誤想過剰防衛の答案の書き方 — 事実の錯誤・責任故意・36条2項の3つの分岐
誤想過剰防衛とは、現実には存在しない急迫不正の侵害があると誤信し、しかも誤信した侵害に対する行為が防衛手段として相当な程度を超えた場合をいいます。最高裁判所は昭和62年3月26日の決定(刑集41巻2号182頁)で、この場合に傷害致死罪の成立を認めたうえ、刑法36条2項により刑を減軽した原判断を「正当である」としました。答案が崩れるのは、罪が成立するかどうかと、刑をどうするかが、別々の段階で決まるからです。この記事では、答案がどこで分岐するのかを、実際に書く文言の形で整理します。

誤想過剰防衛とは — 定義
誤想過剰防衛とは、急迫不正の侵害が存在しないのにあると誤信し、その誤信した侵害に対する行為が防衛手段としての相当性を超えている場合をいいます。
出発点の条文は刑法36条です。
急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。(1項)
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防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。(2項)
1項の「やむを得ずにした行為」が、防衛手段としての相当性と解されています。相当性だけを欠いた場合が2項の過剰防衛です。これに対し、そもそも侵害が無かった場合は、罪を犯す意思を問題にする刑法38条(新しいタブで開く)1項の側で処理されます。
罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。(刑法38条1項)
勘違いと、やりすぎ。この2つが重なった場面が誤想過剰防衛です。
なぜ答案で迷うのか
理由は1つに絞れます。36条2項が「防衛の程度を超えた行為」としか書いておらず、侵害が現実にあることを当然の前提にしているからです。
侵害が誤信にすぎない以上、条文の文言をそのまま当てはめれば、2項の場面ではありません。しかし行為者がパニックのなかで反撃したという点は、本物の過剰防衛と変わらない。ここで、①故意をどう扱うか、②36条2項を及ぼせるか、という2つの問いが同時に立ち上がります。
答案が沈むのは、この2つを1つの問いとして書いてしまうときです。「勘違いだから無罪」と書くと、どの段階のどの要素が欠けるのかを示せません。
第1の分岐 — 事実の錯誤か、違法性の錯誤か
最初に振り分けるのは、行為者が何を誤信したかです。
侵害があると誤信した場合は、違法性阻却事由の前提となる事実についての誤信です。目の前の事実そのものの認識が食い違っているので、事実の錯誤として、故意が否定される方向に進みます。
侵害が無いことは分かっていたが、やってよいと思っていた場合は、事実は正しく認識したうえで評価を誤ったにすぎません。これは法律の錯誤の問題で、刑法38条3項は「法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない」と定めています。故意は原則として消えません。
答案では、規範に入る前にこの振り分けを一文で済ませます。
甲は、乙が自己に殴りかかってくると誤信して本件行為に及んでいる。これは正当防衛の前提となる事実についての誤信であり、違法性の評価を誤ったものではないから、事実の錯誤として検討する。
錯誤の種類ごとの扱いは、「知らなかった」で罪は軽くなるのかで条文ごとに整理しています。
第2の分岐 — 責任故意が消えるか
次が本題です。侵害を誤信していたのに、なぜ故意犯が成立するのか。
分かれ目は、過剰性を基礎づける事実を認識していたかどうかです。誤信した侵害を前提にしても手段がやりすぎだったとき、そのやりすぎを基礎づける事実(相手が素手であること、自分の攻撃がどれほど危険かなど)を分かっていたなら、行為者は踏みとどまる手がかりを持っていたことになります。この場合に責任故意は否定されない、というのが一般的な整理です。
逆に、その認識すら無ければ、誤想防衛と同じく故意が否定される方向に進みます。この一段を書き分けられるかどうかが、誤想防衛と誤想過剰防衛の境目です。
答案に落とすと、次のような形になります。
違法性阻却事由の前提事実についての錯誤は、事実の錯誤として責任故意を阻却する。もっとも、行為者が過剰性を基礎づける事実を認識している場合には、自己の行為が許される限度を超えることを知りうる状態にあったといえるから、責任故意は阻却されない。
ここで注意が要ります。最高裁の決定は、責任故意についての一般論を述べていません。決定が述べたのは、後に引く相当性の逸脱と、36条2項による刑の減軽を正当とした点までです。答案で規範を立てるときは、判例が言ったことと、学説が組み立てた説明とを混ぜないでください。
第3の分岐 — 36条2項をどう使うか
最後が刑の処理です。昭和62年決定の判断部分を、決定文のまま引きます。
