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法律読了 約11分

開業を距離で止められるのは憲法違反か — いまも残る距離制限の地図

「近くに同じ業種の店があるから」という理由で開業を止める決まりは、それだけで憲法違反になるわけではありません。最高裁は、薬局の距離制限を憲法22条1項に違反して無効だと判断しました(最高裁判所大法廷 昭和50年4月30日判決・民集29巻4号572頁)。ところが同じ最高裁は、銭湯の距離制限を合憲とし、風俗案内所を学校などの敷地から200メートル以内で禁じる京都府の条例も合憲としています(最高裁判所第一小法廷 平成28年12月15日判決)。分かれ目は「距離で縛ったこと」そのものではなく、その距離が本当に必要だと言えるだけの事実があるかどうかでした。

開業を距離で止められるか — 違憲になった規制と、いまも残る規制

結論 — 決め手は「距離」ではなく「その距離が要る理由」

つまり、距離制限という形が一律に禁じられているわけではありません。裁判所が見たのは、その距離を引かなければ本当に困ったことが起きるのか、もっと軽い方法では足りないのか、という中身のほうでした。

なぜそうなるのか — 憲法22条1項のたった一行

出発点になる条文は、これだけです。

何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

「職業選択の自由」とありますが、最高裁はこれを、職業を選ぶ場面だけの自由とは読みませんでした。選んだ職業を実際に営む自由(営業の自由)まで含む、と述べています。だから、店を開く場所を国や自治体が決めてしまう規制も、この条文で審査されます。

同時に、条文には「公共の福祉に反しない限り」という留保が付いています。ここが、規制の側の足場です。職業は他人や社会と関わる活動なので、免許・許可・営業時間の制限など、さまざまな形で制約を受けます。問題は「制約してよいか」ではなく「どこまでなら制約してよいか」というところにあります。

実際にこう判断された裁判がある — 昭和38年、広島の商店街

昭和38年の初夏、広島県内でスーパーマーケットなどを経営していた会社が、自社の店舗の一角で医薬品を売りたいと考えました。申請は6月25日、受理は7月11日です。

ところが、受理されたその日の翌日から、改正された薬事法が動き始めます。薬局や医薬品販売業の許可に、「設置場所が配置の適正を欠かないこと」という条件が新しく加わったのです。具体的な基準は各県の条例に委ねられました。広島県の条例が定めた基準は、既存の薬局からおおむね100メートル。なお、この数値は判決文ではなく判例解説に記された事実です。

昭和39年1月27日、県知事は不許可の処分を出しました。理由は、近くに薬局があること。それだけです。

会社は処分の取消しを求めて争い、裁判は12年続きました。一審は会社の勝ち、二審は逆転して負け。そして最高裁判所大法廷は昭和50年4月30日、裁判官全員一致で二審の判決を破棄します。なお、一審(広島地方裁判所 昭和42年4月17日判決)と二審(広島高等裁判所 昭和43年7月30日判決)の内容は、最高裁の判決文ではなく判例解説によって確認したものです。本稿では最高裁の判決文で確かめられる範囲を中心に書いています。

国の側が挙げた理由は、こういう筋道でした。薬局が偏って増えれば競争が激しくなる、競争が激しくなれば経営が不安定になる、経営が苦しくなれば法律違反に手を出す、その結果として質の悪い薬が世に出る——。最高裁は、この鎖を事実のレベルで点検し、こう切りました。

競争の激化―経営の不安定―法規違反という因果関係に立つ不良医薬品の供給の危険が、薬局等の段階において、相当程度の規模で発生する可能性があるとすることは、単なる観念上の想定にすぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたい

つまり、「そうなるはずだ」という頭の中の想定であって、確かな裏づけがない、ということです。そのうえで最高裁は、薬の質を守るための罰則も、行政の監督も、すでに法律にあることを指摘しました。もっと軽い手段が現に用意されているのに、開業そのものを止める必要はない、という順序です。

薬局の開設等の許可基準の一つとして地域的制限を定めた薬事法六条二項、四項(これらを準用する同法二六条二項)は、不良医薬品の供給の防止等の目的のために必要かつ合理的な規制を定めたものということができないから、憲法二二条一項に違反し、無効である

