間接正犯と共謀共同正犯の違い — 分かれ目は「意思の抑圧」
他人に犯罪をやらせた人を、刑法は二通りに扱います。その他人を「道具」として使ったとみるのが間接正犯、その他人と「一緒にやった」とみるのが共謀共同正犯です。二つを分ける鍵は、使われた側の年齢や善悪の判断力ではありません。最高裁判所第一小法廷は昭和58年9月21日の決定(刑集37巻7号1070頁)で、畏怖(いふ・おそれて縮むこと)して意思を抑圧されている者を利用したときは間接正犯が成立すると述べました。逆に、指示が意思を抑圧する程度に至っていなければ、使われた側も犯罪の主体として扱われ、共謀共同正犯や教唆の問題になります。この記事は、その分水嶺(ぶんすいれい・水が左右に分かれる境目)を決定文と条文から組み立て直します。

間接正犯と共謀共同正犯の違い — 一文でいうと
間接正犯とは、他人を自分の犯罪を実現する道具として利用し、自ら実行したのと同じに評価される正犯をいいます。共謀共同正犯とは、実行行為を分担していない者が、共謀にもとづいて他人が行った犯罪について正犯とされる扱いをいいます。
違いは「使われた側をどう位置づけるか」に出ます。間接正犯では、使われた側は犯罪の主体ではありません。その人の体が動いた結果は、使った側の行為として数えられます。
共謀共同正犯では、使われた側も犯罪の主体です。二人は同じ一つの犯罪を共同して実現した関係になり、刑法60条が「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。」と定めるところに乗ります。
間接正犯
- 使われた側は「道具」。犯罪の主体ではない
- 使われた側の意思が抑圧されている
- 条文に直接の根拠はなく、解釈で認められている
- 使った側は「自ら実行した者」として正犯
- 最高裁昭和58年9月21日決定がこの型を認めた
共謀共同正犯
- 使われた側も犯罪の主体。一つの犯罪を共同する
- 使われた側の意思は抑圧されていない
- 刑法60条が根拠
- 双方が正犯。ただし14歳未満は41条で罰しない
- 最高裁平成13年10月25日決定がこの型を認めた
なぜ争いになるのか — 刑の枠は同じなのに争う理由
条文を並べると、不思議に見えます。刑法61条1項は「人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。」と定めています。そそのかした人にも正犯と同じ刑の枠が用意されているのです。
それでも争いになるのは、刑の枠ではなく犯罪の骨組みが違うからです。教唆は、他人の犯罪を横から作り出す罪であり、主役は実行した本人です。間接正犯は、その犯罪の主役そのものです。裁判所がどちらかを確定することは、非難の中身を確定することでもあります。
そして、他人を使った事件にはもう一つの事情が重なります。刑法41条は「十四歳に満たない者の行為は、罰しない。」と定めています。実行した子ども自身が罰せられない場面で、命じた大人をどう捕まえるのかという問いが立ち上がります。
なお、使った相手が罰せられないこと自体は、共犯を妨げません。共犯が成立するには、実行者の行為が犯罪の型に当てはまり違法であれば足りるという整理(学説では制限従属性説と呼ばれます)が、現在は一般的です。だからこそ「教唆で足りるのか、それとも正犯なのか」が、真正面からの争点になります。
判例が積み上げたルール
決定文が実際に述べたことだけを並べます。射程を広げた読み方は、後の「学説の見取り図」と分けて書きます。
| 年月日 | 裁判所・種別 | 事件 | 決定が示したこと | 判例集 |
|---|---|---|---|---|
| 昭和58年9月21日 | 最高裁判所第一小法廷・決定(昭和58年(あ)第537号 窃盗被告事件) | 当時12歳の養女に巡礼先での窃盗を命じた事件 | 是非善悪の判断能力があっても、畏怖し意思を抑圧されている者を利用したときは窃盗の間接正犯が成立する | 刑集37巻7号1070頁 |
