薬事法距離制限違憲判決をわかりやすく — 争点は「許可制」ではなく「距離制限」だった
薬事法距離制限違憲判決で最高裁が無効としたのは、薬局を許可制にしていたこと全体ではなく、「近くに薬局があるなら許可しなくてよい」という一つの許可条件だけです。最高裁判所大法廷 昭和50年(1975年)4月30日判決(民集29巻4号572頁)は、薬局の開業を許可制にすること自体は合憲としたうえで、距離制限を定めた薬事法6条2項・4項(および同法26条2項が準用する部分)だけを「憲法二二条一項に違反し、無効である」としました。この記事は、判決文が争点をどう切り分け、どの順序で距離制限だけを崩したのかを追います。

薬事法距離制限違憲判決とは — 最高裁大法廷 昭和50年4月30日判決
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所大法廷 |
| 裁判年月日・種別 | 昭和50年(1975年)4月30日 判決(裁判官全員一致) |
| 事件番号 | 昭和43年(行ツ)第120号 |
| 事件名 | 行政処分取消請求事件 |
| 判例集 | 民集29巻4号572頁 |
| 通称 | 薬事法距離制限違憲判決 / 薬局距離制限事件 / 薬事法違憲判決 |
| 争われた法令 | 薬事法6条2項・4項(26条2項が準用)+ 広島県条例「薬局等の配置の基準を定める条例」(昭和38年広島県条例第29号) |
| 論点 | 職業選択の自由・許可制の合憲性・立法事実の審査・法令違憲 |
| 結論 | 原判決破棄・控訴棄却(距離制限の規定は憲法22条1項に違反し無効) |
出発点になる条文は短い一文です。
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
憲法22条1項(e-Gov法令検索で確認した現行の表記)です。この一文しかないので、どんな規制まで許されるかは、条文からは決まりません。
何が起きたのか(事案)
昭和38年、広島県でスーパーマーケットなどを経営していた会社が、商店街の自社店舗で医薬品を売る許可を県知事に申請しました。ところがその直後、改正された薬事法が動き出します。
判決文は、この会社の許可申請が「所論の改正法施行の日の前日に受理された」と認定しています。改正法とは、判決文が挙げる「昭和三八年七月一二日法律第一三五号『薬事法の一部を改正する法律』」で、これが新しい許可条件として距離制限を持ち込みました。
県知事は昭和39年1月27日、この申請を不許可としました。理由は、薬事法26条2項が準用する同法6条2項・4項と、県条例3条が定める「薬局等の配置の基準」に合わないこと。会社はこの処分の取消しを求めて訴え、争いは12年目の最高裁大法廷まで続きます。
なお、県条例が定めた具体的な距離(既存の薬局からおおむね100メートル)は判例解説によって知られている事実で、判決文そのものには条例の数値の認定はありません。当事者の氏名は仮名扱いとし、この記事では会社名も書きません。
争点 — 許可制そのものか、それとも距離制限という個々の許可条件か
この判決を読むときに最初につかむべきなのは、争点が二階建てになっていることです。
1階は「薬局を開くのに知事の許可を要求してよいか」。2階は「許可する・しないを決める条件のうち、距離制限だけを取り出したときに、それが許されるか」。
判決文は1階について、こう答えています。
供給業者を一定の資格要件を具備する者に限定し、それ以外の者による開業を禁止する許可制を採用したことは、それ自体としては公共の福祉に適合する目的のための必要かつ合理的措置として肯認することができる
つまり、薬という商品の性質からして、誰でも売れる状態にしないこと自体は憲法に反しない。ここは最高裁も認めました。
問題は2階です。判決文は、許可制の合憲性の条件を示した部分の最後に、こう付け足しています。
そして、この要件は、許可制そのものについてのみならず、その内容についても要求されるのであつて、許可制の採用自体が是認される場合であつても、個々の許可条件については、更に個別的に右の要件に照らしてその適否を判断しなければならないのである
つまり「許可制を敷くのはよい」で終わらせない。許可の条件を一つずつ別に検査するということです(判決文は歴史的仮名遣いで書かれているため、「あつて」「なつて」などは原文のまま引用しています)。
判決文は「距離制限だけ」を切り出した
では、薬事法6条の許可条件のうち、なぜ距離制限だけが落ちたのか。判決文は条件を並べたうえで、こう区別しました。
