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偽装心中はなぜ殺人罪になるのか — 被害者の同意と最高裁昭和33年11月21日判決

一緒に死のうと持ちかけて毒を渡し、自分は後を追わなかった。この偽装心中について、最高裁判所第二小法廷は昭和33年11月21日、通常の殺人罪(刑法199条)が成立すると判断しました(刑集12巻15号3519頁)。毒を飲んだのは被害者自身で、本人も死ぬことを決意していました。それでも、相手が後を追ってくれると信じ込まされて生まれた決意は、自由な真意に基づくものではない。だから刑法202条(自殺関与・同意殺人)が前提とする本人の意思とは認められない、というのが結論です。論点は被害者の同意がどこまで有効か、という一点にあります。

騙された同意は、同意ではない — 偽装心中と殺人罪・最高裁昭和33年

偽装心中と殺人罪とは — 最高裁判所第二小法廷 昭和33年11月21日判決

項目内容
裁判所最高裁判所第二小法廷
判断昭和33年(1958年)11月21日 判決・上告棄却(裁判官全員一致)
事件番号昭和31年(あ)第2220号
判例集刑集12巻15号3519頁
原審大阪高等裁判所 昭和31年5月9日
論点被害者の同意(自殺の決意)の有効性
結論刑法202条の嘱託・承諾にはあたらず、通常の殺人罪(199条)

裁判所が公表している判示事項は、擬装心中は殺人罪にあたるか、という形で立てられています(公表文では擬装の字が使われていますが、一般には偽装心中と呼ばれます)。判決の全文と裁判要旨は裁判所ウェブサイトの判例検索(新しいタブで開く)で読めます。

何が起きたのか(事案)

当事者の氏名は判決文に出てきません。ここでは男性を仁科、女性を冬子という仮名で呼びます。

判決文がはっきり述べているのは、次の点だけです。仁科には心中する意思がなかったのに、あるかのように装った。冬子は、仁科が追死してくれる(=後を追って死んでくれる)と誤信して心中を決意した。そして仁科が青化ソーダを与えて飲ませ、冬子を死亡させた。最高裁は、第二審が認定したこの事実を、こう引用しています。

被告人には心中する意思がないのにこれある如く装い、その結果同女をして被告人が追死してくれるものと誤信したことに因り心中を決意せしめ、被告人がこれに青化ソーダを与えて嚥下せしめ同女を死亡せしめた

嚥下(えんげ)は飲み下すこと。つまり、男が毒を渡し、女性がそれを飲んで亡くなった、ということです。

判決文が語っていないこと

二人の間柄、年齢、場所、動機について、判決文は一言も触れていません。判例解説によれば、男性は当時22歳で、料理屋で働いていた女性と深い仲になったものの、多額の借金を抱えて関係を絶つよう迫られていました。女性が心中を望んだので渋々その相談に乗ったものの、数日後には心中する気持ちを失っていた。それでも、女性が追死を信じているのを利用し、山中で、あらかじめ買っておいた致死量の青化ソーダを与えた、とされています。

これらは判決文からは読み取れない事実です。本稿では、判決文に基づく説明と、判例解説に由来する説明を混ぜずに書き分けます。

審級についても同じです。原審が大阪高等裁判所の昭和31年5月9日判決であることは裁判所の公表する書誌情報から確認できますが、第一審が和歌山地方裁判所田辺支部で殺人罪を認めて懲役8年としたこと、第二審がこれを是認したことは、判例解説に拠ります。結論は一審から最高裁まで動いていません。弁護人が上告し、最高裁が判断したのが本判決です。

罪の階段 — 刑法199条と202条はどれだけ違うのか

この事件を理解する鍵は、人の死をめぐる二つの条文の落差にあります。条文は現在の文言(e-Gov 法令検索・刑法(新しいタブで開く))で示します。

刑法199条(殺人)は「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。」と定めます。これに対し刑法202条(自殺関与及び同意殺人)は「人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の拘禁刑に処する。」と定めています。なお、事件当時の条文は拘禁刑ではなく懲役による定めで、刑の重さも現在と同じではありません。

刑法199条(殺人)刑法202条(自殺関与・同意殺人)
本人の意思ないある(自殺の決意・嘱託・承諾)
行為の型人を殺す自殺を教唆する/自殺を幇助する/嘱託を受けて殺す/承諾を得て殺す
法定刑(現行)死刑・無期・5年以上の拘禁刑6月以上7年以下の拘禁刑

