面白い判例11選 — 日本の有名な裁判を判決文から読む
日本の判例で「面白い」と言われるものは、たいてい事実関係が突飛で、しかも法律の筋がきれいに1つに絞れる事件です。畳4枚分の土地を盾に温泉の引湯管の撤去を求めた人、手のひらをかざす「治療」のために病院から運び出された患者が亡くなった事件、空気を注射して人を殺せるかが争われた裁判——どれも実際にあった裁判で、判決文が公開されています。この記事では、そういう事件を11件、裁判所・裁判年月日・判例集の巻号頁つきで並べました。気になった事件は、そのまま1本ずつの解説記事と動画に進めます。

この11件をどう選んだか
有名な裁判は数えきれないほどありますが、ここでは自分たちの基準で選びました。基準は2つだけです。
この2つを満たし、かつ判決文または裁判所の判例検索で中身を確かめられたものだけを載せています。ですから「有名だが原文に当たれていない」事件はここには入っていません。並べた順番も、上の1つめの基準(事実関係の意外さ)が強いと私たちが判断した順です。他の選集の並びをなぞったものではありません。
一覧 — 事件・裁判所・論点
| 分野 | 事件(通称) | 裁判所・裁判年月日・種別 | 判例集 | 論点 |
|---|---|---|---|---|
| 民法 | 宇奈月温泉事件 | 大審院 昭和10年10月5日 判決 | 民集14巻1965頁 | 権利の濫用 |
| 刑法 | シャクティパット事件(成田ミイラ化遺体事件) | 最高裁第二小法廷 平成17年7月4日 決定 | 刑集59巻6号403頁 | 不真正不作為犯 |
| 刑法 | 死者の占有 | 最高裁第二小法廷 昭和41年4月8日 判決 | 刑集20巻4号207頁 | 窃盗罪と占有離脱物横領罪の区別 |
| 刑法 | 勘違い騎士道事件 | 最高裁第一小法廷 昭和62年3月26日 決定 | 刑集41巻2号182頁 | 誤想過剰防衛 |
| 刑法 | 空気注射事件 | 最高裁第二小法廷 昭和37年3月23日 判決 | 刑集16巻3号305頁 | 不能犯(方法の不能) |
| 刑法 | 誤振込みと詐欺罪 | 最高裁第二小法廷 平成15年3月12日 決定 | 刑集57巻3号322頁 | 不作為による欺罔・告知義務 |
| 刑法 | 12歳の養女に盗みをさせた事件 | 最高裁第一小法廷 昭和58年9月21日 決定 | 刑集37巻7号1070頁 | 間接正犯 |
| 憲法 | 薬事法距離制限違憲判決 | 最高裁大法廷 昭和50年4月30日 判決 | 民集29巻4号572頁 | 職業選択の自由・許可制の合憲性 |
| 憲法 | 三菱樹脂事件 | 最高裁大法廷 昭和48年12月12日 判決 | 民集27巻11号1536頁 | 人権規定の私人間効力 |
| 民法 | 愛人への包括遺贈 | 最高裁第一小法廷 昭和61年11月20日 判決 | 民集40巻7号1167頁 | 公序良俗(民法90条) |
| 民法 | 抵当権に基づく妨害排除請求 | 最高裁第一小法廷 平成17年3月10日 判決 | 民集59巻2号356頁 | 抵当権と明渡請求 |
このうち宇奈月温泉事件は大審院(戦前の最高裁にあたる裁判所)の判決で、裁判所の判例検索では引けません。当サイトの記事では大審院民事判例集の記載を出典にしています。残りの10件は最高裁の判例です。この記事で鉤括弧に入れて引用した裁判要旨は、いずれも裁判所の判例検索で公開されている文面をそのまま写したものです。
民法 — 権利が「ある」だけでは勝てない話
宇奈月温泉事件(大審院 昭和10年10月5日 判決)
温泉街に湯を引く木の管が、山のなかの小さな土地を無断で横切っていました。その土地を買った人が「管を撤去せよ」と求めます。土地の所有者なのだから、言えそうに見えます。ところが大審院は請求を認めませんでした。所有権は確かにあるのに、その行使が権利の濫用にあたるとされたのです。日本の判例が権利の濫用を正面から認めた初期の事件として知られています。
判断の分かれ目は「撤去で自分が得るものの大きさ」と「相手が失うものの大きさ」の釣り合いでした。詳しくは宇奈月温泉事件をわかりやすくで、判決文の引用と判断の枠組みを分けて説明しています。論点としての整理は権利濫用の論証にまとめました。動画は講義版「第1話」(新しいタブで開く)と、3分以内で見られるショート版(新しいタブで開く)があります。
愛人への包括遺贈(最高裁第一小法廷 昭和61年11月20日 判決)
遺言で財産の3分の1を、法律上の配偶者ではない相手に遺した事例です。「不倫関係の相手への遺贈は公序良俗に反して無効ではないか」が争われました。最高裁は原審の判断を是認し、遺言を有効としました。不倫関係があったという一点では決まらないというのが、この事件の読みどころです。
何を見て判断したのかは公序良俗と包括遺贈で整理しています。動画は講義版(第8話)(新しいタブで開く)です。
抵当権に基づく妨害排除請求(最高裁第一小法廷 平成17年3月10日 判決)
