不真正不作為犯の論証 — 要件の並べ方と、答案で拾うべき事実
不真正不作為犯とは、「人を殺した者」のように動くこと(作為)の形で書かれた条文を、何もしないこと(不作為)によって実現する場合をいいます。論証の芯は一つです。その不作為が、作為と構成要件的に同じ価値をもつと評価できるかを、作為義務と作為の可能性・容易性という二つの視点から確かめること。最高裁判所第二小法廷は平成17年7月4日の決定で、義務を根拠づける事実を具体的に積み上げたうえで、不作為による殺人罪の成立を認めました。この記事では、その決定の原文と、法務省が公表した平成30年司法試験の出題の趣旨をもとに、論証の順序を最初から組み立て直します。

不真正不作為犯とは — 定義と、条文上の位置
不真正不作為犯とは、作為の形で書かれた構成要件を、不作為によって実現する犯罪をいいます。
刑法には、「しないこと」を扱う入り口が二つあります。ひとつは、条文そのものが「しなかったとき」を罰すると書いている場合です。刑法218条の保護責任者遺棄等の罪は、保護する責任のある者がその生存に必要な保護をしなかったときに成立するので、条文を読んだとおりに不作為を捕まえています。これを真正不作為犯と呼びます。
もうひとつが、本稿の主役です。刑法199条は「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。」と定めています(e-Gov 法令検索・刑法(新しいタブで開く))。条文の言葉は「殺した」という動きの形しかありません。それでも、何もしなかった者にこの条文を使えるか——ここで立つ論点が、不真正不作為犯です。
二つの入り口の違いそのものは、何もしないことが罪になるのは、どんなときかで整理しています。本稿は、そこから先の「では答案でどう書くか」に絞ります。
なぜ争いになるのか — 条文の言葉と、処罰の必要との距離
争点は一点に絞れます。条文に書かれていない行為態様を処罰することが、罪刑法定主義(何が犯罪かは事前に法律で定められていなければならない、という原則)と両立するかです。
「殺した」と書かれた条文を「何もしなかった」に広げるのは、言葉の意味を引き伸ばす作業です。引き伸ばしすぎれば、条文から犯罪の輪郭を読み取れなくなります。かといって、危険を自分で作り出した者が立ち去るのを一切捕まえられないのも、明らかに不自然です。
だから、不真正不作為犯の論証は必ず「絞り込みの理屈」の形をとります。誰でもよいわけではなく、特別な立場にある者の、特定の場面での不作為だけを、作為と同じ土俵に乗せる。この絞り込みが甘い答案は、結論が合っていても評価されません。
論証の芯は「同価値性」 — 出題の趣旨が求めている形
法務省が公表した平成30年司法試験論文式試験の出題の趣旨は、刑事系科目第1問の設問2について、不作為による殺人未遂罪が成立するとの立場から何を書くべきかを、次のように述べています。
不作為による殺人未遂罪が成立するとの立場からは,作為犯と対比して構成要件的に同価値と評価できるか否かについて,作為義務と作為可能性の観点から判断すべきであることを指摘する必要がある。
(平成30年司法試験論文式試験 出題の趣旨・法務省(新しいタブで開く))
つまり、上位にある問いは「同価値性」です。作為義務と作為可能性は、その同価値性を判断するための視点として位置づけられています。作為義務・作為可能性・同価値性を横並びの三要件として羅列する書き方より、同価値性という結論を、二つの視点で支えるという構造のほうが、出題者の求める形に近いことになります。
同じ出題の趣旨は、作為義務について「その発生根拠と内容を指摘・検討した上で」事実に触れつつ「先行行為や事実上の引受け、さらには、排他的支配や危険の創出等の発生根拠の充足性について論じる必要がある」とし、作為可能性については「その要件としての必要性を簡潔に指摘した上」で可能性・容易性を論じるよう求めています。さらに「不作為犯の実行の着手時期についても、その判断基準を示した上で」具体的に認定することを要求しています。
ここから読み取れる配分は明確です。作為義務は厚く、作為可能性は簡潔に。 答案の分量を均等に割るのは、この指示に反します。
判例が実際に述べたこと — 最高裁平成17年7月4日決定
書誌は次のとおりです。最高裁判所第二小法廷 平成17年7月4日決定(平成15年(あ)第1468号・刑集59巻6号403頁・裁判官全員一致・上告棄却)。手をかざす独自の治療を施すとして信奉者を集めていた者の事件で、通称はシャクティパット事件です。
決定が前提とした事実関係のうち、論証に効くのは次の三点です。脳内出血で入院していたAは、生命に危険はないものの、数週間の治療を要し、回復後も後遺症が見込まれる状態にありました。被告人は、退院はしばらく無理だとする主治医の警告を知りながら「点滴治療は危険である。今日,明日が山場である。明日中にAを連れてくるように。」などと指示して、Aを病院から運び出させました。ホテルに運び込まれたAについて、被告人はその容態を見たうえで、必要な医療措置を受けさせないまま約1日放置し、Aは痰による気道閉塞に基づく窒息で死亡しました。