202条は四つの型をまとめた条文です。自殺をそそのかす自殺教唆、自殺を手伝う自殺幇助、頼まれて殺す嘱託殺人、承諾を得て殺す承諾殺人。後ろの二つを合わせて同意殺人と呼びます。どれも本人の意思がある点が共通で、だから殺人罪よりはるかに軽い。上限が7年、殺人は下限が5年ですから、刑の天井と床が入れ替わるほどの差です。

なぜ軽いのか。人の命は本人であっても自由に処分してよいとは考えられていないため、同意があっても不処罰にはなりません。しかし、本人が望んだ死と、望まない死とでは、法が向ける非難の重さが違う。ここに202条の減軽の理由がある、と説明されます。

仁科の側は、まさにこの202条の型に入ると主張しました。冬子は自分で死を決意し、自分で毒を飲んだ。だから殺人ではなく、自殺に関与した罪にとどまる、というわけです。

争点 — 騙されて生まれた死の決意は、202条の嘱託・承諾といえるか

争点は一つに絞られます。追死すると欺かれて生じた心中の決意は、刑法202条がいう自殺の意思、あるいは嘱託・承諾として認められるか。

弁護側の主張は、判決文の中に引用されています。

本件被害者は死を認識決意していたものであり錯誤は単に動機縁由に関するものにすぎない
本件被害者は自己の死そのものにつき誤認はなく、それを認識承諾していたものであるが故に刑法上有効な承諾あるものというべく

錯誤とは思い違いのこと。死ぬこと自体は分かっていた、思い違いがあったのはその動機(縁由)だけだ、という組み立てです。

裁判所は何と言ったか(判旨)

最高裁は上告を棄却しました。裁判所が公表している裁判要旨は二つです。

被害者の意思が自由な真意に基かない場合は刑法第二〇二条にいう被殺者の嘱託または承諾としては認められない。
自己に追死の意思がないに拘らず被害者を殺害せんがため、これを欺罔し追死を誤信させて自殺させた所為は、通常の殺人罪に該当する。

つまり、本人の自由な本心から出ていない意思は、202条が予定する嘱託や承諾として数えない。追死を誤信させて死なせた行為は、軽い202条ではなく、ふつうの殺人罪だ、ということです。

判決文の核心は次の一文です。欺罔(ぎもう)とは、だますことです。

本件被害者は被告人の欺罔の結果被告人の追死を予期して死を決意したものであり、その決意は真意に添わない重大な瑕疵ある意思であることが明らかである。そしてこのように被告人に追死の意思がないに拘らず被害者を欺罔し被告人の追死を誤信させて自殺させた被告入の所為は通常の殺人罪に該当するものというべく、原判示は正当であつて所論は理由がない。

(引用中の被告入は原文ママです。判決書の表記をそのまま示しています。)

瑕疵(かし)とは、傷・欠陥のこと。冬子は確かに死を決意しました。しかしその決意は、仁科が後から来るという嘘の上に立っている。嘘を取り除けば、決意も消える。そういう決意は真意に添わない重大な瑕疵ある意思だ、というのが最高裁の言い分です。

最高裁はさらに、第二審の考え方をこう読み取って、正当だと認めました。

被害者の意思に重大な瑕疵がある場合においては、それが被害者の能力に関するものであると、はたまた犯人の欺罔による錯誤に基くものであるとを問わず、要するに被害者の自由な真意に基かない場合は刑法二〇二条にいう被殺者の嘱託承諾としては認め得られない

能力が足りない場合も、だまされた場合も、扱いは同じだと言っています。この部分で参照されているのが、判決文が要旨を引用する戦前の大審院の二つの判例です。一つは、仮死状態になるだけで後から生き返らせてもらえると誤信させて首をくくらせた事案について「詐言ヲ以テ被害者ヲ錯誤ニ陥ラシメ之ヲシテ自殺スルノ意思ナク自ラ頸部ヲ縊リ一時仮死状態ト為ルモ再ヒ蘇生セシメラルヘシト誤信セシメ自ラ其ノ頸部ヲ縊リテ死亡スルニ至ラシメタルトキハ殺人罪ヲ構成ス」としたもの(大審院昭和8年4月19日判決)。もう一つは「自殺ノ何タルカヲ理解スルノ能力ナキ幼児ハ自己ヲ殺害スルコトヲ嘱託シ又ハ殺害ヲ承諾スルノ能力ナキモノトス」としたもの(大審院昭和9年8月27日判決)です。

