回・解除に関する事項です。つまり、最終確認画面には「いくら・いつ・何回・どうやって解約するか」までを表示することが、最初から義務づけられています。
これに加えて、特定商取引法12条の6第2項は、表示そのものを誤解させることも禁じています。
販売業者又は役務提供事業者は、特定申込みに係る書面又は手続が表示される映像面において、次に掲げる表示をしてはならない。 一 当該書面の送付又は当該手続に従つた情報の送信が通信販売に係る売買契約又は役務提供契約の申込みとなることにつき、人を誤認させるような表示 二 前項各号に掲げる事項につき、人を誤認させるような表示
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「初回無料」の文字だけを大きくして、定期購入である旨を小さく薄い文字で離れた場所に置く、といった表示は、この禁止に触れる可能性があります。
表示に問題があったときの「取消し」― 特定商取引法15条の4
表示義務に違反があり、それによって申し込んでしまった場合に使えるのが、特定商取引法15条の4が定める取消権です。
特定申込みをした者は、販売業者又は役務提供事業者が当該特定申込みを受けるに際し次の各号に掲げる行為をしたことにより、当該各号に定める誤認をし、それによつて当該特定申込みの意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。
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条文が挙げる4つの行為と、それに対応する誤認は次のとおりです。
| 号 | 事業者の行為 | それによる誤認 |
|---|---|---|
| 一号 | 第十二条の六第一項の規定に違反して不実の表示をする行為 | 当該表示が事実であるとの誤認 |
| 二号 | 第十二条の六第一項の規定に違反して表示をしない行為 | 当該表示がされていない事項が存在しないとの誤認 |
| 三号 | 第十二条の六第二項第一号に掲げる表示をする行為 | 送付・送信が申込みとならないとの誤認 |
| 四号 | 第十二条の六第二項第二号に掲げる表示をする行為 | 分量・条件についての誤認 |
重要なのは、取消しが使えるのは事業者側の表示に、条文が挙げる行為があった場合に限られるという点です。表示自体は正しく、はっきり書かれていたのに自分で見落とした、というだけでは、この条文の対象にはなりません。
この取消権には期間の制限もあります。特定商取引法15条の4第2項は、第九条の三第四項を準用しており、同項は次のように定めています。
第一項の規定による取消権は、追認をすることができる時から一年間行わないときは、時効によつて消滅する。当該売買契約又は当該役務提供契約の締結の時から五年を経過したときも、同様とする。
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誤認に気づいてから1年、契約から5年のどちらか早い方で消滅します。また、第九条の三第五項により、取消しのときにすでに商品を使ってしまっていた場合でも、取消しが可能だと知らなかった間に受けた利益の範囲(現存利益)を返還すれば足りるとされています。使った分すべての代金を払い直す必要はありません。
表示に問題が無ければ ― 特定商取引法15条の3の法定返品権
事業者の表示そのものには違反が無く、単に「思っていたのと違った」というだけの場合は、15条の4の取消しは使えません。この場合に確認すべきは、通信販売に一般的に認められた法定返品権です。
通信販売をする場合の商品又は特定権利の販売条件について広告をした販売業者が当該商品若しくは当該特定権利の売買契約の申込みを受けた場合におけるその申込みをした者又は売買契約を締結した場合におけるその購入者(次項において単に「購入者」という。)は、その売買契約に係る商品の引渡し又は特定権利の移転を受けた日から起算して八日を経過するまでの間は、その売買契約の申込みの撤回又はその売買契約の解除(以下この条において「申込みの撤回等」という。)を行うことができる。ただし、当該販売業者が申込みの撤回等についての特約を当該広告に表示していた場合(略)には、この限りでない。
(e-Gov法令検索 特定商取引に関する法律(新しいタブで開く))
商品を受け取ってから8日以内なら申込みの撤回・解除ができますが、広告に「返品不可」などの特約が書かれていれば、その特約が優先されます。定期購入の広告には多くの場合この特約があるため、15条の3は定期購入のトラブルでは効きにくいのが実情です。だからこそ、表示そのものに問題があったかどうかを見る15条の4が重要になります。
| 項目 | 15条の4(誤認による取消し) | 15条の3(法定返品権) |
|---|---|---|
| 使える場面 | 事業者の表示に不実表示・表示漏れ・誤認表示があった場合 | 広告に返品特約が書かれていない場合 |