決定の判断部分は、原文で次のとおりです。
以上の事実関係によれば,被告人は,自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせた上,患者が運び込まれたホテルにおいて,被告人を信奉する患者の親族から,重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったものと認められる。その際,被告人は,患者の重篤な状態を認識し,これを自らが救命できるとする根拠はなかったのであるから,直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたものというべきである。それにもかかわらず,未必的な殺意をもって,上記医療措置を受けさせないまま放置して患者を死亡させた被告人には,不作為による殺人罪が成立し,殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となると解するのが相当である。
つまり、こういうことです。自分の落ち度で命の危険を作り出したこと(先行行為)、信奉者である家族から手当てを全面的に委ねられた立場にあったこと(引受けと依存の関係)、そして重篤だと分かっていながら自分で救えるあてはなかったこと。この三つを並べたうえで、「直ちに医療措置を受けさせる義務」という義務の中身まで特定してから、不作為による殺人罪を認めています。
見落とされがちなのが三つ目です。「これを自らが救命できるとする根拠はなかった」という一文は、被告人が自分の治療に期待していたという弁解を先回りして封じています。答案で本決定を引くなら、ここも拾う価値があります。
決定は、学説の名前を一つも挙げていません。 挙げているのは、義務を根拠づける事実だけです。したがって「判例は排他的支配説を採用した」と書くのは、決定が言っていないことを言わせる書き方になります。
なお、本件の第一審(千葉地方裁判所 平成14年2月5日判決・懲役15年)と控訴審(東京高等裁判所 平成15年6月26日判決・破棄自判・懲役7年)は、裁判所ウェブサイトの判例検索には収録されていません。以下の審級の説明は、最高裁決定の摘示事実と、当時の判例解説によるものです。第一審は病院から連れ出させた時点で既に殺意があったと認定し、控訴審は殺意が認められるのはホテルで容態を認識した以後だと認定を改めました。殺意の時点が後ろへ動くと、その時点に残っている行為は「何もしないこと」だけになります。認定が動いた結果、罪の骨格が不真正不作為犯に組み替えられたという関係です。
事件そのものの流れはシャクティパット事件をわかりやすくに、作為義務の発生根拠をめぐる学説の詳細は作為義務の発生根拠にまとめてあります。
作為義務の学説の見取り図
答案で「発生根拠」を論じるときに使う道具立てを、最小限の形で並べます。
| 立場 | 義務を認める根拠 | 帰結 | 指摘される弱点 |
|---|---|---|---|
| 形式的三分説 | 法令・契約や引受け・条理や先行行為という形式的な地位 | 根拠が数えやすく、認定しやすい | 形式が揃えば義務を認めることになり、処罰範囲が広がりやすい |
| 排他的支配説 | 結果の発生を左右する力がその者の手中にしかないこと | 処罰範囲を実質的に絞れる | 支配の有無の判定基準が一義的でなく、親子など支配が薄い場面を取りこぼす |
| 引受け説 | 保護を現に引き受け、他の救助の可能性を減らしたこと | 依存関係のある場面を素直に説明できる | 引き受けたといえる時点の特定が難しい |
| 先行行為説 | 自ら危険を創出したこと | 危険源との結びつきが明確 | 先行行為だけで義務を認めると、過失による危険創出まで広く捕まえかねない |
以上は学説の整理であり、判例がどれかの説を採ったことを意味しません。実務は、これらが着目してきた事情を総合して判断していると説明されます。答案でも、どれか一つの看板を掲げるより、事実を拾って複数の根拠が重なっていることを示すほうが、前掲決定の書きぶりに沿います。
殺人罪と保護責任者遺棄致死罪の分かれ目
不真正不作為犯の論証は、罪名の選択とセットで問われます。平成30年の出題の趣旨は、両者の区別の基準について「殺意の有無という主観面による判断要素や、重大な先行行為の有無や危険の程度といった客観面による判断要素を検討すべきである」ことを、理由にも言及しつつ論じるよう求めています。
| 判断の面 | 見るもの | 不作為の殺人に傾く事情 |
|---|---|---|
| 主観面 | 殺意(未必の故意で足りる) | 死の危険を認識し、それでも構わないと受け入れていた |
| 客観面 | 先行行為の重大さ | 自らの指示で医療から引き離すなど、危険の創出が重い |
| 客観面 | 危険の程度 | 放置すれば死に至る具体的な危険が、その時点で存在した |