本件回し蹴り行為は、被告人が誤信したBによる急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱していることが明らかであるとし、被告人の所為について傷害致死罪が成立し、いわゆる誤想過剰防衛に当たるとして刑法三六条二項により刑を減軽した原判断は、正当である
つまり、誤信した侵害を前提にしてもなお手段がやりすぎだったので罪は成立し、刑だけが36条2項で軽くなったということです。書誌は裁判所の判例検索(新しいタブで開く)で、全文は決定文のPDF(新しいタブで開く)で読めます。
細かいようですが、答案に効く点を1つ。決定文は「刑法三六条二項により」と書いており、「準用」という語を使っていません。講学上は、現実の侵害が無い以上は直接適用できないとして準用と説明されることが多い場面です。答案では「36条2項を準用して」と書いても構いませんが、それが判例の言葉だとは書かないでおくほうが安全です。
判例が積み上げたルール
| 裁判所・年月日 | 事件 | 示されたこと |
|---|---|---|
| 最高裁判所第一小法廷 昭和62年3月26日 決定(昭和59年(あ)第1699号・傷害致死・刑集41巻2号182頁) | 介抱されていた場面を暴行と誤解し、身を守ろうと構えた相手に空手技の回し蹴りを当て、8日後に死亡させた事件 | 判示事項は「傷害致死につき誤想過剰防衛であるとされた事例」。相当性の逸脱が明らかだとして傷害致死罪の成立を認め、36条2項により刑を減軽した原判断を正当とした |
| 最高裁判所第二小法廷 昭和41年7月7日 決定(昭和40年(あ)第1998号・刑集20巻6号554頁) | 昭和62年決定が末尾で引用する先例 | 昭和62年決定は、この決定を「参照」として引いたうえで同じ処理を維持した |
昭和41年決定は、昭和62年決定の決定文に事件番号・判例集の巻号頁まで記載されているため、存在と書誌は一次資料で確認できます。ただしこの決定自体は裁判所の判例検索で見つけられませんでした。中身を答案や記事で使うときは、別の資料で裏を取ってください。
昭和62年決定の下級審についても同じ注意が要ります。一審は無罪、控訴審は有罪としたと伝えられていますが、本件の下級審裁判例は裁判所の判例検索に収録されていません。決定文から確実に言えるのは、原判断が傷害致死罪の成立を認め、36条2項により刑を減軽したことまでです。
事案そのものを詳しく追いたい場合は、勘違い騎士道事件の記事で決定文の認定に沿って説明しています。やりすぎの線引き自体は正当防衛はどこまでやったら「やりすぎ」かにまとめました。
学説の見取り図
36条2項が刑を軽くできる根拠をどこに見るかで、誤想の場合に同項を及ぼせるかの結論が動きます。
| 立場 | 刑の減免の根拠 | 誤想の場合の帰結 | 議論が残る点 |
|---|---|---|---|
| 違法減少説 | 不正の侵害者に対する法益保護の必要が減っていること | 現実の侵害が無い誤想の場面には及ぼしにくい | 判例が誤想の場面でも減軽を認めている事実との折り合い |
| 責任減少説 | 緊急状況で適法な行為を期待しにくいこと | 恐怖や驚きは誤想でも変わらないので及ぼせる | 違法性の側の事情を量刑から外してよいか |
| 併用説(違法・責任減少説) | 上の2つを併せたもの | どちらを重く見るかで結論が動く | 2つの要素の優劣をどう決めるか |
| 準用を否定する立場 | — | 誤想が重なるほど刑が軽くなる逆転が起きるとして、準用に否定的 | 本物の過剰防衛との均衡をどう説明するか |
準用を否定する立場は、現在も主張されています(たとえば杉山博亮弁護士の論考(新しいタブで開く))。
以上は学説の整理であり、判例がどれかの説を採ったことを意味しません。昭和62年決定は、学説の名前を一言も挙げていないからです。
結論が分かれる具体例
同じ「勘違い」でも、どこが違うと結論が動くのかを3つ並べます。
①誤信した侵害を前提にしても、やりすぎだった場合。昭和62年決定の事案です。相手は素手で胸の前に手を上げただけでした。これに空手技の回し蹴りを顔面へ当てた点が、相当性の逸脱と評価されています。罪は成立し、刑が減軽されました。
②誤信した侵害を前提にすれば相当な範囲だった場合。この場合は誤想防衛の問題にとどまり、事実の錯誤として故意が否定される方向に進みます。誤信したこと自体に不注意があれば、過失犯の規定がある範囲で過失犯が残ります。
③途中から事情が変わった場合。令和2年予備試験の刑法は、相手が取り出したスマートフォンをスタンガンと勘違いして殴り、その後に相手が意識を失ったことを認識しながら、怒りから腹部を蹴ったという事案でした。法務省が公表した出題趣旨(新しいタブで開く)は「誤想防衛又は誤想過剰防衛の処理が問題になる」としたうえで、第1暴行と第2暴行の関係を踏まえて擬律を判断する必要があるとしています。勘違いが続いているかどうかを、行為ごとに区切って見るという指示です。
答案の型