| 平成13年10月25日 | 最高裁判所・決定 | 12歳10か月の長男に強盗を指示した事件 | 指示が意思を抑圧する程度に至らない場合は間接正犯を否定し、刑事未成年の子との共謀共同正犯を認めた(下記のとおり原文未確認) | 刑集55巻6号519頁 |
| 平成16年1月20日 | 最高裁判所第三小法廷・決定 | 被害者に車ごと海へ飛び込むよう命じた事件 | 命令に応じる以外の行為を選択できない精神状態に陥らせて危険な行為に及ばせた行為は、殺人罪の実行行為にあたる | 刑集58巻1号1頁 |
昭和58年決定は何と言ったか
決定文の核心は、次の一文です。原文は歴史的仮名遣い(「行つた」など)で書かれているので、そのまま引用します。
被告人が、自己の日頃の言動に畏怖し意思を抑圧されている同女を利用して右各窃盗を行つたと認められるのであるから、たとえ所論のように同女が是非善悪の判断能力を有する者であつたとしても、被告人については本件各窃盗の間接正犯が成立すると認めるべきである。
つまり、善悪が分かっていたかどうかは決め手ではないということです。決め手は、逆らうという選択が事実の上で押し潰されていたかどうかです。
決定は、その前提となる事実も認定しています。被告人は当時12歳の養女を連れて四国を巡礼中、「日頃被告人の言動に逆らう素振りを見せる都度顔面にタバコの火を押しつけたりドライバーで顔をこすつたりするなどの暴行を加えて自己の意のままに従わせていた」うえで、窃盗を命じて行わせていました。
弁護人の主張は、理屈としては通っていました。少女は盗みが悪事だと分かっており、命令は意思を完全に奪うほどのものではないから、実行したのは少女であって、被告人は教唆にとどまる——という組み立てです。最高裁は上告を棄却し、裁判官全員一致で間接正犯の成立を認めました。事案と事実関係の詳細は、12歳の養女に盗ませた養父の間接正犯を扱った記事にまとめています。
同じ12歳でも結論が逆になった — 平成13年決定
約18年後、最高裁は同じ「刑事未成年の利用」で逆の結論を出しました。母親が12歳10か月の長男に強盗を指示して実行させた事件です。
この決定は、間接正犯を否定し、母親に長男との共謀共同正犯を認めたと整理されています。長男には当時是非弁別の能力があり、母親の指示命令は長男の意思を抑圧するに足る程度のものではなく、長男は自らの意思で強盗の実行を決意したうえで臨機応変に対処して完遂した、という評価によるものです。
ここで出典について一つお断りします。この平成13年10月25日決定は、裁判所の裁判例検索(courts.go.jp)で原文を確認することができませんでした。上の内容は判例解説にもとづく要約であり、決定文そのものの引用ではありません。答案や論文で引用する場合は、判例集(刑集55巻6号519頁)で原文を確認してください。
二つを並べると、線がはっきりします。年齢や善悪の判断力ではなく、意思の抑圧があったかどうかが分かれ目です。抑圧があれば使った側の間接正犯、抑圧がなければ子ども自身の犯罪を前提に共謀共同正犯や教唆を検討する、という順番になります。
ただし、この「まとめ方」自体は、どちらの決定文にも書かれていません。二つの決定を並べた学説・実務の整理です。決定が述べたことと、整理して作られた規範は、層が違うものとして扱ってください。
学説の見取り図
まず前提として、間接正犯には条文の直接の根拠がありません。刑法は60条から62条までで共同正犯・教唆・幇助を定めていますが、「他人を道具として使った者」を正犯とする規定は置いていません。それでも自ら実行する正犯と同様に扱ってよいと、解釈上広く認められています。
道具理論は、他人の行為を自己の犯罪実現のための道具として利用した点をとらえ、直接正犯と同視する説明です。ほかに、犯罪の経過を手中に収めていたことを重くみる行為支配による説明や、使われた側が「やってはいけない」と踏みとどまる壁(規範的障害)として機能していなかったことを重くみる説明があります。帰結はおおむね重なりますが、どこを決定的な要素とみるかが違い、境界事例で結論が動きます。