| 期間 | 追認可能時から1年/契約から5年 | 商品受領日から8日以内 |
| 返還義務 | 知らなかった間の受益は現存利益の範囲 | 原則、受け取った商品そのものの返還 |
| 事業者の特約で排除できるか | できない(条文違反が前提のため) | できる(特約が優先) |
広告での誤解も、法の網から外れるわけではない
「不特定多数に向けた広告であって、個別の勧誘ではない」という理由で消費者保護の規定が及ばない、と事業者側が主張した事件があります。クロレラの健康食品を扱う事業者が配布した新聞折込チラシについて、適格消費者団体が消費者契約法12条に基づく差止めを求めた事件です。最高裁判所第三小法廷は平成29年1月24日、次のように判断しました。
事業者等による働きかけが不特定多数の消費者に向けられたものであったとしても,そのことから直ちにその働きかけが消費者契約法12条1項及び2項にいう「勧誘」に当たらないということはできない。
(裁判所ウェブサイト 判例検索 平成28(受)1050(新しいタブで開く))
結論としては請求自体は退けられていますが(配布を既にやめていたため差止めの必要が無いという別の理由)、「広く配っているだけだから規制の対象外」という逃げ道を最高裁が認めなかった点は変わりません。これは消費者契約法上の「勧誘」についての判断で、特定商取引法12条の6・15条の4とは異なる条文・異なる争点ですが、広告という形を取っていても法律上の責任から単純に外れるわけではない、という考え方の筋は共通しています。「レイの法廷」第33話では、このクロレラ事件を扱っています。
自分の場合はどうなるのか
以下は、条文から読み取れる範囲の整理です。個別の事案の結論を断定するものではありません。
| 場面 | 入り口になりやすい条文 |
|---|---|
| 最終確認画面に、総額・回数・解約方法の表示が無い、または分かりにくい場所にある | 特商法15条の4(一号・二号) |
| 広告には「初回のみ」とあったのに、実際の画面では複数回購入が条件になっていた | 特商法15条の4(一号・不実表示) |
| 表示ははっきりしており、見落としたのは自分の確認不足だった | 15条の4の対象外。15条の3の返品特約の有無を確認 |
| すでに商品を使い切ってしまった | 取消し自体は可能。返還義務は現存利益の範囲に軽減される(9条の3第5項) |
心配な事情が実際にある場合は、一般論ではなく消費生活センターや弁護士等の専門家に相談してください。
受験生向けの一言
この論点を答案や小論文で書くときは、「事業者のどの行為が、条文のどの号に当たるか」を先に特定し、その行為から生じた誤認、そして誤認と意思表示との因果関係を順番に示す型になります。表示が無かった(二号)のか、表示はあったが事実と違った(一号)のかを区別せずに「表示に問題があったので取消せる」とだけ書くと、要件ごとのあてはめが採点者に伝わりません。事実を号ごとに評価していく書き方は、あてはめは「事実→評価」の対で書くの記事で扱っている型と同じです。
よくある質問
Q. 「お試しのつもりだった」と伝えれば、それだけで取り消せますか?
いいえ。特定商取引法15条の4が取消しを認めるのは、事業者側の表示に不実表示・表示漏れ・誤認させる表示があり、それによって申込みをしてしまった場合です。表示自体がはっきりしていて、自分の思い込みだけで誤解していた場合は、この条文の対象にはなりません。
Q. 定期購入もクーリング・オフの対象になりますか?
なりません。クーリング・オフは訪問販売(特定商取引法9条)や電話勧誘販売(同24条)など、不意打ち性の高い取引に限られた制度で、通信販売にはクーリング・オフの規定自体がありません。定期購入トラブルで使えるのは、表示義務違反を前提とする15条の4の取消しや、15条の3の法定返品権です。
Q. 取消しは、いつまでできますか?
特定商取引法15条の4第2項が準用する第九条の三第四項により、誤認に気づいて追認できる時から1年、または契約を結んだ時から5年のどちらか早い方が経過すると、取消権は時効で消滅します。
Q. 商品をもう使ってしまった場合でも、取り消せますか?
取消し自体は可能です。ただし、取消しが可能だと知らなかった間に受けた利益については、現に残っている利益(現存利益)の範囲で返還すれば足りると定められています(第九条の三第五項)。使った分の代金をすべて払い直す必要はありません。
本記事は、e-Gov法令検索で確認した条文と、裁判所ウェブサイトの判例検索に収録された判決にもとづく一般的な情報であり、法的助言ではありません。個別の事案については消費生活センターや弁護士等の専門家にご相談ください。
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#レイの法廷#コラム#特定商取引法#定期購入
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