競売にかけられるはずの建物に、占有者が居座り続けた事件です。抵当権は土地や建物を「担保に取る」権利で、持ち主から使う権利まで奪うものではありません。そのため昔は、抵当権者が「出ていけ」と言えるのかが長く問題になっていました。この判決はそれを認めました。詳細は抵当権に基づく妨害排除請求と明渡しで、動画は講義版(第13話)(新しいタブで開く)です。
刑法 — 「何もしていない」「殺せない」でも罪になるか
シャクティパット事件(最高裁第二小法廷 平成17年7月4日 決定)
手のひらをかざす「シャクティ治療」で病気が治るとされ、重篤な患者が入院先の病院から運び出されました。必要な医療を受けさせないまま放置され、患者は亡くなります。裁判要旨(新しいタブで開く)はこう述べています。
重篤な患者の親族から患者に対する「シャクティ治療」を依頼された者が、入院中の患者を病院から運び出させた上、未必的な殺意をもって必要な医療措置を受けさせないまま放置して死亡させた場合には、不作為による殺人罪が成立する。
つまり、自分の手で何かをしたわけではなくても、その人がやるべきだった状況で何もしなかったことが殺人になりうるということです。「見殺しは罪になるのか」という素朴な疑問に、日本の判例が正面から答えた事件でもあります。
解説はシャクティパット事件をわかりやすく、一般の疑問から入りたい方は見殺しは罪になるのか、どういうときに「やるべきだった」と言えるのかの学説整理は作為義務の発生根拠にあります。動画は講義版(第5話)(新しいタブで開く)とショート版(新しいタブで開く)です。
死者の占有(最高裁第二小法廷 昭和41年4月8日 判決)
人を殺した後に、その人が持っていた物を持ち去った場合、何の罪になるのか。亡くなった人にはもう物を「持っている」状態がないように見えます。それでも窃盗罪が成立するとされました。亡くなった人の占有を、どこまで保護するのかという問題です。死者の占有と窃盗罪で、窃盗罪・占有離脱物横領罪・強盗殺人罪の線引きを整理しています。動画は講義版(第12話)(新しいタブで開く)です。
勘違い騎士道事件(最高裁第一小法廷 昭和62年3月26日 決定)
酔った女性と、なだめていた男性がもみ合っていました。それを見た空手三段の人が「女性が暴行されている」と勘違いし、助けようとして回し蹴りを放ちます。蹴られた男性は転倒し、後日亡くなりました。裁判要旨(新しいタブで開く)は「誤信にかかる急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱し、誤想過剰防衛に当たる」としています。
助けようとした側が罪に問われる、という結論の重さがこの事件の核です。勘違い騎士道事件をわかりやすくで判断の順序を追い、「助けようとして相手を怪我させたら」という身近な疑問は助けようとして相手を怪我させた場合で扱っています。正当防衛のやりすぎの線は正当防衛はどこまでやってよいのかに。動画は講義版(第2話)(新しいタブで開く)とショート版(新しいタブで開く)です。
空気注射事件(最高裁第二小法廷 昭和37年3月23日 判決)
静脈に空気を注射して人を殺そうとした事件です。鑑定では、空気で人を死なせるには本件で注射された量を大きく超える量が必要とされました。「そもそも殺せない方法だったのなら、未遂にもならないのではないか」——これが不能犯の問題です。ただし同じ鑑定は、体質や健康状態によっては平均的な致死量より少ない量でも死亡し得るとしており、最高裁は殺人未遂の成立を認めました。詳しくは不能犯と空気注射事件、着手の線引きそのものはクロロホルム事件と実行の着手で扱います。動画は講義版(第18話)(新しいタブで開く)です。
誤振込みと詐欺罪(最高裁第二小法廷 平成15年3月12日 決定)
自分の口座に知らないお金が振り込まれていた。黙って引き出したらどうなるか。裁判要旨(新しいタブで開く)は「誤った振込みがあることを知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求し、その払戻しを受けた場合には、詐欺罪が成立する」と述べています。何も嘘を言っていないのに詐欺になるという点で、不作為による欺罔の代表例として知られています。誤振込みと詐欺罪で、民法上の預金債権の扱いと刑法上の評価を分けて説明しています。動画は講義版(第21話)(新しいタブで開く)です。
12歳の養女に盗みをさせた事件(最高裁第一小法廷 昭和58年9月21日 決定)
12歳の養女に盗みをさせた事件です。子ども自身は刑事未成年のため罰されません。では命じた側は何になるのか。最高裁は間接正犯の成立を認めました。分かれ目になったのは「子どもの意思が抑圧されていたか」です。詳細は間接正犯と12歳の養女で、この意思の抑圧という基準を説明しています。動画は講義版(第15話)(新しいタブで開く)です。
憲法 — 国と個人、会社と個人
薬事法距離制限違憲判決(最高裁大法廷 昭和50年4月30日 判決)
薬局を開くには、既存の薬局から一定の距離が離れていなければならない——そういう規定がありました。最高裁大法廷はこれを憲法22条1項に違反するとして無効にしました。開業の自由を正面から扱った違憲判決で、「なぜその規制が必要なのか」を国の側が示せるかが問われています。薬事法違憲判決をわかりやすくで判断の組み立てを追い、規制の目的をどう分けて考えるのかは規制目的二分論に整理しました。動画は講義版(第14話)(新しいタブで開く)です。