二項に定めるものは、このような直接の関連性をもつておらず、本件において上告人が指摘し、その合憲性を争つているのも、専らこの点に関するものである
ここで言う「このような直接の関連性」とは、悪い薬が出回るのを防ぐという目的との直結性のことです。判決文は、6条1項各号の条件を「不良医薬品の供給の防止の目的に直結する事項」であり、その必要性と合理性は比較的容易に認められるとしています。実際、条文の組み立てはこうなっていました。
- 薬事法5条 … 都道府県知事の許可がなければ薬局を開設できない(許可制そのもの)
- 6条1項1号 … 薬局の構造設備の基準
- 6条1項1号の2 … 薬局に置く薬剤師の数
- 6条1項2号 … 申請者の人的欠格事由
- 6条2項・4項 … 設置場所の配置の適正。具体的な内容は都道府県の条例に委ねる ← ここだけが違憲とされた
- 26条2項 … 医薬品の一般販売業に6条を準用する
設備・薬剤師の数・申請者の資格は、悪い薬を防ぐことに直接つながる。しかし「近くに別の薬局があるかどうか」は、その店が扱う薬の品質と直接にはつながらない。この距離の遠さが、後で立法事実(法律を正当化する現実の事実)の検査を厳しくします。
審級で何が変わったか
この事件は、一審・二審・上告審で結論と理由がそれぞれ違います。
ただし、一審・二審の判決文そのものは、この記事で当たった一次資料(最高裁の判決全文)には含まれていません。下の年月日と掲載巻号頁は判例解説によるもので、判断の中身は最高裁判決が摘示した範囲で書いています。
| 審級 | 裁判所・年月日 | 結論 | 動いた理由 |
|---|---|---|---|
| 一審 | 広島地方裁判所 昭和42年4月17日判決(行集18巻4号501頁) | 会社が勝ち(不許可処分の取消し) | 申請時ではなく処分時の許可基準で判断したのは違法という手続の理由。憲法判断には立ち入らなかった |
| 二審 | 広島高等裁判所 昭和43年7月30日判決(行集19巻7号1346頁) | 会社が負け | 薬局等の店舗は公共性を有する施設であり、偏在や乱立を防ぐ距離制限には理由がある(法令は合憲) |
| 上告審 | 最高裁判所大法廷 昭和50年4月30日判決 | 会社の勝ちが確定 | 距離制限の規定そのものが憲法22条1項に違反し無効(法令違憲) |
見落としやすいのは、最高裁が一審の勝たせ方を支持していないことです。最高裁は「行政処分は原則として処分時の法令に準拠してされるべきものであり、このことは許可処分においても同様であつて」と述べ、処分時の法令で判断した点について「所論の点に関する原審の判断は、結局、正当というべきであり」として、会社側のこの主張を採用しませんでした。
それでも主文は「原判決を破棄する。被上告人の控訴を棄却する。」です。手続の理由は退けたが、憲法違反という別の理由で、結論としては一審の取消判決を確定させた——これが破棄自判(上級審が自分で結論を出すこと)の中身です。判決文も「上告人の請求を認容すべきものとした第一審判決の結論は正当であつて、被上告人の控訴は棄却されるべきものである」と書いています。
最高裁はどの順序で距離制限を崩したか
判決文は、距離制限を一気に否定していません。目的を認定し、制約の重さを測り、そのうえで国側が挙げた理由を一つずつ点検していきます。
- 目的を認定する — 判決文は改正法案の提案理由を二点挙げます。「一部地域における薬局等の乱設による過当競争のために一部業者に経営の不安定を生じ、その結果として施設の欠陥等による不良医薬品の供給の危険が生じるのを防止すること」が主たる目的、「薬局等の一部地域への偏在の阻止によつて無薬局地域又は過少薬局地域への薬局の開設等を間接的に促進すること」が副次的な目的。前者から、この規制は「主として国民の生命及び健康に対する危険の防止という消極的、警察的目的」(安全を守るための取締り)のものと認定されます
- 制約の重さを測る — 距離制限は「設置場所の制限にとどまり、開業そのものが許されないこととなるものではない」。しかし「特定場所における開業の不能は開業そのものの断念にもつながりうるものであるから、前記のような開業場所の地域的制限は、実質的には職業選択の自由に対する大きな制約的効果を有するものである」
- 必要とされる根拠の高さを決める — 「このような制限を施さなければ右措置による職業の自由の制約と均衡を失しない程度において国民の保健に対する危険を生じさせるおそれのあることが、合理的に認められることを必要とする」。危険がないとは言えない、という程度では足りないという線引きです