- 何罪の成否を検討するのかを一文で示す。「甲が乙の顔面を蹴った行為につき、傷害致死罪(刑法205条)の成否を検討する」
- 構成要件該当性。行為・結果・因果関係を確認し、故意は「相手に打撃を加える」という事実の認識で足りると押さえる
- 違法性。現実に急迫不正の侵害が無い以上、正当防衛(36条1項)は成立せず、違法性は阻却されないと述べる
- 錯誤の振り分け。何を誤信したのかを事実で特定し、事実の錯誤として検討することを明示する
- 責任故意の規範を立て、過剰性を基礎づける事実の認識があったかを、問題文の事実を挙げて当てはめる
- 刑の処理。36条2項を直接適用できない理由を述べたうえで、同項により(準用して)刑を減軽しうると結ぶ
当てはめで拾うべき事実の種類は、だいたい決まっています。相手が何を持っていたか(素手か、凶器か)、行為者の攻撃力(体格・技能)、攻撃が向かった部位、誤信のきっかけになった相手の動作、誤信が続いていた時間です。昭和62年決定で効いたのは、このうち「素手で構えただけ」と「空手技の回し蹴りを顔面へ」の2点でした。
事実を挙げただけで止めず、その事実が要件の何を満たすのかを必ず一言添えてください。この作法はあてはめは「事実→評価」の対で書くで詳しく書いています。逆に、阻却事由をうかがわせる事情が無いのに違法性・責任を長々と論じるのは逆効果です(構成要件に該当したら、原則として違法で有責)。
出題では何が問われてきたか
論文式では、この論点が正面から2回問われています。平成27年司法試験の刑事系第1問は、かばんを取り違えた相手を窃盗犯人と誤解して奪い返し、傷害を負わせた事案でした。法務省の出題趣旨(新しいタブで開く)は「甲の行為が過剰性を有する場合、誤想過剰防衛ないし誤想過剰自救行為となる」として、相当性・必要性を「問題文にある具体的な事実を挙げて検討すること」を求めています。
同年の採点実感(新しいタブで開く)も、誤想防衛ないし誤想過剰防衛について必要性・相当性に触れて結論を出した答案が多かったと述べています。もう1回が、先に触れた令和2年予備試験です。
正当防衛まわりに広げると、司法試験の論文式だけでも平成29年(新しいタブで開く)・令和元年(新しいタブで開く)・令和4年(新しいタブで開く)・令和6年(新しいタブで開く)と繰り返し問われています。いずれも法務省が公表した出題趣旨で確認できる範囲です。
動画で見る
この事件は「レイの法廷」の第2話で扱っています。事件の夜から最高裁の判断までを、物語と図解で追う回です。
- 講義版: 人助けのつもりが、罪になった夜(新しいタブで開く)
- ショート版: 人助けで、懲役刑になった夜(新しいタブで開く)
- 各話の一覧: レイの法廷
よくある質問
Q. 誤想防衛と誤想過剰防衛は、答案のどこで分かれるのですか?
誤信した侵害を前提にしたときに、手段が相当な範囲にとどまるかどうかで分かれます。とどまれば誤想防衛として故意が否定される方向に進み、超えていれば誤想過剰防衛として、過剰性を基礎づける事実の認識があったかを次に検討します。
Q. 36条2項は「準用」と書くべきですか、「適用」と書くべきですか?
昭和62年決定は「刑法三六条二項により刑を減軽した原判断は、正当である」と述べるだけで、どちらの語も使っていません。講学上は、現実の侵害が無いため直接適用はできないとして準用と説明されることが多く、答案でそう書くことは一般的です。ただし、それが判例の表現だとは書かないほうが安全です。
Q. 誤信したこと自体に不注意があった場合は、どう書けばよいですか?
故意が否定された場合でも、過失犯の規定がある範囲では過失犯の成否が残ります。刑法38条1項ただし書が「法律に特別の規定がある場合」に限って処罰を認めているので、検討する罪に過失犯の処罰規定があるかを先に確認してください。
Q. 誤想過剰防衛は、刑が免除されることもあるのですか?
刑法36条2項は「その刑を減軽し、又は免除することができる」と定めているので、条文のうえでは免除もあり得ます。もっとも昭和62年決定の事案では、原判断が減軽にとどめ、最高裁はそれを正当としました。
Q. 学説のどれを答案で採ればよいのですか?
どれを採っても、根拠と帰結が結びついていれば答案としては成り立ちます。平成27年司法試験の採点実感が重く見ているのは説の選択ではなく、必要性・相当性について問題文の具体的な事実を挙げて検討できているかどうかです。
本記事は、公開されている判決文・決定文および法務省が公表した出題趣旨・採点実感にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。関連する動画では当事者を仮名にし、決定文の事実を基に物語として再構成しています。
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#レイの法廷#判例#刑法#誤想過剰防衛
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