前掲決定が「未必的な殺意をもって」と書いているのは、主観面がこの事件の分水嶺だったからです。殺意のなかった患者の親族については、保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯になるとされました。同じ放置でも、主観面の違いが罪名を変えています。
一般の読者向けに同じ線引きを説明したものとして、見殺しは罪になるのかもあわせてどうぞ。
答案の型 — 論証を書く順序
- 誰の、どの行為について、何罪を検討するのかを最初に確定する。放置した場面を実行行為として拾うことを明示する
- 条文が作為の形で書かれていることを指摘し、不作為でこれを実現できるかという問題を提起する
- 規範を立てる。作為との構成要件的同価値性が必要であり、それは作為義務と作為の可能性・容易性から判断する、という形にする
- 作為義務を厚く論じる。先行行為・引受け・排他的支配・危険の創出のうち、本件の事実がどれをどう満たすかを一つずつ拾う
- 作為義務の内容を特定する。「何をすべきだったのか」を具体的な措置の形で書く
- 作為の可能性と容易性を、別々に簡潔に確かめる。その場にいたか、手段があったか、負担は小さかったか
- 実行の着手時期を、判断基準を示したうえで事実に当てはめる。未遂にとどまる事案では特に落とせない
- 故意を検討する。殺人罪なら未必の殺意で足りることを確認し、認識の内容を事実で示す
- 結論を書き、保護責任者遺棄等の罪にとどまる可能性がある事案では、主観面と客観面の両方から区別の理由を述べる
拾うべき事実の種類は決まっています。危険を誰が作ったか / 保護を誰が引き受けたか / その場に他に救助できる者がいたか / 行為者は何ができたか / その負担はどれほどだったか / 行為者は何を認識していたか。 逆に、事実を拾わずに「作為義務が認められる」とだけ書いた答案は、規範を書けていても評価されません。前掲決定が三つの事情を並べてから義務を認めたのは、そのお手本になります。
動画で見る
この論点を扱った回が「レイの法廷」にあります。事件の流れから作為義務の学説、答案の書き方までを通しで解説しています。
- 講義版(長編): 何もしなかったのに、殺人犯になった日|不作為犯(新しいタブで開く)
- ショート版: 凶器は「何もしないこと」だった(新しいタブで開く)
シリーズの各話はレイの法廷にまとめています。
よくある質問
Q. 作為義務・作為可能性・同価値性は、三つ並べて書けばよいのですか
平成30年司法試験の出題の趣旨は、同価値性を「作為義務と作為可能性の観点から判断すべき」としています。三つを横並びにするより、同価値性という結論を二つの視点が支える構造で書くほうが、この指示に沿います。同価値性を独立の要件として立てる見解もありますので、どちらの構成をとるにせよ、三者の関係を自分で説明できる状態にしておくことが大切です。
Q. 「判例は排他的支配説を採っている」と書いてよいですか
最高裁平成17年7月4日決定は、学説の名前を一つも挙げていません。挙げているのは、先行行為・全面的な引受け・自ら救命できるあてがなかったことという事実です。決定が言っていない学説名を判例の立場として書くのは避け、「義務を根拠づける事実として何を摘示したか」の形で引くのが安全です。
Q. 通りすがりの人が助けなかった場合も、不作為の殺人になりますか
なりません。不真正不作為犯が成立するには、結果を防ぐべき特別な立場にあったことが必要です。危険を自分で作り出してもおらず、保護を引き受けてもいない通行人は、この特別な立場にあたりません。日本の刑法に、通りすがりの人の不救助それ自体を罰する条文は置かれていません。
Q. 作為の可能性と容易性は、分けて書く必要がありますか
分けて確かめたほうが答案は安定します。可能性は「そもそもできたか」、容易性は「どれほどの負担でできたか」という別の問いだからです。出題の趣旨も、要件としての必要性を簡潔に指摘したうえで、本件の事実に即して可能性・容易性が認められることを論じるよう求めています。
Q. 不作為犯で実行の着手はいつ認められますか
答案では、判断基準を示したうえで事実に当てはめることが求められます。平成30年の出題の趣旨は、その年の事案について、救助しないことを決意した時点、その決意の表れとして現場を走り去った時点、被害者が転落して重傷を負った時点のいずれでも着手を認めうると述べており、候補は一つに決め打ちされていません。既遂の事案では見落とされがちですが、未遂が問題になる事案では落とせない論点です。
この記事は判決文・条文・法務省公表資料に基づく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案の結論は、事実関係によって変わります。登場する当事者は、判決文の表記にならい仮名(A・B)としています。制作は JurisCode.AI です。
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#レイの法廷#判例#刑法#不真正不作為犯
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