これが薬事法違憲判決(薬局距離制限事件)です。法律の規定そのものを最高裁が憲法違反と断じた、戦後2例目の判決でした。判決の約2か月半後、薬事法の距離制限の規定は法律の改正によって削除されています。事案の流れと判決文の組み立ては、薬事法違憲判決をわかりやすくで判決文にそって追っています。

いまも生きている距離の規制 — 業種ごとの地図

では、距離で開業を縛る仕組みはこれで終わったのか。そうではありません。いまの法律と条例を並べると、こうなります。

何の営業かいまの根拠距離の基準最高裁の判断
銭湯(公衆浴場)公衆浴場法2条1項の都道府県知事の許可。配置の基準は都道府県などの条例(同条3項)条例が定める昭和30年1月26日の大法廷判決が合憲とし、平成元年1月20日の第二小法廷判決も合憲とした
風俗案内所京都府風俗案内所の規制に関する条例(平成22年京都府条例第22号)3条1項・16条1項1号学校・児童福祉施設等の敷地から200メートル以内は営業禁止平成28年12月15日の第一小法廷判決が合憲とした
小売市場小売商業調整特別措置法3条1項の許可制当時の大阪府の内規が距離の基準を定めていた昭和47年11月22日の大法廷判決が合憲とした
薬局医薬品医療機器等法4条1項の許可。許可を与えないことができる場合は同法5条(構造設備・業務体制・申請者の適格性)距離の基準は置かれていない昭和50年4月30日の大法廷判決が距離制限を違憲・無効とした
酒類の販売酒税法9条1項の販売業免許同法10条に距離の要件は無い平成4年12月15日の第三小法廷判決が免許制を合憲とした

見てのとおり、距離で開業を止める規制は、いまも現役です。

いちばん新しいのが風俗案内所の事件です。京都府の条例は、風俗案内所が原因で府民に著しく不安や不快を感じさせる行為などを規制し、青少年の健全な育成と安全で安心な生活環境の確保を目的として(1条)、学校や児童福祉施設等の敷地から200メートル以内での営業を禁じ(3条1項)、違反者に刑罰を科していました(16条1項1号)。最高裁は、この規制について次のように述べています(引用は判決文の表記のまま)。

本件条例3条1項及び16条1項1号の各規定は,憲法22条1項に違反するものではないと解するのが相当である。

理由は、青少年が多く利用する施設や、周辺の環境に特に配慮が必要な施設の敷地から一定の範囲で営業を禁じ、刑罰で担保することには「必要性,合理性がある」と言え、京都府議会がそう定めたことは合理的な裁量の範囲を超えない、というものでした。判決は薬局の事件ではなく、昭和36年2月15日と昭和47年11月22日の二つの大法廷判決を引いて結論を導いています。

一方で、酒類の販売は「距離で守られている」と誤解されがちですが、いまの酒税法10条に距離の要件はありません。近いのは、正当な理由なく取締り上不適当と認められる場所に販売場を設けようとする場合という定め(同条9号)くらいで、これは距離の物差しとは別のものです。

自分の場合はどうなるのか — 分かれ目の目安

ここまでを裏返すと、裁判所がどこを見てきたのかが見えてきます。個別の事案の結論は事実関係で変わるので断定はできませんが、相談すべきかどうかを考える目安にはなります。

見るところ規制が認められやすい方向規制が疑われやすい方向
何のための距離か青少年の育成や周辺の生活環境、社会経済政策のように、政策的な判断が必要なもの生命・健康への危険を防ぐためという理由だけを掲げているもの
危険の根拠その害が現に起きていると示せる「競争が激しくなれば悪いことが起きるはずだ」という筋道の説明にとどまる
ほかの手段ほかのやり方では目的を達しないと言える罰則・立入検査・品質の基準などが既にあり、そちらで足りる
止まる範囲営業のやり方や表示を縛るにとどまるその場所では開業そのものができなくなる

薬局の事件が特別だったのは、左の欄に並ぶ支えが一つも残らなかったことです。目的は安全の確保だと国が説明し、最高裁もその目的自体は正面から否定しませんでした。崩れたのは、その目的と距離制限をつなぐ事実のほうです。