三菱樹脂事件(最高裁大法廷 昭和48年12月12日 判決)
採用のときに学生運動の経歴を申告しなかったことを理由に、試用期間のあとの本採用を拒否された事件です。「憲法の思想の自由は、会社と個人の間にも効くのか」が争点でした。裁判要旨は「憲法14条や19条の規定は、直接私人相互間の関係に適用されるものではない」と述べたうえで、試用期間中の解約権の行使は「客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認される場合にのみ許される」としています。
憲法の条文がそのまま私人の間に降りてくるのではない、という点がこの判決の中心です。三菱樹脂事件をわかりやすくで、私人間効力の扱いと留保解約権を分けて説明しています。動画は講義版(第11話)(新しいタブで開く)です。
判例を自分で読めるようになるには
一覧を見るだけだと、面白い事件を知っただけで終わってしまいます。判決文は決まった順番で読むと、驚くほど見通しがよくなります。
- 判決文はどこまで効くのか: 判決の結論がどの範囲に及ぶのかという考え方は判例の射程とは何か
- 規範はどう立てるのか: 判決文のどの文が「ルール」なのかを見分ける手順は法的な規範の立て方
- なぜ審級で結論が動くのか: 一審と上告審で結論が逆になる仕組みは控訴・上告で結果が変わる理由
- 破棄差戻しと破棄自判: 上の2つはどう違うのかは破棄差戻しと破棄自判の違い
判決文そのものは、最高裁の判例については裁判所の判例検索(新しいタブで開く)で誰でも無料で読めます。裁判所・裁判年月日・事件番号で絞り込むと、判示事項・裁判要旨・判決全文のPDFまでたどれます。条文はe-Gov法令検索(新しいタブで開く)で引けます。
動画で見る
この11件はすべて、判例アニメ「レイの法廷」で1話ずつ扱っている事件です。事件のドラマから判決文の読み解き、答案の書き方までを通して見られます。各話は10分以上の講義版と、3分以内のショート版の2本立てで、公開済みの回の一覧はレイの法廷に並べています。民法・刑法・憲法のほかに、暮らしに関わる回や試験向けの回も分野ごとにまとめてあります。
よくある質問
Q. 刑法で面白い判例はどれですか
この記事で挙げたなかでは、シャクティパット事件(最高裁第二小法廷 平成17年7月4日 決定)・空気注射事件(同 昭和37年3月23日 判決)・誤振込みと詐欺罪(同 平成15年3月12日 決定)の3件が、「手を出していない」「そもそも殺せない」「嘘を言っていない」という、直感と結論がずれる型です。刑法の判例はこのずれが論点そのものになっていることが多く、読み物としても入りやすい分野です。
Q. 民法で有名な裁判といえば何ですか
権利の濫用を認めた宇奈月温泉事件(大審院 昭和10年10月5日 判決)が代表格です。「権利があるのに使えないことがある」という考え方は、その後の民法1条3項につながっています。ほかに公序良俗(民法90条)を扱った昭和61年11月20日の判決、担保の権利の範囲を扱った平成17年3月10日の判決を本記事で取り上げています。
Q. 憲法の判例はどこから読み始めればよいですか
国の規制を違憲とした判決と、憲法が私人の間でどう働くかを扱った判決を1本ずつ読むのが、見通しをつけやすい入り方です。前者が薬事法距離制限違憲判決(最高裁大法廷 昭和50年4月30日 判決)、後者が三菱樹脂事件(同 昭和48年12月12日 判決)です。どちらも大法廷の判決で、裁判所の判例検索に裁判要旨が載っています(薬事法距離制限違憲判決(新しいタブで開く)/三菱樹脂事件(新しいタブで開く))。
Q. 行政法や会社法の判例はありませんか
この記事で記事と動画がそろっているのは、いま民法・刑法・憲法の回が中心です。公開済みの回の全体はレイの法廷で分野ごとに確認できます。
Q. 判例の「巻号頁」は何を意味しているのですか
「刑集59巻6号403頁」のような表記は、その判決が収録された判例集の場所です。「刑集」は最高裁判所刑事判例集、「民集」は最高裁判所民事判例集を指します。判例を特定するときは、裁判所・裁判年月日・事件番号・この巻号頁をそろえて書くのが基本の形で、この記事の一覧表も同じ形にしてあります。
本記事は、公開されている判決文および裁判所の公表資料にもとづく一般的な解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。記事および動画に登場する人物名はすべて仮名です。
出典: 裁判所 判例検索(最高裁判所判例集)/ 大審院民事判例集14巻1965頁 / e-Gov法令検索
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#レイの法廷#判例#民法#刑法#憲法
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