「固定残業代込み」の給料なら、残業代はもう出ないのか ― 定額で払う残業代が認められる条件
求人票や雇用契約書に「月給30万円(固定残業代5万円を含む)」などと書かれているのを見たことはないでしょうか。この「固定残業代込み」という表示を見て、残業をどれだけしても追加の残業代は出ないと思い込んでいる人は少なくありません。結論から言うと、それは誤りです。固定残業代の仕組み自体は違法ではありませんが、有効と認められるには条件があり、条件を満たさない場合や、想定した時間を超えて残業した場合には、別途残業代を請求できます。この記事では、労働基準法37条の条文と、裁判所ウェブサイトの判例検索に収録された最高裁判決から、定額で払う残業代がどこまで有効なのかを整理します。

結論 ― 「対価性」と「判別できること」、そして「下回らないこと」
なぜそうなるのか ― 37条は「下回らない額」を義務づける強行規定
時間外労働に対する割増賃金について定める労働基準法37条1項は、次のように規定しています。
使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、
この後に続く部分で、通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内で、政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならないと定められています。つまり37条は、会社に対して「少なくともこの額は支払え」という最低基準を課す強行規定であり、会社と労働者がどのような合意をしても、この最低基準を下回る支払いにすることはできません。固定残業代という仕組みは、この最低基準を下回らない限りで、割増賃金の支払い方法を定額にすることを認めているにすぎないという位置づけになります。
実際にこう判断された裁判がある
あるタクシー会社の賃金規則には、乗務員の歩合給(売上高等の一定割合で計算する賃金)を算定するにあたり、残業手当等に相当する金額を、歩合給のもとになる金額からあらかじめ差し引く、という定めがありました。残業をすればその分の手当が別の名目で加算される一方で、計算の土台となる歩合給の側からは同じ金額が差し引かれるため、乗務員の受け取る総額は残業をしても実質的に増えない、という仕組みになっていたのです。
この賃金規則の定めについて、一審・二審は公序良俗に反して無効と判断するにとどまりました。これに対し、最高裁判所第三小法廷は、平成29年2月28日の判決で、それだけでは審理不足だとして、次のように述べています。
通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否かや,そのような判別をすることができる場合に,当該賃金規則に基づいて割増賃金として支払われた金額が同条その他の関係法令に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断すること
つまり最高裁は、賃金規則が社会常識に反するかどうかという話で終わらせず、①通常の賃金部分と割増賃金部分を区別できるか、②区別できる場合に、支払われた金額が法律の定める方法で算定した額を下回っていないか、という二段階で審理し直すよう命じたのです。この二段階の枠組みが、固定残業代が有効かどうかを判断するときの基本の型になっています。
差し戻した先でも、結論は「割増賃金を払ったとはいえない」
この事件は差し戻された後、最高裁判所第一小法廷が令和2年3月30日に、改めて判断を示しています。
歩合給の計算に当たり売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨の定めがある賃金規則に基づいてされた残業手当等の支払につき,時間外労働等に伴い発生する残業手当等の額がそのまま歩合給の減額につながり,歩合給が0円となることもあるなど判示の事情の下では,これにより労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたとはいえない。
ここで問題にされたのは、名目上は「割増賃金」として手当が支払われていても、残業をした分だけ歩合給の側が減ってしまい、場合によっては歩合給がゼロにまでなってしまう仕組みだった、という実質です。手当という名前がついていても、実際には通常の労働時間の賃金の一部を付け替えただけで、残業をした分の対価が追加で払われているとはいえない、と判断されたわけです。固定残業代が「固定残業代」という名目を持っているだけでは足りず、実質として残業の対価が確保されているかどうかが見られる、ということがこの判決からわかります。
自分の場合はどうなるのか(境界線)
以下は、条文と判決から読み取れる傾向の整理です。個別の事案の結論を断定するものではありません。
| 場面 | 残業代を別途請求できる可能性 |
|---|---|
| 雇用契約書に「固定残業代として時間外労働◯時間分、◯円」と明記され、何時間分の対価か分かる | 低い(対価性・判別可能性の条件を満たしやすい) |
| 「基本給30万円(残業代を含む)」とだけ書かれ、基本給のうち何円が残業代に当たるか分からない | 高い(判別できず、全額が通常の賃金と扱われるおそれがある) |
| 固定残業代で想定した時間を超えて残業したのに、超えた分の差額が払われていない | 高い(37条の下回らない額という義務に反するおそれがある) |
| 歩合給や手当の算定の中で、残業をした分だけ別の計算項目が減らされている | 高い(名目は手当でも実質の対価が確保されていないとされうる) |
受験生向けの一言
労働基準法37条は強行規定なので、会社と労働者がどのような特別の合意をしても、支払われる割増賃金の額が法定の計算結果を下回ることは許されません。この論点を答案で書くときは、①その定額が時間外労働等に対する対価として支払われる趣旨か(対価性)、②通常の賃金部分と割増賃金部分が判別できるか(明確区分性)、③判別できた場合に、支払われた額が法定の方法で算定した額を下回っていないか、という三段階に分けて検討する書き方が型になります。有給休暇の時季指定権が会社の承認を要件としないのと同じように、有給休暇を取る理由は、会社に言わなければならないのかで見た「法律が定める最低限・原則は、会社の運用や当事者の合意で縮められない」という構造が、この固定残業代の論点にも共通しています。
よくある質問
Q. 固定残業代という仕組み自体は違法ですか?
いいえ、違法ではありません。契約に基づいて定額の手当や基本給の一部を、時間外労働等に対する割増賃金の全部または一部として支払うこと自体は、労働基準法37条に反しません。重要なのは、その定額が何時間分の残業に対する対価かが明確で、実際の残業がそれを超えたときに差額を払う仕組みになっているかどうかです。
Q. 「基本給に残業代を含む」とだけ就業規則や契約書に書いてあれば問題ないですか?
基本給の中にいくら、何時間分の残業代として含まれているかが判別できない場合は、割増賃金を支払ったとは扱われないおそれがあります。基本給と残業代相当部分が区別できる書き方になっているかを確認する必要があります。
Q. 固定残業代で想定した時間を超えて残業した場合はどうなりますか?
超えた時間分については、別途、法律で定める方法により算定した割増賃金を支払う必要があります。固定額を払っているからそれ以上は一切不要、ということにはなりません。
Q. 固定残業代が無効だと分かったら、過去の分もさかのぼって請求できますか?
未払いの賃金には時効があり、さかのぼれる期間には限りがあります。心当たりがある場合は、早めに専門家へ相談することをお勧めします。
本記事は、裁判所ウェブサイトの判例検索に収録された判決と、e-Gov法令検索で確認した条文にもとづく一般的な情報であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。
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