- 行為そのものを縛る仕組みで足りないかを見る — 薬事法には品質規制・罰則・許可の取消し・立入検査などが既にあり、「刑罰及び行政上の制裁と行政的監督のもとでそれが励行、遵守されるかぎり、不良医薬品の供給の危険の防止という警察上の目的を十分に達成することができるはずである」
- 国が示した因果の鎖を事実で検査する — 「競争の激化―経営の不安定―法規違反という因果関係に立つ不良医薬品の供給の危険が、薬局等の段階において、相当程度の規模で発生する可能性があるとすることは、単なる観念上の想定にすぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたい」
- より緩やかな手段を具体的に示す — 監視の人手に限りがあるとしても、「薬局等の偏在によつて競争が激化している一部地域に限つて重点的に監視を強化することによつてその実効性を高める方途もありえないではなく」
- 副次的な目的でも支えられないと見る — 薬局のない地域の解消という目的について、「無薬局地域等の解消を促進する目的のために設置場所の地域的制限のような強力な職業の自由の制限措置をとることは、目的と手段の均衡を著しく失するものであつて、とうていその合理性を認めることができない」
- 総合しても足りないと結ぶ — 国側が挙げた事由は「いずれもいまだそれによつて右の必要性と合理性を肯定するに足りず、また、これらの事由を総合しても右の結論を動かすものではない」。よって「この点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を超えるものであるといわなければならない」
そして結論です。
薬局の開設等の許可基準の一つとして地域的制限を定めた薬事法六条二項、四項(これらを準用する同法二六条二項)は、不良医薬品の供給の防止等の目的のために必要かつ合理的な規制を定めたものということができないから、憲法二二条一項に違反し、無効である
処分だけを違憲とするのではなく、法律の規定そのものを無効とする「法令違憲」(法律の条文自体が憲法に反すると判断すること)です。
この判決が決めたこと(意義)
第一に、「安全のため」という説明を、裁判所が事実のレベルまで下りて検査したことです。国側は「競争が激しくなる→経営が苦しくなる→管理がおろそかになる→悪い薬が出回る」という筋道を立てました。判決文は「観念上はそのような可能性を否定することができない」と認めつつ、「果たして実際上どの程度にこのような危険があるかは、必ずしも明らかにされてはいない」として先に進みません。目的が正しそうに見えても、それを支える現実の事実が示されなければ強い規制は通らない——この検査の型が残りました。
第二に、許可条件を一つずつ切り出して検査するという読み方です。制度の全体を合憲としたうえで、その中の一つの条件だけを無効にできる。この切り分けは、許可制を採用する数多くの業法に同じ問いを立てられる形になっています。
第三に、同じ距離制限でも答えが違うことが可視化されました。判決文はこの3年前の小売市場事件(最高裁大法廷 昭和47年11月22日判決・刑集26巻9号586頁)を名指しし、規制の目的が違うとして「右判決において示された法理は、必ずしも本件の場合に適切ではない」と区別しています。この区別を学説が「規制目的二分論」と名付けて整理しましたが、判決文にその言葉はありません。二分論が判例の法理といえるかどうかについては学説上の争いがあり、その中身は規制目的二分論への批判で判決文を並べて検討しています。
距離制限のその後についても、条文で確かめられます。薬事法の現在の名前である医薬品医療機器等法の5条は「許可の基準」という見出しで、薬局の構造設備、調剤や販売の業務を行う体制、申請者の欠格事由を定めています。「配置」「距離」「場所」という語は同条に現れません(e-Gov法令検索で確認)。距離で開業を止める条件は、いまの薬局の許可基準には置かれていないということです。
答案ではどう書くか
この事件を答案に書くときにいちばん差が出るのは、何を争点として立てるかです。「薬局の許可制は憲法22条1項に反しないか」と立ててしまうと、判決が合憲とした部分と違憲とした部分が混ざり、規範を立てても当てはめる先が定まりません。
- 争点は「薬事法6条2項・4項の距離制限という許可条件が、憲法22条1項に反しないか」と絞る
- 許可制の採用自体は必要かつ合理的として是認されうることを先に確認し、条件の適否は別に判断する枠組み(判決文の「個々の許可条件については、更に個別的に」の部分)を規範として示す