この判決が決めたこと(意義)

本判決の射程は、言葉にすると短く済みます。

  • 202条の嘱託・承諾は、本人の自由な真意に基づくものでなければならない
  • 自由な真意を欠く理由は、本人の能力の問題でも、だまされたことによる錯誤でも構わない
  • 追死を誤信させて自殺させた行為は、通常の殺人罪にあたる

注意したいのは、最高裁が述べたのはここまでだ、という点です。本判決は、同意が無効になる基準を要素に分けて並べたわけでも、学説の名前を挙げてどれかを採用したわけでもありません。真意に添わない重大な瑕疵ある意思である、という評価を示しただけです。答案や論述でこの判決を使うときは、判決が述べたことと、後から学説が整理した枠組みとを、はっきり分けて書く必要があります。

学説はどう整理しているか

この判決は、学説がもっとも激しく割れている判例の一つです。整理すると、対立は次の二つの発想のあいだにあります。

一つは、同意が有効かどうかは意思に重大な瑕疵があるかで決まる、という考え方です。だまされて生じた決意は自由な真意ではないのだから同意は無効で、殺人罪になる。本判決はこの発想で説明される、と整理されます。

もう一つは、法益関係的錯誤説と呼ばれる考え方です。同意が無効になるのは、思い違いが守られる利益そのもの、つまり自分が死ぬかどうかという点に及んでいる場合に限られる。相手が後を追うかどうかは動機の思い違いにすぎず、被害者は自分が死ぬことを分かって同意していたのだから、同意は有効で202条にとどまる、と考えます。

どちらに立つかで、刑の枠が丸ごと入れ替わります。前者なら死刑・無期・5年以上、後者なら6月以上7年以下。考え方一つで刑の天井が変わる、という点がこの論点の怖さです。判例解説によれば、死ぬこと自体は認識していた以上、追死の有無は動機の思い違いにすぎないとして本判決に反対する見解が、学説では有力とされています。

以上は学説の整理であり、判例がどれかの説を採ったことを意味しません。 法益関係的錯誤説も重大な瑕疵という呼び方も、判決文そのものには出てこない言葉です。

自分で毒を飲んだのに、なぜ殺したといえるのか

答案で落ちやすいのが、ここです。毒をあおったのは冬子自身なのに、なぜ仁科が殺人の正犯になるのか。

正犯の形は三つあります。自分の手で殺す直接正犯、他人を道具のように利用して殺す間接正犯、そして正犯ではなく他人の自殺をそそのかす自殺教唆(202条の関与の罪)です。仁科は手を下していません。だから殺人の正犯というなら、錯誤に陥った冬子を道具として利用した間接正犯の構成になります。他人を道具として利用して犯罪を実現した者が自ら手を下したのと同じく正犯とされる構造は、12歳の養女に盗ませた事件(最高裁昭和58年9月21日決定)と同じ発想です。

ただし、本判決はそこを別立てで論じていません。同意が無効なら殺人、と述べるにとどまっています。判例解説によれば、同意が無効かどうかと、だました者を殺人の正犯といえるかは別の問題であり、被害者を本当に支配していたといえるかを独立に検討すべきだ、という指摘があります。

同意にはもう一段ある — 本物でも法が認めないことがある

同意の効き方は二段構えで考えると見通しがよくなります。第一に、その同意はそもそも本物か。だまされていれば本物ではない。本件が止まったのはこの第一段です。第二に、本物であっても、法が効果を認める同意か。

第二段にあたる例として、保険金をだまし取る目的で、承諾を得たうえで故意に自動車を追突させて怪我をさせた事件があります(最高裁昭和55年11月13日決定)。ぶつけられる側は本当に承諾していました。それでも最高裁は、承諾があるという事実だけでなく、承諾を得た動機や目的、傷害の手段や方法、傷の部位や程度など諸般の事情を照らし合わせて決めるべきだとし、違法な目的に利用するために得られた承諾は傷害の違法性を消さないとした、と紹介されています。この決定については決定文の原文を確認できていないため、本稿では要約の紹介にとどめ、別の記事で正面から扱います。

