死者の物を盗んだら何罪になるか — 強盗殺人罪・窃盗罪・占有離脱物横領罪の分かれ目
死者の物を盗んだら何罪になるか。答えは一つではなく、誰が取ったのかといつ「取ろう」と思ったのかで三つに分かれます。殺した本人が殺害の直後、その現場で奪えば窃盗罪(刑法235条)、はじめから奪うつもりで殺していれば強盗殺人罪(刑法240条)、殺害と無関係の第三者が持ち去れば占有離脱物横領罪(刑法254条)です。この真ん中の答えを示したのが、最高裁判所第二小法廷 昭和41年4月8日判決でした。

三つの型 — 罪名を分けるのは「いつ取ろうと思ったか」
まず全体の地図を見てください。同じ「死んだ人の物を取る」行為でも、行為者と意思の生まれた時点が違えば、罪名も刑の重さもまったく変わります。
| 型 | どんな場合か | 罪名 | 条文 | 法定刑 |
|---|---|---|---|---|
| ① | はじめから財物を奪うつもりで殺した | 強盗殺人罪 | 刑法240条 | 死刑または無期拘禁刑 |
| ② | 殺した後に「取ろう」という意思が生まれ、直後・その現場で奪った | 窃盗罪 | 刑法235条 | 10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 |
| ③ | 殺害に関与していない第三者が、死者の所持品を持ち去った | 占有離脱物横領罪 | 刑法254条 | 1年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金もしくは科料 |
この三分類は学説による整理であり、判決文そのものがこの呼び名を使っているわけではありません。ただ、裁判所が実際に引いた線を理解するには便利な地図です。
とくに②と③の落差は大きく、上限の拘禁刑は10年と1年で10倍違います。同じ腕時計を取っても、殺した本人なら10年以下、通りすがりの人なら1年以下。「人によって罪名が変わる」という、直感に反する結論がここから出てきます。
線を引いた二つの最高裁判断
| 項目 | 死者の占有 | 強盗殺人罪との境界 |
|---|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第二小法廷 | 最高裁判所第一小法廷 |
| 年月日 | 昭和41年4月8日 判決 | 昭和61年11月18日 決定 |
| 事件番号 | 昭和40年(あ)第1573号 | 昭和60年(あ)第1198号 |
| 判例集 | 刑集20巻4号207頁 | 刑集40巻7号523頁 |
| 通称・論点 | 死者の占有 | 財物奪取と殺害の先後関係 |
| 結論 | 上告棄却(窃盗罪の成立を肯定) | 上告棄却(一項強盗による強盗殺人未遂罪の構成は誤り) |
昭和41年判決が「殺した後に取った場合」の答えを出し、昭和61年決定が「強盗殺人罪はどこまでか」という上の境界を締めました。この二つを並べると、三つの型の地図が立体的になります。
条文を見る — 窃盗罪が守っているのは「占有」
出発点は条文です。窃盗罪は刑法235条(新しいタブで開く)にあります。
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
「窃取」とは、占有者(その物を事実上もっている人)の意思に反して、財物の占有を自分のところへ移すことをいいます。つまり窃盗罪が成立するには、その物を誰かが占有していたことが前提になります。
占有が無い物を自分の物にした場合は、こちらです。
遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。(刑法254条)
落とし物や忘れ物を持ち帰る罪で、見出しは「遺失物等横領」。講学上は占有離脱物横領罪と呼ばれます。
死んだ人は、物を握り直すことも、取り返しに来ることもできません。形式的な理屈を貫けば、死者の持ち物は「誰の占有にも属しない物」になり、取った行為は254条にとどまるはずです。殺害された被害者から腕時計を奪った被告人が最高裁で主張したのも、まさにこの筋でした。
「占有」とは — 手に持っていなくても占有はある
死者の話に入る前に、刑法上の占有そのものを確認します。最高裁判所第二小法廷は昭和32年11月8日判決(刑集11巻12号3061頁)で、次の規範を示しました。
刑法上の占有は人が物を実力的に支配する関係であつて、その支配の態様は物の形状その他の具体的事情によつて一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するを以て足りると解すべきである。しかして、その物がなお占有者の支配内にあるというを得るか否かは通常人ならば何人も首肯するであろうところの社会通念によつて決するの外はない。
つまり、手に持っていなくても、世間の常識から見てその人の支配が及んでいれば占有はある、ということです。この事件では、バスを待つ行列で足元に置き忘れたカメラが問題になりました。持ち主が約19.58メートル離れ、約5分が経った時点でも占有は失われていないとされ、持ち去った行為に窃盗罪が成立しています。