逆に、風俗案内所の条例は右の欄にほとんど当てはまりません。目的は青少年の育成と生活環境で、禁じられるのは限られた区域だけ。ここが結論を分けました。

なお、「消極目的(生命・健康を守るため)なら厳しく、積極目的(社会経済政策)なら緩やかに審査する」という説明を見かけることがあります。これは学説と答案実務が判例を整理するために使っている呼び名で、判決文に書かれた言葉ではありません。この整理がどこまで判例の読み方として正確かについては議論があり、規制目的二分論への批判で判決文を並べて検討しています。

自分の開業が距離の基準で止められた、あるいは止められそうだという場面では、まずどの法律・どの条例の、どの条文が根拠になっているかを確かめるところからになります。そのうえで争うかどうかは、事実関係と手続の期限が絡むため、弁護士など専門家に相談するのが確実です。薬局の事件も、不許可という行政処分の取消しを求める訴訟として争われました。

動画で見る

この薬局の事件は、YouTube チャンネル「レイの法廷」の第14話として映像化しています。

シリーズの一覧と各話のリンクはレイの法廷にまとめています。

よくある質問

Q. 近くに同じ業種の店があるという理由で、開業を断られることはありますか

業種によってはあります。公衆浴場法は、設置の場所が配置の適正を欠くと認めるときは許可を与えないことができると定め、その配置の基準を都道府県などの条例に委ねています。風俗案内所のように、条例が距離を定めて営業そのものを禁じている例もあります。一方、薬局や酒類の販売については、いまの法律に距離の基準は置かれていません。

Q. 距離で開業を制限する決まりは、憲法違反ではないのですか

距離制限という形だけで違憲になるわけではありません。最高裁は昭和30年1月26日の大法廷判決で銭湯の距離制限を合憲とし、平成28年12月15日の第一小法廷判決でも風俗案内所の200メートル規制を憲法22条1項に違反しないとしています。違憲とされた薬局の事件で問題になったのは、その距離制限を支える事実が確かめられなかった点でした。

Q. 薬局にはいまも距離の制限がありますか

ありません。昭和50年4月30日の大法廷判決が距離制限の規定を無効とし、その後の法律の改正で規定そのものが削除されました。いまの医薬品医療機器等法は、4条1項で薬局の開設を都道府県知事等の許可にかけ、5条で許可を与えないことができる場合として構造設備・業務体制・申請者の適格性を挙げています。距離に関する基準は出てきません。

Q. 条例でも、開業を距離で禁止できるのですか

判決の上ではできる場合があります。平成28年12月15日の第一小法廷判決は、京都府の条例が学校等の敷地から200メートル以内で風俗案内所の営業を禁じ、違反に刑罰を科していたことについて、憲法22条1項に違反しないとしました。ただしこれは、その条例の目的と規制の範囲を前提にした判断です。条例だから当然に許されるという話ではありません。

Q. 距離の基準で不許可になったとき、どうすればよいですか

一般論として、行政の処分に不服がある場合は、その取消しを求めて争う道があります。薬局の事件も、不許可処分の取消しを求める訴訟でした。もっとも、手続には期限があり、結論は事実関係によって大きく変わります。具体的にどうするかは、早い段階で弁護士に相談してください。


この記事は判決文と条文にもとづく一般的な解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。動画に登場する人物名はすべて仮名です。

出典: 日本国憲法22条(e-Gov法令検索)/ 公衆浴場法2条(同)/ 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律4条・5条(同)/ 酒税法9条・10条(同)/ 最高裁判所大法廷判決 昭和50年4月30日(民集29巻4号572頁)/ 同 昭和47年11月22日(刑集26巻9号586頁)/ 同 昭和30年1月26日(刑集9巻1号89頁)/ 最高裁判所第一小法廷判決 平成28年12月15日(平成27年(行ツ)第211号・風俗案内所営業権確認等請求事件)/ 最高裁判所第二小法廷判決 平成元年1月20日(刑集43巻1号1頁)/ 最高裁判所第三小法廷判決 平成4年12月15日(民集46巻9号2829頁)

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#レイの法廷#判例#憲法#職業選択の自由

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