答案ではどう書くか

偽装心中の答案の骨
  1. 設問の特定 — 心中する意思がないのにあるように装い、毒を渡して飲ませ死亡させた行為に何罪が成立するか。殺人罪か、自殺に関与した罪か
  2. 条文で枠を立てる — 刑法199条。要件は実行行為・死の結果・因果関係・故意。毒を渡し、被害者はそれを飲んで死んだ。結果と因果関係、故意はある
  3. 転換 — もっとも、毒を飲んだのは被害者自身で、被害者は死を決意していた。202条は自殺を教唆・幇助した者をはるかに軽く罰する。本件は202条ではないか
  4. 問題提起 — だまされて生じた死の決意でも、202条がいう自殺の意思といえるか。言い換えれば、その同意は有効か
  5. 規範 — 202条が軽いのは本人の自由な意思決定を尊重するからである。ならば自由な真意に基づかない決意は202条が予定する自殺にあたらない。判断の要素は、①決意が行為者の欺罔の結果生じたか ②その錯誤がなければ死を決意しなかったといえるほど決意そのものを左右する重大な瑕疵か
  6. あてはめ — ①決意は追死するという嘘の結果生じた ②追死しないと知っていれば決意しなかった。よって自由な真意に基づかず、202条の自殺にあたらない。自由な意思決定に基づかない行為を道具として利用した以上、殺人の実行行為にあたる
  7. 結論と対立点 — 違法性・責任を阻却する事情もなく、殺人罪が成立する。なお、法益関係的錯誤説に立てば同意は有効で自殺関与の罪にとどまり、また同意が無効でも正犯性は別に検討すべきだという指摘がある

書き方の注意を一つ。判決文は真意に添わない重大な瑕疵ある意思と述べただけで、要素を並べたわけではありません。要素に分けて規範の形にするのは学説の整理であって、判例の書き方そのものではない、という意識を持っておくと、判旨の引用と自分の規範が混ざりません。事実と評価を分けて書く型は刑法の答案は事実と評価を分けて書くでも扱っています。

動画で見る

この事件は「レイの法廷」第23話として動画にしています。物語で事案を追い、罪の階段、判決文の核心、学説の対立、答案の書き方までを通しで扱っています。

各話の一覧と、ほかの判例の解説はレイの法廷にまとめています。

よくある質問

Q. 偽装心中なら、いつでも殺人罪になるのですか?

本判決が判断したのは、追死する意思がないのにあるように装い、相手にそれを誤信させて死なせた、と認定された事案です。追死の意思があったかどうか、相手がその点を誤信していたかどうかは事案ごとの認定の問題で、本判決がすべての心中事案の結論を決めているわけではありません。個別の事案の当てはめは、弁護士など専門家の判断によります。

Q. 死ぬことは分かっていたのに、なぜ同意が無効になるのですか?

最高裁は、死の決意が被告人の欺罔の結果生まれたものである以上、その決意は真意に添わない重大な瑕疵ある意思だと述べました。死ぬこと自体を理解していたかどうかではなく、その決意が自由な真意に基づくかどうかを見ています。ここを動機の思い違いにすぎないと見る学説が、判例への反対説として有力に主張されています。

Q. 自殺を手伝っただけなら、どんな罪になりますか?

刑法202条の自殺関与罪です。条文は「人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の拘禁刑に処する。」と定めています。殺人罪の法定刑が死刑・無期・5年以上の拘禁刑であるのに比べ、刑の枠が大きく下がります。

Q. 本人が本気で同意していれば、どんな場合でも罪は軽くなりますか?

なりません。同意には二段の関門があります。第一に、その同意が自由な真意に基づく本物か。第二に、本物でも法がその効果を認めるか。保険金をだまし取る目的で承諾を得て怪我をさせた事件では、承諾はあったのに傷害罪の成立が認められています。

Q. 民法の詐欺・錯誤と同じ考え方ですか?

骨格は似ていますが、同じではありません。だまされて生じた意思に、そのままの効力を認めない点は共通です。一方で民法は取引の相手方の信頼を守る必要があるため、動機の思い違いの扱いを絞ります。刑法の同意は、自分の利益を手放すかどうかの問題で、しかも相手は欺いた本人です。守るべき信頼がないぶん、錯誤の扱いは広くなりうると説明されます。


本記事は判決文および公表された一次資料に基づく一般的な解説であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。登場人物の仁科・冬子はいずれも仮名で、判決文に当事者の氏名の記載はありません。

刑法の判例を、アニメで観る

判例アニメ「レイの法廷」では、刑法の回を全19話公開しています。正当防衛・因果関係・不作為犯・詐欺・放火など、犯罪が成立するかどうかの分かれ目を扱います。

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