歴史的な背景もあります。かつて共犯の成立には実行者の行為が有責であること(責任能力があること)まで必要だと考えられていた時代には、間接正犯は「子どもや責任無能力者を使った場合に処罰できなくなる穴を埋める理屈」として理解されていました。制限従属性説が通説化して穴が消えた後は、間接正犯を含む正犯の成立範囲そのものを先に画すべきだという考え方が主流になっています。
もう一点、答案で落としやすい前提があります。刑事未成年であることは、それだけでは間接正犯の理由になりません。刑法41条は政策的な考慮から年齢を基準に一律に線を引いたもので、14歳未満のなかには是非弁別の能力を備えた人も含まれます。だから、使われた側が具体的にどういう状況に置かれていたかを、個別に見る必要があります。
以上は学説の整理であり、判例がどれかの説を採ったことを意味しません。
結論が分かれる具体例
同じ「大人が子どもに盗みをさせた」形でも、事実の重なり方で答えが動きます。次の3つは、上の2つの決定が示した要素を組み替えたものです。個別の事案への当てはめを断定するものではありません。
第一に、日頃から暴行を繰り返し、学校にも行かせず、ほかに頼れる人のいない状態で命じた場合です。昭和58年決定が認めた要素がそろっており、意思の抑圧が認められやすい形になります。
第二に、同居する親が一度だけ「これを取ってきて」と言い、子どもが自分で店と時間を選んで実行した場合です。指示が抑圧の程度に達しておらず、子どもが主体的に実行しているので、平成13年決定に近い形になります。
第三に、暴力はないが、生活費も居場所も握られていて、断れば行き場を失う関係にあった場合です。ここが最も難しい境界です。昭和58年決定の事案でも、少女は抵抗がまったく不可能な絶対的強制の下にあったわけではなく、意思決定の自由はわずかに残っていたと評価されています。それでも抑圧が認められたのは、幼さ・旅の途上での孤立・生活まるごとの依存という事情が重なっていたからだと整理されています。暴力の強さだけを見ないという着眼点が、ここで効いてきます。
答案の型 — 要素に分解する
間接正犯は、司法試験・予備試験で問われ続けている論点です。とくに「大人が子どもに盗みをさせる」型は、昭和58年決定と平成13年決定の対比がそのまま問題になります。窃盗罪(刑法235条)を例に、書く順番を並べます。
- 設問を特定する。「命じた者に何罪が成立するか」。候補は窃盗罪の正犯(間接正犯)か、窃盗罪の教唆犯かの二つだと示す
- 条文で枠を立てる。刑法235条は「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定める。「窃取」とは占有者の意思に反して財物の占有を移すことをいう
- 原則を書く。財物を現実に持ち出したのは子どもであり、命じた者は窃取行為を直接には行っていない。原則としては教唆の枠に収まるように見える
- 本件の特殊性を出す。実行者が刑事未成年であり、かつ日頃の暴行に畏怖して意思を抑圧された状態で命じられるままに動いていた
- 問題提起する。他人を利用して犯罪を実現した者を正犯と評価できるのは、どのような場合か
- 規範を理由から立てる。正犯とは自己の犯罪を実現する者である。利用された他人が「やってはいけない」と踏みとどまる壁として機能せず、利用者の意のままに動く道具となっているなら、利用者は他人の体を使って自分の犯罪を実現したと評価できる。そこで、①被利用者の意思が抑圧されており、②利用者がそれを自己の犯罪の実現のために利用したときは、正犯性が認められる
- あてはめを要素ごとに行う。①では年齢・生活上の依存・逃げ場のなさ・暴行の反復と畏怖を拾う。②では命じた回数と、得た財物を自分のものにしたことを拾う
- 結論を書き、裏の筋も一言添える。抑圧が認められなければ、平成13年決定のように共謀共同正犯や教唆犯の成立を検討することになる
書き方の注意が一つあります。昭和58年決定そのものは「意思を抑圧されている同女を利用して」と事案に即して端的に述べるだけで、道具理論のような一般論を書いていません。答案で使う規範は、判例の判断を学説の整理で規範化したものです。「判例が道具理論を採用した」とは書かないでください。