近年の例もあります。公園のベンチに置き忘れたポシェットを、持ち主が約27メートル離れた時点で持ち去った事案について、最高裁判所第三小法廷 平成16年8月25日決定(刑集58巻6号515頁)は次のように述べました。
その時点において、被害者が本件ポシェットのことを一時的に失念したまま現場から立ち去りつつあったことを考慮しても、被害者の本件ポシェットに対する占有はなお失われておらず、被告人の本件領得行為は窃盗罪に当たる
占有は、思っているよりしぶといのです。ただし、どちらの事案でも持ち主は生きていました。
型② 殺した本人が直後に奪った場合 — 窃盗罪
昭和41年の事件では、被告人は人を殺害した後に領得の意思を生じ、その犯行直後、同じ現場で、被害者が身につけていた時計を奪っています。最高裁判所第二小法廷は上告を棄却し、次のように述べました。
被害者が生前有していた財物の所持はその死亡直後においてもなお継続して保護するのが法の目的にかなうものというべきである。そうすると、被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用して右財物を奪取した一連の被告人の行為は、これを全体的に考察して、他人の財物に対する所持を侵害したものというべきであるから、右奪取行為は、占有離脱物横領ではなく、窃盗罪を構成するものと解するのが相当である
つまり、占有を消したのは被告人自身の殺害行為であり、その状態を自分で利用して奪ったのだから、殺害から奪取までを一つながりで見れば他人の所持を侵害したと評価できる、という論法です。「もう持ち主はいない」という言い分を、持ち主を消した本人には使わせない、という価値判断がここにあります。
この判示は、上告趣意に対する説示(判決文の括弧書き)として述べられたものです。
守られたのは「生前の所持」であって、死者に新しい占有が認められたわけではありません。だからこの理屈には、判決の言葉そのものから次の三つの限定が付きます。
- 誰に対して — 占有を離脱させた「自己の行為を利用」した者、すなわち殺害した本人との関係でだけ働く
- いつ — 死亡の「直後」であること
- どこで — 犯行の「その現場」であること
事案の詳しい経緯、判旨の読み方、答案での書き方は死者の占有をわかりやすくにまとめています。本記事はその手前にある「そもそも何罪の候補があるのか」を扱っています。
型① はじめから奪うつもりだった場合 — 強盗殺人罪の境界
地図の上端にあるのが強盗殺人罪です。財物を奪う手段として人を殺す類型で、法定刑は死刑または無期拘禁刑。刑法240条はこう定めています。
強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の拘禁刑に処し、死亡させたときは死刑又は無期拘禁刑に処する。
では、殺害と財物の取得がほぼ同時に起きていれば、それだけで強盗殺人罪になるのでしょうか。この点を正面から否定したのが、最高裁判所第一小法廷 昭和61年11月18日決定です。
事案は、対立する組織の幹部Bを殺害して覚せい剤を奪うという当初の計画が、途中で変更されたものでした。まず共犯者Fが覚せい剤取引を装ってBから覚せい剤約1.4キログラムを受け取って逃走し、入れ替わりに被告人がBのいる部屋へ赴いて拳銃を5発発射しましたが、Bが防弾チョッキを着ていたため殺害は未遂に終わっています。原審は、殺害と奪取の時間的・場所的な密着性を理由に、財物を奪う強盗(いわゆる一項強盗)による強盗殺人未遂罪の成立を認めました。
最高裁はこれを誤りとします。
殺害が財物奪取の手段になつているといえるか否かというような点に触れないで、両者の時間的場所的密着性のみを根拠に強盗殺人罪の成立を認めるべきであるというのは、それ自体支持しがたいというほかない
つまり、近い時間に近い場所で起きたという事実だけでは足りず、その殺害が財物を奪うための手段になっていたかを問わなければならない、ということです。本件では、拳銃を発射した時点でFらはすでに覚せい剤を手にして逃走しており、決定は「その占有をすでに確保していたというべきであり、拳銃発射が本件覚せい剤の占有奪取の手段となつているとみることは困難であ」ると述べました。
もっとも結論として上告は棄却されています。決定は、拳銃発射が覚せい剤の返還や代金の支払を免れるためになされた点をとらえ、財産上の利益を得る強盗(いわゆる二項強盗)による強盗殺人未遂罪に当たるとしたうえで、先行する覚せい剤の取得行為(窃盗罪または詐欺罪)との包括一罪として重い方の刑で処断すべきものとしました。なお、この決定には裁判官谷口正孝の意見が付いています。
型①に進むかどうかは、「殺害が財物奪取の手段か」で決まる。昭和41年判決が「殺害後に意思が生まれた」事案だったことの意味も、ここと合わせて読むとはっきりします。
型③ 無関係の第三者が持ち去った場合
