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判例読了 約7分

社員のミスで会社が損をしたとき、全額を社員に請求できるのか ― 責任を割り引く考え方

配送中に社員が起こした交通事故で、会社が多額の修理費や相手方への賠償を負担した――このとき会社は、その全額を社員に請求できるのでしょうか。結論から言うと、できません。使用者が被用者に求償できる範囲は、民法715条3項を根拠にしながらも、「損害の公平な分担」という考え方から、信義則上相当と認められる限度に絞られます。最高裁判所は、ある運送会社の事例で、この限度を損害額の4分の1としました。この記事では、その判断の枠組みを条文と判決文から整理します。

社員のミスの弁償は何割まで — 信義則にもとづく責任の割引きの基準を整理します

結論 ― 全額請求はできない。決め手は諸事情の総合考慮

なぜそうなるのか ― 条文は「求償できる」としか言っていない

社員が仕事中に第三者へ損害を与えた場合、会社(使用者)がまず被害者に賠償することを定めるのが民法715条です。第1項は次のように定めています。

ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

(e-Gov法令検索 民法(新しいタブで開く))

会社が被害者に賠償したあと、その分を社員に請求し直すことを認めているのが同条3項です。

前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

(e-Gov法令検索 民法(新しいタブで開く))

この条文を文字どおり読むと、「求償権の行使を妨げない」としか書かれておらず、全額請求できるのか、一部にとどまるのかは条文からは分かりません。この隙間を埋めるのが、権利の行使は誠実に行わなければならないと定める民法1条2項(信義則)です。

権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

(e-Gov法令検索 民法(新しいタブで開く))

715条3項が認める求償権も、この信義則による制約を受けます。つまり「権利としては認められているが、どこまで使えるかは事情次第」という構造になっているのです。

実際にこう判断された裁判がある

石炭・石油・プロパンガスなどの輸送と販売を手がける、従業員約50名の会社がありました。経費を抑えるため、保有する約20台の業務用車両には対人賠償責任保険だけをかけ、対物賠償責任保険にも車両保険にも入っていませんでした。

ある社員は、ふだんは小型貨物自動車の運転を担当しており、タンクローリーには会社の特命で臨時に乗務するだけでした。事故当日、その社員は重油をほぼ満載したタンクローリーを運転し、交通が渋滞し始めた国道を進行中、車間距離を十分に取らず、前方の注視も不十分なまま、急停車した先行車に追突してしまいます。給料は月額約4万5000円、勤務成績は普通以上でした。

会社は、相手方への賠償と自社車両の修理などで損害を受けたとして、その全額をこの社員に請求しました。一審・二審とも、損害額のうち4分の1を超える部分の賠償・求償請求は信義則上許されないと判断し、会社側が上告しました。

最高裁判所第一小法廷は、昭和51年7月8日の判決で、まず一般論として次のように述べました。

使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。

(裁判所ウェブサイト 判例検索 昭和49(オ)1073(新しいタブで開く))

そのうえで、保険未加入だったこと、事故が通常業務ではなく特命による臨時の乗務中に起きたこと、社員の勤務成績が普通以上だったことなどを踏まえ、会社が請求できる範囲を損害額の4分の1とした原審の判断を是認し、会社側の上告を退けました。保険に入らずリスクを抱えたまま事業を続けていた点が、会社に不利な事情として働いたことが分かります。

自分の場合はどうなるのか

以下は、判決が挙げた考慮要素から読み取れる傾向の整理です。個別の事案の結論を断定するものではありません。

場面請求できる範囲への影響
会社が任意保険に入らず、事故のリスクを実質的に社員任せにしていた狭まりやすい(会社側の「配慮の程度」が低いと評価されうる)
普段と違う業務を、会社の指示で臨時に行わせていた狭まりやすい(通常の業務内容・労働条件から外れた負担)
社員の勤務成績や日頃の業務態度が良好だった狭まりやすい
事業の規模が大きく、損失を分散する仕組み(保険・積立等)を会社が備えていた狭まりやすい(会社が損失を吸収する体制を持つ以上、社員に転嫁しにくい)
加害行為の態様が著しく不注意・規則違反が重なっていた考慮要素の一つとして、請求できる範囲が広がる方向に働きうる

受験生向けの一言

この論点を答案で書くときは、「条文(715条3項)は求償権の存在そのものを認めているにすぎない」ことと、「その行使の範囲は一般条項(1条2項の信義則)で画される」ことを分けて書くのが型になります。信義則のような一般条項は、それ単体では結論を出せないため、判例が挙げた考慮要素(事業の性格・規模、被用者の業務内容・労働条件・勤務態度、加害行為の態様、使用者の配慮の程度)を事実に当てはめて初めて結論が導かれます。条文の文言と一般条項による修正を切り分けて論じる書き方は、権利濫用の論証の記事で扱っている民法1条の使い方とも共通しています。

よくある質問

Q. 会社は社員に、損害の弁償を一切請求できないのですか?

いいえ、まったく請求できないわけではありません。民法715条3項は使用者から被用者への求償権そのものを認めています。制限されるのは「全額」請求できるかどうかであり、信義則上相当と認められる限度では請求が可能です。

Q. 社員がわざと(故意に)損害を与えた場合も、同じように請求額が制限されますか?

今回取り上げた判決は、不注意による交通事故の事案です。判決が考慮要素の一つに挙げる「加害行為の態様」には、不注意の程度や故意性の高さも含まれうると考えられますが、故意の場合に制限の幅がどう変わるかはこの判決自体が直接答えているわけではありません。

Q. 会社が保険に入っていれば、社員への請求はまったくできなくなるのですか?

この判決は、保険に入っていなかったことを、会社に不利に働く事情の一つとして挙げています。保険加入そのものが請求をゼロにするとまでは述べていません。保険の有無は、考慮される諸事情のうちの一つという位置づけです。

Q. この考え方は、公務員や会社の取締役にも同じように当てはまりますか?

この判決は、民間企業の使用者と被用者の間の求償が争われた事案です。公務員が公務中に与えた損害の求償には国家賠償法という別の法律があり、取締役が会社に対して負う責任には会社法の規律があります。同じ枠組みがそのまま及ぶとは言えないため、それぞれ別に確認する必要があります。


本記事は、裁判所ウェブサイトの判例検索に収録された判決と、e-Gov法令検索で確認した条文にもとづく一般的な情報であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。

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#レイの法廷#コラム#民法#使用者責任

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