条文から評価へ橋を架ける書き方そのものは、刑法の答案で事実から評価へ進む順番にまとめています。判例の言葉をどこまで一般化して使えるかという問題は、判例の射程とは何かも参考にしてください。
関連する判例
間接正犯の広がりとして、最高裁判所第三小法廷は平成16年1月20日の決定(刑集58巻1号1頁)で、被害者自身を利用した型を扱っています。被告人が女性客を「被告人の命令に応じて車ごと海中に飛び込む以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせていた」として、被害者に命令して車ごと海に転落させた行為は殺人罪の実行行為にあたるとしました。道具にされるのは第三者だけではない、という広がりです。
間接正犯の実行の着手をいつと見るかは、別の論点になります。実行の着手そのものの考え方は、クロロホルム事件と実行の着手で扱っています。
動画で見る
この論点は、「レイの法廷」第15話で物語として扱っています。
- 長編(解説つき): 盗みを命じられた子|間接正犯と意思の抑圧(新しいタブで開く)
- ショート版: 盗みを命じられた子(新しいタブで開く)
ほかの回はレイの法廷の各話一覧にまとめています。
よくある質問
Q. 間接正犯と共謀共同正犯では、どちらが重く処罰されるのですか?
どちらも正犯として扱われるので、適用される罪の法定刑の枠は変わりません。刑法60条は共同して実行した者を「すべて正犯とする」と定めており、61条1項は教唆した者にも「正犯の刑を科する」と定めています。違いは刑の枠ではなく、その人がその犯罪の主役として扱われるかどうかという評価の中身です。
Q. 14歳未満の人を使えば、いつも間接正犯になるのですか?
いいえ。刑法41条は年齢を基準に一律に線を引いたもので、14歳未満のなかにも善悪を判断できる人はいます。昭和58年決定と平成13年決定を並べると、意思の抑圧があれば間接正犯、なければ共謀共同正犯や教唆を検討するという整理になります。年齢だけで自動的に決まるわけではありません。
Q. 「意思の抑圧」は、抵抗がまったくできないほど強くないと認められないのですか?
昭和58年決定の事案では、少女は絶対的強制の下にあったわけではなく、意思決定の自由がわずかに残っていたと評価されています。それでも抑圧が認められました。暴力の強さだけでなく、幼さ・孤立・生活上の依存といった事情を重ね合わせて判断されている、と整理されています。
Q. 間接正犯の実行の着手は、いつになりますか?
命じた時点か、道具が動いた時点か、危険が相手に届いた時点かで、考え方が分かれます。大審院大正7年11月16日の判決(毒を混ぜた砂糖を贈り物に装って郵送した事件)は、相手方が受け取って食べられる状態に置かれた時点で着手を認めたものと理解されています。ただし大審院の判決は裁判所の裁判例検索に収録されておらず、この記事では原文を確認できていないため、要約にとどめます。
Q. 答案に「道具理論」と書いてよいのですか?
書いてかまいませんが、学説の整理として書いてください。昭和58年決定の決定文には学説の名前が出てこないため、「判例が道具理論を採用した」と書くと、判例が述べていないことを判例の名で書くことになります。
この記事は判例と条文の一般的な解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。当事者の氏名は決定文でも匿名化されており、動画では仮名を用いています。引用した決定文と条文は、裁判所の裁判例検索(courts.go.jp)および e-Gov 法令検索で確認できた文言にもとづきます。
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#レイの法廷#判例#刑法#間接正犯
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