- 規制の目的を、法律の条文と立法の経緯から認定する。「消極目的だから厳しく」と結論を先に置かず、目的の内容そのものを書く
- 手段の審査を、適合性(目的に本当に役立つか)と必要性(より緩やかな手段はないか)に分け、拾う事実を書き分ける。適合性では危険の因果に根拠があるか、必要性では既存の行為規制や監視の強化で足りないか
判決文は「厳格な合理性の基準」「二重の基準」といった答案用語を使わず、比較考量を積み上げる書き方をしています。これらの呼び名は学説と答案実務による整理なので、判例の言葉として書かないほうが安全です。事案の流れ・憲法の答案の五段構成(権利の特定→保障→制約→審査基準→あてはめ)については、薬事法違憲判決をわかりやすくで通しで書いています。
なお、この判決は司法試験・予備試験の短答式で繰り返し問われています(制作時に確認できた範囲で、平成18年・24年・25年・29年、令和元年・4年・5年)。
動画で見る
この事件は「レイの法廷」第14話「百メートルの壁」として、商店街の申請から最高裁大法廷までを物語で追い、判決文の読み解きと答案の書き方まで通しで扱っています。
- 講義版(長編): https://youtu.be/Juv5_Qb2Tiw
- ショート版: https://youtube.com/shorts/_1T8Ty1Nc5w
- シリーズ一覧: レイの法廷
憲法上の権利を制約する側の主張をどう検査するかという骨格は、三菱樹脂事件の記事や堀越事件の記事でも扱っています。
よくある質問
Q. 薬事法距離制限違憲判決の争点は何だったのですか
薬局の開業許可の条件として距離制限(設置場所の配置の適正)を定めた薬事法6条2項・4項が、憲法22条1項に反しないかどうかです。薬局を許可制にすること自体は最高裁も是認しており、争点になったのは許可制そのものではなく、その中の一つの許可条件でした。
Q. なぜ距離制限だけが違憲になったのですか
判決文は、薬事法6条1項各号の条件(構造設備・薬剤師の数・申請者の欠格事由)は悪い薬が出回るのを防ぐ目的に直結するのに対し、2項の距離制限には「このような直接の関連性」がないと区別しました。そのうえで、距離制限を支える「競争の激化―経営の不安定―法規違反」という因果の鎖は「単なる観念上の想定にすぎず」として、必要性と合理性を認めませんでした。
Q. 一審で勝っているのに、なぜ最高裁まで争われたのですか
一審の勝訴理由は「処分時の許可基準で判断したのは違法」という手続の理由で、憲法判断には立ち入っていませんでした。二審でその判断が覆されて会社が負けたため、上告審では憲法22条1項違反が正面の争点になりました。最高裁は手続の主張は採用せず、法令違憲という別の理由で一審の結論を確定させています。
Q. 判決文の「消極的、警察的目的」とはどういう意味ですか
自由な営業活動から生まれる害(ここでは品質の悪い薬が出回ること)を防ぐ、取締りのための目的という意味です。判決文は距離制限を「主として国民の生命及び健康に対する危険の防止という消極的、警察的目的のための規制措置」と認定しました。経済政策として弱い業者を保護する「積極的な目的」の規制とは、求められる条件が変わってきます。
Q. いまも薬局に距離制限はあるのですか
薬事法の現在の名前である医薬品医療機器等法の5条「許可の基準」には、構造設備・業務を行う体制・申請者の欠格事由が定められており、「配置」「距離」「場所」という語は現れません(e-Gov法令検索で確認)。距離で開業を止める条件は、いまの薬局の許可基準には置かれていません。
この記事は判決文と条文にもとづく一般的な解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。動画・記事に登場する人物名はすべて仮名です。
出典: 最高裁判所大法廷判決 昭和50年4月30日(民集29巻4号572頁・courts.go.jp 判決全文PDF)/ 最高裁判所大法廷判決 昭和47年11月22日(刑集26巻9号586頁)/ 憲法22条1項・医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律5条(e-Gov法令検索)
この判例は、どの試験で問われるか
同じ事件が、試験ではどの科目で、どう問われるのか。試験のまとめには科目ごとの出題数と配点、 繰り返し問われる判例の判決本文への直リンクを載せています。登録は要りません。
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