殺害に関与していない人が、たまたま遺体を見つけて金品を持ち去った場合はどうなるか。学説では占有離脱物横領罪にとどまるとするのが通説と整理されています。昭和41年判決の論法は「占有を離脱させた自己の行為を利用して」という点に支えられており、その行為をしていない第三者には使えないからです。
同じ物を取っても、殺した者は窃盗罪、通りすがりの者は占有離脱物横領罪。罪名が行為者によって変わるこの構成は、学説では相対的なものと説明されています。なお、ここは本記事で引用した判決文が直接述べている事柄ではありません。
罪名を決めるまでの順番
実際に検討するときは、重い方から順に候補を落としていくと迷いません。
- 財物を取ったのが誰かを確認する(殺害した本人か、関与していない第三者か)
- 第三者であれば、占有離脱物横領罪(刑法254条)の検討に進む
- 本人であれば、領得の意思が生まれた時点を確認する
- 殺害より前であれば、その殺害が財物奪取の手段になっていたかを問う(手段といえれば強盗殺人罪)
- 殺害より後であれば、窃盗罪の「窃取」の前提となる占有があるかを検討する
- 死者には支配の意思も事実もないことを指摘し、問題提起する
- 生前の所持が死亡直後もなお保護されるという規範を立て、本人・直後・現場の三点にあてはめる
試験ではどう問われたか
この論点は、平成29年の司法試験で正面から出題されました。法務省が公表した刑事系科目第1問の採点実感には、次の記載があります。
甲がAから財布を奪った時点で、甲と乙はAが死亡したものと認識していたため、窃盗罪の故意に関してAの占有を侵害する認識が認められるかについて論述することが求められており、Aの占有を侵害する認識を肯定する場合には、窃盗罪の故意が認められ、この認識を否定する場合は、主観的には占有離脱物横領罪の認識を有しているにすぎないこととなるので、抽象的事実の錯誤について論じる必要があった。
出題された事案では、被害者は財布を奪われた時点でまだ生きており、被告人らが死亡したと誤信していたという構造でした。客観面は通常の窃取であり、問われたのは故意という主観の問題です。判例の事案の型と、試験で問われた形は同じではありません。
動画で見る
この事件は「レイの法廷」で映像化しています。物語で事案をたどり、条文から答案の型までを解説する構成です。
- 長編(第12話・約16分): 持ち主が消えた夜 — 死者の占有と窃盗罪(新しいタブで開く)
- ショート版(約2分30秒): 第12話 持ち主が消えた夜(新しいタブで開く)
ほかの回はレイの法廷にまとめています。財産犯では、一時的に借りて返すつもりだった場合を扱った使用窃盗と不法領得の意思、誤って振り込まれたお金を引き出した場合の誤振込と詐欺罪の記事もあります。
よくある質問
Q. 死んだ人に占有が認められた、ということですか?
いいえ。最高裁が保護したのは「被害者が生前有していた」所持であり、死者に新しく占有を認めたわけではありません。生前の占有が死亡直後もなお継続して保護される、という構成です。
Q. 通りすがりの人が遺体から財布を取ったら何罪になりますか?
学説では占有離脱物横領罪(刑法254条)とするのが通説と整理されています。昭和41年判決の論法は、占有を離脱させた本人が「自己の行為を利用」した場合を前提にしているため、第三者には及びません。
Q. 殺してから何時間後までなら「直後」といえるのですか?
判決は時間の数値基準を示していません。この線引きの不明確さは学説から批判されており、その後の裁判例には、時間や距離そのものよりも財物の管理状態が変わったかどうかを重く見るものがあると整理されています。
Q. 殺害と奪取が同じ場所で続けて起きたら、それだけで強盗殺人罪ですか?
いいえ。最高裁判所第一小法廷 昭和61年11月18日決定は、時間的場所的密着性だけを根拠に強盗殺人罪の成立を認めることはできず、殺害が財物奪取の手段になっているといえるかを検討すべきだとしました。
Q. 窃盗罪と占有離脱物横領罪では、刑はどれくらい違いますか?
窃盗罪は10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金、占有離脱物横領罪は1年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金もしくは科料です。拘禁刑の上限で10倍の差があります。
本記事は判決文および公表資料にもとづく一般的な解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。記事および動画に登場する人物は、すべて仮名または記号で表記しています。
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判例アニメ「レイの法廷」では、刑法の回を全19話公開しています。正当防衛・因果関係・不作為犯・詐欺・放火など、犯罪が成立するかどうかの分かれ目を扱います。
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